<<10 復讐はやめられない>>
さて、両腕を取り戻すことに成功した俺は、本来の目的である『ボルク暗殺』を実行に移すことにした。
一度両腕を失った俺は、彼の生存確認を心の底からしたがっていたのだが、今更確認するまでもない。
両腕が再生した今なら、彼に容赦なくとどめを刺すことができるからだ。
安否など関係ない。今この瞬間にとどめを刺せば、彼が死ぬ事実に変わりはないのだから。
俺はゆっくりとボルクへと近づき、その炭になった彼を見て至らぬ点を発見してしまった。
--どう考えても、燃え尽き方が浅い・・・
俺がこの目で見た両親の亡骸はこの程度ではなかった。
もっと黒く、性別すら確認できないほどに無残な姿だった。
性別が確認できるようなら、まだまだ燃やし尽くす必要がありそうだ。
ーーだが、どうすれば『火』を出せる?これも妄想でいけるか?
俺は試しに『火』を頭の中で連想させ、『火』の発火を試みた。
すると、俺の体の一部に異変が生じたのだ。
その部位は言うまでもなくドラゴンの両腕で、その黒鱗の僅かな隙間から橙色の光を放ち、それが両腕全体に行き渡った。
当然、何もわからない俺は驚きを隠せないわけで、
「うぉ!なんだこれ!」
俺の意思が光の消光に切り替わると、光はあっけなく姿を消し去った。
ここまでの出来事が重なれば、誰だって容易にわかるだろう。
--これって・・・俺の意思と連動しているのか・・・?
俺は一度消してしまった『火』の意思を強く固めた。
すると、再び橙色の光がドラゴンの両腕を駆け巡った。
--間違いない、俺の意思と連動してるんだ・・・!
そして俺は、更なる上のステージへと挑戦を始めた。
俺は『火』を連想させると同時に、腕に纏おうと意識を向けた。
ボルクに目掛けて『火』を着火させる手もあったのだが、万が一のことを考えて、自身の腕に決めたのだ。
だが、腕から『火』が一向に姿を現さない。
どうやら少し前の件もあり、無意識に怖気づいているようだ。
まあ、誰しも腕を大破させられた直後に、同じようなことをしようとすれば当然ビビるだろう。
--大丈夫だ・・・!今度の腕はドラゴンなんだぞ?そう簡単に大破するわけがない。
俺は自分にそう言い聞かせて、意思をさらに強く持つようにした。
すると、『火』の方も俺に応えるように両腕一帯に火を纏った。
どうやら、大破の心配もなさそうだ。
--痛みを感じない、熱さを感じない。この腕なら『火』に耐えられるってことか・・・
しかし、俺には納得がいかない点が一つあった。
それは、火力だ。
ボルクを燃やし尽くした『火』とは比べ物にならないくらいの火力が、俺の腕を保護するように纏っていた。
『火』という言葉では収まらないぐらいの火力、まるで『炎』だった。
その『炎』が延々と俺の腕を燃やし尽くす。
無論、痛みは全く感じない。
「魔法って妄想だけで使えるものだったのか!腕の再生も妄想、全てが妄想で回っているんだ!」
全ては妄想で何とかなると思っている俺は全力で妄想した。
ボルクが炎に包まれる光景を。
そして、妄想は実現したのだ。
ボルクは言葉にならない悲鳴を上げながら、炎の中で悶えていた。
どうやら、まだ死んではいなかったらしい。
「ハハハ!どうだい?炎で炙られる気持ちは!お前がしてきたのはこういうことなんだぞ?死んでいった竜人への謝罪の言葉もないのかい?」
俺は彼を見下した。
だが、天罰は俺を罰することはできない。
なぜなら、彼は俺が殺すまで天罰を与えられてこなかったのだから。
炙られ続けるボルクは、謝罪の弁どころかまともに声すらも出さない。
いや、出せないと言った方が適切だろうか。
炎の中には呼吸障害を引き起こす有毒が含まれているのだ。
呼吸器官がやられてしまえば、ろくに言葉を話せなくなるのは当然だと言える。
普通に言葉を話せるようになるのは、恐らく彼が死したその時になるだろう。
なぜなら、彼が死ぬまで炙り続けるのだから。
「燃えろ!燃え尽きろ!焼滅しろ!」
ボルクに情けを掛けることなく炙り続けていると、俺たちの元に二人の男竜人と、顔見知りの男竜人が姿を現した。
しかし、俺の『炎』は彼らの存在を気にすることなく燃やし続ける。
そして、異常なまでの状態に一人の男が声を上げた。
「これは大変だ!誰か!水!水を持ってきてくれ!」
男はご近所に救援要請を求めるが、それでも俺は攻撃の手をやめない。
彼が灰になるその瞬間をしっかりと目に焼き付けたいから。
中途半端な復讐はもってのほかだ。
実行するなら、完膚無きまでの復讐でなければ全く意味がない。
大声を上げれば俺が攻撃の手を止めるとでも思ったのか、男は酷く焦りだす。
「ど、どうにかしないと・・・!子供の命が・・・早く、早くしないと・・・!」
「落ち着けよ、まずは彼を止めることが先決だ。水は彼を止めるまでの間に準備をすればいい」
取り乱す男にとっては、頼れる先輩と言ったところだろうか。
確かに、取り乱すことなく冷静に状況判断をしているところは高評価ポイントだろうが、この先輩の男はまるで理解しちゃいない。
人の憎しみはそう簡単に抑えられるものではないということを。
この男は平和に慣れ切った人生を歩んできたのだろう。
だからそんな簡単なことが言えるんだ。
俺を止める?は、俺はボルクを殺すまでは攻撃の手はやめない。止められるものなら止めてみろよ!
「喧嘩かな?一体どんな理由で喧嘩したのかな?冷静に考えてみな?さすがに燃やすのはやり過ぎなんじゃないかな?」
先輩と思われる男が俺に近づくなり、気安く声をかけてきた。
子供相手に用いられるその言葉遣いに、俺は激しい憤りを覚えた。
当然だ、俺の憎しみを馬鹿にされたようなものなのだから。
俺はその男に一言返した。
「気安く声をかけるな、俺の邪魔をするようならお前も燃やすぞ?」
子供とは思えないその迫力に、すっかり男は腰を抜かしてしまった。
それだけにとどまらず、なぜか遠くにいる男も腰を抜かしていた。
そんな二人に溜息をつく顔見知りの男は、俺の方へと近づき始める。
どうせ、説教の一つや二つをするつもりだろうが、大人相手でも容赦はしない。
邪魔するというなら、誰であろうと燃やして殺す。
それぐらいの覚悟を持って復讐しないと、『大火災』で死んでいった竜人たちは報われないままあの世を彷徨い続けることになるのだから。
そして、顔見知りの男は俺に向けて告げた。
「シュゼリーから出て行ったと話を聞いてみれば、ヘルゼア。お前はここで何をしている?」
「お前に関係ない。さっさと男二人連れて行かないとお前ら全員死ぬことになるぞ?」
「・・・お前はそれでいいのか?それであの『大火災』の復讐を果たしたつもりなのか?」
「は?一体どういうことだ?」
彼の口ぶりから、『大火災』の放火犯はボルクだと知っているようだった。
だとしたら、俺が言いたいことはただ一つ。
「お前は放火犯だと知っておきながらこいつを野放しにしていた。なぜだ?」
「仮にもこの子は『焔学園』の生徒だ。生徒を守らなければならないのは上に立つ者の役目だろう?」
「だったら死んでいった奴らはどうなる?誰かがこいつを殺さないと誰も報われない。生徒だからって甘っちょろいこと抜かしてんじゃねーよ」
「子供の過ちを正すのも、上に立つ者の役目だ。だからこの辺にして終わりにしなさい」
「そうかよ、だったら終わらせてやる」
安堵の息を漏らすシュゼリー・パパだったが、誰が攻撃の手を止めると言った?
俺が終わりにするのは、彼を『炎』で炙り続けることだ。
それを止めるということはつまり、こいつの人生がここで終わるということだ。
俺は妄想でさらなる火力を『炎』に求めた。
ドラゴンの両腕から発光される、橙色の光が一層増し、『炎』はさらなる火力をギャラリーに見せつけた。
「ヘルゼア!今すぐその『炎』を火を止めなさい!でないと彼は・・・」
「一つだけ教えてやる!お前は知らないかもしれないが、シュゼリーを傷つけたのはこいつだ!それでもお前はこいつに情けを掛けるか?」
俺は知っている。
この男は愛する娘が誰かの手によって傷つけられることに、怒り狂っていたことを。
俺は見逃さなかった。
大層ご機嫌に振舞っているように見えていたが、心の中では激しく怒り狂っていたことを。
俺は信じてる。
この男なら、俺の気持ちを十分に理解した上で、彼を殺すことに賛同してくれることを。
この男の頭の中は常に家族の事だけで回っている。
そんな男に俺は問おう。
「もし、お前の家族が誰かに危害を加えられ、死んだとしたらどうするか」・・・と。
答えは明白である。
傷つけられただけで憤慨する彼が、愛する家族を殺されたらどのような行動に出るかを。
人というのは理屈で動かない。本能で動く生き物だ。
殺したいと思うから憎しみが生まれ、憎しみが生まれるから殺したいと思う。
殺人なんてただそれだけの理由なのだ。
後先考えることを放棄し、現状に満足いく結果を求める。
それが人という生物の本質なのだ。
この男は俺とよく似ている。
だからこそ、彼の答えを聞いたと同時に、俺の心の中は裏切られた気分で一杯になった。
「それでも、生徒は生徒だ。俺たちの役目は子供を見守ること。その反対の行いを感情に任せてするわけがない。だから、お前も彼も俺は助けなければならない。それが俺たちの義務だ。だから、その『炎』を・・・」
「綺麗ごと並べてんじゃねーよ!そう言うのが一番ムカつくんだよ!」
感情が魔法に影響をもたらしたというのだろうか。
『炎』の火力は更に跳ね上がり、十秒もしないうちにボルクは骨すら残らず灰と化した。
その現状を受け止められていないシュゼリー・パパと男二人はただ茫然と立ち尽くしているだけだった。
俺の『炎』への執着はすでに消え去っており、気が付けば炎は跡形もなく消え去っていた。
そして、俺は彼らに一言放った。
「俺は殺人を犯した。どこへでも好きに連れてけ」
俺の中に逃走心はまるでなかった。
自分が誤ったことをしていないと、誰に何を言われようと断言できるからだ。
世間から逃げ回るような真似をする必要がない、俺の行いが一番正しいのだから。
そして俺は腰を抜かした男二人組に挟まれながら、どこかへ連れて行かれるようだ。
迷いが何一つないような快晴の空の元、俺は天に向かって声を届けた。
--俺は、殺されたみんな、父さんと母さんの無念を晴らすことができたかな・・・?
そして俺が起こしたこの事件が、後に大きな問題として取り上げられることになろうとは、この時の俺は知りもしなかった。
本日も最後まで読んでいただきありがとうございます!
復讐劇を書くのにかなり苦労しました。
主人公に自身の感情を移入し、本能のまま生きる小学生ぐらいの年の子ならこうするかなって感じで書いていったので、少し違うなと思う部分があるかもしれません・・・
あとヘルゼアの言動は、両親を殺された怒りが積み重なっていき、口が悪くなっていってます。精神が崩壊している感じです!
それでも面白いなと感じられたら、ブックマーク等々頂けると幸いです!