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四話 人間の街に到着なのである

ちと長め。


 歩くこと実に一ヶ月。

 どう考えても「多少歩く」などというレベルではないが、ようやく目的地が見えてきた。

 アーシェめ。こやつの基準がおかしいという事を今になって知ったぞ。


「エミリー様。あそこに見える城壁の内に、私が活動の拠点としていた街、〈フィンブル〉がございます」

「うむ。長かった……」

「そ、そうですか? すみません、ずっと一人で行動していたもので……。移動に一ヶ月や二ヶ月かかる、というのが常だったのです。やっぱり、私はおかしいのでしょうか……」

「……うむ」

「あうぅ……」


 まぁ、よかろう。

 自覚しているのならばその内に変わるはずだ。

 しょんぼりと落ち込むアーシェの頭を撫で、さっさと立ち直らせるとする。


 それにしても、城壁で街を囲っているのか。ああする事で魔物から守っているということでいいのか? 巨大な魔物であれば難なく壊せそうな、微妙な不安を抱かせてくれるが。


「フィンブル、だったか? あの街に魔物が侵入した事は?」

「私が知る限りでは無かったかと。たしか、神殿に務める神官たちが城壁に神聖な防護魔法をかけているため、魔物は近寄らないらしいです」

「まぁ、言われてみればどことなく不快な気もするが、別に近寄れない事も無いな。所詮は知恵の無い魔物相手にしか通じん程度のもの、という事か」

「ですね。私も、多少嫌な感じがするぐらいです」

「ふむ。さて、ではさっさと入るか。そういえば冒険者というのは身分を証明する物を持っているらしいが?」

「ああ、タグの事ですね。私の物もちゃんとアイテムボックス内に入ってますよ」

「ほう」


 我々が問題なく入れる程度の防護魔法で本当に大丈夫なのか。この辺りにはドラゴンなどの強力な魔物の住処は無いはずだが、もしはぐれが来たら呆気なく蹂躙されそうだぞ?

 冒険者としての身分を証明する〈認識タグ〉をアーシェがアイテムボックスから取り出した事を確認し、吾輩たちはフィンブルへと足を進めていく。

 あまりの美しさ故か、やたらと人目を集めているが、面倒なので無視する。もはや慣れっこだ。


 城壁の中央に鎮座する巨大な門に辿り着くと、横に立つ衛兵に人々が時折身分証を見せながらも街へ入っていくのが見えた。それに倣い、吾輩もアーシェを前に出して後からついていく。


 が。


「よし……ってちょっと待ってください!」

「はい?」

「なんだ」


 まるでノリツッコミのように、衛兵に止められた。

 ちゃんとアーシェは認識タグを見せていたはずだが、何か問題があったのだろうか。


「あなた、アーシェ・ランドルフさんですか!? 五年前から行方不明で、とっくに死んだ扱いにされているんですが……」

「はい。正真正銘、〈ドールブレイダー〉のアーシェです。なんなら人形でもお見せしましょうか?」

「い、いえ。あの、その、まさか生きておられるとは……。もしや、あのダンジョンを!?」

「いえ、残念ながら攻略はできませんでした。しかし、まぁ色々ありまして。帰還が大幅に遅れてしまったのです」


 どうやら思った以上にアーシェは有名人だったようだ。

 まさか五年前に行方不明となり、死んだ扱いにされたにも関わらず、衛兵にここまでばっちり覚えられているとは。

 しかもこのおっさん、めちゃくちゃ嬉しそうだし。


「そう、ですか。しかし、ご安心ください! あのクソッタレな豚野郎は、とっくの昔に死んじまいましたよ! 今この街を治めておられるのは、五年前冒険者ギルドのマスターを務めておられたウェルクリム様なんです!」

「……そう、なんですね」

「いやぁ、アーシェさんが生きておられたとなると、皆喜びますよ! お引き止めして申し訳ない、どうぞ中へ!」

「はい」

「あ。そちらのお嬢様は、ご友人ですか?」

「ああ。五年前死にかけていたアーシェを助けてな。それからの縁だよ」

「えっ」

「なるほど、そうなのですね!」


 ここでさらっと嬉しくない情報が入ってきた。

 恐らく、“あのクソッタレな豚野郎”とやらが、アーシェを一度目の死に追いやった当時の領主なのだろう。

 吾輩たちはそいつを利用してこの街を支配するつもりだったのだが、なんと既に死んでいるらしいではないか。

 しかも後釜は冒険者ギルドの元マスターときた。

 クセ者揃いだろう冒険者たちをまとめていた程の人物がバカだとは考えにくい。一気にやりにくくなってしまったぞ……?


 内心で頭を抱えつつ、吾輩はアーシェと共に門を潜り、フィンブルへと入っていく。

 いつまでも手を振ってくる衛兵たちが見えなくなってから、吾輩とアーシェは深く溜め息を吐いた。

 とりあえず、人目につかない所で静かに会話をしよう。


「エミリー様。申し訳ございません……」

「……いや。五年も経っているのだ、仕方あるまい。それよりも、衛兵が言っていたウェルクリムとはどういう人物だ?」

「……冒険者としての現役時代に、私が負けた王級悪魔を、何体も討ち滅ぼしたというこの街の英雄です。彼に憧れて冒険者となる若者も多いんですよ」

「バカでは、なさそうだな」

「……はい。むしろ切れ者の部類に入り、前領主もウェルクリムさんが留守にしている間にしか、横暴に振る舞えなかった程です。どうやら、私が死地に追いやられた事で彼の逆鱗に触れたようですね……」

「つまり前領主とやらを殺したのはウェルクリムだと、そういうわけか。要するに革命を起こしたのだな」

「恐らく。彼なら国からも認められるでしょうし」

「ふむ」


 なるほど。聞けば聞くほど下級吸血鬼(レッサーヴァンパイア)風情が手を出すべき案件ではないとわかる。

 上級吸血鬼(アークヴァンパイア)か、もしくは最上位吸血鬼(ロードヴァンパイア)が処理するべきだろうな、本来は。


 だが、面白いではないか。

 あまりにも呆気なく終わってしまうのでは味気ない。

 慎重に行動すべきではあるだろうが、これぐらい歯応えがある方が良いというものだ。


 ま、危なくなれば移動すればよかろう。

 引き際ぐらいは心得ているからな。


「予想外ではあったが構わんさ。この街で活動しよう」

「良いのですか?」

「ああ。早速冒険者ギルドとやらに行くとするか」

「畏まりました」



 今思ったが、なかなか有名らしいアーシェがこんなにペコペコしていると、吾輩の素性が怪しまれそうな気がする。

 不自然でない程度にはシナリオを描いておいた方がいいだろうな。


「アーシェ。当たり前だが吾輩と貴様の関係を素直に話すなよ? 命の恩人だから礼を尽くしている、と言うぐらいでいい」

「はい。うっかり漏らしてしまわないように気をつけます」

「うむ」


 多少なりと不安を覚えるが、何とかなると思いたい。

 うっかり漏らされてしまった場合は、一目散に逃げ出すしかないな。十分な用意も無い状態で包囲でもされたら厄介だ。

 さてさて、いったいどうなるやら。


 わくわく半分、不安半分、だな。

 やたらと見られている事を感じつつ、アーシェの先導に従って冒険者ギルドへと向かう。

 吾輩の金髪赤眼とアーシェの銀髪碧眼、加えて双方共にとてつもない美少女ともなれば、そりゃあ衆目を集めるのも当然の話だ。



 しばらく歩くと、ガッチリとした造りの巨大な建造物へと辿り着いた。

 どうやらここが冒険者ギルドらしい。


「冒険者への登録も、依頼の受諾と報告も、全てこのギルド内で行います。老若男女問わず、実に様々な人間がここを利用しているんですよ」

「まずは貴様が五年前に受けさせられた依頼の始末をするか。その後で吾輩の登録をしよう」

「すみません、できるだけ急ぎます」

「いや、別にゆっくりで構わぬよ」

「恐れ入ります……」


 そんな会話をしながら、ギルドの門を潜る。

 中をぐるりと見回すと、アーシェが言った通りに様々な人間がたむろしている様子があった。

 しかし、どことなく若い男女が多いように見受けられるな。


 老若男女問わず、という事だったが……。


「おい、アーシェ──」

「アーシェさん!? い、生きてたんすか!?」

「ぬおっ」


 随分と年齢に偏りがあるようだが、とアーシェに聞こうとしたのだが、吾輩の質問は一人の若者の大声によってかき消された。

 どうやらまたアーシェの知り合いらしい。


「久しぶり。この通り、私は生きてる」

「ほ、ほんとにアーシェさんっすよね!? いやぁ、さすがとしか言いようがないっす! あのダンジョンから生きて帰って来るなんて!!」

「まぁね。ほら、邪魔だから退いて」

「あ、す、すみません! ちょっと興奮しちゃって! おーい皆! アーシェさんだ! あのドールブレイダーが五年ぶりに帰ってきたぞーっ!!」

「ちょっと……」


 敬語ではないアーシェというのはなかなか新鮮だが、興奮しすぎな若者が大声を上げた事により、瞬く間にギルド中の視線が吾輩たちに……というかアーシェに集中していく。

 いや、すごい人気だな。

 本人はそこそこ名の知れた冒険者、とか言っていたが、これはそこそこどころではないぞ。

 謙虚も度が過ぎれば困った事になるのだな。吾輩学んだ。


 そして、ちょっと空気が読めない子であるアーシェが、人で溢れかえったこの時に爆弾を投下する。


「エミリー様。申し訳ございません、少々お待ちいただけますか? 五年前の依頼の処理を済ませてきますので……」

「「!?」」

「……あー、うむ。さっさと行け」

「「!!?」」

「ありがとうございます。では……」


 これだけ皆から慕われているアーシェが、ものすごく申し訳なさそうに、腰を低くして、よくわからん美少女……つまり吾輩と話しているのだ。

 周囲の目が一斉に吾輩へ集中するのは、残念ながら避けられなかった。


「……なんだ? エミリー“様”って……」

「アーシェさん、王族かなんかの護衛でもしてんのかな?」

「いやでもこんな可愛い子なのに見た事がないなんて有り得るか? 王族なら式典か何かで姿を見れそうなもんだが、俺は美少女なら一度見たら忘れないぜ?」

「確かに、アーシェさん以上に可愛い女の子なんて初めて見た」

「見た目に反して尊大な口調だったよな。となるとやっぱりどこか遠い国のお姫様がお忍びで? で、アーシェさんがその護衛とか」

「うーん、謎の美少女か……」


 周囲の雑音が非常にうるさい。

 女性冒険者の大半や男性冒険者の一部に至っては、如何にも吾輩を撫でたそうに手をわきわきしているし。

 ええい、何を鼻血を垂らしているか! 吾輩は見世物ではないぞ!


 なんだか、初めて吸血鬼どもの集会に顔を出した時を思い出す。いや、ここの者どもは直接話しかけてこないし、あの時の方が面倒ではあったが。


 若干イライラしながらアーシェを待っていると、彼女はようやく現れた。

 さすがに五年前の依頼ともなると、処理にも時間がかかってしまうようだ。


「ふぅ、お待たせしてすみません。やっぱり五年も仕事をしていないと、ギルドからは一旦除籍されてしまうようです」

「となるとまた新米からやり直しか」

「はい。でもエミリー様と同じ歩幅で歩けますので、むしろよかったかなと思います」

「そうか。さて、では吾輩と貴様の登録を済ませる、という事になるか?」

「はい」


 かなり有名な冒険者である事が判明したアーシェが、一旦ギルドを追放されると聞いて周囲の輩がどよめいているが、五年もの間音沙汰無しだったのに、まだ席があるという方がおかしい。

 すぐに新しく登録し直すと聞き、「アーシェさんが後輩になるとか信じらんねえ」などと喚いている冒険者の姿も見えた。


 早速新規登録受付へと向かい、受付嬢に声をかける。


「どうも」

「お久しぶりです、アーシェさん。今までの実績がチャラになるのは申し訳ないんですけど……」

「いや、気にしてない。それよりこのエミリー様と私の、新規冒険者登録をお願い」

「うむ、頼むぞ」


 どうやら受付嬢とも顔馴染みらしい。

 しかし、やはりアーシェがやたら恭しく接している吾輩の存在が不思議なのか、彼女は目を丸くしていた。


「あ、あの。王族の方は原則として登録ができないんですが……」

「吾輩は王族ではないぞ」

「ちゃんと登録ができる方だから、大丈夫だよ。早く事務処理を済ませてほしいな」

「は、はぁ……わかりました。アーシェさんがそう仰るなら」


 どうにも、アーシェが恭しく接する吾輩イコール王族、という図式がこやつらの中で成立しているらしい。

 むしろ吾輩が知るアーシェはいつも敬語できっちりとしているから、その図式には違和感しかないのだが。


 ちなみに。

 我々魔族が人間の街に普通の人間としてやって来る、という事態は想定していないらしく、見た目をどうにかする事さえできれば魔族でも冒険者にはなれる。

 実際に今こうして──。


「エミリー・ヴォルガノンさん、ですね。予め言っておきますが、冒険者とは常に死と隣り合わせにある職業です。五年前のアーシェさんのような特殊な場合を除き、あなたの身に何があろうと我々冒険者ギルドは関知しません。ご了承ください」

「うむ。で、タグは?」

「少々お待ちくださいね。それと、冒険者には実績に応じた“ランク”というものがありまして、基本的にはランクが高ければ高いほど難易度が高い依頼を請け負う事ができます。また、魔物の討伐証明部位……これは主に耳ですが、対応した部分を持ってきてくださればこちらから報酬をお支払いします。ぜひご利用ください」

「わかった」


 吾輩がツェッペリン公のように名が広く知れた吸血鬼だったなら偽名やら変装やらを用いる必要があったが、幸いにもまだ吾輩は無名の下級吸血鬼(レッサーヴァンパイア)である。人間社会に紛れ込む事など容易だ。

 無事に受付嬢からの説明を聞き終え、最後に認識タグを渡された。

 きちんと吾輩の名が記されており、これで身分証を手に入れたわけだ。こんなにあっさり吸血鬼が潜入できてしまうって、人間界大丈夫か?


 あ、ついでに聞いておこう。


「アーシェ。貴様は元々ランクはいくつだったのだ?」

「はい。まず、ランクはF、E、D、C、B、A、S、SSの八段階に分かれていまして、Fが最も低く、新人はそこから始まります。反対に、SSが最も高いわけですね」


 受付嬢が説明し忘れていたのだろう、「あっ」という小さい呟きが聞こえた。別にいいが。

 とりあえず我が眷属の説明に耳を傾けよう。


「最高ランクであるSS級ともなると、該当する冒険者は世界中を見ても数える程しかいないと言われています」

「ふむ。そやつらが怪物のように強い人間、ということなのだろうな。いずれ見てみたいものだ」


 口ぶりからすると、恐らくアーシェはそのSS級ではなかったのだろうな。どことなく他人事のようだし。

 最上位吸血鬼(ロードヴァンパイア)とSS級冒険者では、どちらの方が強いのだろうか?


「五年前の私は、その一つ下。S級冒険者でした。とは言っても上がりたてでしたので、他と比べると弱かったのでしょうが」

「なるほどな、あの時の貴様でS級か……」

「この街では最高ランクだったんですよ」

「ほう、だからか」


 王級悪魔に遊ばれる程度だったアーシェがS級ということは、SS級冒険者よりも最上位吸血鬼(ロードヴァンパイア)の方が強そうな気がするな。

 やはり個人の力では魔族に軍配が上がるのか。もちろん油断はできないし、しないがね。


 ついでに、この街でやたらとアーシェが人気なのは、この街で最も強い冒険者だったからというわけだな。


「この街にはS級冒険者は他にいないのか?」

「はい、残念ながら。アーシェさんが一旦除籍されましたので、A級が最高ランクですね」

「ふむ」


 現在の状況を受付嬢に聞いてみたが、どうやら唯一のS級冒険者がアーシェだったらしい。

 となると、思った以上にS級、そしてSS級冒険者の壁は分厚いのかもしれんな。

 街を移ることがあれば、それとなくS級やSS級冒険者の事を調べてみるのもいいな。吾輩の障害となりうるとすれば、そやつらだろうし。


 ひとまずはこんなところか。

 後は適当に依頼でも受けてランクを上げねばな。

 まぁ、アーシェが居ればその内領主とも会えそうだが……。


 新規登録カウンターを離れ、F級の依頼が集められた掲示板を眺めてみるが、どれもこれもがお子様でもできそうな物ばかりだ。

 これを地道にやらねばならんのか……。


「アーシェ」

「はい?」

「一気にドバっとランクを上げる手は無いのか?」

「ありません」

「無いのか……」

「まとめて受諾し、一気に片付けてしまえばすぐですよ」

「ぬぅ、わかった」


 面白い面白くないなどは気にせずに、おとなしく眷属武闘会に出ておけばよかったと後悔した。

 一応来月に行われるのだが、せっかく冒険者登録したのに方針転換するのはなんとなく負けた気がして嫌だからな。


 だが。


 この街を支配するのは、しばらく先になりそうだ……。

アーシェさんは有名人。

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