六話 魔界は便利なのである
以前は苦手だったどんよりとした空気が、毒々しく広がる真紅の空が、美しさのかけらもない悪趣味な装飾が、今は何もかもが懐かしい。
そうだ、吾輩は魔族だ。魔族なのだ。
帰ってきた、帰ってきたぞ……!
「ふはははっ!! 魔界だ、自由だーっ!!」
「エ、エミリー様。衆目を集めてしまっていますよ」
魔界よ、吾輩は帰ってきたぁっ!!
地味オブ地味でしかも過労死するんじゃないかというぐらいのハードワークなど、吾輩の性には合わん!
やはり吾輩の居場所はこちらであるべきなのだっ!
衆目を集めている? 知った事か!
存分に眺めるがいい!
吾輩こそが未来の吸血姫! 未来の魔界を支配する者なのだからな!
だが、さっさと移動せんとウザったい輩に見つかってしまうからな。もう少しゆっくりしたいところだが、仕方あるまい。
「ここはいわば魔界の玄関口でな。パスポートを使用した場合、この街……レメストリアに点在するワープポータルのどこかに転送される事になっている」
「魔界の玄関口、レメストリア……。やはり魔族のどなたかが支配しているのですか?」
「一応な。最上位吸血鬼が一角、ベルセルク・レメストリア公が治めている。と言っても放ったらかしだがな」
「っ! ベルセルク……公と言えば、物語にも出てくる程に有名な吸血鬼ではないですか!」
「そりゃあ、最上位吸血鬼ともなれば物語に謳われていない方が珍しいぐらいだからな。というか少なくとも吾輩が知る中では全員が、出演している物語持ちだ」
「なる、ほど……。最上位吸血鬼はやはり別格なのですね……」
「そういう事だ」
やはり眷属歴が短いからか、まだまだぎこちなさが残っているな、アーシェは。
最上位吸血鬼のどいつか本人を前にして、名前の後ろに“公”を付ける事を忘れなければいいのだが。
細かい事を気にしない奴も居るが、呼び捨てにされただけで相手を八つ裂きにする程短気な輩も居るからな。
最上位吸血鬼と一口に言っても、実に様々なのだ。
「滅多に無いだろうが、もしも最上位吸血鬼と相対する時は言葉遣いに気をつけろよ。下級吸血鬼の眷属など、ほんの些細な事で殺されかねんぞ」
「……はい。エミリー様に恥をかかせたくはありませんからね」
「いや、そんな事は別にいいのだが……」
「よくありませんっ!」
「う、うむ」
可愛い我が眷属の為ならば恥などいくらでもかいてやるつもりだが、怒られてしまった。
吾輩がどうとか言うよりも、アーシェの命の方が万倍大事なのだがな。これがすれ違いというものだろうか。
眷属を使い潰す野蛮な吸血鬼もいるにはいるが、そんな輩と同類にはなりたくない。
吾輩は吾輩が選んだ眷属を最後まで愛し続けたいのだ。
おっと。
さっさとツェッペリン公の元へ挨拶しに行かねばな。
どうも最近は本題から逸れがちな気がするぞ。
「滅多に無いだろうとか言っておいてなんだが、忘れん内にツェッペリン公へ挨拶しに行くぞ。ダンジョンを貸してもらわねばならんからな」
「あの王級悪魔を使役する、最上位吸血鬼の一人、でしたか」
「ああ。まぁ気さくな爺さんだから気を楽にすればいいさ。間違いなく他の最上位吸血鬼よりはやりやすい相手だぞ」
「いえっ! エミリー様が舐められないように、きちんと眷属を務めあげてみせます!」
「……そんなに気負わんでもいいのだが」
「いえ! そんなわけにはいきません!」
「ま、まぁいいか」
吾輩たち魔族本来の領域に居るからか、こやつはどうにも張り切りすぎているように思える。
変なところで空回りしなければいいのだがなぁ。
まぁ、元々真面目な性格なのだろう。あのハードワークを難なくこなす程の女だし。
さて、とりあえずだ。
まずはこの街から様々な場所へと飛んでいく事ができるポータルステーションへと向かい、チャンネルをツェッペリン公の城へと合わせなければならない。
微妙に不便だが、まぁ転送事故が起きるよりはマシだ。
道すがら、恐らく眷属武闘会に出てくるであろう有力な吸血鬼……の眷属についてでも説明してやる事にする。
「所詮は下級吸血鬼。眷属も大した強さではないのだが、一応教えておいてやる。近頃名を聞くようになってきた中では、ハールという奴と、メティシアという奴がそこそこ強いらしい。恐らくそれなりには眷属も鍛えてあるだろうから、気をつけろ」
「エミリー様は、噂をされたりとかは?」
「ツェッペリン公と関わりがあるくせにいつまで経っても下級吸血鬼のまま、と言うことで、悪い意味で有名ではあるな」
「では眷属たる私が華々しく戦い、そのハールとメティシアとかいう吸血鬼の眷属をけちょんけちょんにしてやればいいですね」
「その意気だ。ま、下級吸血鬼の眷属武闘会程度では、大した話題にもならんだろうがな」
「そうなのですか……」
星の数ほどいる下級吸血鬼の一人一人をいちいち記憶している物好きなどそうはいない。ツェッペリン公のように、世話を焼いてくれる者が変わっているのだ。そういう意味では感謝してやらなくもない。
吸血鬼どもが吾輩を思い出すとすれば、「ほら、あの落ちこぼれのくせに偉そうな女!」と言われて「あー、そういえばそんなのも居たな」という程度のものだろう。
しかし、いずれは魔界中に、そして世界中に吾輩の名を轟かせてやる。
吸血鬼の中の吸血鬼、美しくも圧倒的に強い吸血姫として、な。
そんなこんなで喋くっていると、いつの間にか目的地であるポータルステーションへと辿り着いていた。
無言で黙々と歩けば長いのだが、二人でいれば随分と短く感じるな。不思議なものだ。
「ここはポータルステーションと言って、この街から更に魔界の各所へと飛んでいける中継所だ。ここでチャンネルをツェッペリン公の城に合わせて、と」
「本当に魔界は便利ですね……。人間界にはこんなものありませんし、聞いたこともないですよ」
「まぁ伊達に長命種ばかりが暮らしている訳では無いということさ。大体が面倒臭がりだから、こういった便利装置に関しては並々ならぬ情熱を捧ぐ生き物だと言うことも大きいが」
「エミリー様も面倒臭がりですものね」
「ああ。では行くぞ、言葉遣いに気をつける事を忘れるな」
「はいっ!」
菱形の建造物であるポータルステーションから光が走り、吾輩とアーシェはツェッペリン公の城へと飛ばされた。
技術が未熟だった昔は転送事故が起き、予想外の場所へ飛ばされてしまう事もあったらしい。
この時代に生まれてよかったと心から思う。
うっかり人間の王が治める城へと飛ばされてしまい、騎士どもに囲まれてそのまま討ち取られるという、何とも哀れな吸血鬼も居たらしいからな。そんな間抜けな最後を遂げる事だけは御免だ。
「到着だ」
「……こ、これが、ツェッペリン公の、城……」
「大きいだろ。吾輩も早くこんな家が欲しいものだ」
「お、大きいなんてものじゃないですよ! こんなの、国の王様ですら見たらビックリするんじゃ……」
無事に辿り着いたツェッペリン公の巨大な城を眺め、アーシェが興奮した様子でそんな事を叫んだ。
百年に満たない歳月しか生きられない人間と、千歲はゆうに超える年齢を誇るツェッペリン公では、比べるだけ無駄というものだ。
建築にかけられる時間も違う故、人間視点では有り得ない程に巨大な建造物をこさえる事も可能なのだからな。
さて、では入るとするか。
他の吸血鬼どもとは違い、悪趣味な装飾が施されていないというのも地味に高評価だな。
奴らは何故あんなゴテゴテとした骸骨やら悪魔やらの像をそこら中に作るのだか。吾輩には理解できん。
あんなもの、美しさの欠片も無いだろうに。
魔界→ワープポータルで移動
人間界→徒歩や馬車で移動
すごい差である。
ブクマありがとうございます