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五話 冒険者はつらいのである

ギャグ回。


 依頼1。

 薬草の採取。


「むぅ、これか?」

「エミリー様、それは毒草です」

「なぬっ」


 苦戦しつつも完了。

 なかなか薬草と毒草の見分けが付かなかったが、慣れてしまえば何のことは無かった。ただ、慣れるまでが大変だったが……。



 依頼2。

 丈夫な蔦とジャイアントスパイダーの巣の採取。


「ええい、あと何個集めればいいのだ!」

「まだまだ足りませんよ、エミリー様」

「くそぅ!! ああ、服が汚れてるっ!?」


 ジャイアントスパイダーの巣はすぐに集まったのだが、丈夫な蔦というのがなかなか手間取った。

 何をもって丈夫とするのかが分からなかったからだ。

 ここはちょっとずるいが、歴戦の冒険者であるアーシェに頼らせてもらった。



 依頼3。

 カタギブシの採取。


「アーシェ、カタギブシとはなんだ?」

「え? 箒の素材ですが。高価なものでもこれは必ず使われているんですよ」

「なん……だと……? 魔法で済ませれば良いではないか」

「一般人の魔力はそう多くありませんし、扱いも下手くそなので、そんな事をしているのは現役や元冒険者の家庭だったり、貴族の屋敷ぐらいですよ」

「そうなのか……」


 人間界の掃除事情にショックを受けつつ、またもアーシェの助けを得て何とか完了。

 ちなみに、細長く少し硬い植物がカタギブシの正体であった。

 恐らく箒の柄の部分に使われるのだろう。


 吾輩、アーシェがいなければ冒険者としてやっていけないのでは疑惑が浮上した。

 やたらと覚える事が多くて嫌になるぞこれ!



 依頼4。

 スライムもどきの核採取。


「はーはっはっはっ! 要はスライムもどきを狩って狩って狩りまくれば良いのだろう!」

「嬉しそうですね、エミリー様。ですが──」

「あっ」

「──このように、跡形もなく消し飛ばしてしまうと核が採取できませんので、毒を用いて慎重に倒すんです。そうすれば死体が残り、核も採取できますから」

「くそぅ、また地味な作業かっ!」


 ただ粉砕すればいいと思っていたがそんな事はなく、スライムもどきのご遺体に配慮しつつ静かに優しく毒殺せねばならないという、何とも地味な作業が待っていた。

 新人冒険者の仕事はどれもこれも地味すぎるぞっ!?


 もっとこう! もっと、こう!

 ぱーっと破壊して回れるものはないのか!



 依頼5。

 ゴブリンの討伐。


「ふ、ふふふ……ふははは……ふはははーっ!! これだ! こういうのを待っていたのだ! ゴブリンどもめ、塵も残さず滅してやるぞーーっ!!」

「エミリー様、正気にお戻りください。ただのヤバい人になってしまっています。いつものお美しく可憐なエミリー様に戻ってくださいお願いします」

「ふはははーっ!!」


 今までの鬱憤を晴らすため、必要以上に破壊して回ったらアーシェに怒られた。

 不要な自然破壊はするものではありません。はっきり言って美しさから遠くかけ離れたお姿でしたよ、と。


 吾輩しょんぼり。

 だが、確かに美しくなくては生きている意味が無い。

 もっと忍耐力を付けねばならんだろう。


 尚、わざわざゴブリンの集落を壊滅させたのだが、アーシェに曰くはぐれた野良ゴブリンを数匹倒すだけでよかったらしい。むしろ完全なるオーバーキルであり、他の冒険者の仕事に支障をきたす恐れすらあるとの事。

 だって、吾輩正気じゃなかったもん。無罪だ、無罪。


 いや、言い訳など美しくない。

 正直に言おう。



 冒険者って大変だ。



「お疲れ様でした」

「ああ……」

「ど、どうなされたのですか? 元気が無いようですが……」

「吾輩、冒険者には向いていない……」

「ご安心ください。地味な作業は最初だけです。ランクさえ上げれば、もっとわかりやすい依頼が増えてきますから」

「うぅ、なら良い。良いのだが……」

「はい」

「明日もまたやるのか……?」

「そうですね」

「くそぅっ!! だが、だが、くそぅ!!」

「もうお休みになられてください。疲れておられるのですよ、きっと」

「……うむ」


 すっかり燃え尽きてしまい、アーシェに背負われてフィンブルへと帰還した吾輩を見た民衆が、何故か微笑ましいものを見る目となっているが、それどころではない。

 こんな苦行を明日も、明後日も、やらねばならんのかっ!!

 もうやだおうち帰りたい……。


 今度からはもっと冒険者というものに対して敬意を払おう。

 よくあんな地味な作業をこなせるものだ、と。



 とりあえず後はアーシェに任せ、吾輩は一足先に寝ることにした。

 宿などどこでもいい。

 吾輩の世話はアーシェがしてくれるしな。

 ダメ人間で構わない。だって吾輩魔族だもの。





 ひたすら弱音を吐きながら作業をするという吸血鬼らしからぬ姿をさらけ出しながらも、吾輩はどうにか一週間ものハードワークを終えた。

 道すがらばったり出会した冒険者に聞いてみれば、こんなペースで依頼をこなすのはアーシェぐらいだと言うではないか。

 おかしいと思ったのだ。

 やはり奴の常識はおかしい。


 確かにランクは無事にEへと上がった。上がったが!

 何もこんなに働きまくる事は無いだろう!


 とある夜、アーシェの目を盗んで酒場で飲んでいたら、あのハードワークに付き合わされる吾輩を哀れむ声がいくつも聞こえてきた。

 今度アーシェに直訴しようと思う。貴様は働きすぎだ、もっと吾輩を休ませろお願いしますと。


「エミリー様。無事にEランクへと上がりましたので、本格的にこなす依頼の数を増やそうと思います」

「貴様は吾輩を殺す気かっ!? この一週間ですら吾輩はギブアップ寸前だったぞ!」

「しかし、手っ取り早くランクを上げるにはこれが一番良いのですよ? ご自分で仰っていたではありませんか。ドバっとランクを上げる手は無いのか、と」

「ぐぅ……し、しかしだな。もっと休みを入れても……」

「大丈夫です。死にはしませんから」

「鬼か貴様! 嫌だぁ! 吾輩は働きたくない!」

「ダメです。これもエミリー様の為ですから」

「離せぇぇぇ!!」



 ダメだった。

 というか今まではただのウォーミングアップだったらしい。

 コイツの体力と精神力はどうなっているのだ!

 おかしいと思ったのだ、なぜあの若さで街の最高ランクなどという地位に立てたのか。

 答えは簡単。


 コイツは明らかに頭のイカれた労働マニアだったからだ。

 その証拠に、最初は微笑ましいものを見る目で吾輩を見ていた民衆が、日に日に哀れみの目を向けてくるようになっている。

 ああ、アーシェさんの病気に付き合わされているのか、可哀想に。そんな声すら聞こえてきそうだ。



 そして何の為に頑張っているのかすら忘れかけ、一年もの歳月が過ぎた。



 アーシェとかいう鬼のおかげで、吾輩と奴はCランクにまで上がった。

 だが。



「思い出したぞ」

「はい?」

「吾輩、吸血鬼として昇級するためにここに居るのだ。しかし、いつまで経っても領主とは会えん」

「相当忙しいみたいですからね。私も一からやり直しになりましたし、構っている暇は無いのでしょう」

「もう嫌だ。吾輩、帰る」

「はい?」

「眷属武闘会が一週間後に開催されると通知が来たのだ。もう手っ取り早くそっちでやろう」

「冒険者の仕事はどうするんですか?」

「気が向いたらやる」

「まぁ、エミリー様がそれでいいのでしたら……」


 いつまでもこの鬼の苦行に付き合っていては吾輩は死んでしまう。過労で。

 吸血鬼が過労で召されるとか笑い話にすらならんが、本当にそうなりそうだから困るのだ。

 そんな事よりさっさと眷属武闘会に出場させ、優勝をかっさらって昇級した方が何億倍もいい。

 何故もっと早く決断しなかったのか、自分で自分を殴りたい気分だ。


 つまり。



「魔族の住処である“魔界”と呼ばれる領域に行く」

「魔界に、ですか!? どうやって……」

「パスポートがあればどこからでも行けるぞ」

「めちゃくちゃ便利ですね!? 魔族の文明ってそんなに進んでいるのですか?」

「うむ。何でも、古代の遺産を掘り起こして再利用しているらしい」

「では、一週間もあるのでしたら、それまで働いておけばいいのではないですか」

「嫌だっ! ツェッペリン公と面会して、ダンジョンを貸してもらう!」

最上位吸血鬼(ロードヴァンパイア)の中でも特に有名な、あのツェッペリン……公、ですよね?」


 アーシェの質問に対し、こくりと頷く事で応え、吾輩はアイテムボックスから魔界行きのパスポートを取り出した。

 一応宿の親父にはしばらく修行の旅に出ると言ってあるので、いきなり居なくなっても問題はないはずだ。


「エミリー様。ツェッペリン公とはいったいどういうご関係なのですか? エミリー様はまだ下級吸血鬼(レッサーヴァンパイア)なのですよね?」

「他の吸血鬼に絡まれていたところをあのジジイに助けられたと言うだけだ。無論、吾輩は別に助けなど不要だったのだがな」

「他の吸血鬼、ですか……」

「うむ。やたらと鬱陶しい奴ばかりだが、喧嘩を売られても買うなよ。相当に面倒臭い事になる。前振りではないからな?」

「は、はい。畏まりました」


 なんだか問題を起こしてくれそうな気もするが、そうなったらそうなったでジジイを利用してしまえばいい。

 ツェッペリン公に刃向かえる吸血鬼など、そうはいないからな。


 ああ、こんなに魔界が恋しいのはいつぶりだろうか。

 そうして吾輩はアーシェを連れて、ルンルン気分で魔界への扉を開き、中へと入っていった。

根っからの社畜なアーシェさんなのでした。

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