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思ってたより坊主vsケビンの終わりが見えない・・・どうしよう・・・
少しだけ胸糞悪くなりそうな展開があります。苦手な方は無理をしない程度にお付き合いください。
盤面を見る。
箱の上にはさっきケビンが取り損ねた薔薇が巻き付いた少女のものと、鎧を纏った狼のものと、裏側で置かれている4枚のメンコの合計6枚があった。それぞれのメンコはいつでも成り行きへ身を委ねられるように、ひっそりと待機している。
坊主に一番近いのは鎧の狼のメンコ。次の坊主の攻撃で狙うのはおそらくそれだ。
何故か坊主は自分の近くにあるメンコしか狙わない。
例え取りにくいと思えそうな場所でもその姿勢は変わらなかった。これまで見てきた勝負の中では、ケビンも他の少年たちも自分からの距離に関係なく攻めていたから坊主のやり方は斬新で。俺は少し衝撃的だった。
「元気なことだな」
腕組みをしていた坊主が言葉をこぼす。思わず目元がひくついた。折角燃え上がった子供心に水をかけるつもりかあの坊主。
嫌みを言い返してやろうと少年たちから坊主へ視線を移して、俺は言葉を飲み込んだ。思った通り、坊主の視線の先にはケビンの応援をする少年たちがいる。
だけど坊主の表情はそこはかとなく陰っていた。自分の倍以上の歳の男たちに囲まれてちやほやされているのに、だ。まるでこれは――。
静かに俺は瞼を閉じた。すぐに開けると口元に笑みを作り直して、坊主へ向く。
「だってその方が楽しいだろ?」
「たの、しい?」
「あぁ、遊びは楽しいのが一番だ、そう思わないか?俺はそう思うけど」
「そう、か。楽しい、楽しいか」
羨ましいな。
ボソリと坊主は呟いた。瞬間、ハッとした顔になって口元を抑える。
自然と出てきた感想だったみたいだ。坊主の目に驚きと困惑の色が映る。
何かが心の片隅に引っかかった。
「クエバス様、やらなくて良いのですか?」
そのときリーダー格の男が坊主へ近づいた。
「ジェネか。どういう意味だ?」
「既にクエバス様の番になっています。ですのに何もされていませんから」
坊主が怪訝そうに問うとリーダー格の男、ジェネはにこやかに応じた。
加えてジェネの言葉を待っていたかのように他の男衆も後に続く。
「確かに敗者へ引導を渡すのも頂点に立つ者の務め」
「無駄な期待を持たせるのも酷というものですし」
「立場をわきまえさせることは大切ですな」
「クエバス様は将来公爵家の後継者となるお方。その圧倒的なお力を存分に示すのです」
さぁと、ジェネは満面の笑みで坊主の手を取る。表情が曇ったままの坊主をケビンの方へ向かせ、すぐに元の位置へ戻っていった。その圧倒的な力を示される相手はというと、まだ食い入るように箱の上を見つめている。
正確には『まだ』ではなく『ずっと』。
俺が子供たちを元気づけていた時から全く様子が変わっていなかった。
微動だにしない。ずっと意識は箱とその上のメンコにしか注がれて動かないのだ。こいつ、大物過ぎる。
だけど坊主とジェネたちのやりとりの賜物か。少しずつ、頭の中の思考回路がまとまってきている。俺はちょっとした賭けをしようと、決めた。
ジェネに向かって声をかける。
「なぁあんた」
「どうした兄ちゃん。あ、もしかして坊ちゃんが降参するのかい?」
ジェネは人の良さそうな顔で、朗らかに聞いた。途端に俺はあからさまにびっくりした態度で目を開く。顔の前で手をぱたぱた振った。
「えぇー?違う違う、そんなわけないだろ!」
「はぁ?じゃあなんだ」
如何にもびっくり!といった様子で話す俺にジェネは眉根をひそめた。どんどん皺が額に濃く刻まれていき、眼差しにもほのかに剣呑さがにじむ。俺も煽ったとはいえ、勝手に期待したのはそっちだろうに。だけど。
思っていたより表情が変わるのが早いな。
もうちょっとニコニコしてくるかと思ってたのに、勘ぐられるとは。意外だ。
けどこれは幸い。
左手の袖口が突然質量を増す。そこから透明な繊維のようなものがするすると伸びて出てきた。転移は上手くいったらしい、上々だ。そこまで確認すると、俺は挑発するように口角を上げた。
「ちょっと聞きたいことがあってさ」
「何をそんなに急いでるんだろうって」
一拍置いてジェネが声を出した。
「どういう意味だ兄ちゃん?」
「どういう意味って、そのまんまさ。あんたらの促し方、結構強引っぽかったぜ?」
「そうかい、まぁクエバス様は公爵家の跡取りだからな。庶民な兄ちゃんや坊ちゃんたちとは違って暇じゃねぇんだよ」
「ふぅん、じゃあ今日もホントは何かご用事が?」
「いや、別に何も」
ジェネが首を振って答える。よし、言質取った。
俺の視界の端で、坊主がメンコを構えたのを確認する。
同時に左袖口からの繊維が、右袖口の警報装置サマが見つけた場所へ空気中を流れていくのを【目】に焼き付けておくのも忘れない。
俺は大輪を咲かせたかの如く、笑顔を作った。
「だったら別に好きにやらせりゃいいんじゃないか。ゆったりと、自分たちのペースで伸び伸びとさ」
ジェネは虚を突かれたように息を飲んだ。無視して俺は続ける。
「『これは子供の喧嘩だろ?俺たち大人が、一から十まで関わるのはどうなんだろうな』だったっけ?そっくりそのままお返しするぜ」
それとも何か他に困ることでもあるのか?
純粋さを押し通しつつ、目の前の大男を煽った。途端に、ジェネは顔をこわばらせる。と思ったら眉に皺を寄せ、すぐに力を抜いて目尻を下げた。
内心ため息をつく。これでは何かあるのだとまるわかりである。わかりやす過ぎて逆につまらない。賭けとしてやりがいがなさ過ぎる。
何度か繰り返すと、男はフッと鼻で笑った。
「あぁ、そうだったな。まったく、しょうがねぇや」
「わかっていただけたようで何よりだ」
「おうおう。ばっちりだぜ」
でもよ、とジェネは続ける。
「無駄なあがきなのは変わんねぇよ。坊ちゃんは絶不調、クエバス様は絶好調、しかも聞く限り坊ちゃんは初心者なんだって?」
適当に肯定するとジェネはやっぱり無駄だ無駄、と手のひらをひらひらと降った。
左袖口の繊維が、無事に目標地点に辿り着いたことを知らせた。
同時に視界の端で坊主がゆっくりと右腕を上げていくのが見える。顔色を見て、あの無駄に尊大でおごった覇気がないのが見て取れた。貴族としての義務感故の行動か、心を覆い隠してしまうほど巨大の。ただの子供のお遊びに。
次にジェネたち男衆へ視線を移す。
男衆は勝負を見ずに隣の者と話したり少年たちの応援をちらちら見ては喉で笑っていた。ただジェネだけはずっと盤面を見ているけど、にこやかな表情で腕を組んでいる。いずれにしても全体的に余裕そうだ。高みの見物を決め込むように、口元には常に笑みが浮かぶ。瞳は勝利を確信しているからか定まっていて、少し濁っていた。
だけど。お前たちが嗤うのはここまでさ。
俺は口角を上げる。
同時に坊主が勢いよくメンコを打ち付けた。相も変わらず大きい音で、微かに箱は震動する。坊主のメンコはというと、箱に打ち付けられた瞬間に暴風を生み出した。その風をモロにくらった銀の鎧をまとった狼のメンコは箱から飛び出す。そしてまた、尚続く箱の震動で、裏返しになっていたケビンのメンコが箱から落ちる。同時に視界の端でゆるくジェネが笑うのが見えた。
しかし今回はまだ続きがあった。
箱はまだ震動する。小刻みに、それでもよく見ればわかるくらいにはずっと揺れ続けていた。箱という盤面に立つメンコたちは揺れに合わせて踊る、踊る。
ついに薔薇の少女が踊り疲れて舞台から崩れ落ちた。俺の周りの少年たちから小さな悲鳴が上がる。
でも舞台の幕は降りない。
アンコールもされていないのに、演者は舞台で舞う。観客や他の演者、終いには監督の意を離れてただ一人、アドリブを続ける。カーテンコールを無視した報いか1枚、1枚。続々と事切れるように、舞台からはらはらと落ちていく。
とうとう最後の演者、今の攻撃で坊主が放ったばかりのメンコは追い出されるように舞台から身を投げる。
そして誰もいなくなった舞台もとい箱だけが残り、場には静寂が戻っていった。
観客もつられて静かになっていた。
周りの少年たちだけではなく、ジェネを含めた向かい側の男たちまで呆然と箱を凝視している。ケビンや坊主もそのままの体勢で突っ立って、身動きすらしない。舞台上にある全部のメンコが落ちてしまったのだから当たり前だ、坊主が攻撃用に放った分まで。
とはいえあまりにもこの場は静かになり過ぎた。さっきまで応援合戦でにぎやかだったわけだし。居心地が悪い。
どれくらい静かかって言うと、森の中にいて周りに水辺が見えないのに水の滴る音が聞こえるくらいには。え?わかりづらい?だったらそうだな――。
「ど、うことだ」
「銅琴?」
ボソリと聞こえた慣れない言葉に俺の思考は途絶えた。
銅琴って何だろう。いや琴だし、楽器か?いつからここは音楽会に?
なんて呑気に声が聞こえた方を見ると、ジェネがわなわなと肩を震わせていた。カッと最大限に開かれた眼には驚きと不信と疑念が綺麗に混在していた。
銅琴、どうこと。あぁ、『どういうことだ』か。納得納得。
改めて言葉を噛みしめているとジェネが大声を上げた。
「どういうことだ、なんで、なんでこんなことに!」
「何でってそりゃあ、その箱が震えたからだろ」
何でもないことのように俺は切り捨てた。瞬時にジェネが牙を剥く。
「だからってこんなに震えるのはおかしいだろ!だってさっきまではこんなに震えてなかった、精々メンコが1枚落ちただけだ!なのに今回は全部落ちた!」
「だからこれはおかしいと?」
「あぁ、やり直しだ!」
顔を真っ赤にして頷くジェネにでも、と俺は告げる。
「坊主の叩きつけたときの衝撃は結構すごいぜ?だって箱が揺れるんだから」
「ご主人様は力強い方だからな。でもそれとこれとは」
「関係あるな。なら尚更こんな事態になってもおかしくないだろ」
冷静にジェネの言葉を強引に切る。言葉を発しないうちに俺は口を開いた。
「坊主の打ち付け具合はずっと強くなっていくし、箱の動く時間も延びていってたんだ。落ちる数が増えることに不思議はない」
「それでも6枚は落ちすぎだろ!」
「へぇ、6枚は落ちすぎ?根拠は?」
「根拠だと!?そんなもの見ればわかる、ずっと1枚だったのにいきなり6枚も落ちたんだ!」
「いやだから根拠な?状況証拠じゃなくてあんたの考えとか意見聞きたいわけ。どうしてそれがおかしいと思えたかっていうあんたの考えが」
「だからなんでってそりゃあ――」
何かを言いかけてジェネはハッとして口をつぐんだ。
苦々しく顔を歪ませ、俺を見る。
どうやら予想は当たっていたらしい。だったら何も言えないはずだ。
反論を許す気はない、更に俺は追撃する。
「ところであんた、なんでこんなに落ちるとおかしいなんて思ったんだ?」
「それはいきなり6枚落ちたから!」
「ふぅん、そう?じゃあこれが2枚や3枚だったらどうだ?もしくは今まで通り直接落としたモノとは別に1枚だけ落ちて、試合が終わるまで1枚ずつ落ちていったとしよう。結果的に今と同じ数だけメンコが落ちていたら?」
あんたはおかしいと思うか?
俺の質問にジェネは答えない。代わりに眼差しが鋭く、キツいものになった。それ以外は何ら変わらない。でも充分答えは出た。やっぱり思っていた通りだった。
そう。確かに6枚一気に落ちるのはおかしい。例え俺でもその点は言っただろう。
でも、同時にジェネは『今までは精々メンコが1枚落ちただけ』と言った。
ここだ。
普通メンコをやったことのある者や見たことある者ならある程度共感してもらえるかもしれないけど、メンコを連続で2枚ずつ取れるのはありえない。しかも今回、ケビンや坊主はほぼ棒立ちでプレイしていて、極めつけには【落としめん】だから技のかけようもない。これがRPGなら武器以外何も装備していないほぼ素の状態で、モンスターと戦闘しているようなものだ。もちろんスキルの使用もないぜ。
よって【落としめん】では、1度に2枚取ることはほぼ不可能に近いのだ。
連続して取るのはなおのことである。
なのにジェネは『今までは精々メンコが1枚落ちただけ』と言ったのだ。
同時に1枚落ちるのが当たり前のことのように。
まるでそうなるのがわかっていたかのように。
まぁ今は何も言わないさ、今はな。
俺は肩をすくめる。
「まぁ元からそういうルールだしやり直しはするだろ。黙って見てようぜ」
ジェネへ言ってから心配そうにこちらを見ていた子供たちへ笑いかける。
幾名かはまだ顔が晴れなかったけど、頭を撫でるとケビンへ向き直った。
ケビンは箱から落ちたメンコを戻していた。
1枚ずつ丁寧に砂を払い、元の場所に置いていく。最後のメンコへ手を伸ばしたとき、ケビンの頭の上から制止の声がかかった。
「ごくろうだった下民。あとはオレにまかせろ」
声の主、坊主はしゃがむと膝をついてメンコを拾い、ぱんぱんと砂を払う。度合いに満足したのか頷くと立ち上がり、元いた場所へ歩いていく。立ち位置へ戻ると、坊主はケビンへ向き直った。
「下民、構えろ。戦いを続けるぞ」
そう言ってケビンを見据えた。ケビンは黙って首を縦に振る。
坊主はゆっくり頷くとまた勢いよく腕を振り上げ、メンコを落とした。
次回「私、この勝負が終わったら帰宅するの・・・!」
リュー「信じられるか・・・この話の主人公・・・俺なんだぜ?」
デューク「涙拭けよ親友サマ」