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屋台でご飯。でも食べてるのはケビンです
会話が多めかもしれません。
串焼き屋は盛況だった。
バンダナを巻いたおっちゃんが網の前で忙しなく動く。
迷いなく具材を串に指したと思いきや、すでにタレの中へ串をくぐらせていた。褐色にきらめく液体を手早く切って、網に乗せた串を次々と炭で焼き上げ、皿の上へエスコートする。実に無駄のない、洗練された達人の動きである。舞台上の曲芸を見ているかのような気分だ。
実際はただの屋台でおっちゃんが串焼いてるだけなんだけどな。
仕事帰りの工夫共が後ろのボックス席でジョッキ片手で語り合う。
騒ぎは隣の屋台にまで聞こえているはずだけど、全く気にもせずにカウンター席で黙々と食べていた。
食べ終えた串を一本、皿の上に置いたとき。
目の前に黒塗りの長皿に乗った山盛りの串焼きが鎮座した。
「はーい、ご注文の品の到着です!」
声のした方へ顔をむけると、看板娘のダーナが歯を見せて笑った。
「リューたちも、もっと早く来ればさ。沢山種類あったんだけどねぇ、はい水」
「おぉ、サンキュ。そうか?これでも充分すげぇと思うけど」
「あらそう?嬉しいわぁ」
じゃあもっとご贔屓に、とウインクするダーナへ適当に相づちを打ってから喉へ水分を流し込む。切れ味のよい冷たさとさりげない柑橘の香りが体を巡った。
「でもすごいといえば、断然あの子よね」
「あの子?」
「ほら、リューの隣の」
あの子よと水差しでダーナは俺に促した。その場所へ頭を動かすと、左にいるケビンで止まる。当人は我関せず、といったようすで串にかぶりついた。
反応すらしない。
「さっきからずっと食べてるじゃない、休みもしないでさ」
「あぁ、相当腹減ってたんだろうな」
でもまさかここまで激しいとは思わなかった。所持金足りるか不安になるくらい食欲が旺盛だ。小切手は持ちあわせているけど、一応ここは庶民の台所と名高い【夜市】だし使うまでにはならないはず。
なんにせよ、育ち盛りは、恐ろしや。
先程の言葉でケビンとは初対面に近いことを察したらしい。
ふーんと頷きながらダーナは続ける。
「でもあんな小さいのによく入るわね」
「だよな。リバウンドした後の食事量でもまだマトモだろうし」
ただリバウンドって言葉は、本人はわかんないだろうけど。こいつが生きていた頃に、ダイエットっていう概念が民衆に広まっていたかどうかも怪しいレベルだし。
そのくらいケビンの食べる量は凄まじかった。異常なペースで空の串が長い平皿に、高々と積み上がっていくのは壮観である。
だけどなケビンよ、俺の、俺の分は?
リバウンドと口にすると、ダーナは目を細めた。
「リュー、いくら常連さんでも今の言葉はないわよ。デリカシー無さすぎ」
「はははデリカシーか、ここでもそれが聞けるとはな」
ジト目が痛くて逃れるように皿を見た。さっき二皿持ってきてもらったばかりなのに、もう片方は空になっている。おかしいな、俺全然食べてないはずなんだけど。あぁ、レモン水が目から、目から。
「デリカシーは世界中の共通言語なの。よりにもよって小さい女の子に言うなんて」
「え、ケビンのことか?」
「そうそ、って、え!?まさか男の子!?」
俺が口を挟むと頷きかけていた首を急停止させて、ダーナは身をのり出した。本気で女子だと思ってたのか。緋色の瞳孔が縮んだままである。
「目は大きいし細いし色白いし小ぢんまりしてるし、嘘、てっきり女の子かと思ってた!」
「ところがどっこい、生粋の男児だぜ。な、ケビン」
にっこりと声をかけてみたが、話の要はノーリアクション。
清々しいほどに歪みがない。むしろすごいな。
ごめんを繰り返す看板娘を落ち着かせてから、気を取り直してケビンを簡単に観察する。ダーナの言うとおり、女顔の部類に入るかもしれない。性別にしては長めの睫毛や体毛の薄さ、男子でも女子でも区別したがいような顔立ち、あとはまだ8歳という幼さが目につく。ティーンエイジャーにまで育ったらさぞかし学舎で王子様()扱いされていただろう。
もうケビンにそんな日は一生訪れないけど。
というより彼女が言った特徴は、生前の悪環境が主な原因だ。栄養不良で痩せ細った肢体や、屋外に出られなかったからアルビノへ拍車がかかった肌と起因を挙げだしたらキリがない。しかも中にはもっと、嫌なものもある。例えば。
「ちょっと、ねぇちょっと」
「ん、なんだよダーナ?」
「顔怖いわよリュー、一体どうしたの?」
「あぁ、悪い!ちょっと考え事してた」
にっと歯を見せる。
仕事でもらった書面と諸々の資料の情報を思い返していたら、表情が堅くなっていたらしい。闊達で人気な看板娘殿の眉間に、皺が刻まれていた。
ダーナはやれやれと水差しを置く。氷のぶつかる音が、夜風と共に心を凪いだ。
「久しぶりにあんな顔のリュー見たわあたし。怖かったわ」
「そんなにヤバい顔してたのかよ俺」
「ええそりゃあもう。だって見てよこれ、あたしの肌!」
言うが早いかダーナはガバリと右腕の袖を捲し上げる。長シャツの下にはオレンジの豆電球を反射する、金色に輝く毛並みがあった。その短く密集した体毛に覆われた肌は、これ以上ないほど粟立っている。猫又の特性にそこまで詳しくない俺でもわかるくらい、ダーナは震撼していたらしい。
はっきり言って申し訳ない。
「なんか、悪いな」
「別にいいわよ、どうせ悪気ないんだろうし」
ふふんと鼻を鳴らしてダーナは語る。
ご名答。だからこそ申し訳なくなるのだ。
「ホント色んな意味で怖いわねリューって」
「ははっ、奥深いヤツって良いだろ?」
茶化してみるとダーナは息をついた。
でも怖いか。
明るく軽くをモットーに接してるつもりだったけど、逆のイメージ持たれるとはな。
身の振り方をもう一度考えてみよう、デュークを実験台にして。
「って待て『色んな』ってなんだよ『色んな』って」
「『色んな』は『色んな』よ。始末書書くのが趣味の隊長さんとは違って色々あるのよ」
「今サラッとけなされたな俺!?」
「うら若き乙女の心と頭は複雑なのよ」
うら若きって。いくつだお前はとツッコミを入れかけてやめた。女子に年齢を聞くのは自殺行為だ、主に社会的な意味で。それを俺はアイツらで嫌と言うほど思い知っていた。嫌だ、まだ死にたくない。勿論これからも。
「ほら、すぐそういう顔する」
「そういう顔?」
「わかんないならいいのよ」
じゃあね、と手を振ってダーナは踵をふった。人型では特徴的な二つの尾がゆらゆら揺れるのをちらりと見てケビンに向かう。
「そういう顔ってなんだろうな。お前はどう思う?」
「(咀嚼音)」
「無視かよ」
最早俺の方を見ずにケビンは串にがっつく。
まさに行儀作法、何それ新しいメニューですか?と食っては積み上げていく姿はいっそ清々しい。作法については元々、何も言う気がなかったけどな。
「まぁいいか」
爛々と目を輝かせ、頬を紅くしながら咀嚼する少年に文句なんて付けられるわけがない。というか一番生き生きとしてる。人間、皆美味しい食べ物の目の前では正直になるんだろう。
いつの間にか頬の筋肉が上がっていることを実感しつつ、俺は残り少ない串に手を伸ばした。
* * * *
「大丈夫かケビン、歩けるか?」
「歩け、ます」
「なら良し」
そう言って俺は隣を歩くケビンの頭を撫でる。
あの後更に皿を頼みまくり、成人男性2人分程の串焼きを1人で平らげたケビンは、やっと怪進撃をストップした。さっきも言った通りケビンの食いっぷりは凄まじいもので、串を焼いてたダーナの叔父やそこに居合わせていた工夫どもは大いに盛り上がった。だがおっさんが肩で息していたのを俺は忘れない。
少しだけ罪悪感が湧いたけど今日も美味かったよ、おっさん。
そんなこんなで腹ごしらえを終えた俺たちはまた【夜市】の雑踏に戻ってきていた。ちなみに金は手持ちで足りた。俺も含めて野郎3人分程の量だったから内心不安でいっぱいだった。本通りで食ってたら軽く倍以上はする量だし。流石は庶民の味方な【夜市】の価格設定、しびれるぜ。
パンパンになっているであろう腹をさするケビンは、ぼんやりと手元を見ている。それでも格段に視線が柔らかくなっていた。満腹感でちょっとは心が満たされたらしい。良い傾向だ。
それだけではない。今俺が声をかけたらたどたどしくも返事が帰って来たし、頭撫でてもビクビクされなくなった。
されなくなった。
されなくなったのだ。
あえて言わせてもらうぜ。すっげぇ嬉しい。
え、デレ!?これがデレ!ってやつか、ってことは俺になついてくれたのか!マジか!や、や、やった!
心の中で全身を使ってガッツポーズをしていると、怪訝そうに俺を見るケビンと目があった。耳の辺りが暑くなってきたのがわかる。
取り繕うようにニコッと笑いかけてみると、ケビンはそっぽを向いた。特に笑いもしないし、目を合わせてくれない。あっ、背中が寒くなってきた。
「な、なぁケビン。なんか行きたいとこあるか?」
とりあえず、何か話そうと口を開く。
「【夜市】には色んなとこがあるからな、見ていて飽きないぜ。あっでも酒場以外でな、子供入れないし」
全く口を挟まないケビンに気後れしつつ、俺は続ける。
「まぁ別に【夜市】以外でもいいぜ、まだいっぱい面白いとこあるんだ。どこでも連れてってやるから」
どこでも。そうこぼすと、少年は俺の方へ振り向いた。
「どこ、でも」
「あぁ、俺これでもすっごく偉いやつだから。どんなとこにもひとっとびってな」
そう言ってウインクして見せると、ケビンはゆっくりと止まった。ゆっくりと地面を見つめ、うんともすんとも動かない。一生懸命考えてくれているらしい、繋ぐ左手にほんのりと力を感じ始めた。こんな反応も今までなかったから、少し嬉しい。でも。
俺は焦っていた。いやさ、ついどこでも行けるって言っちまったけどさ。
ヤバいよ、時間的にも行ける場所そんなにねぇよ、ヤバいよ。
あと流石に機密の宝庫みたいな場所とか火山の中とかは無理。機密は知られたら消さなきゃダメなレベルだし、火山は俺は大丈夫だけどケビンは絶対にアウトだろう普通に考えて。俺も火の中にそんなにいたくはないけど。
悶々としていると、ケビンが顔を上げた。
「リュー」
「ん?あぁ、どうした」
「ほんと、に、ど、こでも、いい?」
不安げに語りかけてくるケビンへ大きく頷いた。
「あぁ!おにーさんにまかせなさい!」
どんっという効果音が聞こえてきそうな勢いで胸を張ると、ケビンは俺の目をまっすぐ見据えて言った。
「おうち、かえ、りたい」
周りが色を失った。
それは一瞬だったようで、すぐ元の【夜市】の極彩色が戻る。
そこらかしこで鳴るガラス、かしましい足音、とりどりの笑い声。
確かに今この耳で触れているのに、全てがスピーカー越しで聞いているようだった。
目の前のケビンはまだしっかりと俺を見ていた。握る力は確かなもので何かしら意思を持っていることがわかる。だからこそ。
「そうか」
「でき、る?」
「んー、そうだな。じゃあその前にちょっと俺に付き合ってくれないか?」
これが精一杯だった。
次回「ケビンの知らない世界」
デューク「予告の言葉はもっと何かなかったのか」
リュー「誤解を生むようなことは断じてない!Rもない!だから大丈夫だ、問題ない。問題ない、よな?」
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ちなみに工夫は本当に《こうふ》って読みます。not当て字
そして怪進撃は誤字ではないです。怪現象の『怪』と快進撃の『快』をかけてます。分かりにくかったらすみません。




