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その最弱は力を求める  作者: コトユエロテイ
第1章【とある異世界における生存戦術】
6/43

5.【ミカミ・アキトは英雄じゃない】

魔獣を駆逐し尽くす狩人の家系がいた。その血統のほとんどは高い戦闘力を有しており、誰もが彼らによってもたらされる平穏という恩恵を謳歌していた。やがて、乱立していた村は群れをなし、5つほどの都市へと姿を変えた。依然、そうしてできた都市たちを守り続けた戦闘に愛された血統の者たちは、都市をひとつの国として統治した。中央に新たに中央都(セントラル)を築き上げ、残りの5つの都市への防衛力を引き上げた。

しかし、魔獣の猛攻に終わりは見えなかった。それを危惧した中央都(セントラル)は、5つの都市に代表を派遣。歴史的戦闘国家への道を歩み始める。それこそが、この国『ウドガラド興国』である。



眠りから目を覚ます感覚は、なんとも形容しがたいものだと、アキトは思う。立ち込める霧が晴れるような?水面から顔を出すような?そんな分かりやすい例えなど、思いつくはずもない。

お世辞にも寝起きがいいとは言えないアキトは、その起床という作業がどうしても苦手だった。ただその作業をするだけで、睡眠という回復行為で蓄えたエネルギーを消費してしまいそうで。

しかし、今日に限ってそんなことはなかった。差し込む明かり、と言っても窓から入ってくる光はそこまで強くはないけれど。それらに照らされる自分含めた部屋の数々が、なんだか綺麗なものに満ち溢れているように見えて、心底腹が立った。

舌打ちをしながらベッドを降りる。体調がまだ優れないだろうから、と止められていた入浴へと向かおうとするも、結局途中で力尽きて椅子に座り込んだ。

昨日、アキトがリディアとレリィと出会った日から、夜が明けた翌日。それが現在時刻である。

村に怪しい動きを見せているという()()()()の存在を聞かされて頭痛すら覚えたアキトに神が味方したのか、レリィが上の者に呼び出されたため、そのまま寝てしまったのだ。結局、夕食すら取れずに惰眠を貪っただけであった。どうにもならない喪失感を抱きながら、空気を吸おうと窓を開けた。

優しく頰を撫でる風、それはとても暖かく、きっと春のような気候なのだろうと推測できた。


「お客様、朝食の準備ができました。失礼してもよろしいですか?」


そして、軽快なノックの音が聞こえた。ドア越しの声なためくぐもってはいるものの、その艶のある美声の持ち主は昨日遭遇したレリィで間違いないだろう。わざわざご苦労なもんだ、と口の中だけで悪態をつきながら、了承の声をあげる。


「それでは……失礼します。」


扉を開けたレリィは、服自体は変わっているものの、依然変わらぬスタイルだった。町娘と形容すればいいのか、健康的な可愛さではあるものの、非現実さはあまりない。しかし、今日だけは違った。レリィの変わらぬ装いとは打って変わって、その背後でスカートをたなびかせる少女が1人。茶色の髪、といってもそこはやはり異世界。アキトからしてみればとんでもなく明るい髪のポニーテール。腰にまで届こうとする長いその髪は、まさしく馬の尻尾のようにふわりふわりと宙を漂い、少女の可憐さを引き上げる。

そして何より、その少女は違った。何よりも違った。片足のつま先を立てスカートをつまみ、ひらりと広げたその姿。それはカーテシーと言われるものだろうか。もちろんアキトの知るものとは違う点もあるが、それは紛れもなくあの、証。

メイドの証だ。

ひらひらと舞うロングスカート、華やかに飾られた白と黒の美しい姿。メイドの定番であるブリムと呼ばれる頭飾りはつけられていないが、紛う事なきメイド。1番の推しキャラがメイドであるアキトからしたら、テンションが上がらない理由がなかった。


「朝食をお持ちしました。……!すみません、紹介が遅れましたね。彼女が」

「リンカーネーションです!よろしくね?えへへ」


レリィの紹介を遮って、カーテシーで見せた上品さをぶち壊しながら、茶髪のメイド。リンカーネーションは己が名を示した。


「リンカーネーション……その名前って」

「珍しいよね、この名前。でもでも、ちゃんと古代帝国語で『美しい夢』って意味があるんだよ?」

「……そうなのか、すまん。俺、この世界に疎くてさ」


おおよそメイドとは思えない態度だが、アキトは気を悪くするどころかむしろ心地いいとさえ感じていた。話すたび、その表情を見るたび、幸せだと思う。美少女パワー様様ではあるが、どうもメイドはそこまで簡単にはいかないようで、顔面蒼白のレリィに羽交い締めにされ口を押さえられる。

「むぐっ!?むぐ〜!!」と呻くリンカーネーションに同情の目線を送れば、レリィが変わらぬ体勢で謝罪の言葉をしたためる。


「す、すみません!この子、リンはまだここに来たばかりで、メイドとしての自覚が足りなくて……!」

「いや、大丈夫ですよ!むしろ、その……そっちの方が話しやすくていい、というか。」


むぐむぐしていたリンカーネーションはやっとレリィの拘束から逃れ、息を大きく吸う。呼吸困難に陥っていた少女はポニーテールを揺らして息を整えると、そのキュートな笑みをアキトに向けた。

メイド服を大きく歪曲させている胸は、いままでほとんど見た事ないほど大きく、爆乳と巨乳の丁度中間点ほどの大きさだった。しかし、なぜかそこには目が行かず、ただただその雰囲気に救われるという不思議な現象に見舞われた。本当に、不思議な少女だった。


「ほら!私に任せてくださいって言ったじゃないですか!」

「……そ、そうですね。本人がそうおっしゃるなら、まぁいいとしましょう。」

「えへへ」


嬉しそうに笑うリンカーネーション。それをどこか微笑ましく思い、おもわず目を細めた。まるで老後のような仕草に若干精神的な老衰を感じたが、何もなかったと自分に言い聞かせてアキトは窓から外を覗いた。


「とりあえず、私は少し用がありますので、お客様を頼みましたよ?」

「は〜い!」


そんな悲しい一人芝居をしている内に、レリィが忙しなく扉を抜けて行った。しかし、きっちり律儀に礼をしていくあたり、よくできているなと感心してしまう。水色のショートカットが揺れて消えていくのを見つめ、視線を横に控えるリンカーネーションへと戻した。

レリィに何を頼まれたのかはわからないが、わざわざ朝から2人で部屋に訪ねて来たということは、モーニングコールだったわけではないだろう。

思考を巡らせるアキトには脇目もふれず、リンカーネーションは軽い足取りで廊下へ。疑問符を浮かべるアキトの元にすぐに戻ってくる。なぜかカートを引いて。


「えっと、それは?」

「アキト君、体調悪いって言われてたから、朝ごはんもここで食べた方がいいかな?って思って。」

「ああ……悪いな、なんか。わざわざ」

「いいよ。私がしたかっただけだから。ね?えへへ」


気遣ってもらったことに感謝を述べるアキトに、リンカーネーションは屈託のない笑顔を返した。本当に不思議なものだと感慨深く思うものの、なぜか置いてあった椅子をベッド脇に並べたリンカーネーションを見て現実に引き戻される。

屈託のない笑顔。しかし、それはそれで心情が読めない。「よいしょ!」と椅子を置いてそれに腰掛けようとしているこの少女は、一体なにを考えているのだろうか?


「あの……なにしてんの?」

「え?そりゃあ、アキト君にご飯を食べさせる準・備。」


見れば、カートに乗っている料理はスクランブルエッグっぽいなにかしらの卵料理に、おそらく野菜なのであろう食材の数々と、無駄に広い皿に盛り付けられたコーンスープ(おそらく)。ちなみに、既にスプーンやフォークなどの食器類はリンカーネーションの手中にあり、ありがたいことにその準備とやらは順調に終わってくれそうな様子だった。

そして、ようやくひと段落といったとき、


「はい、あ〜ん」

「え?」

「え?」


フォークに刺した野菜を差し出すリンカーネーションが見えた。()()()()()()()とやらのことを、アキトは少々誤解していたのだろう。確かに、アキトに料理を出したのなら、立って見守るなり一度退室するなり、いろいろとあったはずだ。しかし、何故椅子を用意したのかまでは考えが及ばなかった。

そう、まさか()()()()()()()()というところまでは。


「いいよ、照れ臭い。」

「自分で言うのもなんだけど、私可愛いよ?そんなに簡単に貴重な機会を失ってもいいの?」


確かに、リンカーネーションは可愛い。リディアやレリィに劣らぬ美貌だ。しかし、だからと言って照れくさくないかと言われたら答えはノーだ。というか、可愛いければむしろ照れくささ倍増だ。


「貴重な機会な、もう俺は充分すぎるくらいしてもらったことがあるから、別にいいよ。」

「え?…………あるの?」

「?そりゃ、まぁ。一応な……?」


過去の栄光に縋ってなんとか童貞感を消そうと試みた結果、何故かリンカーネーションの態度が一変した。先ほどまでは、まるで飼い主に甘える犬のように騒がしかった態度がなりを潜め、俯いたまま震え始めた。表情の見えない体勢なのも相まって、その変化に戸惑いを隠せないアキト。そんなアキトの袖を、リンカーネーションがそっと握った。控えめだけれど、決して離れないように、離されないように。


「そ、それはっ、ダメ!!」

「えっ?ダメって?」

「ダメ!忘れて!アキト君は、私にしかあ〜んされてない!分かった?」

「いやいや、落ち着け!お前はなにを言って」

「だいたい君は!そうやって!」


スッと息を吐いて、呼吸を整えて、リンカーネーションがやっと顔を上げた。


「絶対に、そんな女……忘れさせてやるから」


涙目になりながら、頰を紅潮させたその姿にクラっときてしまったのは、素人童貞であるアキトなのだ仕方があるまい。結局、ぷく〜っと膨らませた頰を紅く染めたリンカーネーションに見つめられながら、普通に1人で朝食を食べたのだった。



それは、突然だった。なにかの脈絡があったわけでもなく、かといって予測できなかったかと問われると、頷くことは出来なかったのだけれど。何よりそれは、鮮烈で、結局また目を奪われてしまった。

絹糸よりも滑らかで、純金よりも暖かで、宝石よりも輝いて、そして美しい。


「昨日ぶりね。ベッドの加減はどうだった?」


皮肉交じりに紡がれた声音は美しく、数多の演奏家さえ唸らせるほどのものであるだろう。その上、風になびくその金髪まで絵になるとなれば、天は二物どころか全てを与えたのではないかと錯覚するほどである。そんな感想を抱いてしまったことに自分で苛立ちながら、リンカーネーションの横で佇む美少女を見た。リディアを、見た。


「お前に投げ飛ばされた後の床のことを言ってるんだったら、最低の寝心地だったぜ」

「あら、そんなつもりはなかったのだけれど。でも、それなら何よりだわ。」

「チッ」


2人の間に落ちる剣呑な雰囲気に気付いたリンカーネーションは、無言でアキトの袖を握ってくれた。ぎゅっと摘まれる左手の袖。未だ疼くその手の甲。しかし、彼女の温もりがそれを許さない。リンカーネーションに見つめられながら、その美貌に思いっきり鋭い視線を叩きつけた。

そんなものを意に介さずに、リディアは朝食の乗っていたカートを押しのけてアキトの元に向かってくる。コツコツと鳴らされる靴音と、己の内側のサイレンが酷くよく聞こえた。


「貴方も聞いたわよね?私がここに呼ばれた理由と、貴方が遭遇したものが何なのか。」

「……お前はすごい救世主さんで、あのサディスティッククソ男が不審者ってところまでは理解した。」


喉元まで出かかった悪態を必死に呑み込んで、若干呑み込めなかった毒を言葉の節々に滲ませながら答えた。

先日レリィに聞いたばかりだ。忘れるはずもない。

あのグレンと名乗った剣士を倒すために、実績を持っていたリディアが派遣された。それだけの話。ただそこに、少しだけ最弱の少年が迷い込んでしまっただけの話。そこで、救われてしまっただけの話。

それでいい、というように瞠目してリディアが頷く。そして、その感情の読めないポーカーフェイスで、淡々と言い放った。


「私に協力するか、このままここを追い出されて野垂れ死ぬか、選びなさい。」

「あ?」


理解が追いつかない。理解する前に、リディアがご丁寧にもう一度言ってくれる。


「自分の価値を示しなさい。貴方が今、この村に必要なのか、そうでないのか。価値を示せるか、示せないか。極論、生きるか死ぬか。選びなさい。」

「ッ!!なんで!なんで折角逃げ出してきたあんな地獄みたいなとこに、戻らないといけねえんだよ!?」

「私は、」

「そのとんでもねぇ武器と才能でどうにかなってきた奴が!俺みたいな弱い奴を戦場に駆り立てようってか?ふざけんじゃねぇ、なんでてめえの尻拭いを、俺が命削ってまでやんねぇといけねえんだよ!!」


ぜぇぜぇ、と呼吸を大いに乱しながら、乾ききった肺に空気という水を流し込む。

自分にはなんの才能もない。リディアのように炎を出せるわけでも、剣技に自信があるわけでもない、1日前まで平和な世界で暮らしてきた、平和に愛されてきた、ただの一般人だ。主人公なら、ここで立ち上がって戦おうと奮起するのだろう。しかし、アキトは、最弱は、主人公の器にならない。主人公の器足り得ない。

ただ弱いだけの小さなアキトに、英雄並みの力を求められても、それに応えられる筈がない。

アキトが悪いのか?悪いのは世界だ。突然人生のレベルを何百倍にも増やしておいて、それに見合う力を授けすらしない。それで生まれる正義感なんて偽物で、脆いものだとわかっている。けれど、この無力感に比べれば、その偽善の方がきっと心地いい。

そう、ミカミ・アキトは、英雄じゃない。


「勘違いしないで。貴方は、」

「申し訳ありません!」


リディアの無表情。それですらわかるほどの嫌悪感を滲ませる言葉が放たれる寸前、リンカーネーションの謝罪が、静かにリディアの言葉を遮った。蔓にかけられていた手が解かれ、言葉の矢が下される。


「!?」


突然頭を下げたリンカーネーションに困惑を隠せないアキト。それもそのはずである。彼女の手は、まだアキトの左腕の袖を握っている。ぎゅっと、離さずに。それはきっとアキトに味方してくれているという証だ。なのにも関わらず、何故か少女は、リンカーネーションは、アキトの敵となるであろうリディアに、頭を下げている。

裏切られた?そんな見当違いのショックと、ダイレクトに伝わってくる視界からの情報で、困惑がプラスされていく。ごちゃ混ぜになったアキトの意思を汲んで止まってくれるほど、世界は甘くない。

リディアが視線をリンカーネーションに移した。


「どうして貴方が謝るの?」


それは純粋な疑問だったのだろう。アキトに向ける視線とは打って変わって、その視線からは感情が欠落していた。しかし、悪意に、というか嫌悪感に蝕まれたものよりは、何倍もマシだろう。


「私は、今、アキト君の世話係ですから……それに、今はまだ混乱していて、アキト君はまだ落ち着いていないので。」

「それは彼の問題よ。貴方に非は無いわ。頭を上げて?」


多少棘のある言い方でアキトを刺すが、そんなリディアの言葉に関心を向けられないほどに、少年は困惑の渦中にいた。

リディアの柔らかい言い草に少しだけ安心したように体を強張りから解放させたリンカーネーション。しかし、少女は頭を上げなかった。


「今日1日だけでいいんです。いえ、あと10分だって構いません!少しだけ、アキト君と話をさせてもらえませんか?」


頭を下げているリンカーネーションの表情は、リディアからは見えない。しかし、そこから聞こえてくる声には、しっかりと覚悟が含まれている。

無表情は変わらずに、けれどほんの少し眉を寄せて。そう、まるで困っているかのように。リディアは瞠目した。


「それじゃあ、意味はないのだけれど。」

「え?」


リディアが小さく呟いた一言、聞き逃してしまったリンカーネーションは思わず顔を上げて聞き返す。しかし、それを遮るように、リディアが言葉を重ねた。


「いいわ。名前はなんていうの?」

「り、リンカーネーション、いつもはリンって呼ばれています!」

「わかったわ、リン。また明日の朝、ここに来るわ。」

「っ、ありがとうございます!」


再び頭を下げるリンカーネーション。既に扉へと身を翻したリディアには見えていないが、律儀に頭を下げ続ける。

そして、その先で扉を開けたリディアが、言った。


「あまり、自分の価値を落とさない方がいいわよ。」


それを言われた相手は、視線を頂戴していないにも関わらず言葉を咀嚼し、吐き捨てるように声を寄越した。


「そんな偽善に、意味なんてねぇだろ。」


扉が閉まる。ポツリと、少女は言った。


「だって、善行にお金はかからないもの。」



リンカーネーションは、切ない顔で笑った。アキトを安心させるように、笑った。それはなんだか儚い笑みで、悲しくて。

左手の袖を握っていた手を取って、両手で握りしめた。風船のように、どこかへ行ってしまいそうな少女を、必死に両手で捕まえた。けれど、今だけは、それだけじゃない。風船のように破裂してしまいそうな少女を、優しく包み込んで守るように、アキトはその手を握りしめた。


「ッ!!あ、アキト君?……う、あ、あの、どうしたの?」


びくんっ!っと体を跳ねさせて、一瞬で顔を真っ赤に染め上げるリンカーネーション。けれど、それを全く気にしないで、目にも入らないとでもいうように、アキトがその手を引き寄せた。

「だ、ダメだよ!?そ、そんな!?いきなりぃ……」と動揺の限りを尽くしながら目に涙すら浮かべるリンカーネーション。しかし、その涙は悲しみというより、どちらかというと羞恥の色合いが強かった。

そして、そんな状態のリンカーネーションを、優しく抱きとめる。


「ごめん……今のは、俺が何かしないといけない場面だったよな?本当に、ごめん」

「あっ、あの!そ、それは分かったから!アキトくぅん……うぅ……!」


シリアスな雰囲気のアキトの様相をぶち壊すように、リンカーネーションの反応はとても幸せそうだった。

真っ赤な顔は湯気が出そうなほど熱くなり、瞳にはうっすらと涙すら浮かんでいる。下唇を弱々しく噛んでいるが、恥ずかしさでヒクついている。しかし、体はどうしようもないほどに喜んでいるのか、両腕が抱きつこうか、やめておこうか、と震えている。

けれど、なによりもアキトが我に返る方が早かった。


「っ、ごめん!突然、キモかったよな……」

「あ……あぅ……」


アキトが急いで飛び退けば、リンカーネーションがそれはそれで名残惜しそうに、自分の体を抱いて眉を寄せた。

「も、もうちょっと、してほしかったな……」という小さな声はアキトには届かず、というか届かないように言っているため、少し頰を膨らませてリンカーネーションが立ち上がる。


「ま、まあ、許してあげる。もう、アキト君は、え、えっちなんだから……」

「す、すまん……」


ポニーテールの先をくるくるといじりながら視線をそらすリンカーネーション。しかし、逆に胸がエロい形にむにゅり、と揺れていることには気付いていないようだった。


「で、でもまぁ、とにかく、アキト君はリディア様に協力した方がいいと思うな……」

「お前も!…………いや、そう……か。」


仕切り直して話し出すリンカーネーション。しかし、それはアキトの神経を逆撫でするような内容であった。激昂しそうになるアキトだったが、すぐにその怒りは消し飛んだ。何故か、その怒りが馬鹿馬鹿しく思えた。すぐに冷静に考える。けれど、答えは結局でなかった。


「なぁ、どうしてあいつは、リディアは、俺にあんなこと言ったんだ?」


情けない話である。リンカーネーションに謝らせておいて、それを申し訳なく思っていて、自分を改めたいと思ったのに、それなのに、自分ではリディアの意図がわからなくて、自分がこんなにも嫌になって、本当に自分が嫌いになる。

でも、だからといってそれをそのままの状態で放っておいていい問題だとは思わない。リディアは何かを伝えたくてここに来たはずだ。アキトの元を訪れたはずだ。そして、それが何なのかを、リンカーネーションが教えてくれようとしていたはずだ。どうして、そこまでしてくれた彼女達の意思を無下にできようか。

そんなアキトの意思は伝わってくれたのだろう。リンカーネーションは優しく話し始める。


「1番は、アキト君をここに匿ってくれるように、村の人に頼むためだよ。」

「俺を……?」

「うん。リディア様のお願いとは言え、無関係な人をここにずっと匿っておくのは難しいから。」

「確かに……そりゃあ、そうだな。」


自身の左手を見て、やっと理解した。

大した働きもせずに食っちゃ寝生活に定着しようとする、誰とも知らない野郎に従者2人と部屋1つを貸し与え続けるほど、この村は愚かではなかったということだろう。であるならば、リディアの協力者という立ち位置に収まることが最善と言える。

村は戦力が増えたと思い込み、アキトに衣食住を貸し与えてくれるはずだ。

しかし、そうなれば、


「俺は、戦わないといけないのか?」


無力な少年からすれば残酷な結末が、横たわっているだろう。

リンカーネーションはそれを見て顔をしかめ、可愛らしいその身に影を落とした。そして、意を決したように告げた。


「今日1日、私に頂戴?」


少年は、戦えない。だって彼は弱いから。なら、どうすれば協力者足りうる力を示すことができる?簡単だ。それを今から、リンカーネーションが教えてくれる。

ミカミ・アキトは英雄の器じゃない。彼は正真正銘、ただの最弱なのだから。

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