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笠羽さんはやっぱり正式なコックになりたかったみたいだ

 さて、笠羽さんはホテルを受けるらしいけど、就業条件を考えればおそらく個人経営の小さな店のパラディーゾよりホテルの調理部門のほうが安定もしてるだろうし、完全週休2日制で夏季休暇や正月休暇などがあったり、慶弔休暇や産前産後休暇、有給休暇などの福利厚生もおそらくシッカリしてるのだろう。


 そのあたりは家族経営だとなかなかしっかりさせるのは難しいだろうしな。


 ただ、せっかくいままでウエイトレスとして頑張ってきて、慰安旅行なんかでいろいろ仲良くなったのになと思うと残念でもある。


 まあでもオーナーも笠羽さんの意思を尊重したんだろう。


 時間帯や忙しさにもよるけどパラディーゾのコックはオーナーとチーフだけでも回らないわけでもない。


 俺はまだまだ見習いだし、俺が正式なコックになれるのはいつかわからないし、笠羽さんがコック見習いになれる保証もないしな。


 ただオーナーやチーフならやる気や資質を正しくみてくれると思うから、そこまで焦らなくてもいいんじゃないかなと言う気もしたけど、調理師専門学校のコネというのもあなどれないからな。


 学校の就職活動というのは案外すでに就職している先輩がいる場所というのが多くて、そういったコネでの紹介というのが馬鹿にできない。


 調理専門学校の就職先は西洋料理店・日本料理店・中華料理店のような専門的レストランなどの他にホテル・結婚式場・旅館・病院・福祉施設・学校の学食・会社の社員食堂のような和洋中を総合して作れないといけない職場も多い。


 だから調理師専門学校は和洋中のすべての料理についての包丁さばきや加熱方法などの技法をまんべんなく学ぶんだな。


 そんな折にオーナーから俺は言われたことがあった。


「相田君、暫くの間ウエイターをメインにしてもらうと思うけどよろしく頼むよ」


「新しくバイトを募集はしないんですか?」


「うん、しばらくは様子を見たいからね」


「そうですね、戻ってこれるようにしてあげないと」


 そしてオーナーはチーフや桜田さんにも同じような話はしてるらしい。


 桜田さんが苦笑しながら言った。


「パパは優しいっていうか甘いのよね。

 でもそういうところもいいと思うけど」


「そうだね、でも、笠羽さんもいろいろ迷ってるんだと思うしホテルでコックになれるならそれもいいかもしれない」


「んーでも、女だとウエイトレスに回されると思うのよね」


「多分そうなんだよな」


 男尊女卑と言うわけではないと思いたいが、料理人は男の世界で女性をコックとして雇うところは少ない。


 若くて外見が良ければなおさらだ。


「調理部門と入ってもホテルはいろいろ大変みたいだしね」


「そうなんだ」


「レストランや宴会施設もホテルだと宿泊施設の一部ではあるからね。

 あと、こういった業界はどこも経験者優遇だから、仮にコックとして入っても最初は結局ウエイトレスや掃除からだと思うわ」


「それもそうだよな、調理専門学校をでてもまずは見習いからだよな」


「でも、いろいろやってみて駄目だったっていう経験を積むのもいいことなんだと思うわ」


「そうかな?」


「たぶんね、私も中学生の頃は家のトラットリアの仕事を手伝うなんてやだったけど、学校はバイトも禁止だったし、高校を卒業したら進路をどうするかなんて全然決まってなかったけど、結局は家のお手伝いが一番なのかなって、今の専門学校を受けたしね」


「なるほどね」


 笠羽さんは就職指導室で面接練習をしたり一般教養の入社試験の勉強に励んだりしているようだ。


「俺はもう筆記試験とか受けたくないけどな」


「ホテルとかは特別だから、普通の飲食で筆記試験するところはそんな多くないと思うわ」


「パラディーゾは面接すらなかったもんな」


「それは私の推薦ですもの」


「そう言えば笠羽さんは面接あったっけ」


「流石に最低限の礼儀作法と常識があるかないかぐらいは話をしたりしてみないとね」


 やがて就職試験当日になり笠羽さんは筆記試験と面接を受けたようだが結果にはあんまり自信はなさそうだった。


 そして2週間後にお祈りのお手紙が来たらしい。


「うーん、駄目だったみたいだね」


「そうみたいね」


 また新しい職場探しをするにしても大体の職場は同じ時期に就職試験を行っているので、はっきり言えばもうあまり大きな規模の就職先はのこってない。


「笠羽さんに戻ってこないかって言ってみようか」


「そうね、そうしてみるのがいいかもしれないわ」


 俺たちは笠羽さんと話をしてみることにした。


「笠羽さん、ホテルは落ちたみたいで残念だったね」


「うん、頑張ったんだけど力及ばなかったみたいです」


「なら、パラディーゾに戻ってこない?」


 俺がそういうと桜田さんも言う。


「そうそう、今から新しくほかを探してもあらかたの場所は就職試験おわってるでしょ?」


「でも、オーナーに今月までって言ってしまいましたし」


「大丈夫だよ、オーナーも笠羽さんに戻ってきてほしいって思ってるよ」


「そう……でしょうか、私がホテルを受けると言っても特に引き止めてもらえませんでしたけど……」


 その言葉に桜田さんがちょっとムッとしていた。


「そりゃそうよ、パパだってせっかく育ってきた貴方を本当は引き止めたかったけど、ホテルと個人経営の小さな店のパラディーゾじゃ世界が違いすぎるって、あえて見送ったのよ」


「まあまあ、桜田さんそんもそんなに頭に血を登らせないで。

 ああ、でも笠羽さんオーナーはいつでも戻れるように新しいバイトを雇うわけでもなく、俺たちに協力を頼んで、笠羽さんがいつでも戻れるようにしてるんだよ」


 笠羽さんがちょっと驚いたように言った。


「私をいつでも戻れるように?」


「うん、だから笠羽さんも戻ってきなよ、せっかくいろいろ覚えたんだし、それにいっしょに慰安旅行に行ったりもしたんだし」


 俺がそういうと笠羽さんはペコリと頭を下げていったんだ。


「わかりました、パラディーゾのオーナーにもう一度雇っていただけないか、直接お会いして話をしてみます」


「うん、きっと大丈夫だよ」


 そして学校が終わった後で、俺と桜田さんといっしょに笠羽さんはパラディーゾに向った。


「オーナー、とても厚かましいお願いだとはおもいますが、今月以降もこちらで働かせていただけないでしょうか」


 オーナーは微笑みながら言った。


「うん、大丈夫だよ。これからも頑張ってね」


 笠羽さんはオーナーへ頭を下げながらいう。


「はい、こちらで正コック目指してがんばります!」


 うん、これで一件落着かな?


 俺としては笠羽さんの追い上げも心配しないといけなくなったけど。

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