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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

青蘭学院シリーズ

君の隣にあるしあわせ

作者: 高原 涼子

私用で連載のお休みを頂きましたので、手持ち分のストック放出です。

高槻と悠の馴れ初め話です。

 はじめて出会ったのは幼稚園の入園式。

 あの頃は今よりも色素が薄くて、金色のふわふわの髪に光の加減では青く見える瞳が眩しくて、母親に読んでもらった絵本の中にいた天使が目の前に出てきたのだと思った。

「ひろせゆうです。えっと、たぁくん、おともだちになってね」

 他の誰よりも大切で、誰にも渡したくない唯一が、できた日。


◇episode-T◇


 昔の出来事を夢に見て、藤原高槻ふじわらたかきはため息をつく。夢に出てきた相手は、当時よりは少しだけ髪の色が茶色くなり、瞳もグレーに近くなった。変わらないのは自分のことをあの頃と同じように「たぁ」と呼ぶ時の笑顔くらいだ。

 最近は極力目を合わせないように、会話をすることがないようにと避けているから、その笑顔を見ることもなくなってきたなと、自嘲する。

 誰よりも大切なのに、泣かせているのはいつも自分だと、分かっているのだ。

 好きなんて言葉ではもてあましてしまう、感情をぶつけてしまえば、悠を傷つけてしまう。そんな事になったら高槻は一生自分のことを許すこともできなくなるから距離を置いているのに、それがまた悠の表情を曇らせている。だから高槻は、どうすればいいのかもわからなくなってしまった。

「……学校、行きたくないな」

 ほぼ日課となってしまった呟きと共に高槻は起き上がる。

 制服を身につけることで何とか体裁を保っているし、バスケ部で身体を酷使して疲れ果てることで罪悪感を抑えこんでいる。

 淡々と準備をして、いつも通りに家を出る。

 幼稚園の頃は車での送迎だったけれど、初等部に進級してからはバスと電車を乗り継いでの通学も九年目になれば当たり前になってくる。通学中は高槻にとっては勉強の時間でもあり、自身の思考をまとめる時間でもあったのだが、ここ一年ほどの朝の時間は専ら悠に対する自分の想いについてばかりを考える時間になっている。

 幼なじみの友人だったはずなのに、気づけばその存在が日増しに大きなものになっていた。恋愛感情だと気づいた時に、その気持ちを押し殺すしかなくて、どんな態度を取ればいいのかさえわからなくなった。

 周囲はその気持ちに気付いていて、普通に接するように伝えてくるのだが、それができれば今苦労していない。泣かせたいわけではないのに、結果的にそうなってしまっていることが、苦痛なのだ。

(……悠)

 名前を思い浮かべるだけで幸せなのに、苦しい。

(いっそのこと、伝えて距離を置かれる方が楽になれるかもしれないな)

 いつも思って、その度に距離を置かれる恐怖を覚えて実行に移すこともできない。

 ため息ばかりが積み重なっていく。




「おはよう」

 鞄を机に置くと、柔らかな声がかけられる。

 態度の悪い自分に変わらず声をかけてくるのは、広瀬悠その人である。

「……おはよう」

 返事をしないわけにはいかず、視線を合わせることもできないから、高槻は余所見をしてぶっきらぼうに挨拶をする。

 ちいさくこぼれたため息を残して悠の気配が離れると、ようやく高槻は全身の緊張を解いた。

「お前本当に態度悪いな」

 隣の席から低い声が届く。

 悠と同じく高槻の幼なじみの関和己せきかずきだ。

「うるさいな」

 態々言われなくても分かっているのだ。

「悠ちゃんのこと、これ以上泣かせるなよ」

 高槻の戸惑いも、悩みも全部わかっているからか、それ以上は言わずに髪をぐしゃぐしゃに撫でる。

 そのまま立ち去るのは、悠をフォローするためだ。和己は誰もが孤立しないように神経を張り巡らせている。

「……どうせ泣かせるつもりなんかないって言うんだろうけど、高槻の言葉と行動が一致しないから悠が泣くんだけどね」

 呆れたように話しかけるのは、一連の流れを黙って見ていた英弘幸はなふさひろゆきだ。

「いい加減に意地はるのやめて好きだって言えばいいのに」

「ユキなら言うのか?」

「泣かせるくらいなら言う」

 弘幸の言葉に苦く笑う。

「俺は泣かせたくないけど、それ以上に距離を置かれたくないんだ」

「そんな態度だと、いずれ距離を置かれると思うけどね」

 高槻のため息ばかりが重く響いた。


◇episode-Y◇


「悠ちゃん!」

 背後からの声に立ち止まる。

 振り返ることができないのは、表情を見られると高槻に対して悪い印象を持たれてしまうかもしれないから。

 そんな姿を見て和己が笑う。

「高槻の印象なんてこれ以上悪くなることはないから大丈夫」

 おいでと腕を引かれて階段下に連れていかれる。小柄な身体は和己に隠れて、周囲の視線が遮断されると大きな瞳から溢れた涙がこぼれおちた。

 声を殺して肩を震わせている悠の頭を引き寄せてあやすように背中をポンポンと叩いていると、やがて諦めたようなため息とともに悠が顔を上げる。

 赤くなった目元が泣いていたことを伝えているが、それを知られないように笑みを浮かべると、大抵の場合は、ごく親しい友人以外はごまかせる。

「……いつもごめんね」

「大事な幼なじみを一人で放っておくことなんかできるわけないだろう?」

 そう答えながら、もう大丈夫とにっこり笑って姿勢を伸ばした悠の纏う空気が、普段よりも凛としていることに和己が首をかしげると

「いつまでもこんな状態が続くのがおかしいんだよね。だから決めたよ」

 悠がきっぱりと宣言する。

「僕の気持ちを伝えることにするよ」

 今日の放課後、たぁの事捕まえるから手伝ってねと笑う悠にたじろいだ和己は、それでもぎこちなく頷いた。

「たぁのことが好きすぎて告白するのが怖かったけど、今の状態より悪くなることなんて後は無視されるくらいだし、そうなったらもう仕方ないよね。……その時は僕のことを好きになってもらえるように努力すればいいや」

 キレた悠が怖かったことと、儚げな見かけに騙されやすいけれど、性格がオトコマエなの忘れてたとは、後に和己が弘幸にだけ語った言葉である。




「放課後、部活に行く前に僕に時間をくれないかな?」

 にっこり笑顔で告げてくる悠に、どこか逆らえない空気を感じ取った高槻が、その後ろにいる和己を見る。拒絶するなと視線だけで訴えかけてきた和己の、わずかに怯えたような表情に、逃げられないことを悟った高槻は、観念したように頷いた。

「……わかった」

 よろしくねと言って自分の席に戻る悠の背中を見送った高槻はその場に残る和己に視線を移す。

「俺に聞いても何も出ないからな」

 早口に告げて今日はお前に近づかないと宣言した和己は何事もなかったかのように悠に話しかけている。

 巻き込まれなくてよかったと胸をなでおろす弘幸は頑張ってと高槻を激励したうえで

「今日は僕は誰とも関わらないから。……明日が休みで良かったよ」

 と宣言して鞄から文庫本を取り出した。


◇episode-a couple◇


 放課後の人がいなくなった教室で、高槻と悠が向かい合って座っている。

「部活もあって忙しいのに、ごめんね」

 柔らかな笑みを浮かべた悠が少しだけ上目遣いに高槻を見上げる。

 目を逸らすのは許さないとばかりにそのまま視線を合わされて、ずっと変わらないその表情をまともに見たのは久しぶりだと気づく。

「いや、大丈夫」

 そう答えると、高槻は悠から目を逸らせないまま口をつぐむ。もともと口数が多くないので会話が続かないのも、長い付き合いの中で悠は知っているから、特に気にしない。それよりも視線があったまま、会話が続いたことがただ嬉しくて、笑みが深くなる。

 最近はあまり話しをすることがなかったからと、他愛ない会話をしばらく続けると、ぎこちなかった空気が柔らかくとけて、和む。

「こんな風に二人で話すの、久しぶりだね」

 それがとても嬉しいのだと声が弾んでいるから伝わっているのかなと首をかしげる悠に、高槻がそっと微笑する。淋しそうな泣き顔よりも、笑顔でいてくれることが何よりも大切だと思い知らされて、自分の中の悠の存在の大きさを改めて実感する。

「……僕ね、君のことが好き」

 さらりと言葉にした悠を、高槻は凝視する。

「俺は、悠にそんな風に思ってもらえるような態度、取ってなかっただろう?」

 ちいさな声が届くと、悠はわずかに首を振る。

「君が、たぁが僕のことを避けているのはずっとわかっているけど、そんな事はどうでもいいくらい、ずっと昔からたぁだけが大好き」

 色白の悠の頰が朱く染まる。

 潤んだ瞳は高槻から逸らされることなくまっすぐにみつめていた。

 高槻が言葉を探していると、少しだけ不安そうに悠が口を開く。

「……僕は君のこと、好きでいてもいい?」

 その言葉を聞いて、高槻はそっと悠に手を伸ばす。

「たぁ?」

 その行き先をじっと見ていた悠は、指先が頰に触れると、目を閉じて、そのてのひらに頰を擦りよせた。

「悠は、俺の宝物みたいな存在で、ずっと大切な友人でいないといけないと思ってた。

 好きの意味が他の幼なじみのみんなに対するものと違うことに気づいた時に、それが悠の気持ちを無視することになるのが怖くて、そうしたら今までどうやって接していたのかわからなくなって」

 おかしな態度をとってごめんとちいさなこえで告げる。

 言葉を切った高槻がてのひらを離そうとすると、悠が自分のてのひらをそっと重ねる。

「俺は、悠のことを手放せなくなるけど、それでもいいか?」

 椅子から立ち上がり、悠の隣に移動した高槻が悠の頭を引き寄せる。

「……悠のことが好きだ」

 ようやく伝えられた言葉は、空気にとけて、二人をふわりと包みこんだ。

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