天才児
林田左門は子どもの頃に自分が二一世紀の日本からの転生者と気づいた。それが左門を内向的にした。左門は無口で笑顔を見せたことがなく、知人と道で出会っても挨拶せずに行き過ぎてしまう子どもであった。剣術には飛びぬけた才能があり、既に有馬家の中で神童扱いになっていた。コミュ力がない点が逆に才能への特化を印象付けた。才能があってコミュ力があるよりも、才能があってコミュ力がないことに有能らしさがある。無能公務員的な減点主義のゼネラリストに陥っていない。
「この子は天才だ」
父の林田右近がそう言ったのはいつのことだったか? そして、その言葉に偽りはなかった。左門は五歳にして父より強くなっていた。
「お前は天才だな」
父がそう言うたびに、左門の顔色は暗くなっていった。
「俺なんかよりずっと強いじゃないか」
「俺は……もう駄目だよ」
「何を言うんだ! お前はまだ若いし、これからもっと強くなるさ!」
「無理なんだってば」
左門は泣きながら訴えた。
「俺はもうこれ以上強くなりたくないんだよぉーっ!!」
それは悲痛な叫びだった。
「だってさぁ、強くなったらまた死んじゃうじゃん!! 死ぬの嫌だから剣やめたかったのにぃ~っ!!!」
「…………」
「どうしてこうなるんだよ!? なんでみんな俺のこといじめるんだよぉ~っ!?」
「ごめんよ、左門……」
父はただ謝ることしかできなかった。
「でもね、父は思うんだ。きっとお前が強くなれば、世の中のためになると思うんだよ」
「そんなわけないじゃん!! こんな世界滅びてしまえばいいんだ!!」
「いや、そういう意味じゃなくて……」
「ああああっ!! もう何もかも嫌だ!!!」
左門は現世の漫画のキャラクターの名前を大声で叫んだ。
「ドラえもん助けてぇ~!!」
「おい、左門! どこに行くつもりだ?」
「ちょっとそこまで散歩してくるだけですよ」
「一人で行くのか?」
「はい」
「気を付けて行けよ」
「分かってますって」
左門は屋敷を出ていった。
(あいつ、大丈夫かな?)
心配になった父は後を追った。すると、左門の姿はすぐに見つかった。彼は近くの森に入っていくところだった。
「おーいっ! 待ってくれ、左門!」
声をかけると、少年は振り返った。
「あれ? どうしたんですか、父上」
「あのな、実は今度、殿様のお供をして博多へ行ってくることになったんだ」
「えっ、そうなのですか!?」
「ああ、そうだとも。それでな、もしよかったら一緒に来ないかと思って誘いに来たんだけど……」
「行きたいです! ぜひ連れていってください!!」
「そっか……。それなら良かった」
「はい! 楽しみですね!!」
「うん、そうだな。よし、そうと決まれば早速出発するぞ」
「え? 今すぐですか?」
「当たり前だろ? 善は急げだ」
「はい」
「じゃあ、準備ができたら声をかけなさい」
「分かりました」
こうして父と息子は共に旅立ったのである。
「しかし、よく考えてみると不思議な話だよなぁ……」
林田右近はしみじみと語った。
「俺も若かったから深く考えてなかったけどさ、普通に考えたらありえないよね。だって、親子二人で殿の行列についてくなんてさ。しかも、息子の方は五歳児だし」
「まあ、確かにそうかもしれませんねぇ……」
「それにしても、左門はよく頑張ったなぁ。本当に偉いぞ」
「いえいえ、それほどでもないですよ」
「ところで、その『のび太』っていうのは何者なんだ? お前とどういう関係が……?」
「それは秘密です。某のヒミツということで」
「ふぅん、そうなのか」
「はい」
「分かった。誰にも言わないようにするよ」
「ありがとうございます」
「ところで、お前はいつまでここにいるんだ?」
「あと三日ほど滞在しようかと思います」
「そうか。じゃあ、また会えるといいな」
「はい」
「では、失礼します」
林田左門は立ち去った。
「変われば変わるものだな」
父の言葉通り、左門は変わった。そして、その後の人生を大きく変えていくことになる。