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その最弱は力を求める  作者: コトユエロテイ
第1章【とある異世界における生存戦術】
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7.【不幸に愛される】


「どうして右手で持つの?」


当時、約12年前。左利きという才能に恵まれていた子供は、何故だか自分でその才能を捨ててしまった。

自分の才能の無さに気付いていなかったから、そういう側面もあったのだろう。だからこそ、才能という甘美な響きを容易に不必要とした。

しかし、きっとそれだけではなかった。


問いかける大人に向かって、なんと言っただろうか?

覚えている。夢に見たことさえある。だけれど、口に出すことすら恥ずかしい。いや、脳裏に浮かべるだけでも赤面ものの、とんでもない答え。

子供特有のフワフワしていて、イライラして、純粋で、本当に眩しいような、恥ずかしい理由。


「ひだりては、あの子とつなぐほうだから」


そんな理由で、今は喉から手どころか胴体全部出るほどに欲しい才能を、そこらのゴミと同じようなものだと思った。身の程知らずだったから?そうかもしれない。


しかし、きっとそれだけではなかった。何故ならその選択を、ミカミ・アキトは一度たりとも後悔したことがないのだから。



眼鏡に触れていた左手を、リンカーネーションの右手が包み込んだ。その暖かさに安心し、その柔らかさに赤面し、その優しさに心惹かれる。

伏せていた視線を上げる。豊満な胸を通り過ぎて、色気のある鎖骨、首元すらも置き去りにして、優しい瞳に釘付けになった。

優しいけれど決意にあふれた瞳に、()()()をみた。

瞳を合わせる事が苦手だった。

自分が透かされているようで、心臓を握られているようで。けれど、そうじゃない相手が居た。


嬉しそうに微笑んだリンカーネーションが、そっと右手を膝へと戻す。


「いい?その眼鏡はきっとアキト君を助けてくれるだから、絶対につけとかないとダメだよ?」

「あ、ああ。でも、戦う力ってのは……」

「その眼鏡は武器だよ。」

「?」


リンカーネーションの言っている事が、よくわからなかった。

人差し指をピンと立て、さも教師のように振る舞うその姿は、献身的で非常に愛らしくもあるが、胸元が非常に危ない。主に男の子的な意味で。そんなアキトの心中など知るはずもなく、リンカーネーションは言葉を続ける。


「アキト君は武器を手に入れた。けど、それを使う力がない。」

「……っ、ああ」


きっと、リディアに言われていたら激昂していた。また、リンカーネーションに手間をかけさせていた。それほどに、ミカミ・アキトという人間の根本は、無力感というものに染め上げられている。いっそ清々しいくらいに。


「眼鏡が武器なら、力は知識。アキト君は、力で千歩先を行く戦人(いくさびと)に、知識で千歩を詰めるしかないの。」


ミカミ・アキトの価値を示すために、少女は云う。


「魔力理論。この世界には、魔力、魔術、魔法。魔力理論によって解明された、魔力学がある。」

「つまり……」

「それを頭に叩き込む。それが、アキト君の当分の目標!」

「魔力学……か。」


まだ剣術を習った方が強くなれるのではないか?そもそも、大して勉学でも才覚を発揮しなかった自分が、異世界という常識そのまま違う世界の理論を理解できるのか?もしできたとして、それは己を守り得る力になるのか?

疑問が湧いてくる。とめどなく溢れるそれらは、強引にねじ伏せても尚あふれ続ける。

リンカーネーションが信用できない訳ではない。リンカーネーションは何も悪くない。新たに授けようとしてくれるリンカーネーションに悪いところなど、あるはずもない。悪いのは、アキトだ。

大した才能がない。力が欲しい。戦える力が欲しい。そう求めたくせに、受け入れられない。まるで子供の癇癪だ、とても幼稚な天邪鬼だ。


(信じて欲しいな?)


声が聞こえた。

リンカーネーションの声。それは、つい数分前に聞いた、本当に自分のことを考えてくれていた、とても温かい声。とても、暖かい声。

得体のしれない魔力学が怖い?信用できない?受け入れられない?ならば、愛しくてたまらないリンカーネーションを見ろ。信じられるはずだ。受け入れるどころか、求めたはずだ。

信じるべきは、リンカーネーションだ。


「力が、欲しい。」


リンカーネーションがピクリと震えた。ほんの一瞬。


「どうして?」


アキトがピクリと震えた。ほんの一瞬。


「戦うため。」


そういうことを聞かれているのではないと、わかっていた。けれど、答えを出すには、その問いは深すぎた。

答えから逃げたのは、わかっていた。なにが正しいのか、なにが1番なのか。ベストアンサーを掴み取るには、どれだけ脳内が蠢めけばいいのか。

リンカーネーションは、それ以上聞かなかった。



天高くから降り注ぐ光は、朝よりその高度を増し、若干の鬱陶しさすら覗かせていた。そんな炎天下一歩手前、少し暑い春ほどの気温の下を歩く少女の姿があった。

金麗の美しい髪は、絹糸のように光を反射し、それに彩られるクールな表情は万物を見惚れさせるといっても過言ではない。ウエスト周辺を締めるような服装であるため、腋から腋腹、そこから太ももへと続く美しい曲線が強調され、露出はほとんどないのにも関わらず非常に煽情的な趣のある姿となっていた。


鉄骨の剣士との激闘。まだ1日ほどしか経っていないその余韻は、腕の骨を軋ませる感覚となって残っていた。

己が、リディアという少女が、この辺境の地に呼ばれたのは何のためか、再確認する戦いだった。


ふぅ〜、と長めのため息をついて、村の中でおそらく2番目に大きい建物の扉に相対する。


(相手は中央都(セントラル)でも有名な性欲男。警戒しておきましょう。)


密かに魔力を装填し、そっとパネルに触れる。そうすれば、扉の奥からくぐもったベルの音が聞こえてきた。それとともに、怠慢な動きで鳴らされる靴音も。その人物の人柄を知っている、とまではいかなくとも、知らなくはないとするリディアには、その重苦しい足音すら、己への苛立ちに聞こえた。


ガタリ、内開きのドアから覗いたのは、燻んだ青髪をくしゃくしゃに携えた、小太りの男だった。



「なるほど、彼はリディア様の協力者だと……」

「はい。きっと、彼は役に立ってくれるはずですから。」


当代カーミフス村の村長。先代、当代の父にあたる人物の死によって、若くして村長職へと就任。そんな紹介文とともに語られることの多いその人物、ガルド・カーミフスは一度の改名の後に本格的な村長職に就いた立派な長だ。これまでの全ての意見のすり合わせはレリィが行なっていたため、リディアがガルドに会うのは今日が初めてだった。

嫌な予感を感じながらも持ってきた封筒から書類を差し出す。


「それで、今日の話なのですが」

「リディア殿の()()ですね?」


人を物としてでしか見ていないような言葉。思わず顔をしかめそうになるも、リディアのポーカーフェイスはそこまで甘いはずもなく、一拍おいて首肯した。


「今回の件は、あくまで対人の調査。『攻撃』とも『防御』ともどちらにもなり得る状況です。なので、私が派遣されました。」

「ということは、ファルナ様もこの事態を重く見ていると思っていいんでしょうか?」

「はい。間違いありません。」


リディアを派遣した。それはつまり、この村で起こるかもしれないことに対して、最大限、またはそれに近い警戒を、この国が抱いているということと同義だ。それは、すでにリディアとガルドの中で共通認識。緊張感も高まるわけである。

それに、リディアはすでに剣すら交えている。その脅威を、威力を、殺意を、刃を、決意を、何ものをも淘汰する鋼の意思を、一身にその身に浴びている。

同時に、確信もしている。それが、()()()()()()

不穏な予感を胸の奥で燻らせながら、会議を進める。


「私の()()()については、こちらの書類でご確認を。」


ただし、その()()という言葉の意味について、やんわりと釘を刺した後でだ。


「それでは。被害状況を確認させてください。」

「ええ、私どもの村の男が1人、腕を斬りつけられました。そして、『対抗手段を寄越せ。』と伝言を頼まれたそうです。」

「その方は?」

「あぁ……多分無事だったはずです。全く、軟弱な。」


その軟弱な人物の忠告にビビり散らかして、わざわざ中央都(セントラル)から対抗手段を呼び寄せたのは誰なのか、と悪態をつきたくなるも、これ以上話を長引かせないためにグッと思いとどまる。変わらぬ無表情で懐からペンを取り出し、重ねられた書類から一枚を抜いて要項を書き込んでいく。

よくよく考えれば、これだけでここまでの大規模な事案になるものなのだろうか?

頭にスッと湧き上がった疑問。それは、抱くにしてはいささか悪趣味すぎるもので、口に出すには馬鹿馬鹿しすぎるもので、無いと切り捨てるには、少々証拠が揃いすぎている考えだった。

つまり、リディアを派遣した中央都(セントラル)は、この樹林に危険人物、それもとてつもない強さの狂人が潜んでいることを、知っていたのではないか?

疑問を殺すには至らなかったが、なんとか押しとどめて息をついた。


「私は、明日から村近辺の捜索を3日間継続。発見次第撃破します。村には、大事をとって1週間の厳戒態勢を敷いてください。」

「わかりました。それで、少年の方はなにを?」

「アキトですか……?彼は……」


視線があった。かつての自分を思い出してしまう、純粋な、悪意の視線。今朝の出来事だ。なのにも関わらず、ついさっきの出来事のような気がした。鮮明に、罵声が、悪意が、何もかもが、思い出せた。

彼は、なにを成せるのか。なにができるのか。


今日1日という短い時間で、リンカーネーションからなにを得られるのか。


未知数な戦力だ。無理解な少年だ。不愉快な悪意だ。奇怪な、運命だ。

それでも、その運命が己に問いかける。きっと、いつかのあの日のように、問いかけてくる。リディアという人間に。ならば、立ち向かわねばならない。


「彼は、善行を積ませることにします。」


リディアという人間は、不幸に愛されているのだから。



「じゃあ、ここまで復習したらお昼ご飯ね?」

「お、おう……」


力に愛されなかった少年は、リンカーネーションの愛の鞭によって一切の力をこ削ぎ落とされていた。

視界の良好さに任せてやる気を全身にみなぎらせた数分後。始まった怒涛のリンカーネーション講義に、やっとの事で休憩時間が回ってきたのだった。

基礎中の基礎。基礎どころか、それを構成する常識から教えなければいけないため、リンカーネーションは苦労しそうなものだが、アキトの無知さを知っているのか、ひとつひとつ懇切丁寧に指導。中々の進行速度であった。


「それじゃあアキト君、答えてね?」

「おう!昼飯のため!」


満足げにリンカーネーションが笑って、復習を始める。


「魔力とは?」


リンカーネーションから投げかけられた言葉。この世界の魔力学に重きを置いた指導の中で、腐るほど、朽ちるほどに出てくる単語。そして、やっとの事で概要を暗記した、最初の単語。


「この世界の全てのものに変換することができる万能物質であり、全ての生命活動に必ず必要な絶対物質。」

「うんうん。上出来だね。」

「まぁ、要は魔法だけじゃなくて生きるのには絶対必要なすごい物質だと……」

「そうだね。」


リディアの爆炎しかり、グレンの身体能力しかり、アキトの生命活動しかり、この世界はほぼ全ての現象、活動に、魔力という絶対プロセスが付きまとう。何かについて語る時には、魔力という単語なしでは全容を解明できないほどに。そして、そんな万能物質だからこそ、アキトの作戦という行動にも、当然組み込まれている。というより、それがメインとなる。


「それじゃあ、魔力の変換方法は?」

「消費が少ない順に、魔術、魔法、顕現魔法。」

「うん、正解!」


嬉しそうにポニーテールを揺らして笑うリンカーネーション。同時に、その凶悪な胸も揺れているわけだが、どうやらそれには気づいていないらしい。思わずガン見してしまうが、なんとか視線を上に引き上げて、その笑顔になんだか照れ臭くなった。

言ってしまえば、この3単語を覚えることは大して難しくない。これほどの暗記だったのなら、こんなに頭を抱えてはいない。理解に苦しんだのは、ここまで時間を食ったのは、そのそれぞれの特性によるものである。


「魔法と顕現魔法が、完全に才能で決まるってところは理解した。だけど、魔術ってのがなんで汎用性に優れてるのかが分からないんだ。」


魔法、顕現魔法。それは、脳付近の春刹(しゅんせつ)という機関に備わっている、いわば銃のようなものである。ある人、ない人、銃の威力が強い人、弱い人、その形態は千差万別だが、魔法、顕現魔法を扱う者は、皆一切の例外なくその春刹の銃に魔力を装填する。そして、引き金を引くことで魔法を、または顕現魔法を発動させる。

つまりは元から備わっている春刹の性能次第で、全てが変わるというわけだ。なのにも関わらず、魔術というものは汎用性に優れ、扱えない者はそうそう居ないという。その矛盾に、大きく頭を悩ませていた。


「そうだね〜。うん、アキト君は、魔術と魔法が、全くの別物だってことを理解した方がいいかもね。」

「全くの、別物?」

「そう。」


人差し指を立てて、楽しそうに頷くリンカーネーション。こんな教師に教えてもらったら、成績もうなぎ登りだったろうな、と感慨に耽る間も無く、リンカーネーションが本を開いた。

開かれた本は相当使い古されていたのだろう。ページの随所に汚れが付いており、端には若干破られた跡すら見受けられる。そんな老舗ページに描かれているのは、都合7個の図形。よく見れば、その図形の全てが小さな丸い粒でできていることがわかる。


「このページの粒、これは魔力の粒子を表してるの。」

「魔力の粒子……」

「例えば……これ!」


リンカーネーションが指差した先、細長く、薄く、カーペットのように広がっている図形が見えた。もちろん、全てが魔力の粒子とやらで作られている。


「これは火属性の結合なんだけど、魔力はある決まった形に結合すると、この世界の物質に変換されるの。」

「てことは、魔力をこの形に結合させれば火が出るのか……。魔力を叩き潰せば火が出るってことなのか?」


もとは色も、形も実体も、視認することすらできない魔力が、人の眼に映るという可視性を手に入れる手段のひとつ。決まった形に並ぶことで、魔力同士は結合する。そして、その定型に応じた現象となって世界に現れる。

火属性の結合状態は、カーペットのように潰されて伸ばされた状態。到底作り出せないだろうほどの力が必要になるが、魔力を何かしらの力で押しつぶし、引き伸ばした場合、そこに魔力は火となって現象化する。


「まぁね、ただ、その結合状態を普通に作ろうとすると、とんでもない力と条件が必要になるから、先人は魔力のある特性を見つけたの。」


まるで自分が発見したことのようにドヤ顔で本を見せつけてくるリンカーネーション。うざ可愛い。


「それが、魔力が振動に反応する特性。魔力振動呼応現象!」

「っ!なるほど、つまり特殊な振動を魔力に加えることで、魔力が簡単に結合してくれるってことか?」

「そうだよ。うんうん、飲み込みが早いね。さすが私のアキト君……!」


チラチラと上目遣いで見上げてくるリンカーネーションのことに気づかず、言葉を続けるアキト。まるで釣り糸の先に想いを馳せる釣り人、命の果てに成果を夢見る研究者である。

「む〜」と頰をぷくっと膨らませるリンカーネーションに、キラキラした瞳でアキトが詰め寄る。


「その振動は、どうやって生み出すんだ!?」

「ひゃ、ひゃうぅ、アキト君!教えるから!近い!」


真っ赤な顔を片手で隠しながら、アキトを押しのける。そして、まだ、冷め切らない赤い表情でアキトを睨む。


「この振動は、アキト君もよく知ってる物だよ。」


若干怒りながら、リンカーネーションがアキトを指差した。


「?特別な機械とかじゃなくてか?」

「違うよ。私たちが現象に変換できる魔力は、基本的に体の中にあるものだけ。つまり、体の中で振動を起こさないといけないの。」


魔法、顕現魔法も現象化に使うことのできる魔力は体内のものだけである。魔法を扱うための春刹に魔力を送る必要があるからだ。

それは、魔術であっても例外ではない。春刹を用いない魔術であっても、何かしらのアクションをダイレクトに伝えるには、体内に魔力がないといけないからである。

そうつまり、その振動とは。


「声、だよ。」

「声……?もしかして、骨伝導か?」

「そ、決まった振動を送る、まぁ声に出すってことだけど、それをすると、体内の魔力が呼応して勝手に結合してくれる。」

「……」

「あとは、その結合状態の魔力を体外に放出する。ただし、魔力は完全な循環物質。すぐに結合が解けて、魔力粒に戻っちゃうから気をつけてね。」


声、もとい振動によって、体内の魔力はそれに応じるように結合、現象化する。この結合状態の魔力を放出することで、春刹を一切使うことなく魔力を変換することができる。


「質問ばっかで悪いんだが、その振動を生み出す声って、どうやって出すんだ?使いたい時に特殊な振動を見つけられるほど簡単じゃないんだろ?」

「これも、アキト君は知ってるんじゃない?リディア様と一緒にいたんでしょ?」


思考。

リディアと共に戦った、いやリディアに戦わせた樹林の戦さ場。その銀閃の切り結びの中で生まれた、鮮烈すぎるほどの赤。

それは、どうやって成された?


「っ、そうか、そうか!あの詠唱は、振動を与えるための!!」


グレンを相手取ったリディアは、とてつもない熱量の爆炎でもってその刃を振るった。しかし、相手に悟られる可能性を孕んでいるというのに、わざわざ毎回詠唱を行なっていた。普通、タイミングを読まれる危険性を考慮して、黙ったまま使うのが勝率的に1番だと思ったが、それが絶対的に必要なものだとしたら納得できる。

リディアが発した『インフェルノ』という詠唱は、魔術の発動条件を満たすための振動だったのだ。


感動に震えるアキトに、リンカーネーションが暖かな視線を送った。


「うん。アキト君はきっと、とっても素敵な人になれるよ。」

「え?なんか言ったか?」

「ううん。ご飯、食べに行こ!」

「おう」


リンカーネーションの表情は、言うまでもないだろう。



翌日。アキトが寝食を行なっている部屋に、リディアとリンカーネーションが勢ぞろいしていた。といっても、その頭数はたったの3人だが。

ベッドに腰掛けるアキトとそれと相対するように移動された机と椅子。そこに腰掛けるリディア。その静謐な瞳には、変わらぬ冷徹なものが見える。


「覚悟は、できたみたいね。」

「ああ。」

「女の子に1日かけてやっと決められる覚悟にどんな価値があるかはわからないけど、その一歩で確実に前のあなたよりは遠のいたわ。おめでとう。」


虚空に皮肉をこれでもかと盛り付けて、それをわざわざ顔面に叩きつけてきたリディア。前回の二の舞になる、と思われていたのだろうか。苛立ちを隠すまでには至らないものの、アキトは空間に一切の波を立てなかった。

部屋を満たす怒号も、少女を刺す悪意も、一蹴されるような精神も。全ては一歩遠くへ置いてきた。今、ミカミ・アキトが握っているのは、決意の刃だ。情熱の証だ。臆病者の慟哭だ。けれど、1番英雄に近い、勇気だ。


「人類に18年達成できなかった偉業を、リンカーネーションが1日で達成してくれたんだ。決めるしかないだろ。」

「……いいわ。これで晴れてあなたも協力者ね、よろしく。」


顔面に残っていた皮肉を少しだけ叩き返して、アキトがリディアを見据えて、心中の感情を1番簡単に言い表した。


「ありがとう。」


リディアが一瞬、ぴくりと体を揺らした。ほんの少し頰に赤が現れ、大きな瞳がアキトから逸らされた。そして、ほんのすこしもじもじを繰り返し。


「ど、どういたし……ましてっ!」


まるで決め台詞のように構えていた座右の銘を、とうとう言えなかったのだった。



塔を彷彿とさせるほどに積み上げられた本の数々、今にも倒れそうなその街並みの中で、アキトとリンカーネーションはほんのすこしの休息を取っていた。というのも、


「今日中に事態は動く……か、どう思う?」

「アキト君がさらわれた事を考えると、相手はまだアキト君を狙ってる。そして、そのアキト君に逃げられる可能性がある。」

「てことは、昨日は俺のことを探してた、とかなのか?」

「多分そうだろうね。それか、なにかに手こずってたとか。私はこっちの方がありそうだと思う。」


今朝リディアの残していった言葉。それは、今日グレンと刃を交える可能性があると示唆する、いささか不穏すぎるものだった。そして、あり得ない話ではない、むしろあり得ないことの方が可能性の低いという考察すら納得できてしまう、いささか信憑性のある。


「はぁ〜、荷が重い……」

「まぁまぁ、アキト君は戦闘に活かせそうなことを昨日のうちに叩き込んであるんだから、リディア様のサポートさえできれば、どうにかなるよ。」


そう、昨日昼から夕飯にかけて、リンカーネーションの鬼指導は続き、やっとの事で使えそうな知識はアキトに叩き込まれていた。

たとえどれだけ知識を蓄えようが、どれほど修練を積もうが、アキトが準備することのできた時間は約1日。付け焼き刃、そう言われてしまえばどうしようもないほどの短期間だ。アキトが戦々恐々してしまうことも責められまい。

そんなこんなで集中力の欠如が著しいアキトには、リンカーネーションから頭を撫でてもらうというサービスが贈呈されている。

照れ臭さを感じつつも何故か抵抗できなかったため、アキトもそれを甘んじて受け入れている。

机に突っ伏しているアキトを正面から撫でるリンカーネーションの表情は、どこか幸せそうだった。


「そうだ、アキト君。私、ちょっと本を探してこようと思うんだけど、一緒に来る?」

「ああ、行く……」


青白い顔で返事したアキトに苦笑いして、リンカーネーションが席を立った。それに倣ってアキトが億劫そうに続く。

リンカーネーションが向かった先、カウンターのようなスペースには、いくつかのパネルとそれを仕切る板。そして、使用者用だろう椅子が置いてある。

異世界に似合わぬ、と言っていいのか、アキトの異世界というイメージから逸脱したというのが正解だろうか。妙に近代的な印象を受けるそのパネルはわずかに薄い翡翠を発しており、アキトには読み取れない文字やアイコンに彩られている。


逡巡なくパネルに指を這わせ、リンカーネーションが何かを入力して行く。

つまりは、この異世界にも図書館で蔵書を検索できるシステムを備えているということだろう。


「これって、どうやって動いてるんだ?」

「難しいなぁ……まぁ、簡単に言えば魔石だよ。魔力をどの現象化にも当てはまらない形で結晶化させた、まぁエネルギー源みたいな感じかな?」


懐中電灯やリモコンなどに使われていた電池と、その役割自体に差異はないだろう。このトンデモ技術は、科学力で動いているわけではなく、特に理由ない論理で作動しているわけでもない。魔力という絶対的なルールによってもたらされている恩恵だ。


リンカーネーションの隣の椅子に腰掛け、アキトも画面を覗き込む。


「ちなみに、この村のポーションも魔石で作られてるんだよ?」

「そうなのか?」

「そ」


思わぬ関連性についつい食い気味になってしまうアキト。

この得体の知れない機巧を動かす透明なエネルギー。それを固めた魔石。そこから、アキトやリディアを裂傷の嵐から掬い上げてくれた救世主、ポーションができている。

その超性能に疑問を抱くも、パネルを操作するリンカーネーションの概要を待つ。


「っていっても、ただ魔力を固めた魔石じゃないの。」

「なにか特殊な魔石なのか?」


視線はそのままパネルに縫いとめて、しかし意識の大部分はアキトに向いてしまっているのだろうが、その声で持って理解をアキトに届けようとしてくれる。

それに言葉を返せば、リンカーネーションはこくり、と頷いた。


「一括りには言えないけど、その魔石は特殊魔石。樹林には土の魔力が充満してる。だから、それがひとりでに凝固する。それが、ここの特殊魔石の生まれ方。」

「ひとりでに凝固って、どういう理論だ?魔力が充満したら勝手に固まる、なんて性質あったか?」


魔力、魔法についての知識なら、リンカーネーションに嫌というほど叩き込まれた。しかし、そのとんでもない情報量の中、いやアキトの覚えている知識の中には、そんな性質、理論、現象は見受けられなかった。

その疑問を良い兆候だと微笑み、リンカーネーションは続けた。


「じゃあまずは普通の魔石についてだね。魔力を固めて魔石とするけど、その実やってるのはポーションとおんなじで、魔力をメチルカ管に注いでるだけなの。」


魔力をメチルカという特殊な物質に変換する魔法から始まったそれらを、人々は魔力製品に落とし込み、メチルカ管の量産体制を整えた。

そんなコストパフォーマンスに置いて大きく他を突き放す万能容器。それは、ポーションを入れて使うだけの役割には収まらない。

魔力をメチルカ管に注ぎ込み、さながら電池のような効果を発揮する魔石すら作り上げる。


「だから、特殊魔石と魔石は名前こそ同じだけど、実際は全く違う。」

「なるほど。」

「そして、特殊魔石の方。アキト君の言った通り、魔力にそんな性質があるなんて、判明していない。だけど事実、特殊魔石は世界に現れている。」

「なんでできるのか分かっていない。」

「そういうことっ!」


魔力理論の発展。それすなわち、この世界の発展である。しかし、その特殊魔石は現存量の少なさと、そもそもの形成過程の不明瞭さから、理論的な解明が行われていない。

なぜ出来るのか、どのような法則に当てはめればいいのか、どこに出来るのか、なにも分からない状態で当てずっぽうに研究をしても意味はない。

この世界の人類にできるのは、その出来上がった特殊魔石を研究して、その魔石のこれまでの道のりを探る逆説的魔力学。


「でも、特殊魔石がどんな構造なのかくらいは分かってるから、その系統の本は読んでおいた方がいいと思うな。」

「ああ。分かった。」


妙に自身ありげなリンカーネーションの言葉に背を押され、アキトは特殊魔石の領域へと足を踏み入れた。

日。

銀閃は揺らいだ。

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