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香記  作者: 鏡春哉
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Ⅱ 黙静課⑥

 料理をしたことが無い、という事は勿論ない。学校の家庭科の授業で、包丁を扱った事くらいはある。千切りとか短冊切りとか輪切りとか、食材の切り方を俺は知っている。他にも、米の炊き方や様々な調理法――例えば炒めるとか和えるとか蒸すとか、そういった方法も授業で習っている。故に、料理の技術的な面に関して、出来ないかと問われれば、そういうわけでもないのである。

 俺が台所をトラウマとしているのは、料理が出来ないからと言う理由ではない。寧ろ、もっと根本的なところにある。もっと言うと、俺がトラウマとしているのは台所と言う漠然とした空間ではない。焦点を絞って言ってしまえば、「冷蔵庫」という事になる。

 食品が腐る。俺はその過程を見た事はないが、その過程を経た後の、残骸を目の当たりにしたことがある。立ち込める異臭と、最早何であったか考えたくもないくらいの変色。当然食品には鮮度と言うものがあるのだから、放っておけば、時間の経過とともに鮮度が落ちることは考えるまでもない。しかしそれは、母親がもぬけの殻になってから大層な月日が経ってしまっていたという事を、同時に示唆していた。

 人としては使い物にならなくなってしまっていたけれど、あの時はまだ、存在として、と言う程度になら利用できなくもなかった。だから俺は台所にトラウマをもってしても尚、あの家に居続けたし、居ることを当然の事だとさえ思い続けていた。その他に、俺の行くあてがなかったからだともいえる。

 さてはて、その後状況は一変してしまった。俺の母親は、存在としてすら、利用価値が無くなってしまったのである。言い方が悪いと非難したいのなら、勝手にすればよい。俺と母親の間には、それこそ愛情たるものは存在していなかった。芹沢薫の言葉で言えば、単なるギブ&テイクをしている関係に過ぎなかったのだ。

 そんなこんなな過去を二重に思い出させるような、この冷蔵庫と言う存在は、俺の中では忌まわしいものへと成り下がっていた。また、あの時のように不快な思いをしなければならないかもしれない。そんな嫌悪感が立ち込めてくる。

 俺はこの時になって、昨夜の薫への反論の言葉を思いついていた。

 何も俺は、好奇心しか持っていないわけではないではないか。嫌悪感だって不快感だって、逆に満足感だって、快感だって、いろんな感情を持ち合わせている。ただ、愛憎と言う概念を自分の感情として持ち合わせていないだけであって、それ以外のものは大抵揃っている。

 今まで生きてきて、その二つの感情無しで何か不便があっただろうか。否、寧ろ都合が良かったとしか言いようがない。

 此処は薫と意見の異なるところだが、もしも愛憎を知っていたのならば、俺は恐らく母親の事を見捨てていただろう。それは、憎悪と言う強い感情のみに突き動かされ、願ってもいない行動をしでかすようになるからだ。かく言う俺の母親が、夫を亡くして虚ろになってしまったように。

 だがしかし、俺は此処で様々な疑問を思い浮かべるのだ。母親を見捨てた後の、その先はどうなる? 見捨てた後、俺はどのようにして生きていた? 生活保護課に入っていたのか? 児童福祉施設に入れられていたのか? 窃盗などと言う犯罪に手を染めて生きていたのか? そのどれもが、十分な生活を送れていると言えるものなのか?

 楽をして生きたい。何もそう言っているわけではない。それなりの生活を営むために、その時間を削るようなことをしたくない。そう言いたいのだ。換言すれば、食いつなぐために浪費する時間を、俺の好きなことに使いたいという事だ。

 好きな事と言っても、友達と遊びに行くとか、娯楽に興じるとか、そういった事ではない。そもそも、俺には友達なんていないし、娯楽に浸かる程精神が不安定になっていたわけでもない。俺には単に、身をやつす以上に、やりたいこと、もといやらなければならない事があったのだ。

 父親の遺していった研究だ。俺にはそれに従事する時間が必要だった。恐らく、母親も同じことを考えていたのではないだろうか。もぬけの殻になってしまっても、俺に最低限の生活が出来るような環境は与えてくれていたのだから。

 それは、金である。

 それを知らないものが見れば、確かに、それは一枚の紙に過ぎないのだろう。けれども、この社会で生きていくためには、その単なる紙切れが必要不可欠なのである。そしてそれは、俺の時間をゆうに確保してくれるものでもあったのである。

 母親が虚ろになったわりに俺の世話をしたというのは、夫への執着心が凄まじいものだったからだと言えよう。しかし、そうやって曲がりなりにも俺に時間を与えてくれていた母親も、忍耐袋の緒が切れたと言ったところなのだろうか。それは、彼女が「愛情」を持ち合わせていたからなのだ。夫に対する「愛情」を。

 何が好奇心を分化する、だ。紛れもなく大きなお世話ではあるまいか。そんな事をされて万が一にも「愛情」なんてものが芽生えてしまったら、俺は俺ではなくなってしまう。今まで生きてきた俺自身を、否定する存在になってしまう。

 そんなのは、嫌だ。

 この思いは、何も否定されるのが怖いのではない。変わることが怖いのでも、勿論ない。

 純粋に、不要だと思っているだけなのだ。

 社会の中で生きる上で、柔軟性が不可欠であることは重々承知している。だからと言って、己を根底から変えてしまう必要性は、果たしてあるのだろうか。利益を追求したいのなら、利益を追求する波に乗って行けば良い。ならば、知の探究をしたいのなら、何処までも知を探求する波に乗っていけばいいだけの事ではないか。そこに不要な要素を加えて、何の意味があると言うのか。――人生がより豊かになるのか? だがその人生と言うものは、どうしたって自分のものにしかなり得ない。

 つまり、人に指図される筋合いはない、という事である。しかし、指図される筋合いも、ある時にはある。

 どっちなんだ、とか、矛盾しているじゃないか、とか、もしかすると思うかもしれない。そのことに反論する余地はないから、俺はどうのこうのと無駄な説明を並べるつもりはない。ただ、社会が、世の中が、世界が、宇宙が、多大なる矛盾を抱えて存在している事は、特に言うまでもないのではないかと俺は思う。

 それを踏まえた上で、先程の二つの事象に関する話に戻ることとしよう。――人に指図される筋合いはない。確かにその通りなのである。相手は人に指図をしたところで他人の人生である事にかわりはないし、その人がこの先どうなろうが知った事ではない。それでいて指図をするのだとすれば、それはとんでもないお人好しか、その人に対してうんざりしている人か、もしくは気狂いな奴に違いない。

 俺ははたと、思考を止めた。

 俺が出会った人物は、確か気狂い野郎ではなかっただろうか。

 戸棚からフライパンや菜箸、まな板、包丁を取り出しながら、俺はまた、溜息を吐くのである。幾度か屈んだり立ったりという動作を繰り返したお陰で、ギリギリ感じていなかった筋肉痛が、体中を駆け巡った。台所のスペースに寄りかかり、俺は顔を顰める。

 道理で、指図されているわけである。

 向こうが俺から利益になるようなものを得たいがために、表面上、と言うか、無理やりにでも、ギブ&テイクの形をとったに過ぎないのではなかろうか。簡単に言えば、「黙静課」で力を発揮してもらう代わりに、君の感情をこの「黙静課」で育ててあげよう、と余計な条件を出してきた、という事だ。こんなところでは与えられるどころか、ギブ&ギブになりかねない。

 成程、俺が咄嗟に彼女の事を「悪魔よりも悪魔だ」と形容したのは、強ち間違ってはいなかったようだ。しかし如何せん、既に、半強制的に船に乗りかかってしまっている。彼女に目を付けられた時点で、俺にNOという答えは用意されていなかったのだ。況してや、今更取り消しを要請したところで、彼女が聞く耳を持つとは到底考え難い。

 此処はもう、いっそのこと、諦める他ないのではないのだろうか。

 薫との生活を始めた初日から、先が思いやられてしまう事は、些か考えものではある。しかし、彼女と暮らす以外に、俺の行くあてがもう、この世に存在しないことも確かなのである。どうせ、「黙静課」で働けば給料がもらえる事になるだろうし、あの部署を見た限りのマイペースな調子なら、俺が父から受け継いだ研究をする時間も、ゆうに確保できそうである。

 思ったよりも、好条件なのではないだろうか。確かに、彼女の元で暮らすことになるわけだから、彼女のやり方に合わせなくてはならない。だがそのような事は、何処に行ったところで全く変わらないわけである。その中で、俺が彼女の事を意地が悪いか、しっかりしているかのどちらに捉えるかは、自分次第なのである。

 もっと気楽にいった方がいい。そうでないと、この身が幾つあっても足りない。

 こうした考えに至るまでの時間、約二分三十秒。起きてから暫らく経った脳みそは、自分でも笑えてしまうくらいにフル回転している。脳内のシナプスがヒートアップして、今にも壊れそうになっているのではないかと思うくらい、俺が決断を下すまでに時間がかかるようなことはなかった。

 もとより、俺は思い留まる必要はなかったのかもしれない。

 要するに、台所が俺にトラウマチックな後遺症を残したというのも、俺が頼る対象を母親から薫に「乗り換えた」時点で、綺麗さっぱりに消え去っていた、という事である。もっと分かりやすく言えば、克服するどころか、条件がリセットされた故に、また一から始める状態に戻った、と言った具合であろう。

 食品が腐るというのは、自然の理である。それを嫌悪したところで、その事実が書き換えられるわけではない。加えて、あのメモ用紙には、きちんと、「買い足しておいた」と書かれていた。それは、食品がまだ新鮮である事を示している。と言うか、腐った食べ物を俺に食わせるほど、あの女の性根が腐っているとも言えまい。

 調理器具の準備を終えた後、暫し冷蔵庫の前に立ち尽くしていた俺は、躊躇という言葉を考えるよりも先に、腕を伸ばした。野菜室からは玉葱、ピーマン、人参、もやしを、冷蔵室から豚肉の入ったトレーを取り出した。それから冷蔵庫の扉を、静かに閉める。そのまま無言で、取り出した食品をまな板が置いてある台の上まで持ち運ぶ。

 静寂。

 俺は何度か目を瞬き、目の前にある新鮮な食材を凝視した。

 案ずるより産むが易しという言葉があるが、まさにその通りなので、この言葉を生み出した先人たちには一生、頭が上がらない事だろう。


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