ようやくドルチェをつくらせもらえたぜ、一歩前進だ
さて、前期末の筆記と実技の試験を早めに終えられた俺はバイト先のパラディーゾに桜田さんと一緒に向かった。
今頃調理実習室は阿鼻叫喚なんだろうな。
「ただいまー」
そういって桜田さんが店に入るのに続いて俺も店に入った。
「筆記と技術考査が早く終わったんでバイトに来ました」
そういう俺にチーフはさも当然とでも言いたげに言った。
「おう、それくらいできないと困るからな」
「いや、そりゃそうかもしれませんけど、きつくないですか」
「いやまあ、うちのコック見習いを名乗るくらいならそれくらい出来るだろ?」
「うー」
そこへオーナーが声をかけてくれた。
「こういう言い方をしてくけど息子は君に期待してるんだよ。
もちろん僕もね、ところで相田くん、今日は一つドルチェを作ってみないかい?」
「ドルチェ?
店に出すものをですか?」
オーナーはうなずきつついう。
「僕たちが自信を持ってお客さんに出せると判断したら当然そうするよ」
「わかりました、ありがとうございます!
やってみます!」
何にしようかな、シフォンは前に作ったから今度はチョコケーキにしようか。
基本的なスポンジの作り方はシフォンよりは固めにしよう。
「材料はっと、ん、ちゃんとあるな」
卵、グラニュー糖、薄力粉、牛乳、バター、それにココア。
薄力粉はふるってだまにならないようにし、卵白と卵黄をわけて卵白にグラニュー糖を加えつつメレンゲを固めに作り、それに卵黄を入れて混ぜ、薄力粉をふるいかけながら混ぜる。
後は牛乳とバターを耐熱容器に入れて温めてバターを溶かし、ココアパウダーをやはりだまにならないようにふるいながらそこにいれればココアバターの完成。
そしてスポンジ生地にココアバターをまんべんなく入れて混ぜる。
「んーどうしようかな……」
完全に混ぜないでまだら模様にするのも面白いかもだけどここはきちっと混ぜておこう。
「後は焼くだけだな」
170度に温めておいたオーブンで30~40分焼いて、中心に竹串をさして生地がつかないようであればまずはスポンジ生地は焼きあがるはずだ。
ケーキを焼いている間に小鍋に生クリームを入れ、弱火で温めたあと沸騰しない程度に十分温まったら火を止め細かく刻んだチョコレートを加えて溶かし、十分混ざったら鍋を氷水で冷やしながら手早くホイップする。
そして焼き上がったらケーキを2つにスライスしてチョコクリームを挟んで上や側面にもたっぷりぬって、最後にシュガーパウダーで白くアクセントをつければ出来上がりだ。
「できましたー!」
俺はオーナーに報告する。
「ほう、美味しそうなチョコケーキだね」
オーナーは目を細めてみてくれている。
「美味しそうだけどやっぱりありきたりだな」
チーフの言動はいつもながら厳しい。
「まあまあ、パパ、お兄ちゃん、試食してみようよ」
桜田さんが総フォローしてくれた。
「どうぞ、食べてみてください」
小皿に切り分けて皆に渡す。
超ドキドキだぜ。
まずは桜田さんが躊躇なく食べはじめた。
「うん、美味しいよ。
見た目も綺麗だしね」
次はオーナー。
「うん、うまくまとまってるね。
玉もないし食感もいい」
最後はチーフ。
「だけどやっぱ見た目も味もありきたりすぎ。
冷凍のケーキよりはうまいとはおもうけどな」
がびーん、チーフは相変わらず辛辣だぜ。
「まあ、ちょっと俺のケーキも食ってみてくれ」
チーフが切り分けて俺の前に出してきたのは白黒交互に7層に重なったチョコとスポンジのケーキかな?
「はい、いただきます」
食べてびっくり、白いのもホワイトチョコと卵黄を使わない白いスポンジ生地のチョコケーキだったのだ、しかも紅茶が隠し味に入ってるけどそれが香りを良くしている。
「す、すごいです」
そういう俺にチーフが言う。
「お前さ、ココアバター混ぜるときになんか迷ってたろ」
あれチーフはそこまで見てたんだ。
「え、あ、はい、完全に混ぜないでマーブルにするのも面白いかなと思ったんですけど」
チーフはふぅと一つため息をついて言った。
「でも、レシピではちゃんと綺麗に混ぜるべきと書かれてたからそれを優先した……か?」
俺は心を読まれてるのかとどきりとしながら答えた。
「はい、そうです」
チーフはふむとうなずいて更に言う。
「数少ないチャンスだからなるべく失敗しないようにって気持ちもわかる。
だが、それじゃ発展はないんだ、だから失敗をしないようにするのも大切だが、失敗を恐れるあまり型通りしかできないよりは、レシピとは違うけどこう変えてみれば面白いかもという直感を大事にすることも必要だとおもうぜ、守破離って言ってな。
定石を守ることばかりでは壁は破れんってことだ」
チーフのいうことは厳しいけど正しい。
「は、はい、こんどからは少し違うことにも挑戦してみます」
「おう、今度のケーキは期待してるぜ」
結局俺のケーキは試食はしてもらえたけどお客さんに出してはもらえなかった。
「型にはまらないアレンジも大事かぁ、たしかにな」
「まあまあ、お兄ちゃんは厳しいけど言ってることは正しいと私もおもうよ」
「そうだよね、ねえ桜田さん、今度のお休みに銀座のイデミスギノに二人で行かない?」
イデミスギノも有名なコンクールの入賞履歴を持つ世界的なパティシエさん。
元は神戸が本店だったはずだけど今では銀座にもお店がある。
「ふ、二人でイデミスギノ?」
「うん、アレンジの参考にしたいから、また二人でケーキを沢山注文して分け合って食べない?」
「う、うん、いいわよ」
「時間は前と同じでいいかな?」
「うん、大丈夫」
「じゃあ、よろしくね」
「こっちこそ、ちなみに相田くんのおごり?」
「や、そこは割り勘にしてほしいなぁ。
けど桜田さんにはいろいろお世話になってるし今回はおごるよ」
「おや、貧乏なのに大丈夫なの?」
「賄いで食費も浮いたしバイト代も入ったし大丈夫大丈夫」
祖ういうと桜田さんは笑う。
「ん、じゃあ奢られるとしましょうか」
そんな感じで俺はイデミ・スギノで桜田さんと一緒にケーキを食べる約束を無事取り付けた。
断れれたらどうしようかとも思ったけど断られないで良かったぜ。
イデミスギノで一人ケーキはやっぱ避けたかったしな。