4 進み始めた人生
柚木優矢視点
朝起きたらいつもの部屋で目が覚めた。
友人達と四人で飲んで家に帰って寝て起きた時、いつもだったら七年前に戻ってしまっていた同じ条件でも今回は過去に戻る事はなかった。僕はそのまま毎日、普通に会社に通勤するという日々を過ごしていた。
今日は斎藤に飲みに誘われたので、会社終わりにいつもの居酒屋に寄っている。
先に来ていた斎藤を見つけて席まで行くと、一緒に飲んでいたのが桃瀬先輩だったので「え?!」と声に出して驚いてしまった。
先輩を前にしてドキドキを抑えられないまま突っ立っていたら、先輩と向かい合わせに座っていた斎藤が少し横にずれて「ここ」と指してくれたのでそこに座った。
「先輩、お久しぶりです。仕事が忙しくなるって聞いていたんですけど、大丈夫なんですか?」
と座って店員さんにビールを注文した後に聞いてみる。
桃瀬先輩はビール飲みながらのんびりした風に笑って、
「え? ああ、大丈夫。少し落ち着いたんだよ」
と、答えてくれている先輩は相変わらずカッコイイ。
三人でお互いに軽く近況を報告した後、何とはなく、新婚旅行中の先輩のお兄さんと田川の話になった。
桃瀬先輩の話によると、先輩のお兄さんと田川の結婚は、先輩のお母さんがものすごく乗り気で、今回の新婚旅行も事業の海外展開への下地作りに行くのを嫌がるお兄さんに、お母さんが『田川同行』という餌で釣って仕事込みで行かせたらしい。
「蓮慈から、秋亮さん仕事で毎日忙しくしてて、全然観光できていないって泣きメールが来てたな」
「ちょっと可哀想だけど、兄貴の旅行の日程の半分以上は仕事だよ」
「騙されたのは秋亮さんなのか、蓮慈なのか」
「どっちもかな」
と桃瀬先輩が笑いながら言うと斎藤も「それはひどいね」と笑っている。
先輩の所は一族経営なので、仕事にあんまり乗り気でないお兄さんの事を、先輩のお母さんは田川を上手く使ってあれこれと面倒そうな案件にしょっちゅう駆り出しているらしい。
先輩が楽しそうに田川の事を話題に出しているのを聞いていて、僕は前々回の過去の人生で先輩と田川が結婚していた事を思い出し、少し迷ったけれど先輩に聞いてしまった。
「先輩は田川の事は好きになったりとか……ならなかったですか?」
「蓮慈くんの事?」
桃瀬先輩はちょっとだけ考えて首を傾げると、
「最初に会ったのは、もう兄貴と同棲するって家に挨拶に来た時だったからなあ。その時はもう、蓮慈くんが大学卒業したら兄貴と結婚するって話になってたし」
最初から恋愛対象じゃなかったから考えなかったと言う事だろうか?
別の出会い方をしたら二人が付き合うことになったのだろうか。
まあ、桃瀬先輩は田川に対して今は恋愛とかそう言う感情がないようなので少し安心した。だからと言って僕と先輩がどうなるとかは期待はしていないけれど、田川と……男と結婚していたと言う事もあるし、僕だって桃瀬先輩と付き合える可能性はゼロでは無いのだ。
田川の話ばかりになってしまうのは面白く無いので、少しづつ話題を切り替えて、その後は仕事の話とか、最近会っていない友達の話しで盛り上がって解散になった。
先輩がタクシーで帰ってしまったので駅まで行く斎藤と一緒に並んで歩いていた。
「柚木は仕事の忙しさはどう?」
「最近は少し落ち着いたかな」
「それならまた飲みに誘うから。よろしく」
「ああ、またね」
「今度は渡辺にも声かけるから」
「じゃあ、また」と手を振る斎藤と駅で別れて、一人で家に向かいながら過去へのタイムリープの事を考えていた。結局自分以外の人が過去に戻っていたのかはわからない。
僕は今まで、自分に起きてしまった嫌な事を一日時間を戻して無かった事にしていたけれど、今回のように自分の意思ではなくて、特に理由もなく七年も過去に戻ってしまった場合、意図的に未来を変えようとしているのに自分に関する人生はまったく変えられなかった。
最近は戻らなくなって、前とは違う、先が分からない人生が進み始めたけれど、眠れなくなるような程の嫌な事は起きないし、またもし何年も過去に戻るような事があっても別に良いかなって思えるようになってきた。こういう風に楽に考えられるようになったのは、今日桃瀬先輩に会えて少しだけ自分の未来に期待が持てた事もあるし、過去に何度も戻ってやり直して何も変わらなかった事もあるのかもしれない。
まあ、もし桃瀬先輩に何かあって、僕が嫌だと感じたらまた戻れば良いのだ。十年とかの過去には戻るきっかけがわからないので、戻れるならば……になるけれど。
寝る前に、実験で一日だけまた、ちょっとだけ戻って見ようかなと考えたけど、今は……今日は楽しかったし、やめておこうと思った。
end