<<07 転機>>
ーー 一体どうして・・・どうしてこんなことに・・・
俺は自身が目にしているこの状況を、すんなりと理解することができなかった。
ここは上級貴族が暮らす邸宅街から影を潜んで暮らす竜人が集められた貧民街で間違いない。
数年間、この周辺で暮らしていたことから今更道に迷うことなどまずありえないからだ。
だとしたら、俺の目の前に広がる光景は間違えようのない真実だった。
ーーどうして・・・っ!どうして家が燃やされているんだ・・・っ!
俺は燃やし尽くされる貧民街の家々を尻目に、ある場所へと迷うことなく一直線に急いで向かっていた。
向かった場所は言うまでもない。
--父さん・・・っ!母さん・・・っ!
俺の脳裏に二人の笑顔がこれ見よがしに再生される。
はっきり言って気分は最悪だ。
だが、今は二人の下へ走り抜けるしかない。
その途中、俺は何度も石に躓き、盛大に横転し続けた。
足にはいくつもの擦り傷が作られ、その擦り傷一つ一つから少量の血が分泌される。
塵も積もれば山となるとはまさにこのことだ。
少しの掠り傷が複数にもなると、襲い掛かる痛みは相当なもので、足が千切り取られるのではないかと思うほどに痛んだ。
この痛みを通してわかる、これは夢なんかじゃないと。
--痛い・・・っ!痛い・・・っ!でも、早く向かわないと・・・っ!
片膝から下を血で染め上げ、痛みに耐えながらも俺は家まで走った。
だが、家の前に着いたと同時に俺の膝は二つの意味で泣き崩れた。
あまりの痛さに耐え切れなくなった苦痛の叫びと、そしてもう一つはーーーー
--なんで・・・俺の家が・・・
悲しみに暮れる俺を目の前にしても、炎炎と燃え盛る炎は焼き尽くすことを止めない。
それに比例して、自然と流れ出てきた俺の涙も止みそうにない。
煌めく炎を見つめて、ただ呆然とする俺の肩に手を差し置く者がいた。
俺は涙を零しながらもゆっくりと、その手の持ち主の顔を窺う。
するとそこにいたのはーーーー
「君、怪我はないかい?ご両親は家の中?」
「と、父さんと・・・か、母さんがまだ・・・」
「そう、良く言えたね?偉い、あとは私に任せて。必ず君のご両親を助けるから!」
水色の長髪に鈴蘭の髪飾りをしており、アメジストのような煌めく瞳をした女性。
俺はただ彼女の後ろ姿を見ていることしかできなかった。
俺にはこの状況を何とかできるだけの力も知識もないのだから。
「ウォーター・ストリーム!」
彼女の両の手の平から放たれる水は、渦を巻いて炎の消火を試みた。
だが、炎は消え去ることなく、さらに火力を増していく。
「大丈夫、大丈夫だからね?必ず君のご両親を救って見せるから!」
炎から発せられる光によって、彼女の額から汗が滴れているのがよくわかった。
必死になって救出に臨んでくれているのだろう。
だが、炎の規模と火力から察するに、両親が無事に保護されるのは普通に考えられなかった。
--父さん・・・母さん・・・どうして・・・っ!どうして二人がこんな目に合わなけれないけないんだよ・・・っ!
二人を失ったと錯覚した俺は、完全に絶望の淵へと落ちていった。
辺りで騒ぎ立てられる悲鳴がだんだんと遠のいていくのを感じ、俺はもう何も考えることができなかった。
「大丈夫、大丈夫だから・・・だからそんな顔をしないでよ?」
俺は一体どんな顔をしているのだろうか?
顔の皮膚を伝る神経が正常に働いてないせいで、どんな顔をしているのか分からなかった。
だが、何となくわかる気がする。
この火災を目の前にして、きっと絶望を隠しきれていない表情をしているのだろう。
誰かが都合の良い言葉を並べたとしても、きっと俺の心には響かない。
--父さん・・・母さん・・・俺はこの先どうすればいいの・・・?
消火作業を行う彼女を助太刀するように、二人の男が駆け寄ってきた。
もう、どうしようもないというのに・・・
「ミネラ、まだ消火できないのか!?早く火をかき消さないと規模が拡大するぞ!?」
「分かってる!分かってるからソイルスは少し黙ってて!あーもう、『龍魂』を転生させるんじゃなかった!そうすれば一瞬でかき消せるのに!」
「ミネラ、それは言わない約束だろ?それより、ゼクスはどこにいる?」
「向こうの方で、一人消火作業してる!」
「分かった、俺がゼクスの方に向かうから二人はここを消火しろ」
「「了解!」」
そう言い残した紅色の髪の男は、消火作業仲間と思われるゼクスの下へと駆けて行った。
「おい、ミネラ!ここにいる少年は?」
「この家の子なの!家の中にまだ両親がいるはずなの!」
「何だって!?」
すると、ソイルスという男は突然俺の方に歩み寄り、
「大丈夫だ。お前の父ちゃん母ちゃんを俺が救って見せるからな!」
「ちょっとソイルス?あなた一体何をする気!?」
「そんなの決まってらー、この火災の中に飛び込むんだよ!」
「ちょ!ソイルス!」
燃え盛る炎の中に、ソイルスは生身の肌で飛び込んだ。
正気の沙汰ではないその驚愕の行動に、俺は嫌でも現実に引き戻された。
--あの人・・・あの人まで死んじゃう・・・ダメだよ・・・父さんも母さんも・・・もうダメなんだよ・・・だから・・・もういいよ・・・
俺は悲しみに暮れながらもしっかりとその二本の足で立ち上がり、ソイルスの方へと向かっていた。
その獄炎の下へと。
「君!これ以上はダメだよ!危険だから下がってて!」
両手で放たれていた『ウォーター・ストリーム』を片手に変更し、余った片手で俺が火災現場に近づかないように進路を断ち切った。
「早くしないと・・・あの人が・・・あの人まで死んじゃう・・・」
「君のご両親はまだ決まったわけじゃないでしょ?それに彼なら大丈夫だから!」
「どうして・・・どうしてそう言い切れるんですか!?確信できる何かがあるって言うんですか!?」
「・・・・・・確信はあるよ」
ミネラは、俺に向かって願いを込めるように言葉を綴った。
「これを話したら私たち四人はこの場にいられなくなる。だから、君に私たちの代わりに探して欲しい竜人がいるの。君が約束を果たしてくれるというなら、彼が大丈夫な理由をちゃんと教えるから」
「もし、それを断ったら・・・?」
「無謀にも、この火災の中にいこうとする君を全力で止める。ただそれだけよ」
俺の中に迷いが生じていた。
どうして赤の他人同然の家族を、命を投げるリスクを負ってまで助けようと思うのか。
普通の竜人なら、そんな犠牲行為は絶対にしない。
だからこそ、そんな投げやりの行動ができるミネラたちに、何か特別な秘密がある気がしていたのだ。
そして俺も少年だったため、他人の秘密事を無性に聞きたくなる年頃であることに間違いなかった。
だが、ミネラが口にしていた「この場にいられなくなる」という言葉が秘密を聞き出したい俺の欲求を全力で邪魔していた。
この場にいられなくなるの使い方は、恐らく貧民街にいることではない。
この竜人の国にいられなくなるということだろう。
俺の興味本位で、そんな苦渋の運命を四人は歩んでもいいのだろうか?
しかし、火災の中に飛び込んだ男の竜人のことを考えると、やはり彼らの秘密を知っておきたい。
そうでもしないと、心配で倒れそうになるから。
「分かりました、約束は守ります。だから、あの男の人が大丈夫な理由を教えてください」
「分かった、ただしこれは他言無用でお願いね?」
するとミネラは一つ、昔話を始めた。
「君たちみたいな若い子は知らないと思うけど、近い昔に『四大龍王』という最強を誇った竜人族が存在していた・・・その『四大龍王』が私たち四人なの。いづれ君たちはある問題に直面すると思うけど、それは私たちが人間の大賢者によって転生させた『龍魂』を持つ竜人族がきっと何とかしてくれる。だから、あなたにはその『四大龍王』の力を引き継ぐ竜人を探して欲しいの。そして誤った誇り高き竜人族の歴史を変えて欲しい。できることなら、どうか人間との間に生まれた同盟を断ち切るようにと『龍魂』を持つ者たちに伝えてもらえたら、私たちは悔いを残すことなくこの地を去れる。だから、火災に飛び込んだ彼のことは忘れて、君は家族の無事だけを願ってて?」
「そんなこと、俺には・・・」
ーー大事な家族を俺が助けなくてどうする!他の誰かに頼っていいものか!
俺は彼女の待機指示を無視して火災の中に飛び込もうとした、その時ーーーー。
俺の脳裏に、全く記憶のない思い出らしき光景が、突如浮かび上がってくる。
--これは・・・一体・・・
そこに映される光景は鮮明ではないのだが、誰かが話している場面だろうか。
一人称視点も含めて、全部で五人の姿が映されている。
奇妙な映像だけ脳内再生されており、話声は一言たりとも聞こえない。
そしてなぜだろうか。
ミネラの秘密を耳にしてから、心の内側で妙にはしゃいでいる自分がいる。
--俺は一体どうしてしまったんだ・・・?
自分の身に何が起こったのかわからないまま、俺はしばらくの間立ち尽くしていたのだろう。
その間、無事に救出作業を終えたであろう、揺らめく炎の中から現れた彼の姿を見て、俺は安堵したと同時に恐怖に陥った。
彼が両腕で抱えている、炭のように黒焦げた得体の知れない物体は一体何なのか?
俺はできるだけネガティブに考えないようにしていた。
だが、緑色の宝石を埋め込んだそのネックレスをぶら下げている物体を見て、確信してしまった。
そのネックレスは、紛れもなく母の物だった。
つい最近、父が母にプレゼントした代物だ。
--そんな・・・嘘だ・・・っ嘘だ・・・っ嘘だ!
衝撃のあまり、俺は現実逃避するかのようにその場で気を失ってしまった。
燃える貧民街がどうなったのかを知ったのは、俺が完全に目を覚ましてからだった。
最後まで読んでいただきありがとうございます!
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同時に「最強クラス『六宝剣』に選ばれなかった異端者」の方もよろしくお願いします!