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maヰking-メヰキング-  作者: 井口 由良
青い春と書いてセイシュンと呼ぶ
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 福岡県の山奥に人口3000人行かないくらいの、小さいけれど星の綺麗な田舎村がある。小学校、中学校、高校、それぞれ1校ずつ建っている。そのたったひとつの高等学校である星実業高等学校に、九頭竜(くずりゅう)伽螺舍(がらしゃ)は通っている。

 上品な深いグリーンのジャンパースカートが歩くたびにふわふわと揺れる。連動して、先天性色素欠乏症(アルビノ)である伽螺舍の真っ白に近い髪の毛が一緒に波を打つ。生まれつき、この目立つ容姿のせいで、幼い頃から初対面の人にはよく色眼鏡で見られたものだ。入学式の時も多くの視線に晒されていたせいで、そういうのには随分慣れていたはずなのに、気疲れした。


 今年の4月に入学してから約1ヶ月。伽螺舍は学校へ出向いていた。ゴールデンウィークというプチ長期休暇の時期に差し掛かった。が、彼女らに休んでいる暇などなかった。なぜかというと、2ヶ月後に迫った産藝祭(さんげいさい)という文字通りのお祭りが催されるのだ。

 星実業高等学校には3つの学科、工業科、農業科、化学科があり、それぞれ2年次からは各々が専攻を選ぶシステムになっている。また、1年時は、所属学科の基礎だけでなく、他学科の基礎も学ぶという決まりになっている。

 産藝祭は各々が属した学科に準じて、複数人でグーループを作るか1人で作業するかは自由だが、必ずひとつは展示品などを製作せねばならない。


 開催まで2ヶ月もある、と思ってしまうだろうが、そんなことはない。(むし)ろ、もう2ヶ月しかないというか感覚だった。特に入学したての新入生は切羽詰まった状況に置かれているに違いない。まだ赤子同然の技術しかないわけであって、作品を作れと言われても右も左も分からない。教師らのサポートはもちろんある。だが、上級生らの技術に圧倒され、焦りを覚えていた。だからこうして、休みを返上してまで学校で作業する1年生が多いのだ。特に工業科の生徒が多く見られる。


 だが伽螺舍は特段焦っている様子はない。学校には出向いているものの、校舎2階の教室の窓から校庭で作業する同級生らを眺めていた。


「あ、伽螺舍」


 今時珍しい木造でできた校舎の廊下の軋む音。その数秒後、引き戸特有の引きずるような音が聞こえた。直後、背後から中世的な声で名前を呼ばれた。振り返れば、色素の薄い琥珀色の髪の女子学生が立っていた。学科は違うけれども、彼女は今年入学した同級生のアナスタシア ・C・柊。彼女もまた入学式で伽羅舍と同様に美人だのなんだのと、注視されていた。


 アナスタシアがファーストネームだが、長いためかクラスメイトのほとんどは彼女のことを柊、と呼ぶ。柊は彼女の日本のミドルネームだそうだ。名前の通り、そして容姿の通り、彼女は外国人だ。正しくはハーフと言ったらいいのか。しかし、それでも形容し難い複雑な血の混ざり方らしい。


 アナスタシアは伽羅舍のすぐ前の席に座った。


「あんたもひとりでやってんの?」

「ん、あぁ、まぁ」


 だらけた気のない相槌を打った。

 2人ともが窓の外を向いたまま互いを見向きもせず会話を続けた。


「うん」

「へぇ、何、製作(つく)ってんの」

「トランスフォーマー」

「したっけ……変身すんの?」

「そう」


 変身と言っても簡易的なものだと説明する。だがアナスタシアは、少年のように目を輝かせた。彼女は少年趣味だった。可愛いものより、カッコいいものを好んだ。その反応に悪い気はしない。試作品が出来たら1番に見せると約束した。そう言ったらまた表情が高揚していた。


 アナスタシアが教室を出て行ってからどれくらい経っただろうか、結構な時間ぼーっとしていた気がする。腹の虫が鳴った瞬間、止めていた思考を再び回した。

 やはり人間の3大欲求には耐えられず、食堂を目指した。ゴールデンウィーク中にもかかわらず、食堂は運営されている。祝日返上、有難いことこの上ない。


 今、伽螺舍は食券機の前でメニューの選択を迫られている。オムライスに、きつねうどん、かけ蕎麦、親子丼。豊富なメニューに決断ができない。1ヶ月で全品書きを制覇した伽螺舍。どれも美味しかった。だから決められない。強いて言うなら、彼女の腹はお米を求めている。そこで、オムバーグライスと、おにぎり3兄弟と言う名のおにぎり定食の2択まで絞り込んだ。

 伽螺舍のお腹はもう限界だ。早く飯をくれ、と唸っている。

 そこで思いついた。同時にボタンを押して出てきた方にすればいいのだ。一方が一生食べられないわけでもない。更に、調理場のおばちゃんたちに言えば、追加トッピングもできるのだから。

 心の中で、タイミングを測っていざ、ボタンを押そうとした時だった。


「なにか、迷ってるの」


 突如かけられた声に肩を揺らした。狙いを定めていたボタンを押すことは叶わなかった。代わりに出てきた食券は正しく発券され存在を露わにした。なんとも言えない虚しさだった。


「ホットサンド……」


 肩を落とし仕方なしと、お釣りと一緒に食券を持って注文カウンターに向かった。声をかけたであろう見知らぬ青年に小さくお辞儀をして。


「あらぁ、ガラシャちゃん、今日はホットサンド?追加は?」


 1ヶ月通っていたせいか調理場のおばちゃん全員に顔を覚えられ、こうやって気さくに話しかけてくれるようにもなった。


「ひとつは、中身、餡子がいい。追加、は……」

「単品3兄弟追加で、これ食券。あと俺はオムバーグライスお願いします」


 割って入った声に振り返ると、先程券売機の前で伽螺舍に声をかけた青年だった。彼は何事もなかったかのように注文を終えて、伽螺舍を近くの席に促した。

 対面で座ったまではいいものの、初対面の人間と仲良くなるようなコミュニケーション能力は、生憎(あいにく)持ち合わせていない。学校指定のスリッパと科章の色からして3年の先輩だ。部活も何もしていない伽螺舍には、先輩後輩というコミュニティのルールなど分かるはずもない。だからと言って仲良くコミュニケーションを取ろうとも思っていなかった。


「えっと、ごめんね」


 伽螺舍の頭はクエスチョンマークで埋められた。これまた唐突な謝罪に困惑した。

 そして彼は続けた。


「違うボタン押し他やろ、だから、ごめんね」


 名前も知らないこの先輩はどうやら気付いていたらしい。だがそれは彼のせいではない。声をかけられなければ確かに望み通りのものが胃袋に納められたかもしれない。そこまで食べたいものへの執着は大きい方ではない。食べることは好きではあるけれど、伽螺舍の場合は胃に入れば良しなのだ。

 だからその(むね)を伝えた。


「大丈夫、です。先輩、こそ……この、これ、おにぎり……」

「気にせんでいいよ。俺がしたくてやったことやから。お腹いっぱい食べたらいいやん」


 そう優しく笑った。

 結局そのまま一緒に食事をとった。他愛のない話ばかりだったし、彼もそんなに対人関係が得意ではないそうで。変に気が合うところがあった。

 彼の名前は加賀雪平(かがゆきひら)。3年の工業科機械専攻という情報を得た。雪平の家は、村で唯一、機械や自動車の修理点検を行う工場だと言った。彼の父も星実業高等学校のOBだそうで、よく工業科に実習の指導をしているそうだ。同じ学科なら会うだろうと言った。


「じゃあ、また。工藝祭頑張って」

「先輩も」


 そう言って雪平とは別れた。

 伽螺舍も今日のノルマを終わらせるため、作業着を着て工場に向かった。

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