知らなかった娘
コンコン
ドアのノック音で目覚めた。誰だよ。ドアに近寄り、声を掛けた。
「押し売りなら間に合ってます」
さて、もう一眠りするか。
コンコン
え?しつこい…ドアを開けて、文句を言うか。ドアを開けると、緑髪のハーフエルフの少女が、笑顔を僕に向けてきた。
「誰?」
どこか遠い昔の知り合いに似ていなくもないが…
「お父さん!」
少女が僕に抱きついて来た。はぁ?お父さん?娘を作った覚えは無い。
「誰?」
「リンドですよ、お父さん」
リンド?知らないなぁ~。
「勘違いだろ?僕に娘はいないけど」
「これ、お母さんから預かってきました」
少女が手紙を手渡して来た。手紙に目を通す。
『姉さんの葬儀の日…泣き濡れ、疲れて、爆睡していたあなたと…てへ♪娘をお願いしますね』
って…はぁ?夜這いされたのか?そして、僕はハイエルフに犯されたのか…口が塞がらない衝撃を受けた。
彼女の妹との間の子供…おいおい…
終末の日まで寝て過ごそうと思ったのに…子育てしろって?いやいや、生涯独身でいようと思った僕に、なんてことを…
寝ていた祠から出て、近くにある僕の家にリンドと向かった。久しぶりに起きて、ノドが乾いたのだ。長年住んでいなかったせいか、家はボロボロな廃屋になっていたので、『修復』で修理して、家に入る。そして、二人分の珈琲を淹れた。
「あれから、どの位経ったんだ?」
「叔母が死んで10年と聞いています」
そうなると、リンドは10歳か。ハイエルフ、エルフは15歳くらいまで身体が成長し、その後、その姿で1000年ほど生きる。
「これ、何ですか?苦いです」
珈琲を飲み慣れていないのか。苦みを抑える為に、砂糖とミルクを入れてあげた。
「で、何に来たんだ?僕の正体を知っているんだろ?」
「お父さんと一緒に暮らすためです。お父さんの正体?私のお父さんですよ」
あの腐れハイエルフは、娘に僕の正体を教えていないのか…
「でも…祠に封印されていたってことは、そういう存在ってことですか」
自分で自分の正体を言え無い為、頷いておく。
「お母さんは大それたことをしたんですね」
苦笑いしているリンド。
◇
娘と暮らし始めた。娘は母親に、200年ほど僕と暮らせと言われたそうだ。僕といれば安全だと…おい!生殺しだぞ。名を知らぬ愛した女性に瓜二つの娘って…手を出せないだろうに。彼女の妹は茶目っ気有りすぎである。今ではハイエルフの里のナンバー2らしいが。
娘、リンドは家事が出来るようで、僕の身の回りの世話をしてくれている。10年ぶりの目覚め…思考が夢心地である。
リンドは弓による狩りが得意らしく、森で獲物を毎日狩って来てくれる。基本、僕は食べないでも大丈夫であるが、リンドはそうもいかないので、一緒に食事をするようにしている。そんな暮らしをし始めた矢先…僕を訪ねてきた少女がいた。
「お父さんですよね?」
銀髪の少女。遠い昔に似た女性に会っている。いや、似た童女と暮らした覚えがある。
「お父さん、彼女は?」
リンドが訊いてきた。
「会った事無いが…」
「お父さんですよね?両親に捨てられた私を、育ててくれたのは」
あの童女か…緑のハイエルフに、出会った前だ。2年くらい暮らしただろうか。
「アイリスか?」
「はい…」
僕に縋り、泣き始めた少女。彼女の父親は勇者で、母親は精霊であった。緑のハイエルフのいたパーティーのメンバーである。勇者達が魔王討伐の旅に出た後、僕はアイリスの両親の代わりに、アイリスと暮らして、育児をしていた。しかし、魔王を討伐した後、勇者はアイリスを迎えに来ず、人間の王女と結婚をしたそうだ。アイリスの母親は、勇者の聖剣に封じ込まれている。精霊を封じ込んだ聖剣は、精霊の属性の剣に変貌する。要するに、アイリスの母親は勇者に騙されたのだろう。
緑髪のハイエルフは、その勇者に捨てられた。魔王討伐の際に、重症を負ったのに、その場に放置されていた。魔王討伐を果たしたと聞いたのが、一向にアイリスの母親が帰って来ない為、僕は魔王の間に行き、緑髪のハイエルフを見つけたのだった。懸命な治療をしたのだが、その当時の僕は修復術をマス
ターしていなく、彼女の欠損箇所を修復出来なかった。
悔しさと人間の愚かさを抱き、世捨てをしようと決意し、アイリスを精霊の里に預け、緑髪のハイエルフの亡骸をハイエルフの里へ連れ帰り、そして自ら封印の祠に僕を封印したのだ。
二人に、僕の知っている真実を話した。
「許せない…叔母さんを見捨てたの」
「お母さんは、私を捨てたんじゃないの…封印された?」
あの勇者は碌な者では無い。色々な国の王女と結婚をし、大帝国を気築き上げ、今では帝王と名乗っているらしい。
「人間って、そんな者だ」
「なんで、そんな人が勇者なの?」
アイリスに訊かれた。
「勇者は人間にしかなれない。この世界の神が決めた理だ」
この世界の神は、良かれと思って、そんな理を作ったのだろう。人間は色々な種族の中で秀でる項目が少ないが、欲深さはナンバー1であろう。
「理?」
「維持神と言う神が定めたルールだよ。この世界の者は皆、そのルールに沿って生きているんだ」
この世界で産まれた者は、この世界の理を破れない。それは世界を維持する上で、大事なことである。娘二人は難しい顔をしていた。