<<14 学園長室での出来事>>
ここで俺がやるべきことを、一度整理しよう。
まず、俺がやらなければいけないのは、いつ復活するかわからない魔人族との戦いに備えて、他の竜人族の力を伸ばすこと。
方向性は具体的に決まっていないが、『四大龍王』の力を持つ俺が頂点で蹂躙し続ければ問題はないだろう。
貧民街出身であり、前科一犯の罪人だ。
そんな訳ありに負けるなど、誰が許すものか。
だから俺は、とりあえずこの犯罪者が集う学園の頂点を取ればいい。
それが今すぐにでも果たすべき、目標だろう。
だが、この学園の評価ポイントは『チーム対抗戦』と学園マナーを重視したものになる。
すぐさま頂点を取ることは難しいだろう。
すでに頂点で君臨している者がいるだろうから、そいつらとの格差は計り知れない。
--これに限っては、地道にやっていくしかないな・・・
そして、俺が頭を抱えて悩むポイントが一つ。
それは、竜人族の歴史を大きく狂わせた元凶である、大賢者とどう接触を取るかだ。
現代における大賢者の地位と言えば、竜人族が神のように崇めるほど。
学園に通う俺に、ましてや犯罪者がお目にかかれる存在ではないことは確かだった。
--人間族と何かしらの交流があれば、接触するチャンスが生まれるのか・・・?
人間族との交流があれば、少しは大賢者について得られる情報があるのかもしれない。
だが、そもそもの話、人間族と交流できる状況を作り出せるかだ。
貧民街出身の俺は、この地域区分の外へすら出たことがなかった。
それよりも遥か先の領土に足を踏み入れるのは、物理的にできるだろうか。
--人間族がこっちに来る機会はないものか・・・
再び思考の渦へと飲まれそうになる俺に、前を歩く男が告げた。
「もう少しで着きますよー!くれぐれも失礼のないようにお願いしますね?無礼を働いたら、私の首が飛びかねないので」
「ああ、できるだけ善処しよう」
「いや、そこはできるだけじゃなくて、絶対にしないと言って欲しい所なんですけど・・・心配だな・・・」
ガクガクと膝を震わせる男を見る限り、学園長は相当おっかない竜人なのだろう。
まあ、この男のためにも節度に振舞うとしよう。
「さあ、着きましたよ」
男が扉前で立ち止まると、その扉に埋め込まれていた数多くの宝石がキラキラと輝きを放っていた。
どうやら、上級貴族という見立てで間違いないだろう。
男はノックを二回ほどした後に、ゆっくりと扉を開いた。
すると扉の先には、高級そうな革を使ったソファーに座る一人の老人がいた。
扉付近で待機する二人に、その老人が指示した。
「お前はそこで待機していなさい。そこの坊やは私の向かい側に座りなさい」
「はい、失礼します」
俺の受け答えを見届けた男がホッとしているのは目に見えてわかった。
本当に俺は信用されていないらしい。
老人の指示通りにソファーに腰かけると、老人は俺に尋ねてきた。
無論、誰もが気になるであろうことだった。
「その両腕はどうしたんだい?生まれつきかな?」
ここに連れてこられた理由に付属するものであるため、包み隠すことなく全てを告げた。
「いえ、つい最近あった『大火災』の放火犯を殺した時に両腕を失って、気が付けば生えてました」
「なるほどな、んで?なぜ、坊やは放火犯を殺したんだい?」
「自分の故郷を燃やされれば、その放火犯を殺したくなる衝動に駆られるのは当然の成り行きでしょう?それを否定でもされるつもりですか?」
「ちょ!学園長になんて口を!」
扉付近で待機する俺の側近が、ここぞとばかりと俺を咎めようとする。
だが、学園長は「まあ、待て」と一言男に告げて、俺に再び尋ねた。
「その殺人のせいでここに連れてこられたんだぞ?分かっているのか?」
「無論です。しかし、反省も後悔もしていません。あのクソがこの世から消え去ってくれるのが俺の本望だったので」
「そうか、反省もしていないし後悔もしていないと」
「はい、俺は当然のことをしたまでです」
俺の意思は隕石よりも遥かに固い。
でなければ、そもそも復讐などやっていない。
そんな俺の態度を見た老人は、ふと立ち上がり、隣接する部屋への扉の元へ向かいながら、
「合格だな、この学園にいるにふさわしい存在と言えよう。そんな坊やにこの学園の制服を・・・」
老人が扉を開けると、事件は起こった。
老人は呆然としており、俺は微動だにせず、側近の男は顔面蒼白。
それもそのはず、老人が開けた扉の先は学園長のプライベートルーム。
机もあり、本棚もあり、そしてベッドもあり・・・
そのプライベートルームに置かれているベッドの上で、眠りについている男が一人いたからだ。
俺たちはこの男に心当たりがある。
少し前に、実験対象に選ばれた、『選ばれし男』だった。
老人は側近の男の方を笑顔で見つめている。
だが、目は完全に笑っていなかった。
--仕方がない、俺が蒔いた種だから助けるとしよう・・・
一言たりとも話さない男の代わりに、俺が一連の流れを説明した。
「その男は俺たちの能力向上のため、実験対象として使わせてもらいました。そこへテレポートさせたのは俺の失態です。すみませんでした」
すると老人は怒りを露わにするどころか、驚いた様子で、
「テレポートが使えるのか・・・?その年でか?」
「はい、今この場でお見せしましょう」
『再現』を使用し、ドラゴンの両腕にスカイブルーの発光元が行き渡ったところで、俺は眠っている実験対象に『テレポート』を使用した。
場所は言うまでもなく、側近の男の目の前だ。
『テレポート』に掛けられた男は、一瞬にしてその姿をくらまし、側近の男の元へと帰っていった。
一連の流れを目に焼き付けていた老人は、目を丸くしていた。
「まさか、坊やの実力がここまでのものとは・・・」
「まだ力の一端を見せただけです。他にも色々できますけど?」
「これは、とんでもない逸材が現れたな・・・」
そして老人は、俺にこの学園の制服を渡すと同時に、期待の眼差しを向ける。
「坊やに期待しておる、学園の頂点になれるように頑張るんじゃぞ?」
「もともと頂点を目指しているので」
「たくましいものじゃ。・・・・・・さて、坊やを部屋へ送り届けた後にお前はこの場に戻ってくるように」
「・・・・・・はい」
これは誰もが理解できる、死の宣告だった。
まあ、俺のせいでもあるのだから、軽い刑で済まされるだろう。
座り心地の良い椅子から立ち上がると同時に、老人が告げた。
「明日から学園生活に参加してもらうから、詳しくは同室のセノアに聞いとくれ」
「分かりました」
「そして、明日『チーム対抗戦』の内容発表日だから楽しみに待っておれ」
上機嫌にしか見えない老人が起こる姿をまるで想像できなかった。
まあ、成人の男と少年の男の年齢差が関係しているのだろう。
俺は、側近の男の元へと向かって行き、学園長の部屋を後にした。
当然、二人きりになった空間で男が黙っているはずがない。
「ちょっと!なんであそこに召喚したんですか!?」
どうやら、学園長のベッドの件の話をしているらしい。
だが、こちらもどこに飛ばしたかわからないとしっかり公言している。
学園長にも一通り説明をしたのに、一方的に責められるのは明らかにおかしい。
俺は反論に出た。
「そもそも、俺の力を借りたのが間違いだったんだ」
「違いますよね!?実験しなければよかったんですよね!?」
「それは仕方のないことだろ、ああでもしないと俺たちの実力がわからないんだから」
「そこはちゃんと認めてくださいよ!」
今思えば、確かに俺が実験対象に彼を選ばなければ、一連の騒動は起きなかったのだが、あれは仕方のないことだった。
そう自分に言い聞かせて、正当化する。
そして二人は口論をしながら、セノアの元へと戻っていくのだった。