六章その三
羽唐は、その不思議な空間で出来る限りのコトをしていた。
食事を作り押手がなく届く台車の荷物を分ける。
希衛、文久、友淋のほかにも何人かいることが分かった。
「希衛。」
文久の呆れた声がする。
「春姫の誕生日だ。」
水晶の壁には、菜の花畑が映っていた。
「十六歳だったな。」
十六本の菜の花が切り取られ、宙に浮かんでいる。
風に乗って菜の花が違う花も何処かへ飛んでいく。
それが何処なのか羽唐には分かった。
見慣れた部屋が映る。
飛んで来た花に嬉しそうに手を伸ばす女性が映る。
初めてみる顔だった。
いつも澄ましていて、子供らしくなくて、生意気で、人間味なんてまるでなかったのに。
こんな顔も出来たんだと驚いた。
「春姫様も喜んだ。はい、寝る!」
文久に押されて、寝室に向かわされる希衛。
希衛の顔色が少し悪い。久々に力を使って疲れたのだろう。
「時間がかかりそうだね。」
いつの間にか羽唐の側にきていた友淋が苦しそうに呟いていた。
その日の夕食の時、友淋が口を開いた。
「一度、外に戻ります。」
羽唐はどういうことか分からなかった。
「なので、″友淋″には、近づかないように言っておいて下さい。」
普通にサラリと言われたことに、羽唐はギョッとする。
「ちょっと待って!外に行くってことは?」
「そうです、敵になる。妖魔の王の支配されるから。
大丈夫。ここは、妖魔は来られない。それにここにいる人間は、全員、妖魔に狙われている者たちで、あっちに知られても問題なありません。」
なんでもないことのように話されるが、それはとても大変なことなのではないだろうか?
「分かった、気を付けてな。」
希衛と文久の顔を見ると、希衛は頷き、文久は固い顔をしている。
「ここに来るのは、早くて一年後になります。」
「無理に来なくていい。」
即答した希衛に友淋は何故か嬉しそうな顔をした。
「はい、ありがとうございます。」
友淋は次の日の朝早くに姿を消していた。
「希衛、文久!友淋が、いない!」
羽唐は慌てて二人に報告に走った。
二人はそうかと答えただけだ。
「いいの!」
羽唐だけが慌てていることに焦る。
何かまた重大なことを勘違いしていないか。
「これから、ここに味方となる者たちが行来することになる。あいつは、その者たちに会わないように出ていった。」
次の天宮奪回に向けて、動き出すということだ。
もしあのままここにいて、計画を知ってから友淋が外に出たら・・・。
妖魔に全て筒抜けになってしまう。
だから、知る前に友淋は外に出た。
「それに、あいつは、もう一人の″友淋″を助けたいと思っている。」
もう一人の″友淋″。たぶん、″呈苑″だと思われている男性。
妖魔の王の忠実なる手下。
ここにいたら、妖魔の手下になることはない。
ただの友淋として居られた。
羽唐は、出ていった友淋の気持ちが、分からないようで分かるような気がした。
友淋は、久々の地上の光に目が眩んだ。
何処に出たのかはまだ分かっていない。
だが、すぐ近くに里があるはずだ。
目が慣れて辺りを見回すと集落が見えた。
どの里だろう?
友淋はとりあえず歩いていく。
頭が重くなってきた。
今から、″友淋″に支配される。今までの友淋は意識の端に追いやられてしまう。
フッと自嘲の笑みを浮かべると集落に向かって踏み出した。
案の定、宿には髪の色が違う黒髪の″友淋″がいた。
「遅かったな。」
意とせず顔が歪む。
頭の中に流れてくる情報、流れていく情報。
「春姫は、十九迄か・・・。」
黒髪の″友淋″が呟く。
そう、だから妖魔も急がねばならない。
「春姫の代替り、なるべく早くせねば。」
妖魔の王の母体となれるのは、あの希有な春姫以外ない。
だが、今の春姫を後宮に呼ぶことができない。
夫である春風を亡き者にするか、春姫の役を降りるか。
春風の抹殺は失敗した。しばらくは、地に潜り出てこないだろう。傷が癒え時期がくるまで。
次代春姫に女人の印があるまでは代替りはしない。
あと二年か、三年か、それとももっと先か。
「津季彦殿下は元気だったか?」
「陛下だよ、呈苑。」
友淋は、乱れる息を必死で整えながら訂正した。
「どっちだっていいだろ。」
黒髪の友淋は、愉快だと笑う。
先のない者の敬称など、もうどちらかわからなくなった者のことなど。
「どうせ、私たちは王を裏切れないのだから?」
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