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メンコで遊びます。
当作品比ですが、本格的にメンコの描写が入ります。でも作者はメンコをやったことないので100%脳内プレイです。こんなのメンコじゃない!という展開のオンパレードになると思いますが、広い心でお付き合いください。
坊主はハッとした顔をした。
「そうだった。おい下民ども、オレと勝負しろ!」
「勝負?」
俺が気の抜いた声を出すと、お前には言っていないと、言いたげな瞳で睨まれた。いやいやいやいやいやいや。
ただの反射でそう怒られても困るから、むしろイラつきたいのは俺だから。
大人だから早々キレたりしないけど。
え、さっきキレたばかりだろって?知らない知らない。
勝負。全く聞いた覚えがないな、なんのことだ?
ただ反応からして、相手が俺ではないことだけはわかった。
だったらケビンたちの誰かだな。とはいえ本人たちも何のことかわからないらしい。2、3人ごとで内緒話を初めてしまった。
目に見えて坊主の機嫌が悪くなっていく。今までやり取りしてきた感触からすると坊主、コミュニケーション能力とかなさそうだ。
実際に言ってたとしても、絶対に伝わっていないぞコレ。
坊主への引き具合を表情に出さないようにしながら、俺は順に思い返した。
用心棒らしき男とのやりとりや坊主をケビンから引き剥がしたこと、坊主が掴みかかってきたことを順に頭の中で浮かべる。
突然何かが引っ掛かった。
あれ?
よく考えてみると最初に坊主がケビンたちに突っかかってきた理由って、勝負するしないの話を聞かれてなかったからか。確か勝負しろー愚民どもーとか坊主が言ってたのを、ケビンたちがメンコに夢中で聞いてなくて。
「そういやそうだった」
「五月蝿いぞでくのぼう!」
「お前しつこいぞ」
勢いよく噛みつかれたからはねのけると、坊主は唇を噛みしめてぐっと俺を睨んだ。だから、泣きたいのは俺だってば。
呟きレベルで逆ギレされる俺の身にもなってほしい、理不尽過ぎて涙出そうだよ。そもそも泣きそうになるくらいなら反応するなよ坊主、程度が知れるぞ。いや、もう知ってたか。
「ホントにやるの?」
「何、何するんだよ?」
対して子供たちは表情を輝やかせだした。
寄るな下民と罵られつつも、真っ赤になっている坊主へ近寄って質問攻めにする。子供ってメンタル強い。
とうとう坊主が耐えきれなくなって、叫んだ。
「あーもう五月蝿いぞ下民ども!勝負はこれ、だ!」
そして服のポケットから何かを取り出した。
夜鳴き鳥の声が聞こえてきた。
ぼんやり照らす月光の元、ほのかに冷えてきた空気が身を包む。
風が吹くと身体を震わせてしまう程には寒くなってきた。それなのに、この狭いサークルの中だけはどんどん気温が上がっているような錯覚に陥る。
サークルは俺を含めて子供たちと鳥類の男たちの2グループから作られていた。
互いに半円を作るように分かれている。
それぞれの弧の中央には、先程話したリーダーらしき男と俺が立った。
俺は端で良かったのだけど、何故か子供たちが真ん中に立たせたがった。
理由はよくわからないけど、ケビンの保護者だからか?
まぁ慕ってくれていると思うことにしよう。
中ではケビンと坊主がそれぞれの陣営側の近くに立っていた。
俺とリーダー格の男を挟んで向かい合う二人の間には、1メートルくらいの距離と茶色の箱がある。茶色い箱は先程、男たちの一人が運んでいた。普通の木箱にしか見えないけど、設置する音すらたてないように扱っていたから意外と貴重なものかもしれない。そして上へ置かれた2枚のメンコ。
つまりこれから坊主とケビンは、メンコで勝負するのだ。
「舞台は整った。勝負だ下民」
「うん」
「この箱の上からメンコを落とせば勝ちだ」
「うん」
「負けても泣くなよ、そして降参するときは早めに言え」
「うん」
揚々と宣言していく坊主にケビンは大人しく応じる。
坊主の顔を見て返答しては、手元のメンコへ視線を落としていた。あまり褒められる行為ではないものの、坊主はご機嫌になる。結果的に坊主の機嫌を損ねないように、立ち回っていることができているのだ。
揉め事が起こらなそうで何よりである。
「ケビン大丈夫かな」
ひそひそと聞こえてきたのはそんな言葉だった。
声を出していたのは褐色の鱗が煌めく少年。
店内でやったケビンのパック開封ショーの観客だった子で、ラミーという名前だそうだ。ちなみに笑うと八重歯が見えた。
すぐ隣の、額に3つ目の眼がある少年がラミーに反応する。
「どうしてだよ?」
「え、知らないのお前。あのクエバスっていうやつ、超強いんだぜ」
「そうなの?全然そんなふうに見えないけど」
3つ目の少年の言葉を聞くとラミーは額に皺を寄せる。
「俺さ、1回だけあいつと闘ったことあるんだけど。ボロ負けしたんだ」
「嘘っ、ラミーが!?」
3つ目の少年が両手を口へ当てる。俺も耳を疑った。
ラミーは初めてケビンに黒星をつけたプレイヤーだった。
しかも最後まで自分のペースを一切乱さず、勝利を持っていった。加えてプレイングにもかなり余裕もあるように見えたから、相当の猛者だと思う。
そのラミーが坊主に黒星、しかも手も足も出ないような敗北。
俺、ケビンに男たるもの勝負を捨ててはいけないとか言っちゃったけど。
どうしよう。
おそるおそるケビンを見る。相変わらず坊主の言葉を適当に受け流して、メンコを見つめていた。その瞳に宿っているのは試合に対する熱くて明確な期待と闘志。
知らずのうちに、ケビンは静かに燃えていたのだ。
何も言うなと直感に釘を刺された気がした。
勝負事に水を差すのが良くないことくらい知っている。特にプレイヤーがやる気であればあるほど、周りから邪魔が入ると一気に気分が削がれてしまう。
見ている側でも、間違いなく愉快にはならない。だからこそ。
「頑張れよケビンー!」
元気そうに声援を送ることにした。
突然だったからか、周りの視線を感じる。するとケビンは顔をあげて笑い、手を振った。その姿を合図にして周りの少年たちが次々と声援を送り始め、更に負けじと男衆も号をあげる。思わぬところで応援合戦が始まってしまった。
あぁでも本当に。ケビンに向かって手を振りつつ思う。
ケビンが一方的に泣くようなことはしないで欲しい。
勿論俺は坊主に出来レースをして欲しいのではない、いや、むしろ全力を出して欲しい。ただ、いくら坊主が強くてもプレイそのものは互いが楽しくなるようにして欲しいのだ。
最後まで気持ちよく、メンコそのものを楽しめるように心掛けて欲しいのだ。
例えばプレイ中の態度を良くするとか良くするとか良くするとか。
それは無理だと直感に氷水をぶっかけられた気がした。
うん、知ってた。直感に報せられなくてもなんとなくわかってた。
だから本当に頑張れケビン超頑張れ。
握りこぶしを作りながら心の中で唱えていると、坊主とケビンが構えだした。
どうやらやっと勝負が始まるらしい。いつの間にか応援合戦も鳴りやんでいた。今は双方固唾を飲んで見守っている。
「先攻は譲ってやる、さっさとやれ」
「うん」
変わらず尊大な坊主を気にせず、ケビンは持っているメンコを箱の上へ叩きつける。近いメンコを狙った攻撃は、対象を少し浮かせるだけだった。
「いいぞケビン!」
「この調子で頑張れ!」
「ふん、次は俺だ!」
掛け声と共に坊主はメンコを放つ。途端に箱は轟音をたてた。ケビンの軽く2、3倍は大きい音だったからか、箱は少し震動してからゆっくりと止まった。
「お、おい、そんなに雑に扱って、いいのかよ?」
あまりにも衝撃的だったから、揺れが止まってからではないと声が出なかった。漸く途切れ途切れに呟くと、リーダー格の男は笑い飛ばす。
「大丈夫だぜ兄ちゃん。そいつは頑丈なんだ、ご主人様の遊びで壊れる程柔じゃねぇよ」
そうして明るく笑った。表情から裏が無さそうなのはわかる。わかるけれど。
周りの少年たちも顔を見合わせたり、首を傾げていた。とは言えども男の言葉に納得して、今はケビンの様子を伺っている。
でもあんなに、まるでマイセンの壺にでも触れているかのように丁寧に扱っていたのだ。気後れしないわけにはいかないだろう。
腕を組み、唸っているとケビンが後ろを向いた。不安の色が塗り付けられた幼い顔を見てはっとする。そうだ、これは子供の、ケビンの遊びであり戦場である。
あのリーダー格の男も言っていたけど、子供の土俵に大人の俺が介入するのは如何なものか。
俺は出来るだけ柔らかく笑うようにした。
「気にすんな、名一杯楽しめケビン!」
「う、ん」
俺の声に安心したケビンは、表情を緩めると坊主へ向き直った。
坊主は挑発するように、腕を組んで立っている。笑みをたたえる口元からは余裕さが窺えた。しかし、ここまで何も口出しはしていない。意外だった。
今までの会話から判断すると狼狽する俺に向かって『これだから下民は』とか、『俺は公爵家の者だから』とか云々言われてもおかしくない。
絶対に何か言ってくるものだとばかり思っていたのに。
まぁ良いことではある、油断はできないけどな。
俺は右手を見た。
握り拳を開き、小指から順に軽く握ってまた勢いよく拳を作る。すると5本の指の間からワイヤー繊維のようなものがぴん、と張っているのが透き通って見えた。異物があれば知らせてくれる警報装置のような役割を持つのだが、勝負に対する場の緊迫感しか読み取れなかった。異常がないなら別に構わないけど。
「おい兄ちゃん、手なんて見つめてどうしたんだ?」
「んん?ただのルーチンだぜ」
俺を不思議に思ったリーダー格の男が、眉根をあげて声をかけてきた。
何でもないことのように答えると、男は首を傾げる。え、今の答え方のどこでわからないことがあるんだ?いや、もしかして疑われているのか。
「なぁ兄ちゃん」
「あぁ、どうした?」
「ルーチンってなんだ?」
ずっこけそうになった。そこかい。
「決まりきった習慣って意味だよ」
「ほぉ、そんな言葉があるのか。かっこいいじゃねぇか」
うんうんと頷く男に力が抜けそうになる。
余計に心配して損したような、してないような気分だ。時間返せ。
って、そんなことより勝負だ勝負。
悪い気分を振り払うように、俺は箱へ向き直る。
勝負はケビンが丁度メンコを叩きつけたところだった。
パシンとメンコが箱を打つ。先程とは打って変わって力強い音が響き、1枚メンコが箱から落ちる。すると、俺の周りから歓声が沸いた。
「すごいぜケビン!」
「よっしゃ!まずは1枚!」
「このままいけー!」
ワァワァと元気に子供たちは声援を送る。ケビンは振り返って笑うと、俺を見た。俺が右手でサムズアップをすると、ケビンは更に嬉しそうな顔つきになった。
今やっているのが、普段と仕様が違うのはお気づきだと思う。
これは【落としめん】というルールで、机や箱の上へ置かれたメンコを落とすものだ。普段ならひっくり返せばメンコがもらえるのだけど、これは箱から落とさないといけない。しかも相手のメンコを落とせばもらえるが、今叩きつけた自分のメンコを一緒に落とすとやり直しになってしまう。だけど、落とすには箱の際の辺りで叩きつけることになってしまう。
加減が難しいのだ。
ケビンは自分が落としたメンコの汚れを払っていた。メンコの中ではエルフの女の子が、弓を構えてこちらを見据えている。矢尻を向けて狙いをすましている姿は、非常に凛々しくて気高い。
「中々やるようだ、な!」
言い終わるのと同時に坊主はメンコを叩きつける。
けたたましい音をあげて放たれたメンコの風圧で、置かれていたケビンの【ペルセウス】がめくれ上がり、宙を舞う。だけど。
「むぅ、失敗か」
【ペルセウス】はそのまま箱の縁へ不時着した。
あと少しずれていたら間違いなく落ちていただろう。でも普通のメンコだったら、ケビンは【ペルセウス】を取られていた。
ラミーの言う通りだった。この坊主、かなりの実力者である。
「まぁ勝負は始まったばかりだからな、次だ下民」
「うん」
明朗に胸を張る坊主へ頷くと、ケビンは【黒曜の乙女】を放つ。
坊主より大人しい音を上げた【黒曜の乙女】は、坊主のメンコの位置を少し動かしただけで終わった。目に見えて少年たちのテンションが下がる。まぁそんなに連続して取れるわけがないか。勝負は思った通りに進む程、甘いものではないし。
「今うちに取ってやる!」
せいっ、と雄々しい掛け声をあげて坊主は【黒曜の乙女】のすぐ近くに向かって叩きつけた。一層大きい轟音が鼓膜を震わせていく。
轟音と共に【黒曜の乙女】は空を切って上がり、静かに地べたへ落ちる。
まさにお手本のような一本だった。
「お、おい見ろよ!」
少年たちの中の一人から声があがる。指で示された方向を見ると、今まさにケビンの【ペルセウス】が箱の上からはらりと落ちていった。その瞬間坊主サイドでは歓喜の、俺たちケビンサイドでは驚愕の声が巻き起こる。
右指の間にある繊維たちから、一斉に違和感を感じたのは同時のことだった。
次回「違和感の理由を教えて」
デューク「ちなみに愚民じゃなくて下民だぜリュー」
リュー「えっ(真顔)」
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バトル書くのは楽しいです。僕的にはもっと書きたいですけど、今回の作品はバトル描写を少なめにする予定なので書いてもあと1回くらいになるかなと思います。あくまでも日常系ですので。