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ふむ、かなり若い。毎朝鏡を見るたびに映りこむ三十五歳の男の顔とは違い、肌はツルっとしていて、生意気にもライトの灯りを照り返していやがる。さぞや、美味しい思いをしたのであろう。その肌にも、表情にも、満足の気配が漂っている。学生か、フリーターか、はたまた最近通いだしたという絵画教室の同僚か先生か。素性は分からないが、愛する妻はこの男の胸に顔をうずめて、安らかな寝息を立てている。そのすぐ真上では、寝取られ男が鼻息荒くしてるといのに、いい気なものである。生殺与奪の権利はこちがもっているのだ。今すぐ拳を振り上げて、この二人の側頭部に振り下ろしてやるのは簡単なことだが、そんなことをして何になるだろう。きっと飛び起きた二人は、慌てふためき、状況を飲み込んだところで言い訳にもならない言い訳を並べ、それでも駄目となると数の暴力でもってカンタをやっつけにくるはずである。どうやったって不届き者はこの二人なのだが、そこはあれこれ屁理屈をつけて、その場だけでもカンタを悪者にしてしまうのは想像に難くない。愛する妻がそんな卑怯な真似に出るはずはないと信じたいが、信じられないありさまがご覧の通りである。愛する妻は男の腕の中でもぞもぞと体を動かし、熱いため息をついた。クソったれ! カンタがいくら体をまさぐったって、そんな反応見せたことはないではないか。思い出したかのようにやってきたカンタの嫉妬心は、メラメラと音を立てて燃え上がり、カンタの体を熱くたぎらせた。再び汗が吹き出し、二人の寝むるシーツを汚す。そこでカンタは気が付いた、なんだってこんな暑いのだ。いったい何度に設定しているんだとベッドテーブルに置かれたリモコンを見てみると、なんと三十度であった。アホか、とカンタは小さくつぶやき、そりゃ汗だってかくわと温度を落とした。クソったれな世の中である。カンタがいくら誠意を尽くしたって、それが相手に伝わるとは限らないのだ。愛する妻は眠り続けている。だったらこのまま眠り姫となって、本当の王子様が登場するまで眠らせておいてやろうではないか。今は偽りの王子様の腕の中でお休み、と妻の寝顔に怨嗟を送るカンタだったが、だからといってこの先、どうすんべか……と途方に暮れるのであった。再度体を動かし毛布のずれた妻に、風邪をひいちゃうよとカンタは掛けなおしてやり、とりあえず寝室を後にすることにした。こんなことをしていたって何も始まらない。