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とりあえず玄関に置き去りにした相棒のキャリーバックの元まで抜き足差し足忍び足で戻った。あとはこれをもって外に飛び出せば一時しのぎにはなる。だが、その後は? キャリーバッグの把手を握る手に力が入った。そこで急に馬鹿らしくなったカンタは居間まで引き返すと、半ば八つ当たりのていで四日分の洗濯物を投げ捨てた。そのさいドタドタとわざと足を踏み鳴らしてみたが、寝室からは反応がないとくる。あいつらの神経はどうなってんだと、ここまでくると逆に関心してしまいそうになるカンタであった。こうなったからには、愛には愛で感じ合い、ガラスケースに並べてみようかとも考えてみたが、自分以外に向けられた愛に感じ合えるかどうか自信がなかった。余計な物は確かに存在しているのだ。このまま二人で夢を揃えて暮らしたかったが、どうやらその夢も、儚いものだったようだ。人に夢と書いて儚い。昔の人は上手いこと考えたものである。漢字を考え出せるくらいの人間だったら、自分のような状況に置かれても(そもそも自分よりも何万倍上手く生きていて、こんな機会に巡り合うことなんてないのだろうが)、華麗なステップで持ってやり過ごしていくのだろう。運動センスの欠片もないカンタにとってはどだい無理な話だった。無様な体で自分の汚れ物を居間にまき散らすのが関の山である。俺と妻の愛の構えは何処に行ってしまったんだとカンタは絶望し、恋の手触りは記憶の彼方に消えてしまっていた。少しくらいの嘘やワガママだったら、自分をためすフレイズになるだろうが、これはさすがに度を過ぎている。雲が関東地方に張り出してきて、星の屋根に守られなくなった途端これである。それでも、恋人の切なさはしっかり感じてしまうのだから、なんとも世知辛いではないですか。世界はFワードで出来ているんかもしれない。誰がイエスなんて言ってやるものか。鼻息荒く最後のパンツを放り投げてしまうと、カンタはのどの渇きを感じた。台所にいって冷たい水を何杯もあおった。もしかしたら(もしかしなくても)、あのビールは妻の隣に寝ているあいつの飲みかけだったのではないか。そう考えるといてもたってもいられなかった。流しに全部吐き出してしまおうと頑張ってみたが、酔いはいい感じでカンタの緊張をほぐし、胃に拒絶反応は起こさせなかった。そうじゃなくても元来カンタの胃腸は頑丈で、よっぽどのことがない限り吐くということはない。最後の手段だとカンタは口の中に手を突っ込み、無理やりにでも吐こうとした。しかし指をよだれまみれしただけで、カンタの固く閉じた横隔膜はびくともしなかった。結局は徒労なのだ。手を洗いながらああ、とカンタはため息をついた。夢見ていた生活はどんなものであったか。ふたりで夢を揃えて、何気なく暮らすことではなかったか。そんな夢のような生活が見事に砕け散っていた。

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