<<15 約束>>
大変お待たせいたしました・・・
「あ、お帰りなさい!大丈夫だった?」
セノアが俺の帰りに笑顔で出迎える。
久しぶりにお帰りなさいと言われ、俺の脳内に家族との記憶が自然と湧き上がってくる。
テーブルを囲み、楽しい団欒の時が当たり前に続くと思っていた日々。
そして、家族を失った俺には、その言葉はもう無縁の関係だと思われていた。
だからこそ、この言葉の重みは、他のどの言葉よりも心にズッシリとくるものがあった。
お帰りなさいという言葉は、帰ってきた者を迎える挨拶の語だ。
つまり、セノアは数時間の間ではあったものの、俺の帰りを待っていてくれていたのだ。
その帰りを待っていたセノアの姿が、家族の姿とやけに重なって俺の心を酷く締め付けた。
だが、ここで泣くわけにはいかんぞとばかりに、唇を噛みしめながらセノアの挨拶にしっかりと応じた。
「た、ただいま、大丈夫だったぞ?制服ももらったしな」
「へえー!それじゃあ明日から学園生活が始まるんだね!」
「まあ、そうだな。それで学園長から詳しいことはセノアから聞けって言われたんだけど」
「あー、それは恐らく、さっき話した学園の説明で一通り大丈夫だと思うよ?」
ここへ来てから、一番最初にセノアから聞き出したことだった。
俺たちの会話を聞いていない学園長が、俺たちの会話内容を全て把握しているはずがなく、すでに済んでいるとは思っていなかったのだろう。
まあ、学園長の気遣いには、結果がどうであれ感謝しなければいけなかった。
「それじゃあ、私は学園長の元へ戻りますね。だ・れ・かさんのせいでこぴっどく叱られてきます」
「いちいち強調しなくても良いだろう。まあ、頑張れ」
「他人事みたいに・・・もとはと言えばあなたのせいなんですからね!」
男はそう言い残すと、重い足取りで再び学園長の部屋へと戻っていく。
その後ろ姿を見送った後に、扉をゆっくりと閉め、ガチャリと鍵をかけた。
そんな俺の背中を見つめ、セノアは不思議そうな顔をしながら尋ねる。
「ねえ?なんであの人は学園長に怒られるの?」
「ああ、そう言えばセノアは知らなかったな。俺が『テレポート』させた男が学園長の寝室で寝ていたんだよ」
「え!?それは・・・死刑ものだね・・・」
「まあ、そうだな」
「私たちも・・・怒られるのかな・・・?」
男たちは、被害者という立場なのにも関わらずに学園長から説教を受けるのだ。
加害者である俺たちが怒られるのは当然だと思っているのだろう。
「大丈夫だよ、ちゃんと説明したから」
「説明って・・・?」
「実験のために利用させてもらったと正直にな。別に学園長は怒らなかったぞ?」
「え、それってあの人たちの罰が重くなるんじゃ・・・」
「どういうことだ?」
「だって、私たちみたいな子供にやられたってことになるでしょ?大の大人が子供一人にやられたってなると問題になるんじゃ・・・」
セノアの言うことは確かに一理ある。
普通に考えれば、大人は子供よりも遥かに力をつけているはずだからだ。
だが、それはあくまで周囲の認知の問題だろう。
俺はそんな風には決してそうは思わない。
力とは、強さを証明するもの。
その強さに子供や大人など関係ないのだ。
強い者は蹂躙し、弱い者は淘汰される。
世の中全ては弱肉強食でできている。
それは四つの『龍魂』関係なしに、貧民街出身の竜人なら誰でも知っている常識だった。
だからこそ、許せなかったのだ。
貴族階級のろくに力を持たない雑魚が、その権力だけで貧民街を燃やし尽くしたことが。
俺は沸々と沸き立つ怒りを抑えながら、セノアに自身が考える価値基準を示した。
「子供とか大人とか関係ない、そんなのはただの言い訳だ。子供が大人に勝てないと誰が決めた?世の中は弱肉強食だ。強き者は蹂躙し、弱き者は淘汰される。俺はそう思うよ」
すると、セノアは考え込むように人差し指と親指を顎に添えながら、俺の価値基準に対する自身の考えを主張した。
その考えは、誰かたちの考えによく似たものだった。
「そうだよね・・・そうだよね・・・!一つのスキルを極めれば、大人に勝つことは不可能じゃないよね!確かにヘルゼアの言うとおりだ!」
どうやら、セノアも完全な一致とまではいかないが、大体同じ意見のようだった。
力があるものが、上に立つことを許されている。
それがたとえ、子供であろうとも。
そういう意では、この罪人が集まる学園のシステムも似たようなところがあるのかもしれない。
セノアも俺と同じような考えを持っているとするなら、話は簡単だ。
これからセノアには、魔法『睡眠』を極めてもらう。
俺自身、『睡眠』の魔法は使うことができず、使えるのは『炎・水・土・空』の四種類だけだった。
龍王たちから得た情報でも、『睡眠』の魔法と思わしき情報は一切なかった。
恐らくは、人間が与えたくだらない知識が影響したせいで生まれた魔法なのだろう。
だが、それを極めさえすれば人間の悪知恵の賜物でも、何かしらの成果を得られるはずだ。
『極める者』、それが名高き竜人族に与えられた称号なのだから。
世間が俺を理解できないというのなら、俺は理解者を集め育てるだけだ。
当初の予定通り、俺たち『極めし者』が上位に君臨することができれば、自分たちの思想の誤りにも気が付くだろう。
俺は早速セノアに提案を持ち掛けた。
「そうなれば話は簡単だ、セノアは『睡眠』を極限まで極めればいい。そうすれば、お前は見下されることはない」
だが、セノアが抱えている問題は、決して俺の言葉なんかで解かせるような代物ではなかった。
呪縛のように彼女を締め付けるのは、他人からの評価。
それがセノアという幼き少女を苦しめていたのだ。
暗い顔をするセノアの震える口からは、本心と思われる弱音が零れていた。
「無理だよ・・・できてたらみんなに見放されていなかったんだから・・・だから・・・私はいつまでもお荷物のままなんだ・・・」
弱気なセノアに、俺は一言だけ告げた。
決してセノアに気に入られようと言ったわけではなく、心の底から彼女に、これだけは伝えなければいけないと思ったからだ。
だが、その言葉を聞けば誰もが救われる『魔法の言葉』で間違いなかった。
「いいか?よく聞け、他人からの評価なんて気にするな。セノアが気にするべき評価は俺だけで十分だろう?セノアの『睡眠』という魔法はそのうち化けると俺は確信している。だから、お前の評価はいつも満点だ。だから・・・泣くな。セノアは俺の評価を参考に前だけを見ていればいい、ただそれだけでいいんだ・・・」
小さくなってしまったセノアの頭を優しく撫でながら、俺は思っていたことを全てぶつけた。
他人からの評価を気にしてしまうのは、どの種族でも同じことと言えるだろう。
だが、セノアはこんなところで立ち止まっていい竜人じゃないと思ったのだ。
他人の評価で潰れてしまう逸材があってなるものか。
しかし、すぐに他人の評価を気にするなと言っても簡単に心理状態をリセットできるものではない。
だからこそ、「他人の評価なんてクソくらえだ」と言えるくらいになるまでの特訓と心のリハビリが必要なのだ。
未だ俯き続けるセノアに、俺は引き続き言葉を重ねる。
「一人で抱え込もうとするな、俺とセノアはパートナーだろ?だから、俺にもセノアの痛みを分け与えてくれないか?そうすれば、俺が何とかする。だから・・・」
俺が話を続けようとしたところ、セノアの方から口止めがあった。
それは言葉での強制口止めではなく、物理的なものだった。
セノアの顔が数センチ単位のところにあり、俺の冷え切った唇がだんだんと温かくなっていく。
どうやら俺は、セノアと接吻しているようだ。
頬を紅潮させたセノアが愛おしく思うと同時に、ほのかに香る甘い香りのせいで、彼女から離れたくなくなってしまう。
女の子はずるいと思いながら、俺はセノアの気が済むまで接吻を続けた。
そして、セノアが俺の顔からゆっくりと顔を離すと、魅力的な笑顔で俺に告げた。
「今日あったばかりだけど、私、ヘルゼアのことが結構好きよ?ヘルゼアの答えを聞こうとは思わないけど、ヘルゼアが迷惑じゃなかったら、ずっと私をそばに置いて欲しいな?」
「俺には好きかどうかの感情はよくわからない、だけど、セノアがいて迷惑だとは思わない。愛おしくすら思うよ」
「それじゃあ、まだチャンスはあるってことだね・・・わかった!私ヘルゼアに似合う強い女の子になるよ!そしたら私と契りを結んでほしい・・・ダメかな?」
冷たいことを言うようだが、恋愛をしたことのない俺には、セノアがどんな気持ちなのかがよくわからない。
だが、一つだけはっきりしていることがある。
それは、恋愛がセノアの原動力になっているということだった。
人は、行動を動かすだけの原動力がないと立ち上がれない生き物なのだ。
もしそうだとするのなら、セノアに欠けていたものは、原動力の核になる『目標』だった。
その目標ができたとなれば、あとはその目標に向けて登るだけだ。
「俺は恋愛なんてしたことないからわからないけど、ヘルゼアがそれでやる気になるのなら・・・」
「それじゃあ・・・!」
「ああ、これからもよろしくな」
パァーッと明るくなるセノアの笑顔を見て、不覚にもつい可愛いと思ってしまった。
この後、セノアは俺と一緒に寝ようとしてきたが、色々なことがあったせいで意識しまくっていた俺は、その誘いを断り、明日の初学園登校に向けて別々で就寝に就くのだった。
大変お待たせいたしました。
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今回は他人の評価を気にするという、人間らしさを醸し出した回となりました!