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 月末に重苦しい雲どもが関東地方におしかけて、線路という線路を純白の新雪で染め上げ、鉄道会社が決めたダイヤを引っ掻き回したからである。全都のサラリーマンは週の半ばの水曜日、電光掲示板に流れる冷たい文字を前に、体を震わせて帰宅の算段をたてていた。このときカンタは四日分の衣服が詰まったキャリーバッグを引きずって、早くも黒く汚れた雪に新しい轍を作っていた。いつもは人も多く賑やかなこの町が、今日はまるで凍り付いていたかのように寂寞としていた、などとカンタは状況に似つかわしくない妄想をして少しでも気を紛らわせようとしてみたが、現に目の前にあるは人人人の人の群れ、道路には止まって動かない車の群れ、ついでに鳴りわたるクラクションに怒鳴り声のおまけつき。これには想像の世界に逃げ出したカンタもたちまち現実に連れ戻され、ちらつく邪魔な雪に八つ当たりし、大げさに払った手が隣を歩く人に当たりそうになり、睨まれてはとっさに目をそらし、雪がね、と誰に向けられたわけでもない言い訳をブツクサと呟き、そうなると自分の小ささを改めて再確認させられるはめになる。まったくなんて日だ、と赤信号で止まったカンタは、交通麻痺をいいことに信号無視を決め込んでいく同類を横目にため息をつく。天気予報では一週間も前からこの日の大雪を予想していた。大阪へ出張中だったカンタは、もしもの時は無理せずもう一泊してくるようにと会社からも忠告されていた。それでも商談が終わり、新幹線が動くと見ると、カンタは間髪入れずに飛び乗った。それもこれも妻の顔見たさだ。結婚して早くも三年目、世間では浮気をしはじめる時期だというが、カンタ中では相変わらず妻への愛が燃えていた。どこが、と問われてもカンタも困惑するのだが、自分でも分からない理由で妻を愛していた。単純に好きなのだから仕方がない、子供のような愛し方をカンタはしていた。三十路に手が届きそうな妻の顔にも老いの影がちらつきはじめているが、それもカンタには新しい発見で、新しい魅力に映った。そんな妻のもとへ、カンタは足を運ぶ。不意打ちで帰ってきた夫の見て驚く妻の顔を想像する。自然と頬がほころぶ。気を紛らわすなら最初からこれでよかったのだ。妻の顔を思い浮かべるだけでカンタの心には温かい物が広がった。凍り付いた世界などという安い妄想に逃げ込んでみた先ほどまでの自分をあざ笑った。背中を押された。ふと顔をあげると信号は青に変わっていた。せかされて歩き出す。カンタは一足ごとに妻の元へ近づいているのだと考える。もういちど妻の驚いた顔を想像してみる。いいじゃないか、カンタはほくそ笑み、妻の待つマンションを目指す。

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