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遅れて誠に申し訳ありません。
責任持って完結はさせるので、どうぞ暇なときにでもお付き合いください。
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次回から本編は今まで通り、16時に更新します。
ステップを降りる。4、5歩歩くと、ひんやりとした空気が身を包んだ。
灰色のコンクリートが広がる足下には2種類の黄色い板が数ヶ所ごとに規則的に並び、左右の端にある下り階段へ続いている。目の前にはプラスチックの5人がけベンチと自販機が見えた。その奥で木目調の壁が横いっぱいに広がっている。所々にある保護フィルムで覆われたポスターや広告が、色鮮やかに壁を飾っていた。
突然缶ジュースを開けたような、なんとも気の抜けた音がした。
振り返ると、丁度今降りてきた特急列車の自動ドアが閉まっていくところだった。列車は表示を特急から回送へとスロットのように替える。カチンと金属が軽くぶつかる音がしてから車輪は回転を始め、加速しながら濃紺の空へ走り去っていった。
ケビンは一部始終を食い入るように見つめていた。
俺の右隣であんぐりと口を開けて立ち尽くす。まぁそりゃそうだろう。
列車が空を走っていったのだ。
それも黒塗りの蒸気機関車ではない。顔と呼ばれる場所は四角く角張っていて、ライトが左右に1つずつあり、成人くらいの視界の位置にガラス窓があるあの列車だ。ほぼレバー操作で動いたり、普通の列車では無人で動いたりするあの列車だ。特急仕様だけど、まぁるい緑のあの列車だ。あの列車なのだ。
ちなみにケビンは“列車”はもちろん電車の類い自体を知らない。
ケビンが生きていた時代は、やっと産業革命の”さ“の字が広まろうとしてた頃合い。しかも蒸気機関車がメジャーになったのはその後だから、少年はむしろあの黒塗りのSFトレインすら知らない可能性が非常に高い。というか世界史的に考えて知ってたら怖い。お前いくつだよって話になるし、なるし。
「ね、ねぇ、リュー。ここ、どこ?」
ケビンが俺の服の裾を引っ張る。目線はまだ列車の消えた方向にあった。
列車の中でも終始ハイテンションだったからな。瞬間移動装置とかじゃなくて、銀河特急選んで良かった。ちょっとギリギリ気味になったけど。
俺はケビンの頭を撫でた。
「ここは終点の【閻魔門前】って言う駅だよ。俺が行きたい場所の最後のとこさ」
それと、お前が行かなきゃならないところでもあるんだ。
* * * *
「ここは一般の者には立ち入り禁止の場所である」
「観光なら速やかに帰りたまえ」
左右の牛の頭から威圧のこもった、低音が漏れる。固そうな蹄で人のように地を踏みしめ、五本の指で握られた長槍は、俺の目の前で斜めに十字を切っている。
俺とケビンは足止めを食らっていた。
ちょっと経緯をさかのぼってみようか。
【閻魔門前】駅を出て、【閻魔街】を抜けた先にある某所に俺たち二人は歩いてきた。そしたらそこの門前に白い牛頭が2頭、門番よろしく立っていたのだ。
俺が目指していた某所は、普段は全然有益な役回りが回ってこないことで業界内では有名な場所だ。といっても、紛失すれば天界下界魔界の3界に激震が走るほど、最重要機密事項が保管されている。なのに職員の努力が日の目を見づらいからか非常に軽く扱われがちな、かわいそうな場所なのだ。
だからちゃんと門番がいたことが感慨深くなった俺は、悠々と門の前まで歩いた。
そしてこの有様である。
いやいや。帰れって言われても困る。用事あるからこそ俺は今ここにいるんだし。
というか、半径1km圏内には甘味屋だって賭場だって宿屋だってないだろ。
黒瓦付きで朱塗りの壁と門と等間隔にある瓦燈らしき何かがあるだけだ。管轄でもなきゃほぼ立ち寄らない、なんて思ってたんだけど。
それって俺だけ?え、ああ、そうなの?
とりあえず愛想良くしゃべってみようか。
普段から来客が少ないところだし、はりきってるんだろう。
仕事をしたいんだ、多分。
俺はズボンのポケットから身分証を取り出して、顔の横にちらつかせる。
「いやぁ?俺これでも関係者だからここ通して欲しいな、って思うんだけど」
「関係者だと、貴様のような者がか?」
「仮にそうだとして、尚更此のような処に如何なる用が?」
牛頭たちは眉をひそめた。
傾けた槍の柄を更に強く握りしめる。俺を見る目が先程より強くなった。目力だけで殺せそう。ケビンを後ろへいさせておいて良かったな。
だがしかしこの牛頭たち、ずっと俺を見ているだけだ。
肝心の身分証の確認はまだである。
「これ俺の身分証。バッリバリの関係者だってことがわかると思うぜ、あと用件は何も言えません」
悪いな、と言いつつ身分証の写真がある表側を上にして牛頭たちに改めて差し出した。だけど牛頭たちは静観している。
全体を見ているだけで確認をしようともしない。
完全に信用されていない。ナンデ?
おかしいな、身分証の写真と同じ顔のはずなんだけど。
そもそも俺、顔パスでいけるはずのに。
自分に人差し指を指す。すっとんきょうな声を出した。
「え。もしかして俺、信用されてない?」
当たり前だ、と脊髄反射で片方の牛頭が俺に恫喝した。
「どう見てもお前のような者が、ここの関係者であるわけがなかろう!」
「そもそも我々は何も聞いていない!冷やかしならさっさと帰れ!」
「えぇマジかよ」
額に手を当てて頭の上へ視線を向けた。
ついに貴様からお前呼びに落ちたわ。
うわ、っていやごめん。ぶっちゃけどうでも良いや。
そもそもまともに扱ってすらくれていなかったよ。こっちが問題だ。うわぁ。
俺今混乱しているんだな、そうなんだな。そりゃそうか。
後ろへ2、3歩よろめいた。勘弁してくれよ、関係者なわけないとかさ。
何の確認もしてないのに決めつけとか、一番門番がやっちゃいけないことだぜ?
仮にこれが危険物を警戒して、とかでもあからさますぎて犯人焦らしたりするだけだからな?もしこの場で自暴自棄になったらどうするんだよ。爆発物とかだったらお前らもタダで済まないだろ。人材はあまり替えが聞かないんですよ、特に檻の中にいる冬眠中の猛獣とシェアハウスしてる気分になるような課だと尚更さ。例えば今俺の目の前に映ってる朱塗りの建物の中にある部署とかな!
しかし報連相は組織の基本なのに、一体何やっているんだ。ちゃんと取っておけよ、栄養満点なんだし。何も聞いていないとか勘弁してくれ。
ん、何も?
「何も聞いてないって言った?」
俺は牛頭たちに聞いた。
一転して俺の体は海老反りから前屈みに。
奇妙で巧妙なトランスフォームに牛頭たちは釘付けである。
反応をわざと気にせず続けた。
「あらら、それはおかしいな?一応3、4時間くらい前には連絡入ってるはずなんだけどなー?」
「何だと!?」
「えー、ホントに聞いてない?デュークの奴、抜け目ないからちゃんと報せが入ってると思うんだけど。多分アイツが行く予定だったんだろうしぃ」
わざと語尾を伸ばして、さも意味ありげな体を装った俺は言葉を切った。
それからすぐに何かに気づいたように顔を明るくする。左手に皿を作ると、右手を握り拳にしてポンと叩いた。
「あぁ!だからわかってないのな!悪い悪い、てっきり頭すっからかんの置物くんかと思っちゃうとこだったぜ」
「どういう意味だ!」
「にしても本人確認する前に追い払うとかあり得ないし、やっぱりアウトだよな?『はい』おお、わかってくれたか!『Yes sir.』じゃあそういうことでそこは通して。『Oui.S'il vous plaît.』よっしゃありがとうございまーす!」
「どういう理屈だ!」
「まだ何も言っていない、っておい近づくな!タダではおかないぞ!」
いや近づかないって、今は。
俺の一人芝居に牛頭たちはいきり立って叫んだ。
声まで変えた渾身の演技のお陰で、雪みたいな肌が今や茹でダコである。茹でダコ美味しそうだな、けど俺刺身の方が良いや。
それにしてもこの牛頭たち、頭に血が上るの早い。
俺もわざと言ってるから仕方ないけどさ、一々突っかかるのは門番としてはあまりよろしくない。問答無用でさっさと帰すなり、通報するなりすれば良いのにな。
からかいげがなくなるのはつまらないけど、鉄仮面で何も動じないくらいが門番としては丁度良いし。門番2頭が情緒不安定で心配です、とでも封書にしておこう。
どうどうと、両手を目の前で上下させた。
「兎に角俺ホントに関係者だから。なんか言われたら『【龍禅】と名乗る赤紫色の髪で緑色の目をした18歳青年が少年を連れてきて通せ、と言ったので開けました』とでも、伝えてくれれば大丈夫だぜ」
「意味がわからん!」
「あっ長いか。じゃあ『【龍禅】が来た!』でもいいぜ、多分これでわかる。ちなみに『来た!』の“き”にアクセントな?」
「戯れ言を聞いている余裕はない!即刻立ち去らんか!」
尚も牛頭は俺に向かって吠えた。
なんだよ、折角わかりやすいように報告例まで言ったのに。話し損である。
え、直後にふざけたお前が言うな?知らないな。
ふと頭上を見た。青い月が右寄りに浮かんでいる。意外と時間がないか。
だったら埒があかないのは困る。元々俺はこの場所に遊びに来たわけじゃないし、どうせならスッキリ終わらせたい。
ならこれ以上、門前で時間を無駄遣いするのはナンセンスだ。
仕掛けてみよう。
俺は大きく、わかりやすい失望の色をねじり込ませた息を吐いた。
見せつけるように出した吐息を追うように、両肩を落とし顔をうつむかす。
そのまま口を半分開いた。
「あーだめかーとおれないかーざんねんだなー」
俺が無気力に言うと、頭上から満足げに鼻が鳴る音がした。
明らかに食いついている。よっしゃ。
「ざんねんだけどー」
「“阿傍”に報告しとかないとなー」
同じように呟いた途端に前方から狼狽した声が2つ分漏れた。
ゆっくりと俺は顔を上げる。
如何にも残念だけど仕方ないですよね、という体裁を全面に出ている顔つきになっているはずだ。うろたえる牛頭たちを見る限り、上手くいっている。
このまま、万が一に備えて表情が変化しないように気をつけながら、ざんねんだなーと繰り返し言葉を紡ぐ。
「せっかくーしごとでーきたのになー。もんぜんばらいじゃーなー、かんりについておはなs」
「な、何故お前が“阿傍”様のことを知っている!?」
「んーしってるからだぜー?」
「だから何故だ、何故一般の者が“阿傍”様の存在を」
知っている!とは続かない。2頭の牛頭は俺を見て凍ったように動かなくなった。
だけど俺がどういう立場の者か理解して、絶句したわけではない。
【目】に映る牛頭たちは本能で感じた直感的な恐れと、こんなガキが何故という侮辱的な驚きで二の句が継げていないだけだとわかる。
何度目かのため息をついた。
「お前たちがそれを知る必要はない。理由はわかるよな?」
言葉に合わせて目前の2頭は唾を飲む。わかっていただけたらしくて何よりだ。
表情を緩めると、2頭とも何か恐ろしいものを見たかのように身をすくませた。
何故だ。
「まぁ深く恥じるな、今の“阿傍”の剛麒も結構なクソガキしてたんだ。そのうち治れば良いさ」
「剛麒様が、クソガキ!?」
「貴様、何を知っている!」
「そりゃあ色々?例えば前の“阿傍”の骸沙は清廉潔白なフリして女癖激しかったとか、その前の“阿傍”の燎毒は酷い浪費家で俺にまで借金しようとしていた豪の者だったとか」
あとは、と指折りながら話すと牛頭たちの目がどんどん細くなっていった。
声を出そうと、口を動かすけど声になっていない。大変面白おかしいです、ええ。
笑うのは少しかわいそうな気がしたし、今度はひくつかないように頑張った。顔面を引き締めるのが大変だ。
あぁそうだ、と思い出したように俺は続けながら1歩足を踏み出した。
「長く生きたいならこれだけは知っておくべきだな」
人当たりの良さそうな笑顔を向けると2頭は顔を引きつらせる。
同時に後ろへ数歩下がった右側の牛頭に俺は近づいた。
「なぁに、大したことじゃあないさ、毎年項目が増える獄録なんかより全然覚えやすいぜ?」
でも先程みたいに近づくなとは言われない。命取りになると思われたらしい。
緑色の歯がガッタガッタ震えている。別に取って喰ったりしないのにな。しかし、近づいたらタダでは済まさないんじゃなかったのか。
すぐ隣まで着いた。相変わらずガタガタ震える牛に、俺は耳元へ寄る。
「世の中には不思議がいっぱい。だから」
「喧嘩は相手を見定めてからやれよ?」
「は、はい!誠にすみませんでした!」
牛は半ば叫ぶように俺に敬礼した。
左側の牛は氷の如く固まっていたけど、相棒の敬礼を見てすぐさま姿勢を正す。
タンッと地面へ2本分の打撃音がうがいた。
長槍による十字架の束縛から、やっと進路が解放されたのである。
長かった。主に俺が煽った所為で。
遊びすぎた。主に俺が無駄に煽った所為で。
時間が迫っている。主に俺が無駄で非生産的に煽った所為で。
ってほとんど俺の所為かよ!ジーザス!
って語彙が西洋かよ、目の前に牛頭がいるのに!
どうでもいいからひとまず先に進むべきだと、脳内で叱られた。瞬時に納得した。
そこまで時間ないのは変わらないし。グダグダしてる場合でもないよな。
俺は息を吸った。
「じゃあここ通ってm」
「「喜んで!!」」
最後まで言わせてくれなかった。
次回「ストーリーは大事なモノを盗んでいきました」
リュー「今度こそ逃がさんぞ、シリアスフラグゥッ!」
デューク「いたッ!シリアスフラグがいたぞッ、囲めッッッ!」




