<<06 連れてこられた先>>
「さあ、座って座って!」
シュゼリー・ママに連れてこられたのはダイニングルームだった。
シュゼリー・ママから催促されるように、俺はテーブル席へと着く。
四人用テーブルにテーブルクロスが覆いかぶせてある。
そして椅子は、恐らく純金で作られているのだろう。
高級感溢れるそのダイニングを目にした俺は、思わず背筋を伸ばして静かに座ってしまった。
「そんなに緊張しなくても大丈夫だよ?すぐにクッキー持ってくるからねー?」
「あ、はい。ありがとうございます」
シュゼリー・ママがダイニングから姿を消すと、入れ違いに一人の竜人がダイニングに召喚されたのを背中で確認した。
――――シュゼリーか?
振り返りたい気持ちを必死に抑え、俺はただ遠くの方を見つめていた。
するとその竜人は俺に声をかけることなく、真正面に座った。
その竜人はシュゼリーでもシュゼリー・ママでもなかった。
――――なんでここにお父様が!?
全身の血の気がスッと引いていくのを感じ、気まずさゆえに俺は下を向いてしまった。
――――どうして!?家にいなかったんじゃなかったのか!?
二人の間にしばらくの沈黙が流れる。
その間、お父様の視線が俺に容赦なく突き刺さっているのがよく伝わってきた。
お父様の動作一つ一つに肩を震わせる俺。
そんな地獄のような沈黙の時を破ったのは、シュゼリー・ママだった。
「あら?もう帰ってきたの?」
「ああ、ママにシュゼリーの命の恩人がうちに来てると聞いてから急いで帰ってきたんだよ」
「ふふ、本当に娘思いのパパね?」
「ママには勝てないさ」
夫婦円満なのは大変よろしいのだが、俺の存在を忘れられては困るんだが・・・
それにお父様が早く帰ってきた原因はシュゼリー・ママのせいか!
なぜお父様が早く帰られた原因が分かったところで、気まずさが和らぐことはない。
下を向き続ける俺に話しかけてきたのはシュゼリー・ママだった。
「緊張しなくても大丈夫よ?私たちはあなたに危害を加えるつもりはないから、ね?パパ?」
お父様の顔色を窺うと、シュゼリー・ママの一言一句に不満がないように大きく頷いている。
俺がようやく顔を上げると、お父様は両肘を立てながら、
「君には感謝をしても仕切れないよ。ありがとうね?」
「あ、はい。娘さんが大変美しかったので、傷つけられるのが耐えられなくて・・・でも、助けられてよかったです」
俺は心の底から思っていることを口にしただけだ。
なのに、今度はお父様の方が下を俯いてしまった。
――――やばい、怒らせちゃった・・・?
顔を色を伺う俺の様子を見た、お父様の隣に着席するシュゼリー・ママはクスクスと笑っていた。
一体何がそんなに面白いのか。
するといきなり顔を上げたお父様の顔には笑みがこぼれていた。
「――っかー!娘が傷つけられるのが耐えられなかったって、君は正義感が強い男なんだな!俺の後継者に相応しい男だ!いやー、これはめでたい日だ!」
「――後継者?」
後継者の話をシュゼリーからもシュゼリー・ママからも聞いていない。
シュゼリー・ママの方に目をやると、
「そういえばまだ言ってなかったね?パパは四つの竜人学園の一つ、『焔学園』の学園長なのよ。驚いた?」
「いや、今日一で驚きました。娘さんからは一流の魔法使いだと聞いていたので、てっきり戦いに身を置く人かと」
「戦いって、今はそんなものないぞ?人間族の方々がお守りしてくださっているから」
「そうなんですか、でもそれと後継者に一体何の関連性が?」
一流魔法使いなら、その力を上手く利用して生徒に教えればいい。
お父様方の意図を上手く汲み取ることができない俺にシュゼリー・ママは、
「一流にもなれば誰かに魔法を教えるのも簡単なのよ。それに、もし人間族様に何かあった時、頼れるのはパパたち一部の竜人にしか使えない魔法『四龍』しかない。老いた体よりも若い体の方が今後のことも考えて安心でしょ?」
つまりは何かあった時の保険をかけたいというわけだ。
若いうちから、その『四龍』の力を使いこなせるようになれば、シュゼリー・ママの言う通りで今後とも安心だろう。
だが――――
「俺、貧民街の竜人ですよ?そんな大役、俺にはできません。なぜ娘さんを後継者にしないのですか?」
するとお父様はテーブルを強く叩き、
「可愛い娘を戦場に立たせる父親がいるか!そんなことはないと分かっていても、もしものことがあったらどうするんだ!」
「そう・・・ですよね?すみません・・・」
息を切らすお父様をなだめるようにシュゼリー・ママが「まあまあ」と肩を軽く叩く。
落ち着きを取り戻したお父様は俺に謝罪を入れてきた。
「取り乱して悪かったな」
「あ、いえ。こちらこそ、そこまで考えていなくてすみません」
「あなたが謝ることじゃないよ?パパは重度の娘馬鹿だから仕方がないのよ」
「は、はあ・・・」
「それより、後継者の話。受けてもらえるかな?」
「で、でも・・・」
貧民街の竜人が、そんな貴重な魔法を使っていると周りに知られたらどんな反応をするだろうか?
殺されたりはしないだろうか?
数々の不安が俺の脳裏に過る。
俺の気持ちを悟ったようにお父様が、
「そんなに周りの認知が心配か?」
「ま、まあ・・・」
「そんなに心配なら、一緒にうちに住め!君のご両親も一緒に」
「え!ほんとに!?」
お父様でもシュゼリー・ママでもない女の子の声が後ろから聞こえた。
振り返ってみると、身なりをきちんとしたシュゼリーの姿があった。
「シュゼリー、いつからそこにいたの?ダメじゃない、立ち聞きなんて」
「だって、部屋にヘルゼアがいなくなってたんだもん。慌てて探してたらここから声が聞こえてさ?だからしょうがなくない?」
「ママ、後でシュゼリーにも話そうとしていたことだから許してあげよう」
「もう本当に甘いんだから」
溜息をつくシュゼリーママの真正面に座るように、シュゼリーは椅子に着いた。
要するに俺の隣だ。
「それで!?ヘルゼアがうちに住むの?」
「まあ、正確にはご両親も一緒だけどな?済むかどうかは彼次第さ」
「ねえ、ヘルゼア。一緒に住もうよー?」
「で、でも・・・」
「まあ、とりあえず親御さんと相談してみたらどうかしら?」
俺にはわからなかった。
日陰者の俺たち一家が、金持ちと一緒に住んでもいいのかどうか。
戸惑いを見せる俺を見たお父様は、両の手の平を大きく一回打ち合わせた。
「よし、君は親御さんに必ず聞くこと。いいね?」
「あ、はい・・・」
「これは男と男の約束だからな?絶対に破るんじゃないぞ?」
「ちゃんと聞きます」
「これでこの話はおしまい!ママのクッキーをみんなで食べよう!」
「賛成―!」
シュゼリーに続いて、俺もシュゼリー・ママのクッキーを頂いたのだが、全く味がしなかった。
隣で美味しそうに食べるシュゼリーの横顔を見て、クッキー自体には何も問題はなさそうだった。
原因があるとすれば、俺にあるということか。
もしかしたら、金持ちにしか知りえない特殊な味付けが――――いや、そうではない。
単に、今の俺に余裕がないからだ。
金持ちと一緒に暮らしてもいいのかという不安と、こちらの事情も汲み取らずに勝手に話を進めていく不満が入り混じっているのだ。
だが、せっかく作ってくれたクッキーを無駄にすることができず、俺は味がないクッキーを噛みしめる。
そしてクッキーを食べ終え、帰路に就こうとすると、すでに日が沈みかかっている。
「早く帰らないと・・・」
母との約束を思い出し、俺は夕日が照らす大地の中を駆けて行った。