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嘘じゃない本当の後日談  作者: シヲンヌ
本編
11/22

11

建物の中に入るそうです。

ぼかしまくりましたが、少しシリアス気味なためお気を付けください。

「と、いう理由(わけ)ですから、お気を付けてください」

「はい、ご忠告痛み入ります。ありがとうございました」

失礼しますとくの字に体を曲げてから、馬頭(めず)は緋色のたてがみを煌めかせて去って行った。もうすぐ交代の時間らしい。胸から腹までを覆う鋼の板から伸びる草(ずり)が小気味よく鳴っている。






牛頭は頑固なことで有名だ。

“頑固”って言葉は冗談が通じないとか、人当たりが悪いだとかよく嫌な意味でとらえられがちだと思う。だけど俺は、頑固な奴って自分の意見を持っている芯の強い奴と同じだとも思う。だから嫌いじゃあない。


なのに牛頭の場合だと、頑固さのメリットをデメリットが悠々と覆い隠す。例えばさっきみたいに思い込みが激しくて身分証の確認すらしなかったり、経緯や理由を懇々と説明しても聞き流したり。まともに仕事しないのはお勤め人としても大人としてもアウトで、度々牛頭の態度は議題に上がっているのだと聞いたことがある。よくタッグを組まされる馬頭がかわいそうに思えてくるくらいには。




だからだろうか。先程の馬頭は俺が話していると段々顔色が良くなっていった。声も少し弾んでいたし。活気とヤる気に満ちかけている馬頭の後ろ姿に俺はなんとなく、門の前の2頭の未来が透けて見えて合掌した。


しかし、あんな少ない情報量で理解するとは。

流石は【阿傍】就任率の高い馬頭、有能である。






白塗りのセメントを横目に赤い廊下を抜けると、襖に突き当たった。赤い車輪に雲がかかったデザインが施された襖をガラリと開ける。中は九畳の畳部屋で正面には屏風、向かって右には畳床の側に帳面が置かれていた。俺は中央まで歩くと畳を一枚持ち上げる。すると、そこから石造りの下り階段が現れた。


ケビンはあんぐりと口を開けてこちらを見る。

気をとめずに俺は何段か降りて、胸元から“紙”を取り出す。手前に放って人差し指で空を切ると、紙は階段へ溶けて消えた。よっしゃ、下準備完了っと。

それから俺は振り返って手を伸ばす。

ケビンが迷いなく掴んで降りてくれたのを見て、俺は下の段へ足を進めた。





洞窟の中のような階段内の空気がひんやりと身を包む。

階段内は一本道で、最初の何段かは狭かったものの今では二人で並んで降りるのに差し支えない広さになっている。

見渡す限り石だらけのこの階段は果てしなく長くて、暗い。まさに真っ暗闇。


本来なら提灯やらカンテラやらを人数分持ってきて行き来するのが普通なんだけど、持って来るの忘れたし取りに行くのは面倒だった。俺使わなくても見えるしいっか、って思ってたのが原因なのは明らかである。実際見えるからな!

だから手持ちの“紙”で階段にいるときは、ケビンの視界を底上げされるようにした。今ケビンは3歩先くらいまでこの階段内の様子が見られるはずだ。難なく一緒に降りられているのを見る限り、成功しているらしい。よしよし。





それからまた降りていると突然、ケビンの足が止まった。何かあったか?

一段先に降りていた俺もすぐに止まって振り返る。

「どうした、ケビン?」

覗き込むように聞くとケビンは階段の先を指差す。方向を見て俺は納得した。

「単なる霧だぜ。触っても体の調子が悪くなったりとかしないしな」

明るく、なんてことはないように言うとケビンは頷いた。

少しだけ逡巡する素振りを見せてから、ケビンは俺の横に降りる。そうしてまた何もなかったかのように降り始めた。




階段の先には白い煙があった。

その煙は冷たくも暖かくもなく、ただ俺たちを包む。そこにあるのが当たり前だと言わんばかりに辺りを漂い、降りるごとに濃度は増していく。

ケビンに言った通り、本当に害も利もない。強いて言えば少し前が見えづらくなる程度だけど、最大限濃くなっても数歩先は見える。だから問題ない、煙そのものならば(・・・・・・・・)

煙が濃いということは、かの場所が近いのと同義であって。

そこは俺とケビンが行くべき場所だ。

更にかの場所が近いということは、俺がケビンと手を繋いで歩く時間も残りわずかなのと同義であって。


それは俺が腹をくくるべき刻が迫っている合図だ。






階段を降りきると竹林が俺たちを出迎える。

濃霧の中、竹林の砂利道を歩くと広場のような場所に行き着いた。

視界から緑が消える。砂利も石畳に変わって、灰色が縦横無尽に広がっていた。正面は50m先に長方形で仕切られた岩造りの引き戸がある。そこから数センチ隙間が空いていて、暖色の光と共に煙がもくもくと漏れていた。


とうとう目的の場所へ着いてしまった。






俺は止まる。

ケビンはまだ歩いていたようで、つんのめるように身体を傾かせた。

困惑気味に振り返るケビンをじっと見つめる。




迷っていた。ケビンへ本当のことを伝えるべきか。

デュークからある程度聞かされているとは思う。あいつは抜かりない。

だからこそ俺はあの時吐いた“嘘”をケビンに告げるか悩んだ。

嘘にしては大変お粗末で、事実としては少し残酷な“嘘”だから。

少年が確かな表情で瞳で口で声で紡いだ希望だったから。



このまま予定通りに進むべきかもしれない。

でもそうしたら【ケビン】という少年の意思は霧散できない。未練のある者をあの場所は弾く。そして弾かれた者は永遠を虚無の中で彷徨うことになる。未練が断ちきれるまで、たった1人で抱きしめて。

それがどんなに苦しくて悲しいか。

それがどんなに狂おしくて哀しいか。






ケビンを見た。

依然として細くて小さい少年は、言われなければ10歳には見えないくらいの体格をしている。だけどいつしか丸め気味の背は伸びて青い頬には血が通い、瞳の濁りは洗われていた。




感情表現だって豊かになった。

初めて会ったときはとにかく動かなかったのだから。

ほんの少し手を動かしただけでケビンはびくりと身体を震わせて、唇を噛みしめて、食い入るように見つめていた。ぶるぶると震えながら。


それがどうだ。

手を差し出せば嬉しそうに掴む。からかうと頬を膨らませてそっぽを向く。頭を撫でればふにゃりと顔を綻ばせる。珍しいものを見せれば目を丸くし、輝かせる。不思議そうに首を傾げたり、好奇心を隠さずに問う。

何より、笑いかけると自然に笑うようになった。






俺は首を横に振る。

ケビンの変化。それは俺が信頼されているからでもあると強く思う。

だったら俺は、やっぱり話すべきだ。それがどんな結果を生もうとも。

信頼に甘んじてはいけない。

信頼を裏切るような真似を、俺は許さない。



繋いだ手を離す。

更に驚いたケビンの前に回り込んで、しゃがむ。

琥珀色をじっと見つめると、俺の顔が映っていた。琥珀の中で口を開く。

「ケビン、これから大切な話をする。だけどその前に1つだけ、俺はケビンに謝らなくちゃいけないことがある。俺は街にいたとき、お前が行きたいとこならどこへでも連れていってやるって言った。けどそれは嘘だ。お前は家に帰れない」






「ケビン、お前は亡者だ。亡者を下界に連れて行くことはできない」






「亡者は生者と会わせてはいけないし、そもそも下界の地へ足をつけることすら許されない」

なのに俺は、何でもと言った。

家に帰りたい、なんて言葉を言われてもおかしくないと頭の片隅で理解していながら。ケビンがどういう存在か理解していながら。

俺は言ってしまったんだ。

無責任にも、淡い期待を持たせてしまったんだ。

「なのに俺はあんなこと、どこでも連れていくって言ったのに約束を守れない。踏みにじることしか出来ない。本当に、本当にすまない、ケビン」



俺は頭を下げた。

謝って許される問題ではないことはわかっているつもりだ。

約束を破るということはすなわちそういうこと。

だけど、だけど俺は懺悔するしかなかった。

自己満足でも、自己完結だと思われてもいい。

ケビンの信頼を裏切るのだけは、自己保身に走るのだけは、絶対に許せなかった。





ケビンは黙って聞いていた。

目を見開いて、俺をずっと見ていた。

どれくらい頭を下げていただろう。顔を上げるように、ケビンがゆっくり促した。顔を上げた先にはケビンが真顔で俺を見ていた。

するとケビンはふんわりと表情を緩めた。


「リュー、ぼくは、ね――」








* * * *






地響きが止む。

奥にある引き戸はたった今、固く閉ざされた。


少年は選んだ。

自分で納得してその道を選択した。

晴れやかな顔で朗らかに進んでいったのだ。




俺は手の中の画用紙を見る。

「お前たちの主人、強いな」

俺には少し眩しかったよ、と呟くと数時間前は熱戦を繰り広げた戦士たちが呼応するように瞬いた。忘れることができない存在だと言わんばかりに強く、確かに煌めきを放つ。

あぁ、俺も。到底忘れられない存在になりそうだよ。


俺はしばらく見つめてから仕舞うと、踵を返した。






竹林を抜け、階段を登り、畳を戻してから部屋を出た。

ゆっくり東門に向かって歩いていく。

誰にも会わずに東門へ出ると、最初にすれ違った緋色の馬頭が一人で立っていた。

「さっきはどうも。お一人か?」


「あぁ、貴方様でしたか!」

くるりと俺の方へ向き直って、馬頭は敬礼をする。

「貴方様のお陰です。もう一人の門番の蒼馬は、奥殿の方へ報告をしに只今離れているところであります」

「そ、そうか」




ハキハキと応答する馬頭。心なしか表情が明るい。

よく見ると敬礼している蹄に、少しだけ赤がこびりついていた。あぁ、うん。まぁそうなるんじゃないかなと、ほんの少し、思ってました。ええ。

蹄をモロに食らった相手へ少し同情した。


「じゃあ俺はこれで。あんまりいても仕事の邪魔になるだけだしな」

「まぁあまり仕事はありませんが。あぁ最近羽虫がうるさいようですので、お気を付けてお帰りください」

「おおサンキュ。ではお勤めご苦労さまです」

にっこり笑って手を振ると、馬頭も笑って再敬礼した。

俺は左に曲がって歩き出す。





前を進むと砂利道が出てくる。

閻魔街は石畳だからここはただの通路だ。もっと言うと閻魔街は反対側である。

このまま進むと、とある施設が現れる。だけどそこまでは瓦燈らしき何かと、桜の木らしきものが等間隔であるだけ。所謂寂しい道であって、深夜に親御さんが年頃の娘を歩かせたくないような道が広がっているのだ。

だからだろうな。





「待ちな兄ちゃん、こっから先は通さねぇぜ」





目つきが悪くて無駄にガタイのいい、如何にもなおっさんたちに囲まれてしまうのは。



















次回「よろしい、ならば戦闘(シュラフト)だ」

リュー「征くぞ諸君」

デューク「地獄を創るぞ」

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