一話 侵入してきた美少女が骨になっていたのである
おかしな点もあるかもしれませんが、頭をからっぽにして楽しんでいってください。
吾輩は吸血鬼である。
と言っても、そんじょそこらの肌が白い不健康な者どもとは訳が違う。
常に美容に気を使い、鍛錬も毎日欠かさず行っている。
そんな吾輩を見て、他の吸血鬼どもは「下級吸血鬼の癖に叶わぬ夢を見ている愚か者」などと陰口を叩いているようだ。
戯けめ。
この世界、ブラドガルドの魔を支配する最上位吸血鬼の連中とて、最初から強かったわけではなかろう。そんな者は本当に一握りの恵まれすぎた輩だけよ。
例えば、噂に聞く「魔王」とかな。まぁ、魔王は吸血鬼ではなかったらしいが。それも大分昔に「勇者」とやらと戦い、逝去したというのだから、人生とは分からぬものよ。
さて。くだらぬ思考はさておき、鍛錬をしようか。
「む?」
毎日利用しているダンジョンに来たはいいが、何やら荒れている。否、荒らされている、か。
この一帯は最上位吸血鬼が一人、ツェッペリン公が支配している。当然、このダンジョンも公の所有物であり、根性無しばかりである吸血鬼どもがこんな真似をするわけがない。
もちろん吾輩は許可を貰っている故、問題無い。
とすると答えは一つ。
非常に珍しい事だが、人間が来ているのだろう。
無論、ただの人間はとてつもなく脆く、弱いので、今回やってきた者どもは所謂「冒険者」とやらに違いない。
暫しの間、吾輩は思案する。
ツェッペリン公から許可されている限りでは、吾輩が侵入者と接触しても何ら問題は無いはず。奴らと戦闘になり、敗北して死ぬ可能性もあるが、まぁよかろう。
魔物であろうが人間であろうが、強者の血を吸う事で飛躍的に戦闘力を上昇させる事ができるのが、我々吸血鬼なのだからな。危険を承知で飛び込むのは当然の選択だ。
善は急げ、である。
吾輩は早速人間であろう侵入者の気配を探り、そちらに向かう事にした。
走る事数分。
何やら先の空間から戦闘音が聞こえてきた。
どうやら既に、ダンジョンの守護者であるツェッペリン公の「使い魔」と、侵入者が激突しているようだ。
これは面白くない展開だ。
何故なら、ツェッペリン公からキツく言われているのだ。
“儂のダンジョンで鍛える分には構わんが、使い魔が侵入者を迎撃している場合、それを横取りする事は許さぬ”と。
いずれは〈吸血姫〉として君臨する予定だが、今の吾輩は所詮少しばかり強く、美しいだけの下級吸血鬼。
最上位吸血鬼の中でも、指折りの強者として知られるツェッペリン公を怒らせれば命は無い。
むぅ……。
我々吸血鬼の領域の奥深くにあるこのダンジョンに来る事ができる程の、恐らくは人間を前にして、指を咥えて見ている事しかできんとは……。
……はぁ。
とりあえず、戦闘の様子でも見てみるか。
「んしょ」
巻き込まれぬよう細心の注意を払いながら、戦闘が行われている広々とした空間を覗いてみる。
「おぉ」
驚いた事に侵入者はたった一人で来ており、やはり人間だった。しかし、見たところかなり若く、とても美しい少女だ。
対するツェッペリン公の使い魔は、以前に公が自慢げに話してくれおった〈王級悪魔〉であり、それと互角に戦えている侵入者は、かなりの実力者だとわかる。
ん。
いや、違うか。
あの悪魔め、久しぶりの戦闘だからと言って、手を抜いておるな? 公に言いつけるぞ。
まぁそれでもあの少女はそれなり以上の腕ではある。
ますますここで見ているだけしかないのが悔やまれる。
なんだか腹が立ってきた吾輩は、早々に観戦をやめ、一人で鍛錬に勤しむ事にした。
なぁに、いつも通りの一日を過ごすだけだ……。
◆
あれから五年ほど経った。
ダンジョンに引き篭もってひたすら鍛錬を続けている故、吾輩は未だに下級吸血鬼のままなのだが、実力的には十二分に最上位吸血鬼を狙えるぐらいまで来ていると思う。
というのも、下級吸血鬼から中級吸血鬼に上がったり、中級吸血鬼から上級吸血鬼に上がる事を「昇級」と言うのだが、これをするためには〈眷属〉が最低でも一匹はいないとダメなのだ。
眷属がいない限り、いくら強くても下級のままなのである。世知辛い世の中だ。ぼっちは死ねということか。
ひとまず、吸血鬼としての階級を上げねば、「吸血姫」として世に君臨するなど夢のまた夢。
無駄にプライドが高い吸血鬼どもを傅かせるには、それ相応の階級であらねばならぬのだ。本当に面倒な奴らだな。
つまりだ。
吾輩、眷属が欲しい。
昔ツェッペリン公から聞いた限りでは、複数の眷属を使役していくつかの村を支配すれば自動的に中級吸血鬼となり、更にいくつかの街を支配すれば上級吸血鬼になれるらしい。
また、それとは別に、年に数回行われる「眷属武闘会」で眷属が優勝する事でも昇級できるんだとか。一匹で上を目指す場合はこちらというわけだ。
しかし、眷属のみを鍛えるあまり、肝心の吸血鬼自身が眷属よりも弱くなると契約が解除されてしまうため、やはり己の鍛錬も必要なのだ。まぁその点は吾輩は心配などいらぬだろう。
……最上位吸血鬼になる方法についてまでは、さすがに教えてくれなかった。ケチなジジイだ。
そんな事を考えながらダンジョンを歩いていると、殺された侵入者の死体が捨てられる廃棄場へとたどり着いた。
そういえば、スケルトンを眷属としている者も居たな。この際何でもいいし、吾輩もちょっと探してみるか。
すると、一匹のスケルトンがボーッと突っ立っているのを発見した。
何やら見覚えのある美しい剣を握り、何を考えているのかずっと天井を眺めている。
ふむ。
ふむ、ふーむ。
「もしや……貴様、五年前の侵入者か?」
恐らくはあの悪魔に遊ばれた後、普通に殺されてここに廃棄されたのだろう。
もちろんただのスケルトンがあの少女の剣をたまたま拾っただけ、という事も有り得るが、まぁどっちでもいい。
あまりにも無反応すぎる骨の身体をぺしぺしと叩いてみるが、彼女(仮)は不思議そうに首を傾げるのみ。
他の眷属を探すのも面倒だし、さっさと契約してしまうか。
が、その前に。
「貴様、少しばかり汚いぞ。吾輩の眷属となるならば、それに相応しいだけの“美”を身につけてもらわねば困る」
吾輩の言葉にショックを受けたのか、スケルトンはわたわたと己の身体を見回し始めた。
まったく、仕方ない。
こんな汚らしい者が眷属になるなど耐えられん。よって少しばかり手を貸してやるとしよう。
「【洗浄】」
吾輩の美しさをキープするためだけに生み出した無詠唱魔法を使い、汚らしいスケルトンをピカピカにしてやった。
よっぽど土やら何やらが付いていたのだろう、骨の色が汚らわしい茶色から、可愛らしいピンク色へと変わった。こうしてみると、なかなかイイじゃないか。
ついでに、眷属との契約を結ぶにあたって重要となる、好感度稼ぎのために吾輩手作りのリボンをプレゼントしてやる。
「カタカタッ」
「ほう、嬉しいか。そうかそうか、やはり貴様は女だな?」
「カタッ!」
よほど感動してくれたらしい。やたらと頷き、カタカタと骨を鳴らしている。
早速、考えてあった吾輩独自の契約を施すとしよう。
「名も知らぬスケルトンよ。この吾輩、エミリー・ヴォルガノンの眷属となり、我が覇業に手を貸せ」
「……カタッ!」
「ふっ、動くなよ?」
「カタッ?」
スケルトンが頷いた事を確認し、奴の額にそっと口付けをしてやった。
……心無しか、頬を紅く染めている気がする。
貴様、女だよな? ああ、あれか。吾輩の美しさに見蕩れてしまったのか。
はははっ、さすが吾輩。同性をも魅了するとは、なんと罪な女よ……。
さて、と。
「これで契約は果たされた。ああ、わかっているだろうが吾輩は人間ではなく、吸血鬼だ」
「カタッ!」
「うむ。ところで貴様の、生前の名は何という?」
「……カタカタ、カタタ、カタッ!」
なるほど。
どうやらこいつの名はアーシェ・ランドルフと言うらしい。
吸血鬼の中には眷属に対し勝手に名付けを行う者もいるが、吾輩はそやつが元々持っていた名を重視する。
何故なら、名前とは親から賜った大切なものだからだ。
「ならば吾輩も貴様をアーシェと呼ぶことにしよう。さぁ、早速貴様の腕を見せてもらうぞ。可及的速やかに眷属武闘会に出場し、吾輩の昇級を勝ち取ってきてもらいたいからな」
「カタッ?」
「ああ、我々吸血鬼の事については後で詳しく教えてやる。今は、そうだな。まずはこのダンジョンを抜けるとしよう。本来ここはかなり難易度の高い魔境だからな」
「カタッ!」
「その前にまずは服を用意してやら……いや、着るのは無理か。さて、やる事は無数にあるぞ? 精々吾輩の役に立ってくれたまえよ」
「カターッ!」
うむ。
早くアーシェに肉が欲しいな。
スケルトンを眷属にしておいてなんだが、何を言っているのかいまいち分かりにくくてかなわん。
確か、眷属は敵を殺して経験を積めば、違う魔物に進化すると聞いたことがある。
それで見た目が良い種族になる事を祈ろう。
何故かスケルトンと会話できる系主人公。