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嘘じゃない本当の後日談  作者: シヲンヌ
本編
5/22

5

舞台は屋内から屋外へ

生意気な坊主再来です。

本来の意味でがっつり悪ガキしてるので苦手な方はご注意ください。

比喩などではなく蒼い月の元でぺしん、ぺしんと紙と紙が叩き合う音が響く。

それはすぐに周りの暗がりへ溶け込むような微かなものだけれど、上がる度に一喜一憂する声が沸き起こった。そして今、一層割れんばかりの歓声が上がる。

「やっ、た!」

「くっそー、負けた!」



ぐぅぅと悔しそうにサークルの中のメンコを拾う少年の横で今勝利をもぎ取った少年、ケビンは両腕でガッツポーズをキメていた。

その間にメンコを拾い終えた少年はすっくと立ち上がり、ケビンへ向き直る。

「ほい、これはお前のだ。持ってけドロボー!」


言いつつも拾ったメンコの内の1枚を差し出す少年の顔は、まだ今まで行われていた勝負の興奮が冷めないようで、赤みが差している。吐き出した言葉とは真逆に、晴れ晴れとした顔で少年は笑った。ゆったりと受け取るケビンの表情も晴れやかで、端から見ても非常に楽しそうだ。






アンティルール。

これはメンコにおいて最大の特徴である。

メンコの勝負そのものは至ってシンプルで、相手のメンコを裏返せば良い。

だけど自分でひっくり返したメンコは後に勝者になったとき、勝者が何枚でも持って帰れる。


そう、何枚(・・)でも。



ケビンは3枚しか持っていない。それではすぐに遊べなくなってしまう。

だから今回はちょっとルールを変えて、受け渡しは1枚のみにしてもらった。

その代わりに、勝ったらひっくり返した返していない関係なく好きなメンコを選べることにしている。普段では絶対あり得ない俺ルールではあるけど、今日だけだし、何より遊んでいる本人たちは痛く気に入ってくれたから大丈夫だろう。


「おめでとさん、ケビン」

戦利品を見せようと駆け寄ってきたケビンを撫でた。

気持ち良さそうに目を細めるケビンへ口を開く。

「ひー、ふー、みー。5戦中3勝2敗か、いや今勝ったし6戦4勝2敗か?本当にすごいなお前」

「ふふ」

指折り数えつつポンポンと頭を叩くとケビンが笑う。

メンコを大切そうに抱きしめ、ときどきプリントされたイラストを見てはメンコを口に当てておかしそうに笑う。あ、なんか心がほっこりしてきた。





「でもホントにケビン強いよなー」

「初心者なのにすげーぞ!」

観客と化していた少年たちがケビンに駆け寄り、口々に褒める。

俺も同じ意見だ、けどそれは過大評価なんかじゃない。

メンコに関して、俺は少し縁があって見たこととやったことがあるくらいだった。

そんな素人同然の俺が知ってる知識を総動員してやり方を教えていたのだ。

ちょっとは勝てるといいなレベルの技術だったから、まさかこんなに白星をもぎ取るなんて思わなかった。ケビンは才能があるのかもしれない。



「ん、うん。ありが、とう」

そして当人は渦中で微笑んでいた。

最初に勝ったときは俺の陰に隠れてどもっていたケビンだが、今や目を見て話せるようになっている。つっかえるのは多分癖なんだろうな。


しかし、本当によく笑うようになった。

ぎこちなさが完全に拭えたわけではないけど、格段に違う。何より自分から動いて、喋って、交流している。メンコがひっくり返る度に他の少年たちと一喜一憂して、誰かが勝ったら一緒に喜び負けたら慰めて。俺には普通の少年となんら変わらない、あどけなさが残る年相応の子供に見えた。




知らずのうちに、言葉は溢れる。

「なぁケビン」

「ん。何、リュー?」

ケビンは振り向いた。その双眼は煌めきを湛えて、俺を映す。

琥珀の中で、俺の顔は緩んでいた。

「お前は今、幸せか?」

俺の言葉にケビンは静かに頷いて、笑った。






「おいチビ、オレと勝負しろぉ!」

かと思ったらまた盛大な横槍が刺さる。

右手の方から聞こえてきた怒声に近いそれを、俺はどこかで聞いたことがあった。

確かあれは。

「勝負しろよ!」

先程店内で見かけた鳥の坊主だったような。




首だけ向けると、予想していた猛禽類の少年がいた。

だが、今回は一人だけではないようで、後ろに同種族の大男がわらわらといる。

引き締まった体に、きりりとした眼光。

艶々とした羽毛を生やす腕や胸板には隆々とした筋肉、筋肉、そして筋肉。

どう見ても子供には見えない、用心棒といったところか。目の前の鳥の坊主は中々良いところのお坊っちゃまらしい。成る程甘やかされて育てられているのだろう、今まで発した言葉の数々も納得できる。


俺は腕組みをして坊主とケビンたちを交互に見る。

坊主は勝負しろ、と言っていた。つまり、この少年たちの中の誰かとメンコ勝負をやりたいのか。だけど、先程からケビンたちはこの坊主に関して反応すらしない。お互いのメンコを見せあって最強自慢をしたり、やり方を教え合ったりしている。もしかして、坊主の存在に気づいていないのか。

俺もデュークと似たようなことやらかすし、わからなくもない。

でもこれだと坊主から見たら、ケビンたちが総スカンしてるよな?

大丈夫かこの状況。





案の定坊主は目を潤ませ顔を赤くし、眉を思いきり寄せ始めた。うわぁ。

流石に不憫に思えてきたから、ケビンたちへ声をかける。

「おいお前ら、ちょっ」

「話を聞けよチビ!」


だけど俺の声は続くことも届くこともなかった。ツカツカと前のめりに近づいてきた坊主が叫んだからだ。更に坊主は勢いのまま、ケビンの腕を引っ張る。

「い゛っ?!」

ケビンは驚きで顔をひきつらせた。しかも痛みで顔を更に歪ませる。



「お前何してんだよ!」

「ケビンが痛がってるだろ!」

「君やめなよ!」

周りの少年たちが眉を上げて坊主を引き剥がそうとした。

腕を掴んで引っ張るも坊主の方が一回り体格が大きいからか、微動だにしない。

「うるさい!下民ごときがオレに指図するな!」

そして坊主は腕を振り、少年たちを地面へ叩きつけた。叩きつけられた少年たちは、呻き声を上げつつもすぐに起き上がろうと小さな体を浮かせる。






いつの間にか小さい舌打ちをしていた。

坊主の首根っこを掴み、ケビンから引き剥がす。

剥がした途端、ケビンはよろめいた。2、3歩左右に歩くと腰が抜けたようにへたりこみ、放心状態でこちらを見る。他に異常が見当たらないことを確認してから、俺は右腕で捕獲した坊主を見た。坊主は掴んでからも何か言っていたものの、俺が視線を動かすと瞳孔を縮めて押し黙った。俺はゆっくりと口を開いた。



「なぁ君」

「君ではない、クエバス=ディア=バルミロだ」

「んじゃクエバスくん。君この状況、何かわかるよな?」

「お前たち下民がオレに不敬を働いている」

「不敬はお前だ悪ガキ」

俺は右腕を上下した。腕の動きに合わせて坊主もといクエバスが15cm程宙に浮き沈んで、奇声が耳をつんざく。おっと上げ過ぎた上げ過ぎた。




「何をする!」

「何をする、ってか何を言うって問いたいのは俺の方だよ。ガンスルーされたと思い込んだおま、君がケビンたちへ暴行未遂働いてたって模範解答を聞きたかったのにさ」

「下民風情が生意気な、俺はバルミロ公爵家の次期当主だぞ!」

「その下民風情に今動きを止められているのはどんなお気持ちですかね、次期当主様」


口角をゆっくり釣り上げて微笑んでみると、クエバスは小さく息を飲んだ。

更にうるうると瞳を潤ませて歯を食い縛り、また強く俺を睨む。

一方ケビンたちはじっと俺とクエバスを見て、様子を窺っている。ふむ。

このままケビンへ強行策に出たことを追及してもいいけど、後々影響残し過ぎて少年たちが困るのは嫌だ。さてどう出たものか。






痛みを与えないくらいに加減しつつ、クエバスを拘束していた俺の右肩に後ろから何かが包む感触がした。

「なぁ兄ちゃん、そのくらいでいいんじゃねぇのか」

低くて野太い声色に少しだけ後ろへ首を向けると、猛禽類の男がいた。

年は30代半ばと称されるくらいで、肩ほどの髪は所々跳ねている。

だけど野性的な顔や伸ばされた腕には幾重にも及ぶ傷痕が残っており、置かれた人型の手は鋭利で固く、黄みがかっていた。

体格も他の鳥類の男たちより良いし、こいつがリーダーか。



「クエバス様は少々やんちゃなご気性でな。多少周りに誤解を受けやすいだけで良いお方なのだよ」

言いながら男はずいっと俺の顔を覗き込む。何となく距離感が嫌だったから左手で男の顔をゆっくり押し出してから、肩に乗る手を静かに除けた。更に念のため数歩後ろへ下がって、男の様子を窺うと奴は心底驚いた表情をしていた。

一体どういうことだ。

いや、今構う程のことではないな。後にしよう。


俺は口を開ける。

「やんちゃを、やんちゃと処理できるのは身内だけだぜ」

「ほぉ?」

「だってクエバスと初めて会うやつは、絶対に知らないだろ。だからこそあんたたちは、その誤解を世間様に広めないようにするのが仕事なんじゃないか?」

クエバス坊主を掴んだまま答えると男は笑った。




え、大丈夫か?

さっき俺が言った言葉は『お前らいるんならこの悪ガキちゃんと管理しろよ』と意訳できるし、そういうことを俺も言った。

だから一応俺、形的には男のご主人様を目の前で貶したんだけど。

特に咎めもせず笑い飛ばして大丈夫か?

クエバス坊主は坊主で男が『良いお方』って言ってからあからさまに喜ぶんじゃない。この男が坊主に『やんちゃ』を強調してたのしっかり聞いとけよ、『分別ない』ってガッツリ皮肉ってるぞ。

それでも俺よりは段違いにマイルドな表現だけど。大丈夫かよ本当に。



しかしクエバス坊主は公爵家なんだよな。貴族社会でこんな応酬は日常茶飯事だ。むしろ社交界の方が遥かにレベルの高いやり取りしているのに簡単な皮肉すら見抜けないなら、すぐに潰れてしまう。大丈夫、ではない。かなりヤバい。

どんどん眉間にシワが寄っているのを感じる。すると男がため息をついた。



「確かに兄ちゃんの言う通りだな。そのことに関しては何も言えねぇや」

でもな、と言葉を区切って男は続ける。

「これは子供の喧嘩だろ?俺たち大人が、一から十まで関わるのはどうなんだろうな」

「ゼロすらわかってないようだけどな。だったらせめて、スタートラインへ立たせる手伝いをするのはいいんじゃないのか?」


尚も返すと男は大げさに肩をすくめた。

さっきから視界の隅でちらつく屈強な男たちも、こちらを見てにやにやと笑うのを止めない。俺を青二才だと思っているのが充分にわかる視線である。

まぁ、如何にもなことを言っている自覚は、多少あるけど気分はよろしくない。

ただ今は何も言うまい。





俺はケビンたちを見流す。変わらず静かに俺たちの様子を窺っていた。

今右腕で煩わしく文句を垂れ流す坊主より小さいはずなのに、大人らしくしっかり者に見える。本当に教育って罪深いな。

数々の瞳に個々の意思が宿っているのを確認して、頷いた。

「でもあんたの言うことに筋が通っていることも確かだな。わかった、俺は下がるよ。だけど坊主がちゃんと一言、こいつらに言うのが条件だけどな」


「話がわかるようで助かるぜ兄ちゃん。クエバス様、お願いできますか?」

「ふん」

「おお、ありがとうございます。クエバス様はご立派な方ですね、私たち大変感激致しております」

男が大げさに答えると坊主は得意気に頬を緩ませた。


おいこら坊主。お前今のあからさまなおべっかだったぞ。

頑張って見抜け、お貴族様なんだろう?

俺が受けているわけではないのに明け透け過ぎて気分が悪い。

だけど約束は約束。ゆっくり坊主を離すと、すぐさま坊主は男の後ろへ隠れた。

そして顔だけこちらへ出して俺を睨む。



俺は額に手を当てた。

「なぁ坊z、クエバスくん」

「・・・」

「せめて返事はしてくれよ、知的生物なんだから」

「なんだ下民」

「下民って、あのなぁ。まぁいいや、それよりもお約束の方を守っていただけませんかね?」

だんだん面倒になってきたから、口調の指摘は諦めた。だが言葉が悪いのは誰が見てもわかる。くっ、これならさっきの条件に言葉遣いも加えておくんだった。

「ふん、仕方ない。おい下民ども、さっきは悪かった。許せ」






坊主はケビンたちに向き直るとぱっぱと喋ってまた隠れた。

表情筋が痙りそう。

催促しておいてなんだけど、今の謝り方はねーわ、絶対ねーわ。

過失犯した側が尊大になるとかまッじあり得ねぇぇぇわッ!


ごほんおほん。失礼、つい言葉が。

しかし謝る態度と言葉が酷すぎるのは変わらない。

せめて『許せ』を『許してくれ』くらいなら、まだマシだったろうに。

あ、それでも色々とあり得ないな。



一方形式的に謝られたケビンたちは、顔を見合わせただけで憤慨したり詰め寄ったりしなかった。あまり気にしていないというより、早く遊びたそうにうずうずしている子が大半である。意外と余計なお世話だったかもしれない。

パラパラとケビンたちが頷くと坊主は口に弧を描いた。

良かったですね、と男が言うのを頷きながら俺を見る。

その視線は得意気で、どこか勝ち誇ったような、嘲りに近い種類の感情を感じた。






坊主お前、後で絶対覚えておけよ?













次回「レトロゲームを遊んでワクワク」

リュー「ルールは作った。これがハウスルールだ」

デューク「ルールを作ってワクワクするのは良いけど、適用するには必ず一緒に遊ぶメンツの許可をもらうのが鉄則だぞ!」

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坊主もといクエバスの名前と姓は某HPの海外の名前辞典使ってます。

Cuevas=Dia=Valmiro → クエバス=ディア=バルミロ


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