聖僧隊Ⅲ
「随分な歓迎だな。これがお前らの礼儀か?」
「得体の知れない術を使う『魔王の子』と、悪名高い人斬り『帯剣』なんだ。人間扱いなだけマシだと思うよ」
カリンはあっけらかんと答え、牢の鍵を開けた。そしてシェリに掛けていた拘束魔法を解除する。
「私の魔法を解除する時間は充分に与えたが、君はそのままにしておいた。案外従順なんだね」
「いや、単純にうるさいから放っておいた」
さすがにあんな話をした後なので、いつもなら不満を露わにするシェリも今は大人しい。
「さぁ付いて来て。これから君達の件で会議を開くことになった」
カリンに従い、後ろをついて行く。通されたのは円卓の置かれた広めの部屋であった。
「序列二十九位『信仰の鎖』です。この度は私の呼び掛けにお応えいただきありがとうございます」
「面倒の挨拶は抜きだ。カリン、お主の後ろにいるのが『魔王の子』を名乗った少女だな?」
「その通り。俺が魔王の生まれ変わりだ」
参加者達の間でざわめきが起こる。
「図に乗るな下賤の娘よ。我々はカリンと話をしているのだ」
「左様。我らは聖僧隊序列五位から二十位の高位な身である」
くだらない。どんな世界だろうと地位に溺れる人間というのは浅ましく愚かだ。彼等は地位こそカリンより上かもしれないが、大したものではなさそうである。
「そんな見栄を張っている場合か?こうしている間にも、召喚した自分の信奉者を皆殺しにしたもう一人の『魔王の子』は自由にこの国を動き回っているんだぞ」
円卓に座る者達の表情が曇った。全員この状況が芳しくないことは百も承知だろう。
「蘇ったという『魔王の子』の目的はただ一つであろう」
参加者の中の一人の老人が立ち上がる。
「長い歴史の中で、『魔王の子』を名乗った者は多くいた。大半はただの小物に過ぎなかったが、歴史に災厄をもたらした者がいたことも事実じゃ」
「歴史書によれば『魔王の子』は『魔王』の力を一部しか受け継いでおらんとされる。そのため、世界を滅ぼすには『魔王』を完全に復活させねばならん」
「つまり……女神によって隠された『魔王』の遺体を見つけ出そうとするはずじゃ」
円卓に座る者達は神妙な面持ちで頭を抱えていた。俺はカリンにそっと耳打ちをしてみる。
「『魔王』の遺体はどこにあるのかわからないのか?」
「もちろん。女神は『魔王』を殺した後、まだ強い怨念を放つ彼の遺体を後世の誰にも利用されないように秘密の場所に隠したのさ」
会議は少し誰かが話せば、それについて全員がしばらく考え込むという驚くほど段取り悪く進行した。もう軽く二時間は過ぎるが何も決定していない。
シェリとアンハレナは後ろで完全に眠っており、俺も何十回も意識を失いかけ、このままでは埒があかないことを悟った。
「お偉いさん達がお困りのようだから俺から提案をさせてもらえないか?」
ゆっくりと立ち上がり、背伸びをしながら発言する。
「ここにいる序列二十九位様を監視役として同行させ、俺たちにもう一人の『魔王の子』を探させる。無論、俺たちが怪しい行動を取れば遠慮なく序列二十九位様に処分を命じてもらって構わない」
「か、勝手に決めるな!私にだって都合というのが!」
カリンは慌てているが、円卓の者達はその提案に乗り気なようだ。
「いいだろう。だが、いざとなれば聖僧隊が全力でお前達を滅することを忘れるな」
「肝に命じておくよ」
こうして会議は俺の発言だけで実質お開きとなってしまった。カリンは茫然自失としているが、俺たちを牢獄に放り込んでくれたお返しだ。
円卓に揃っていた参加者達は、一応の方針が決定したことで続々とその場で姿を消した。
「うわっ!?この人たち瞬間移動できるの!?」
「ただの転写魔法だよ。自分の姿を遠く離れた場所に映し出すことが出来るんだ」
シェリの驚嘆にカリンは丁寧に答える。貼り付けたかのような笑顔は、勝手な提案をした俺への怒りの表れである。
「さて、私は旅の荷物をまとめてくるよ!君たちにも必要なものを与えるよう部下には命じておくね」
カリンは笑みを浮かべたまま部屋を後にした。すまないカリン……自由を得る為にお前には犠牲になってもらう。
俺たち三人はその場にポツンと取り残される。
「『黒角姫』、本当の愚か者。自分もアンハレナに殺されかけたの忘れてる」
アンハレナの呆れ顔が眼前に迫る。彼女の言う事は正しい。帝国は邪教も魔王も魔王の子も……全て引っくるめて滅ぼしたいだろう。それがこの国の平和を保ってきたのだ。
事実、アンハレナは東方辺境公とやらの命で問答無用で俺を殺しにやって来た。
たとえもう一人の『魔王の子』の魔王復活を止めたとしても、俺たちはその後まとめて殺されるに違いない。
俺が切り札にしている『呪いの言葉』も過信は禁物だ。どんな奇跡を起こせても、国家一つを相手に戦える確証はない。
魔王も『呪いの言葉』を持っていたのに死んだ。
「イーリエ様、私は……帝国の人間といつ終わるかもわからない旅に出るのはちょっと嫌……です」
「アンハレナだって帝国の手先だったぞ?」
「このチビはオルフで異民族ですから!まだマシなだけです!」
「今、オルフ族を侮辱した。許さない」
シェリとアンハレナは半ばお約束となった喧嘩を始める。それにしても、『帝国最強の剣士』でありながらこいつの『帝国』嫌いは相当だ。
シェリの過去と、彼女の願い
それは追々、心を許してくれたら聞こうと思う。こいつは俺がこの世界に来て大切にしたいと思った初めての人間なのだから。
カリンが身支度を整えた後、俺たちは保存食の干し肉をほんの少し与えられて出発することになった。
必要なものは支給してくれるはずだったんだが……文句を言おうにも、カリンは貼り付けた笑顔のまま「規則ですから」と言うばかりである。
シェリは俺の与えた剣を持っており、アンハレナは自分で持ってきた装備で身を固めている。
要するに、俺だけが丸腰だった。
召喚された時に与えられた上等な服は西の果てまで行くために換金してしまったし、今の俺はそこらの町娘と同じような出で立ちになっている。
「一応重大任務に赴く訳だしさ、なんかもう少し装備品とか……」
!
よく考えれば、シェリの為に作り出した剣はまだそこにしっかりと残っている。つまり、自分の装備は自分で作り出せばいいんだ。
「え〜と……とりあえず剣とマントと最低限の防具を」
物陰に隠れて『呪いの言葉』を唱える。俺の意を察してか控えめな発光の跡に望みのものが作り出された。
「おーい!何してるんだい?もう出発するよ!」
俺は手早く装備を整え、カリン達の所へ戻った。
「その剣にマント……どこでそれを?」
「いや、なんか優しい人があげるって言ってくれてさ」
『呪いの言葉』のことはカリンにはまだ伏せている。俺の奥の手であるし、もし対抗策を持っているならギリギリまで隠し通したい。
「『魔王の子』捜索任務、これより開始する!」
カリンは勇ましく杖を掲げ、詰所の門をくぐって出て行く。門番達だけが「頑張ってください」と応援してくれた。
「さて、共に旅する仲だ。君の名前を教えてくれ。流石に街中で『魔王の子』と呼ぶわけにはいかないからね」
名前か……
俺の名前?
前も思い出せなかった。
俺の名前は……
「イーリエ様はイーリエ様ですよ!」
「なるほど。イーリエと呼べばいいんだね」
シェリは俺の代わりに名前をカリンに伝える。本当の名前を思い出せない以上、便宜的にこの名前でも構わないか。
「あれ程の大見栄を切ってくれたんだ。『魔王の子』の行き先に目星は付いているかい」
「実は全然わからないんだ」
「えぇぇ!!」
カリンとシェリは驚いて声を挙げる。アンハレナはやっぱりな、といった顔をしていた。
「だけど全く手掛かりがないわけでもない。俺たちは隠れ寺院に入る前に『魔獣』を見かけたんだよ。そいつの飛んで行った先に、探している『片翼の姫君』がいるはずさ」
「確実とは思えないけど……他に取る道が無い以上はそこへ向かうしかないみたい」
カリンは渋々納得した。この世界で存在し得ないはずの『魔獣』という言葉を出したにも関わらず驚かないあたり、聖僧隊は『魔獣』を知っている。少なくとも、存在を認知しているのだろう。
こうして俺達四人の少女(一名の中身は三十路の男)は果てしない旅へ出発した。




