お酒を飲んだら
お酒を飲むのは好きだ。美味しくて、くらくらして、ぽわぽわして、余計なことを考えないから素直に振る舞える。気持ちのままに振る舞うのは楽しくて、ふわふわした幸せな気持ちになる。
でも基本的にあまり強くないので、外では飲まずに家でだけ飲むようにしていた。母にも外で男性の前で飲むものじゃないって言われてたしね。飲むこと自体は好きなので、後輩から誘われた時も家飲みならと即OKした。
「先輩、結構ぐいぐい飲むんですね。お酒、好きなんですか?」
「うん、好きぃ」
「……酔ってます?」
「うん」
頷くと、風子は呆れたように口を半開きにして、何か言いたそうにしてから黙ってカップに口をつけた。
一人なら缶からそのまま飲んでもいいけど、せっかく家に呼んでるので、ちゃんとカップにいれてる。おつまみはポテチやかきぴー。ああ、美味しい。
「あ、風子」
「なんですか?」
「かきぴーの種だけ食べるのやめて。ピーナッツも食べなさい」
「あ、すみません。先輩が好きなのかと思って」
「うふふ、殴るわよ?」
「すみません。謝るので可愛らしく物騒な発言するのは辞めてください」
今年新入社員として入ってきた後輩の風子はかつて同じ高校で演劇部の後輩だった。それほど長い付き合いではないけど、人懐っこくて後輩の中で一番仲良しだったのでよく覚えてる。と言うか、他の後輩からはちょっと距離を置かれていた。愛想もよくなかったしね。
卒業してから何度かメールのやり取りはあったけど、風子が体を壊して療養の為に遠方に引っ越したのもあり、直接会う機会がないまま疎遠になってしまってた。ちなみにそれが原因で大学では一年留年している。なので年齢は一歳しか差がない。高校では一年下だったのだ。
「ふふ。冗談じゃない。風子ったら、困った顔して、可愛い」
「先輩、酔ってますね」
「酔ってるわよ? さっきも聞いたじゃない」
「酔ってるくせに酔ってるって言わないでくださいよ」
「それ、おかしくない?」
元々口下手で人付き合いの得意でない私なので、大学でも友達は少なかった。会社に勤めだして二年間、がむしゃらに頑張って、職場での人間関係はそこそこだけど家に招くほどの私的な関係にはならなかった。
だけど3年目の今年の春、新入社員の女の子にかつての高校時代の後輩が入ってきて、交遊関係を結ぶことができて、久しぶりの飲み会とあいなった。
そんなわけで、テンションがあがらないわけがない。ぐいぐいとチューハイ缶が2本3本と転がっていく。
「先輩ってお酒弱いんですね。意外です」
「そう? うーん。まあ、風子とは高校以来だもんね。ごめんね。久しぶりにしたら、馴れ馴れしかったかな?」
風子が入社してきて、再会を喜んで会社で会話したりランチしたりで交流すること一か月。もう疎遠だった意識ではなく、昔みたいに友達感覚になっていた。
ふわふわして気分はいいけど、だからって思考能力がなくなっているわけではない。ついテンションのまましゃべってしまったけど、風子は同じテンションではないのだから、不快だったかもしれない。
ちょっぴりしょんぼりしつつ謝ると、風子は途端に慌てたように、いや、と右手で意味なく軽く机をたたく。
「そ、そうではありませんっ。その、嬉しい、です。昔みたいに、いえ……もっと、仲良くなれたらって、思って、今日も提案しました」
「ほんと? ふふ、嬉しーなぁ。風子も私のこと好きだったんだ」
「す、好きって」
「あれ? 好きじゃない?」
「き、う、す、好きですけど」
風子はカップを両手で持って回して、照れたように視線を漂わせながら言った。可愛いー。
お酒を飲むと口下手な私でも、素直にどんどん話せるので、これを機会に、風子とは前よりもっと仲良しになろう。本人もそれを望んでくれているしね。休日に一緒に遊びに行ったりして。なんてね。ふふふ。
「ふーうーこ、ふふ。ね。隣に座ってよ」
「へ? な、何でですか」
「何でって、理由なんかいらないでしょ? 風子と近くにいたいの。はい、早く」
「は、はいっ」
風子はがちがちに緊張しているようで、ばね仕掛けみたいにびくっと反応して、ぎくしゃくと私の隣に座りなおす。
うーん。かたい。
「風子、さ、もっと飲んで飲んで」
もっと柔らかくなってもらうため、風子のカップにチューハイを注ぐ。風子は慌てたようにカップを持ち上げるけど、おっと。勢い余って少しこぼれてカップをつたう。風子の指先も濡れてしまった。もったいないもったいない。
風子の手ごとカップを持って、顔を寄せてこぼれたラインに唇を這わせる。途中風子の指にも触れたけど仕方ない。
「ちょ、ちょっ」
風子が文句を言ってくる前に、唇で拭い残した分をティッシュで風子の手ごとカップを拭いて、さすがに机にこぼれた分は普通に拭く。
「せ、先輩」
焦ってこぼれた分を処理して、これでよしと思っていると風子が私を呼ぶので顔を見る。風子は目を見開いて赤くなっている。
「え、ちょっとこぼしただけで、そんなに怒らないでよ。ごめんなさいってば」
「そ、そういう訳じゃないですけど」
「そうじゃないって、あ、カップに口つけちゃったから? そっか。間接キスになってしまうものね? ごめんね、風子」
「そ、そういうことでもなくて」
「そう? じゃあとりあえず、乾杯しましょ。ね? たくさん飲めば、風子も気にならなくなるわ」
よくわからないし、考えるのも面倒になってきたので、自分のカップも持って、風子を促す。風子はうんうんと小さく唸り声をあげながらもカップを構えたので、高らかになり合わせる。
「風子ちゃんとの友情に、かんぱーい」
「か、かんぱーい」
きゅっと飲む。ちょっとだけフルーツの風味がありつつも、アルコール独特の香りが満ちていて、それが喉を通ると脳みそがふわっと揺らされたみたいになる。
あー、この感覚がたまらない。
目を細めて、半分に減ったカップを見て、愛おしさを感じて意味もなくカップを回して、再度口をつけて飲み干す。
空になったのでグラスを机の上に戻すと、ちょっとだけ音がなってしまった。少し力加減を間違えてしまったみたい。この自分の体の制御がうまくできない、酔っぱらった状態が、とても心地いい。
と、そこで風子を見ると、全く減っていない。もしかしたら少しは口をつけたのかもしれないけど、全然そう見えない。
「風子、飲まないのぉ?」
「あ、えと、飲みます飲みます」
尋ねると風子は少し飲むけど、私の様子を伺うようにしている。
もしかして、あまりお酒が好きじゃないとか? チューハイじゃなくて日本酒とか、ワインとか、そっちとか? それとももしかしてもしかして、そもそも、飲み会のお誘い自体、好きじゃないとか?
「風子……もしかして、迷惑だった?」
「え?」
「私は先輩だから、断れなかった? お酒好きじゃない?」
「そ、そんなことありません。ただ、その、先輩のお部屋で二人きりって、ちょっと、緊張してるだけで、お酒も好きです」
「本当? 楽しんでくれている?」
「もちろん!」
「私のこと、好き?」
「う、は、はいっ! 好きです!」
風子は照れ屋さんらしく、顔を赤くしながらもそう言ってくれた。
「やったぁ。ふふふ。風子、大好きよ。いい子ね」
嬉しいので、肩を組んで軽く抱き寄せる。すると何だかいい匂いがした。なんだか懐かしいような匂いだ。もう少し嗅ぎたくなって、顔を風子に向けて耳元の髪にめがけて顔を埋めてみる。
うーん? 甘い匂い。やっぱり髪からしているみたいだ。
「せせせせ先輩っ!?」
「風子、いい匂いね。なに使っているの?」
「あ、後で教えますから、離れてくださいよ」
「えー、いいじゃない。それより、私のカップ空になってしまったわ。入れてくれる?」
「は、はい」
風子は私のカップに注ぎ、缶が空になって困った顔をした。チューハイはこれで最後だ。
「ちょっと待っててね」
風子から体を離して立ちあがり、キッチンに移動する。調理用に買った安物のワインならまだあるし、調理用で兼用している安物だけどそこそこいける日本酒をパックごと持って戻る。
「そ、そんなに大容量買ってたんですか。先輩って、本当にお酒が好きなんですね」
あ、ひかれてるかも。1.8リットルの紙パックは少しインパクトがあったかもしれない。
私は慌てて風子の隣に座り、ちょっと勢いあまって膝がぶつかったけど無視する。其のままの勢いで風子の肩を掴んで軽く頭突きする。
「誤解よぅ。これはどっちも料理酒」
「わわ、ワインもですか?」
顔をあげてにこっと笑う。料理用ワインもちゃんとあると言うのに、さてはこの子、料理しないな。
「もちろん。カレーとか、つかうでしょ?」
「か、カレーにワインなんていれるんですか?」
「入れないでどうするのよ。まさか水を入れるんじゃないでしょうね」
「いれますよ。普通に。それでつくってます」
信じられない。カレーを作るのに水何て入れたら水っぽくなりそうで却下だ。水分は野菜から出る分と、ワインだけで十分だ。まぁ、少しは野菜ジュースとかもいれたりするけど。半分以上がワインだ。
そういうと、風子は信じられないと目を見開く。
「酔っぱらって仕方ないんじゃないですか?」
「何言っているのよ。アルコール何て煮込んでいたら飛ぶわよ」
「とにかく、料理に使うとすぐなくなるから、大容量が普通よ。風子は料理しないんでしょ」
「しないってことはないですけど」
何とも煮え切らない。恐らくあまりしないのだろう。仕方のない後輩だ。今度、手料理を振る舞ってあげよう。煮込み料理には自信がある。
「あと、安酒も甘い炭酸で割ると美味しいのよ」
「もう安酒って言い方が。まぁ、楽しそうで何よりです」
「そうよね。人生楽しまなくっちゃ」
もう一度立ち上がり、今度は炭酸水を持ってくる。即席カクテルが、たまに絶妙な割合になってまた美味しいのだ。
風子のカップに、って、全然減ってないじゃない。
「風子、あまりお酒得意じゃないの? 仕方ないわね」
仕方ないからとりあえず、風子のカップをすべて私の胃の中に納める。
くーっ。きくぅ。はぁ。死にそうなくらい、いい。
そこへ机の上に置いている氷入れから、氷2つをいれて、日本酒と炭酸を半分ずついれる。一気に注げば氷も泳いで勝手に混ざるのでステアの必要もない。
「はい、風子。さっきのチューハイより飲みやすいわよ」
「あ……ありがとう、ございます」
はいっと差し出すと、風子は躊躇いながら受け取り、恐る恐ると言った感じでゆっくりと口をつけた。
「ん……確かに飲みやすいですね。私、日本酒って強くて苦手だったんですけど」
「でしょ? これになれたら、段々普通に割らなくても飲めると思うけど、割ったのもそれはそれで美味しいのよね」
自分の分も、カップを空にしてからつくろうとして、風子が作ってくれた。
「ありがとう。んー。美味しい。ふふふ」
嬉しくって、とんとんと風子にじゃれるように体をぶつける。
「せ、先輩。だいぶ酔ってますよね? 大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。明日は休みだもの。ふふ。心配してくれてありがとう、風子」
そっと風子の肩をだいて抱きしめると、風子はまた顔を赤くする。
こんなに赤くなるくらい、風子も酔ってきているのに、私の心配をしているのだ。そう思うと、何だか愛おしくなってきた。
「風子、大好きよ」
その気持ちのまま、風子の頬に唇をくっつけた。柔らかくて、何だか楽しい。
「せっ! せせせせんぱいぃ!?」
「ふふふ。なぁに、もう、大きな声を出して」
「だだだって」
「可愛い」
頬にまた唇を寄せる。風子は驚いていても嫌ではないようで、避けるでも抵抗するでもなくじっとしている。なんだかそれが余計に可愛くて、何度かさらにキスをする。
「ふ、ふふふふふ」
何だか楽しくなってきたし、それに何だか、変に気持ちが高揚してきた。ずっと左手で持ったままだったカップを飲み干して机に置き、両手で風子を抱きしめる。
「せ! んぱい、そ、注ぎまう」
「んー。風子、いい匂いね。ねぇちょっと変なこといってもいい?」
「先輩さっきからずっと変ですよぉ」
ま、失礼ね。でも自覚はしてるわ。普段の私は、そんなにスキンシップをする方でもないし。だけど仕方ないじゃない。可愛い昔馴染みの後輩なんだから。
「まぁまぁ。あのね、風子からすごくいい匂いがするから、ちょっとだけ頬っぺた、舐めてみてもいい?」
「な、なにいってるんですか」
「いいじゃない。キスする仲なんだから」
「一方的にしてるだけでしょう、この酔っ払い!」
語気も荒く罵られた。と言っても、酔っぱらいなのは自覚してるからいいけど。それより、それって返事になってないわよ?
「嫌?」
「う……い、嫌じゃないですけど」
「本当? じゃあ舐めてもいいわよね」
風子は、う、とか、あ、とかもごもご何かを口の中で言っているけど、よく聞こえない。でもたぶんOKって言っているってことだろう。
まったく、素直じゃないんだから。と言うか別に、私は変な意味で言っているわけじゃない。ただ前から興味があったのだ。人の肌ってどんな味がするのかなって。
「んひぃ」
ぺろ、と舐めてみた。うーん。これって、化粧の味?
「せ、先輩のバカっ。もう、こんなの、誰にでもやってるんでしょう! 酔っ払い! 変態!」
「失礼ね。こんなことしたの初めてよ」
「へ。で、でも、じゃあなんで私にこんなこと」
「風子が可愛いし、お酒が美味しいんだもの」
「こ、答えになってません」
「そんなことないわよ。そういうことだから、ちょっと舐めさせてね」
頬はやめて、化粧していないだろう部位をねらう。まずは近い耳から。
「うひゃっ」
んー? 味らしい味はしない。口に含んでみると、しっかりした歯ごたえがして、何となく美味しい。もちろん痛くない程度にしている。
「あああああああ」
「ねぇ、風子」
顔を離して風子に微笑むと、風子は耳を両手で隠して、首まで真っ赤にして私を見る。何だかおびえているみたいに、うるんだ瞳は、とても可愛くてぞくぞくしてしまう。
「なん、なんですかぁ」
「もっといろんなところ、舐めてみてもいい?」
「なっ、そ、そんなこと、恋人としてくださいよ!」
「残念ながら、生まれてこの方いないのよ」
「へっ、そ、そうなんですか」
風子は急ににやっと笑う。
むむ。ちょっと舐めただけで反応しちゃって、風子だって絶対処女でしょ。むー。
「なによ、笑って。馬鹿にしたわね? 私は先輩よー?」
「ば、馬鹿にとかじゃありませんけど」
「罰としてぇ、たくさん、味見させてね」
「え、ちょ」
ぺろっと風子の首筋をなめる。あんまり味はしないけど、反射のように風子が顔をあげると筋が浮き上がり、なぞると少し楽しい。
ひゃんだのなんだの、反応する風子も可愛くて、いつもと違うベクトルでテンションがあがっていて、私はどんどん遠慮なく、風子を舐めていった。
○
「……」
目を開けた。何だかくらくらする。何だろう。
ひどく喉が乾いていて、酔っているみたいだ。とりあえず水を飲もう。
「ん、んん」
「?」
立ち上がってベットが軋む音と同時に、声が聞こえて振り向く。そこには、風子がいた。
「……」
お、思い出した。昨日は、飲みすぎて、それで、風子に調子にのって、色々なことを……!
う、や、やばい! あー! なんてことを! 可愛い後輩だからって、あんなことしたら、もう、もうとてもじゃないけど普通の関係では! て言うか私もしかしてレズなの!? あー、そんなつもりなかったのに!
「せん、ぱい?」
「ふ、風子。起きたのね」
風子が目を開けて眠そうに小さく欠伸をしてる。
う、可愛い。こんなに風子って可愛かったっけ? て言うかもしかしてちょっとその気になってる? って、私の心情とかどうでもいいのよ!
こんなの、場合によっては出るとこ出られ、って風子はそんなことしないかもだけど、でも心の傷とか、やばい。取り返しのつこないことをしてしまった!
「はい……おはよぅ、ございます」
「おはよう。その、昨日のことなんだけど、ごめんなさい。私、飲みすぎてしまって」
こんなの言い訳にもならないのに何を言ってるんだ。ああ、もういっそ、あれだけ酔っていたのだから忘れていたらいいのに、忘れないタイプで辛い! いや、でもそれはそれで無責任すぎる!
「……先輩、昨日みたいなのって、よくあるんですか?」
「そっ! そんなことないわ! その……初めてよ。本当に。こんなことをいっても、慰めにもならないと思うけれど。あなた以外に、あんなことしないわ」
風子が可愛すぎるから、ってこれじゃ風子のせいにしようとしてるみたいじゃない。
ああ、もう。なんて言えば!?
「そ、そうなんですか……」
混乱する私をよそに、風子はもじもじしながら、赤い顔ではにかんだ。
可愛い。じゃなくて、あら? もしかして、怒ってない? そうなの? そう言えば、風子は結局嫌とは言ってないし、風子もしこたま酔っていたわけだし、許されてる?
あ、いやいや。反省しなきゃ。いくら優しくて可愛い風子でも、初犯だし勢いで許してくれたけど、二度目はないわよね。
「その……ごめんなさいね。もう、飲みすぎないようにするわ」
「あ、いえ、その……わ、私の前だけなら、いいですよ」
「え」
あら?
次回一時間後、風子視点です。