2 やり直しても変わらない
柚木優矢視点
僕は昔から嫌なことがあると、その嫌なことが起きる一日前まで時間を戻す事が出来た。
一番最初に時間が戻ったのは小学校の時で「君、ちょっと良い? 道に迷ってしまって……」と道を聞いて来た変態に無理やり車に連れ込まれて、嫌なことをされた日だった。夜一人でベッドに入って目を閉じた時に、自分がされた事を思い出してしまって、震えが止まらなくて泣きながら横になって一生懸命に目を閉じて居た。
いつの間にか寝てしまって居たようで、朝起きた時の気分は最悪で、学校には行きたく無かったけど子供の僕には親に休みたい理由を言える訳がなくて、普通に学校に行くしかなかった。
変だと感じたのは授業の内容が一日前の昨日の時間割で進んでいることだ。
どういうことか分からなかったけれど、学校からの帰り道にあの変態の車が止まっているのを見てまた狙われているのかと道を引き返そうと思った時に、ふと、もしかして時間が昨日に戻っているのかもしれないと思いついて、用心しながら車の横を通り過ぎようとした所であの変態に「君、ちょっと良い? 道に迷ってしまって……」と昨日と全く同じ様に声をかけられたので思いっきり叫んで走って逃げた。
最初は半信半疑だったのだけど僕はちょっと女の子と間違えられるような容姿なので、高校入学までは何度も嫌な目にあって、その度に前の日に戻るということを繰り返していた事で、自分は時間を戻すことが出来るのだと核心していた。
中学生の時に僕の恋愛の対象が男の人になっていることに気がついた。好きになった人に告白もしたことがあるけど、気持ち悪がられてその日のうちに友達にバラされてからかわれて落ち込んだ時にも、前の日に戻して告白を無かったことにした事もある。
戻せる条件は自分に起こったことに対して『嫌だ戻りたい』と寝る前に強く思う事で、必ず戻れた。
トラブルがあるたびに時間を少し戻して……を繰り返して平穏な日々を過ごして社会人になってからは学生の時よりは少し我慢できる事も増えてきて、時間を戻す事も減っていた。
***
今日は高校の時から仲の良い友人達と飲む約束があった。
あまり気が乗らなかったのだけれど大学時代に好きだった人と同じ会社に勤めている友人がいたので近況が聞けるかも……上手くいけば連絡取れるかもと参加した。
久々に会ったのだけれど、いつもと変わらない感じで相変わらず田川が斎藤と渡辺に絡まれている。
「蓮慈が高下と付き合ってたのって冗談だと思っていたのに、大学卒業してすぐに男と結婚するとはね」
「高下とのは恋人偽装って言ってなかったっけ。それより蓮くんが結婚したの知らなかったんだけど」
斎藤と渡辺に言われて不貞腐れている田川を見ながら高校の時の事を思い出していた。
僕はサッカー部で同じクラスの高下の事が好きだったけど、彼の周りは常に沢山の女の子が居て、とてもじゃ無いけど話しかけられる雰囲気では無かった。でも、何故か田川には高下の方から絡むので、田川と友達になれば高下に近づけるかも……と打算で田川と友達になった。なのに田川は高下の事を嫌っているのか避けている事が多くて、僕が高下と関わりを持てることは無かった。
それなのに‥…ある日、突然に高下と田川が付き合っているという噂が流れた。冗談かと思っていたのに手を繋いで帰ったり、教室でキスしたりしているのを見て田川に「どういう事なのか」と問い詰めると女の子に告白されて断ってる場面に偶然通りかかって変な提案をされたと。でも「俺は断ったのに‥‥」とものすごく嫌そうに唇を尖らせていた。
斎藤とか渡辺も二人が本当に付き合っては居ないという田川の言う事を信じて居たし、実際に仲が良い感じでも無かったのに、
「蓮慈、また高下に絡まれてるね」
「蓮ちゃんかわいそうじゃん。助けないの?」
「あれ、痴話喧嘩じゃ無いの?」
「そうかも」
と、こんな感じに斎藤と渡辺の会話はまるで二人が付き合っている風に言うのでいつも混乱していた。
それでも、偽装で付き合った振りをしているならすぐに別れるのかと思っていた。でも、二人は高校卒業までそのまま付き合っていると言う事になって居たので、僕の想いは高下には告げられなかった。
まさか高下と?
「田川って高下と結婚したの?」
「違うよ。柚木も知っている人で桃瀬さん……」
え、桃瀬先輩?
どうして?
僕は大学に入ってからは桃瀬先輩に恋をした。
先輩はカッコよくてものすごくモテるし、彼女もしょっちゅう変わっていたので僕は先輩に告白するとかは考えてなかったけれど、友達としてずっと側に居たいと思っていた。
大学の合コンの人数合わせに田川を誘ったのがきっかけで、桃瀬先輩と田川が仲良くなってしまったのが失敗で、いつも桃瀬先輩と田川が一緒いるようになってしまった。僕は高下の事もあったし、二人は付き合っているのかと聞くと、田川は「男と付き合うとかないから」と言っていたけど、高校時代に付き合ってい無いはずの男と手を繋いだり、キスしてたやつの言う事をどこまで信じて良いのかわからなかった。
高下の時と違って目立って二人が付き合っているような素振りが無かったのだけれど、雰囲気が友達とは違うような気がしていた。先輩が卒業して会社に勤め始めてからあまり連絡が取れなくなってしまったので、二人の事もわからないままだったのに結婚したと言うの?
ーー田川は付き合って無いと言っていたのに……それに、桃瀬先輩って相手が男でも良かったのか……と混乱してしまって、そのあとの三人の会話がまったく耳に入らなかった。
家に帰ってからも頭痛がひどくベッドに横になってもまったく眠れなかった。
桃瀬先輩には普通に彼女が居たはず。田川は先輩とは付き合っていないと言っていたのに何で?
確かに二人はいつも一緒には居たけれど……男でも付き合ってくれるなら僕が先に告白していたら僕と付き合ってくれたのだろうか?
田川を逆恨みしながらもう戻れない過去を悔やんでいる。
そもそも、いつも嫌なことの一日前に戻れてやり直せたけれど、経験してしまったあとに戻るので嫌な記憶はそのままなのだ。体に傷が付かない前には戻れるけれど心の傷は消えていない。桃瀬先輩のことも、過去にあった嫌なことも全部思い出してしまって胸がキリキリと痛い様な、モヤモヤする様な嫌な気持ちになってしまって、涙が止まらないまま無理やり目を閉じてやり過ごした。
***
朝起きていつもの違和感を感じた。
ーー過去に戻った? でも一日だけ戻ってもまた飲み会で田川が先輩と結婚した話を聞くだけだ。
ああ‥…でも、今日はあの飲み会に参加しなければ良いのか。
重い気持ちのまま会社に行かなければと無理やり起きて部屋を見ると何かおかしい。
ーーあれ、これは?
机の前にある椅子の背に雑に掛けてある高校の制服を見ながらまさか……と側にかかっているカレンダーの年号で戻った時間を確認してみると約七年前に戻っている。
さすがにこれには混乱した。いつもは一日しか戻ったことがないのに。
ーー七年って、まだ高校に通っている年代じゃないか……。
いつも戻って居た時と違うので、不安な気持ちのまま登校していると、前を歩く田川を発見した。
昨日の事を思い出してイライラして無視しようかと思ったのに、急にこちらを向くので嫌な気分を押し隠しながら「おはよう」と声をかけると少しびっくりしたような顔をして人の顔をじっと見ている。
田川は少しためらった後に「今は何年何月?」と聞いてきた。
僕は「なんで?」と無理に笑顔を作って答えながら、またいつもと違う状況に混乱している。
今まで過去に戻っているのは僕だけだと思っていたけれど、世界中の人間が全て過去からやり直していたのかな……いや、それはおかしい。タイムリープしているのは絶対に僕だけだと思う。
では、何故に田川は何年何月かと聞いてきたのだろうか。
田川の様子を見ながら学校へ登校したけれど朝の質問以外には特別に変わった事はしていない。
困惑したままこの時代に戻った原因を探っているのだけれど僕は高校生の時に人生に関わるような、特別な何かが起こったという事もなかったのだ。
戸惑ってはいるけれど、教室で七年ぶりに見た高下が記憶のまま変わらずにカッコ良いので、またこの年代を過ごせるのも良いかなと考えている。まあ、相変わらず田川にくっついて話しかけていて無視されていたけれど。田川は高下を振り切ってこちらに来て、斎藤にまで「今日も可愛いね」とか言われて怒っている。
田川は背も低いし、ガリガリなので何と言うか、貧相に見えるのだけど、斎藤や高下は可愛い可愛いと絡む。まあ、田川は嫌がっているのでいじめギリギリの行為だとは思うけど、僕は別に助けたりとかはしないで傍観している。
放課後、高下が女の子に呼び出されていた。胸がモヤモヤとするけれど、これは日常茶飯事で、僕が何かできることもないので気にしないようにしていたのだけど、何故か田川がその光景を見てそわそわしている。
気になったのでゴミを捨てに行く田川の後を付いていくと、高下が女の子と話しているのを立ち止まって見ている。そう言えば、昔、斎藤が田川に、高下と付き合い始めた時の馴れ初め‥…の様な事を聞いて「女の子が高下に告白している場面に出くわして、ちょっと話をしているうちに何故かアイツと付き合っていることになってた」と答えて居たのを思い出した。
かなり前のことなので、記憶が曖昧だけれど、今日のこの日、この時間が高下と田川が付き合う事になった時のキッカケの日なのだろうか‥…過去と同じように行動しているところを見ると、やっぱり田川も僕と同じように過去に戻って来ているのかも知れない。
女の子が去っても田川が高下の所に話しかけに行こうとしないのを見て、これはもしかして僕にとってチャンス場面なのか……と思って、その場に出て行って高下に話しかけてみたのだけど、僕が高下と付き合うという展開にはならなかった。もしかして高下に話しかけるのは今日じゃなかったのかも知れない。
その後も少しだけ田川の行動を注意して、しばらく様子を見ていたけれど高下と田川が特別に仲良くなるような事もなかったので、それはそれでホッとしていた。
文化祭展示用の絵を描くための題材にサッカー部を選んだのだけれど前回は田川を誘ったせいで田川がサッカー部のマネージャーに推薦されてしまって、高下と田川が仲良く部活動で過ごすきっかけを作ってしまった事を思い出したので今回は誘わないで、普通に自分だけサッカー部に向かった。
前の時はやたらサッカー部員が絡んできたが今回は誰もこない。
多分、前は田川が高下と交際しているという噂があったのでからかい半分で田川に部員が絡んでいたのだろう。
そのまま何も無いままに卒業となった。高下は前と違って今回は田川と偽装とかの付き合いはして居ない。
もう卒業だし、最後に高下に好きだと告白しようか迷ったのだけれど、いつものごとく高下は沢山の女子に囲まれていて二人きりになるのは難しそうだったので告白はあきらめてしまった。
大学時代も特に前回と変わりなく日々を過ごしていたのだけれど、飲みに行く人数が足りない……となった時に田川ではなくて、他の友達を誘って田川を桃瀬先輩に近づけないようにした。田川もきっかけがなかったせいか先輩と仲良くならなかったし、不自然に先輩に近づこうとはしなかった。
そのまま僕は桃瀬先輩とは友達として過ごしていたけれど、先輩が卒業して就職してしまってから忙しいのかあんまり付き合いがなくなってしまった。
***
今日は高校の時から仲の良い友達と飲む約束があった。
これは七年前に戻る前日の飲み会の日だ。あの時なんで過去に戻る事になってしまったのか原因がわかるかもしれないと参加したけれど、桃瀬先輩の結婚した話を聞かされてしまってそれどころでは無くなってしまった。
飲んで家に帰ってからも頭痛がひどくベッドに横になってもまったく眠れない。
先輩は普通に彼女が居たからその人と結婚したのだろうか……田川はタイムリープはしていなかったのだろうか。もし記憶があるなら、前と同じに行動して桃瀬先輩と関係を持つはずだ。僕だったら絶対にそうする。
頭痛が治らず気持ちも混乱したまま、いつのまにか眠ってしまった。
***
朝起きていつもの違和感を感じた。
机の前にある椅子の背に雑に掛けてある高校の制服を見ながら戻った時間を確認してみると、またもや前と同じに七年前に戻っている。
またこの時代に戻ってきてしまった。この時代に戻る事に何か意味はあるのだろうか。
僕はいつも自分の意思で戻っていると思っていたのに前回と今回のタイムリープの意味がわからない。
不安な気持ちのまま登校していると前を歩く田川を発見した。
これがやり直しの人生なら今度こそは……と前と同じ様な高下が告白されている場面で話しかけてみたのだけれど、またもやタイミングが良くなかったようで、田川が高下と付き合うとはならなかったけど、僕とも付き合うという話にはならなかった。サッカー部にも田川は誘わないで一人で行ったからか、田川がサッカー部に関わる事がなかったのは良かったと思う。
高校は前と変わりなく終わってしまったので大学では僕は桃瀬先輩ともっと仲良くなれるようにと頑張ってみたが前回、前々回と変わりなく普通の友達としての距離感がどうしても変えられない。
田川は前と違って僕から桃瀬先輩を紹介する事がなかったのに、先輩とたまに二人で話したりしていた。前に付き合っていた時と比べると友達というよりは知人レベルな感じだったので、一応警戒はしていたが前の時に感じていた不自然な雰囲気は無かった。
そして僕は前と同じように先輩が卒業して会社に入ったくらいからあんまり連絡が取れなくなってしまった。
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今日は高校の時から仲の良い友人達と飲む約束があった。
もう二回も戻っているが僕の人生は何も変わりがない。
何度やり直しても何も変わらない。嫌な事もないけれど、特に良い事もないのだ。
無駄に同じ人生を繰り返している事にちょっと嫌気がさしていた。
「蓮慈が大学卒業してすぐに男と結婚するとは」
「蓮ちゃんって昔からあんまりものごとを深く考えたりしなかったけど、まさかねえ」
斎藤と渡辺が面白そうに話しているけど、結婚って言った?
桃瀬先輩とはそれ程には仲良くなっていなかったはず……なのに、僕にはわからない様に二人は付き合っていたのだろうか。
「田川、結婚って本当? 相手は誰?」
今度もまた桃瀬先輩と? と思いつつも恐る恐る聞いてみた。
「あー、大学の時の先輩で桃瀬貴雪さんっていたじゃん? あの人のお兄さんで秋亮さん」
と答えるので驚いて思わず「誰?」となってしまった。
何で先輩のお兄さんと結婚ってなるの?
もうさっぱりわからない。そもそも何で何回も同じ人生をやり直しているんだ?
何か変化あれば戻っている原因が分かるのに‥…僕を中心に人生をやり直しているのかと思っていたけど、まさかの傍観者?
嫌な事があると自分の意思で少しだけ戻して何もなかった事にしていたけれど、今回のように原因も分からずにただ過去に戻ってもまた同じような人生を繰り返しているだけだ。
そういえば最近は一日過去に戻ったりもしていない。それほど嫌な事も起こっていないというのもあるけれど七年も一気に戻ってしまうと原因が分からなすぎて日々起こる細かい嫌な事もスルーになっていたかもしれない。
ちゃんと話してみようと思ったのに、田川はもうすでに酔ってしまっていて全然話にならない。日を改めて話をしようと声をかけたが返事は曖昧なので諦めた。その日は皆んなと別れて普通に家に帰って、酔っていたのもあるのだけどベッドに横になってそのまま何も考えずに寝てしまった。