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誤字修正とかしていたら遅くなりました!申し訳ありません。
メンコ勝負、終結です。
【お知らせ】
1)投稿ペースが落ちます。すみません。2~3日に1話投稿になるかなと思います。
予約投稿にするつもりなので、投稿時間は変わりません。
2)次回は番外編とのセットの予定です。番外編が16時、本編は19時に投稿の予定です。番外編は視点を変えていたりどシリアスで胸糞要素を詰め込む予定ですのでご注意ください。また、読み飛ばしても本編さえ読めば後の展開に差し支えは生まれない仕様にするため、苦手な方はどうぞ本編をお楽しみください。
【お知らせ終わり】
箱の強度が心配になるくらいの音が場をつんざく。やはり坊主の狙いは変わらず、メンコが打ち付けられた途端に鎧の狼はまた場外へ疾走した。毎度のことながら、坊主の攻撃の余韻で箱は振動する。だけど今回は少し違った。
狼のメンコが箱から落ちてからすぐに振動は弱まっていき、ぴたりと止んだ。もちろんメンコは落ちていない。坊主が狙った狼のメンコ以外は箱の上で健在だ。
またしてもサークルの中に静寂が訪れる。プレイヤーも含め、両サイドの観客たちは驚きで声が出ない。坊主を含めた少年たちは、1度にメンコが箱から落ちなかったことに目を瞬かせていた。しかしジェネを含めた坊主の後ろにいる男衆の驚きは少年たちとは違うようだ。メンコそのものではなく、勝負の舞台である箱の方に注目しているのか。視線がやや下向きだった。
ジェネが口を開きかけたところで俺は声を張り上げる。
「おお、すげーな!またアイツ同じメンコ落としたぜ?」
言いながら周りの少年たちへ笑いかけた。突然のことであっけにとられた子供たちは、目をぱちくりさせて俺を見る。だけど裏を返せば、俺の言葉に食いついているということ。腕を組んで俺はうんうん頷く。
「だってアイツあんな端っこにあるメンコを落としたんだぜ?しかも2回狙って2回とも落としてるし、すっごく綺麗にひっくり返って落ちていっただろ?」
なぁすごくね?と俺は笑顔で子供たちへ問いかける。すると子供たちも思い出したのかキラキラと目を輝かせ出した。すごかったよな、と明るい表情で語り合う少年たちの無邪気さに頬が緩みそうになる。でもここでそうすると締まらないから、頑張って我慢して俺はプレイヤーへ向き直った。ケビンは既に意識を戻していたようで、またじっくり盤面を見ているのがわかった。この子思ってたよりタフだな。
対比するかのように坊主はまだ動けていなかった。というより、むしろ俺が坊主のことをいきなり悪意なく褒めたから混乱しているんだと思う。目の敵にしている相手からの言葉だ、無理もない。
今度は坊主に向かって出来るだけ爽やかに笑いかけた。
坊主は俺を見て更に固まっている。無理もない。でも俺は続ける。
「今のすっげえ良かったぜ、次も頑張れ坊主!」
言ってから顔の近くでサムズアップをすると、坊主はあんぐりと口を開けた。敵サイドの、しかも自分が一番嫌っている相手からの応援だ。まるで意図が理解できないだろう。もちろん驚いたのは坊主だけではなかった。
サークルを作る全てのメンバーからの視線が俺へ一気に集まる。ケビンですら振り返って俺を見ていた。少年たちの何名かが俺の服の袖をくいくい引っ張る。
「どうしてあいつを褒めたの?」
「あいつ敵だよ」
「頑張れ、ってなんで?」
不思議そうに首を傾げながら、中には少しすねながら。なんでどうしてと口々に俺へ疑問を投げた。だけど想定内だ。聞いてくるだろうと思っていた。むしろそうこなくっちゃな、やる意味がないし。
俺は新大陸を見つけた冒険家の如く表情を輝かせる。
「だってあいつはすごいことしたんだ。例え敵でもすごいことしたやつには素直にすごいって言って良いモンし、言うべきだったりするんだぜ?」
そうなの?と聞かれて強く頷く。ついでに腕を組んで胸を張ってみると、子供たちは何か考え込むような表情を浮かべ始めた。
ほぼ同時に坊主の後ろ側から押し殺したような低めの笑い声が聞こえてくる。それは一つだけではなく、ばらばらのテンポで耳に届いた。中々底意地が悪い。というより大人げない。
まぁ、別に対象にはしてないから別に良いんだけどな。イラつくけど。
それでも場は暖まってきていたようだ。良くも悪くもまたにぎやかに、元通りになりつつあった。
ケビンへ頑張れと握り拳を作って笑うと、少年は頷いて相手へ向き直る。狙いを定めるかのように少し静止してから、腕を振り上げる。
次の瞬間、ケビンはメンコを叩きつけた。
ケビンのメンコは薔薇の少女の近くに落ちる。乾いた音が箱を鳴らした。前回の攻撃で身をかわした少女は観念したのか、ひらりと空を舞って舞台上から降りていく。少年たちが歓喜の声を上げた。
ケビンはメンコを拾うと砂を丁寧に払う。でも今回は特に見入ったりせず、すぐに坊主の方へ向いた。あたかも坊主の攻撃を待ちわびているようで、うずうずと落ち着きなく見える。また少年たちの声援がちらほらと聞こえてきた。
坊主は緩く口角を上げると、雄々しいかけ声を上げてメンコを打ち付ける。
鼓膜を揺るがすような轟音が響いた。今さっきの攻撃でケビンの放ったメンコを狙った攻撃だったが、ひらりと裏返してケビンの近くへ寄せるだけに終わる。
ほとんど同時にまた箱の振動も終わった。
ついに今の攻撃で、メンコが地へ降り立つことはなかった。
ケビンの攻撃の番になる。先程落としたばかりのエルフの少女がまた舞台へ降臨した。射るように狙い澄まされた攻撃は、今さっき坊主が落とそうとしていたメンコへ注がれる。だけど本体を少し浮かしただけで終わった。徐々に子供たちの声援が増してきた。
それを打ち払うかのように、坊主がメンコを叩きつける。坊主は前回の攻撃と同じメンコを狙ったようだったものの、目標は動かない。箱の揺れもすぐに終わる。また坊主の攻撃でメンコは落ちない。
「くっ」
悔しそうに坊主が毒づいた。顔を歪ませ、歯を食いしばって盤面をにらんだ。
腕を組んで手の先にあるメンコの端を握る。顔は真っ赤だったけど、いつまでも八つ当たりでケビンを罵倒をしようとはしなかった。
「頑張れ坊主!次こそいける!」
はじかれたように坊主が顔を上げるのを見て俺も我に返る。
いつのまにか声が出ていたようだ。勝負の熱気に当てられたのか。確かにこれでは子供っぽいと言われても仕方ない気がする。
だけどこの行動は予想外の行動を生んだ。
「そうだ頑張れ坊主ー!」
「次こそいけるよー!」
「ケビンも頑張れ!」
子供たちが坊主にまで檄を飛ばし始めたのだ。
坊主の目がどんどん小さくなっていくのが見える。俺も子供たちを見た。
子供たちは一生懸命だった。無我夢中だった。
口々にケビンと坊主を激励する。まるで自分のことのように。
ケビンは振り向かない。
でもその背中からは確かな闘志が煌めき、声援を受けるたびに大きくなっているのがわかる。ケビンが勝負へ真剣になるにつれ、子供たちは白熱していく。
そしてその熱をケビンへダイレクトに伝え、闘志を湧き上がらせていたのだ。
最早これはケビンと、更には坊主だけの勝負ではない。
ギャラリーの少年たちを含めた全員が一丸となって挑んでいるのだ。
「ふふっ、あーっはっは!」
突然坊主が大きな声を出す。
腕を組み、上半身を後ろへ反らしていた。
徐々に声は止んで、上体を起こした坊主の顔には笑みが浮かぶ。
だけど、それは侮蔑や嘲りというようなものではなく、純粋な歓喜だった。
「楽しい、楽しいぞ!本当に楽しいな、こんな勝負は初めてだ!」
「初めて?」
「あぁ、勝負中なのにこんなに心地よい気分になったことはなかった!楽しいと思ったことはなかった!」
「ん、ぼくも、楽しい、よ!」
ケビンが喜びをにじませて答えると坊主は鷹揚に頷いた。
「そうだろう、そうだろう!オレが楽しいのだから当たり前だ!」
「勝負とは、こんなにも楽しいことだったのだな!」
あははははと坊主は笑う。
非常に晴れやかだった。がんじがらめに絡みとる麻縄が解けたように、坊主の笑顔は自然で年相応の子供らしいものに見えた。
ひとしきり笑うと坊主は眼光鋭くケビンを見据える。坊主の顔にはもう嘲りはない。もちろん先程まで浮かべていた陰りは尚のこと、跡形もなかった。
「おい下民、聞いてやる。お前の名はなんという?」
「ぼく、の名前?ケビン、だよ」
「ふむ。ケビンか、おいケビン!この勝負、オレが勝たせてもらうぞ!」
それが嫌なら。
そこで一旦言葉を切ると坊主は、顔の真横へケビンから取った【黒曜の乙女】をかざす。ケビンの反応を見ると、ニヤリと面白い玩具を見つけたような顔つきになった。
「早々に屈せず食らいついてくることだな。ただしオレは負けないし手加減もしないが」
「ぼく、も、だって、負けな、い!」
ケビンが強く吠えた。
語尾の力強さに、俺は驚く。少年たちと遊んでるときにだって、こんな姿は見たことがなかったから。ケビンはこんなに強気な子だったか?俺の記憶ではもう少し大人しくて、少し儚げな少年だったはずだ。なのに今はこんなにも雄々しく、活気が溢れかえるような言動を、表情をしている。
少年たちと坊主を見た。個々をよく見ると違いはわかる。だけど一様に勝負そのものを純粋に臨み、楽しんでいたのは変わらなかった。
その様子はさながら運動会で別のチームになってしまった友達を応援するかのようで。勝負を始めた頃には全く想像していなかった光景に見ていて嬉しくなった。だけど何故か、非常に、眩しかった。
バシンと箱が鳴る音と同時に、脳内で光が弾ける。
そうか。ケビンは変わったのだ。いや、もしくは取り戻したのかもしれない。
本来のケビンそのものを。
わっと上がった歓声で、俺は流れるように箱の上へ視線を移した。箱の上では【黒曜の乙女】がひっそりと佇んでいる。その場所から横へ目を移すと地面に一枚、メンコがうつ伏せになっていた。坊主はメンコのあるところまで動くと、さっさと拾い上げて土を払う。立ち位置に戻るとケビンを一瞥して、得意げに笑った。
ケビンは頷いてメンコを放つ。乾いた音が雲を分けるが如く、箱を貫いた。同時に裏返っていたメンコから豪奢な片手剣が発掘される。岩に刺さる金色の剣身はキラキラとその身を瞬かせて、盤上から消えた。
「ケビンすげー!」
「取ったぞ!」
「このままいけー!」
「坊主も頑張れ!まだ勝ってるぞー!」
少年たちはエールを送る。白熱した声を思い思いに2名のプレイヤーへかけている。とっくに敵味方のラインなど消え失せていて、あるのはただひたすらに友達同士の勝負を楽しむ姿だった。エネルギッシュに表情を輝かせつつ、小さな星たちは昼間の明るさで黒い空を飾った。
* * * *
箱が撤去されていく。
またしても何か壊れやすいものを扱うかのように男たちは持っていた。
その箱があった場所ではケビンが【黒曜の乙女】を坊主に手渡した。
「これが噂の新作か。だが本当にいいのか?」
ケビンが首を縦に振ると、坊主は怪訝な顔つきになる。
「確かにオレは何でもいいと言ったが、これはお前の大切なものなのだろう?」
結果から言うと勝負は坊主の勝ちだった。
1枚1点として10点先取のルール。勝因はやはり、序盤に連続して2枚取ったことが響いたのだろう。だけどケビンも最後まで諦めずに闘志を燃やしていたから、最終的に8点も取っていた。ケビンが勝負に負けたのは残念だったけど、プレイヤー同士が非常に生き生きと楽しみながら終わったから文句はない。
ケビンは坊主に微笑んだ。
ふにゃりと目元を緩ませ、【黒曜の乙女】を改めて差し出す。
「い、いよ。きみが、持ってて」
「わかった、なら代わりにこちらをお前にやろう。持っていくがいい」
気持ちをくみ取ってか、すんなり引き下がった坊主は1枚メンコを差し出す。それは弓引くエルフの少女が映ったメンコで、最初にケビンが取ったものだった。ケビンが不思議そうに首を傾げて坊主を見ると、遠慮するなと坊主はそっぽを向く。
ケビンがお礼を言うとそのまま頬が赤く染まった。照れているらしい。
「なりませんクエバス様!下賤の者に無闇に与えては」
見ていて微笑ましい雰囲気をジェネが水をぶっかけた。驚きと焦りで顔が歪だ。
坊主にずかずかと詰める。坊主は一瞥するとあっさり切り捨てた。
「構わん。こいつ、ケビンにはその価値がある。オレがやると言ったからにはやるんだ」
「クエバス様でも」
「控えろジェネ!『気高い貴族は己が言葉を曲げない』のだろう?」
いつもお前が言っているではないか、と坊主は興奮気味にジェネに聞いた。
ジェネは息を飲むとうつむいた。
それは一瞬のことで、すぐに顔を上げると朗らかに答える。
「そう、ですね。申し訳ありません、出過ぎたことを発言いたしました」
「別にわかるならいい」
坊主はそっぽを向いた。眉を寄せた表情には疲労が見えた。
でも坊主に休む暇はない。突然、少年たちがわっと坊主に押し寄せていった。
「なぁ坊主!一緒にメンコやろうぜ!」
「次は僕と!」
「いーや、おれだね!」
目を輝かせ、頬を赤くさせ、子供たちは息を弾ませて近づく。坊主がケビンと勝負していたときからずっと少年たちはうずうずとしていて、落ち着きがなかった。
これは店でケビンがメンコのパックを開封していたときにも見た光景だったから、ある程度予想はついていたけどさ。
店内にいた時のケビンの再現か、坊主はあっという間に囲まれた。懇願されつつ服の裾を引っ張り、目前までメンコをかざされたり中々の人気具合だ。当事者は当事者でやめろ下民どもと叫んでいるものの、語感に言葉通りの悪意は感じない。というよりも顔を真っ赤にして押しつぶされまいと必死に抵抗している姿には、純粋な好意を素直に受け止めきれない照れすら見える。
むしろ照れているようにしか見えない。
とはいえあしらうのが非常に下手だ。抵抗するのがやっとに見える。ある程度のコミュニケーション能力とかが持てていれば沈められる規模だけに、なんだか残念な感想を抱いてしまう。さぞかし友達は少ないのだろう。まぁ断りを入れたところで、さっさと引き下がりそうにもないんだけどな。
俺は少年たちの生け垣へ強引に割り込むと、坊主を掴み上げた。驚きのあまり変な声を出す坊主をガン無視して、外側へ降ろす。途端に小さな瞳から一斉に不満を訴えられた。気持ちがわからなくもないだけに、気が少し滅入る。
口を開けられる前に俺は言った。
「君たちな、もう少し坊主の話を聞いてやんな?仮にいいよ、って言おうにもあのままじゃ坊主がつぶれちまうだろ?」
ゆっくりと、諭すように投げかけると子供たちは申し訳なさそうに坊主へ視線を移した。坊主は未だに混乱しているものの、自分より年下の少年たちに見つめられてすぐさま佇まいを正す。小さくても流石は貴族といったところだな。
「別にわかればオレはいい。あまり気に病むな」
「クエバス様、そろそろ」
「――それに時間がないようだ、申し出は受けられん」
残念そうにうつむき出す少年たちにだが、と坊主は続ける。
「またオレがあの店へ来たときなら相手になってやってもいいがな」
鼻で高圧的に笑うと、うつむいていた子供たちは勢いよく顔を上げる。ぱぁっと花を咲かせた表情を見て坊主は腕を組んで何度も頷いた。
「それではオレはこれで帰る。精々次までオレの相手になれるように力をつけておくんだな」
くるりときびすを返し、ジェネたち用心棒の男衆に囲まれて歩いて行く。ケビンと子供たちは数歩前に出ると大きく手を振った。
「ばいばい坊主ー!」
「またおいでねー!」
「今度はおれと勝負だ坊主ー!」
大きく声を出して自分自身の思いの丈を叫ぶ。
表情は生き生きとしていて、弾んでいる。まさに身分の差なんて毛ほども感じない、子供同士の家路の別れそのものだ。
まだこどもたちの声は止まない。すると10メートルくらいの距離で坊主はぴたりと歩みを止めた。そのままこちらに振り返る。
怒ったような、照れたような何ともいえない表情のまま坊主は腕を組んだ。
「オレの名前は坊主ではない、クエバス=ディア=バルミロだ」
覚えておけよ、と通る声で命令すると坊主は去っていった。
次回「季節は白く、輝いて」
リュー「来る、きっと(シリアス展開が)来る」
デューク「タグ回収乙」