プロローグ【最弱の紡ぐ英雄譚】
よろしくお願いします。
黒い。
視界の全てを覆う黒は、一切の余白は無く、感触もない。濃淡の無いその漆黒は、永遠の眠りを連想させるほどに現実から隔絶されていて、恐怖心を掻き立てて。心を、折りにくる。
バケツいっぱいの黒インクをぶちまけたような世界。見えない、聞こえない、触れない。五感全てを根こそぎ奪い取る世界。己の体すら見えないほどの暗い視界で、必死に手を伸ばす。
しかし、その手は闇を切り裂く光にならず、己を鼓舞する言葉へも変わりはしない。
本当になにも無いのだと。本当にお前は弱いのだと、救えないのだと、何も変わっていないと、糾弾に糾弾を重ねる。
(ダメなのか?これまでの俺の行動は全部・・・無駄だったのか・・・?)
瞳に水分が流れ込む。心から吸い取られた勇気が、瞳に流れたようで。
心を不安が蝕めば、視界の闇が深くなったように錯覚し、恐怖が計り知れないほどに膨れ上がり、死んでしまいたいとさえ思ってしまう。体に漲るはずの力は、心がエネルギー提供を辞めてしまったせいで固まり、満足に動いてくれそうにない。
鼓動が早まる。諦めてしまいそうな自分に、嫌気がさした。追いかけたいという願望を止める自分が、たまらなく憎く感じた。けれど、諦めないことを、諦めてしまう。
泥のように心が重くなる。それに比例するように、体も重くなる。
こんなに最悪な気分は、初めて味わった。
(もう、辞めてしまおう・・・)
視界の端で、うっすらと光が見えた気がした。
絶望に苛まれながら、それを増幅させる闇に呑まれながら、いや、だからこそ、その光はとんでもなく明るく見えた。
語ろう。彼の光について。語ることなどなかった話を、語られることなどない話を、その最弱が、最強に至るための話を。