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瞼を開くと一面の大理石が縦横無尽に映った。
ゆったりと辺りを確認すると霞がかっていた俺の思考は晴れてきた。モカブラウンの本棚。壁に張り付けた領内の地図。ベージュの外套掛け。
ぽっこりと凹んだ場所にある窓からは青白い光が漏れ、深紅の絨毯を薄ぼんやりと照らす。白のレースカーテンは既に脇へと束ねられて静かに佇んでいた。
俺は普段領地内の業務を行うときにこもる書斎の椅子に座っていた。おもむろに付けていた銀仮面を外し、静かに目の前へ置く。そこには使い古された机。いつもなら書類と本が山積みされるところだ。
でも今机の上には、別に赤黒い小さな球体があった。
この赤黒い球体は俺が作ったもので所謂魔空間というものだ。
中では、意図した存在を何でもかんでも転移したり作り出せる。しかも作成者がリアルタイムで意のままに構造を練られるという優れモノだ。ただ、今回は会心の出来だったから特に変更や介入することはなかった。
ちなみにこの球体の大きさは人間たちが住む下界では地球儀サイズ、というらしい。最近天界の同僚から地球儀をもらったけど、俺の知っている地球儀よりかは少し大きかったからびっくりした。
とはいえ嬉しかったし、懐かしかったから素直にもらった。
球体の中には街があった。レンガ造りの建物が並び、中央には見晴らしの良さそうな時計台がある。さっきまでいた場所と同じものだ。
つまり俺はこの中でニコールと“アレ”の追いかけっこを起こしていたのだ。
球体を覗くと“アレ”が見えた。まだあの聖堂の敷地をうろうろとしている。球体をつつくと“アレ”の姿が霧散した。殺人鬼だったものの肉塊はまだ残っていたけど、球体の上で指を一度振ると無くなった。同時に芝生や壁に着いていた血痕や大破した窓ガラス、ブロック塀まで全て騒動前の綺麗な状態へ治った。“アレ”が大破させた他の場所も含めて、街全体が元に戻ったことを確認すると笑みがこぼれた。本当に会心の出来だった。何度でも言おう。
「俺最高」
「そこは会心の出来だった、じゃねーのか?!」
「おぉ、よっす。いたのかデューク」
「俺がさっきそこから入ってきたの、お前見てたよな?」
しかめっ面をして俺の目の前の扉を指差す男、デュークはすぐ左にいた。
漆黒のサラサラヘアーに碧眼という、見た目ならそれなりにいけるらしいコイツは俺の悪友兼親友。
「あたかも今知りましたって顔すんなよ、わざとらしいなぁ」
「えっ知らない知らない。3回叩いた扉のノック音のうちの最後が変に高くなって顔をしかめてたこととか、声が帰ってこないから部屋に入って5歩半目と13歩目でため息ついたこととか、球体の中に何か見えたから観察しようとして体を右に7.239°傾かせたこととか全然知らない」
「むしろ全部見てたってことかよ!細かいな!」
「俺の【目】は優秀だからな」
ふふんと自慢気に笑ってみせると、デュークは一気に息を吐き出してニカッと笑った。
「帰還して早々調子良さそうで何よりだよ、親友様。中々面倒そうな相手だったみたいだし?」
「ホントホント。まさかあそこまで粘られるとは思わなかったぜ」
疲れた疲れたと呟いて背もたれに寄りかかった。デュークに言ったことは本当だった。予想ではもう少し早く決着がつくはずだったのだから。
予想してた最期は、開始1時間くらいで“アレ”に滅多切りにされるというものだった。“アレ”の動力に関しては俺特製の自立式の機械や術式を組んで体内に仕込んでいた。お陰で俺が【休め】と命令しない限りずっと動き続けることができる。つまり“アレ”は底抜けの体力を持っていた。対して人間の体力は、底が知れている。だからさっさとへばってしまい、“アレ”によって細切れになると思っていた。
それがいざ蓋を開けてみれば時間ギリギリまで逃げて逃げて逃げまくり、“アレ”を1体処理した挙げ句にあろうことか俺を殺そうとした。ずっと聖職者という猫をかぶりながら断罪というタチの悪い殺人を行ってきた男だったから、ある程度の知恵者だとは思っていたけど、まさか“アレ”を始末してくるとは。まだ俺をブチ殺そうとするのは想像できたけど。追う者が『いなくなる』ことさえできれば逃げ切るのは造作もない。いや・・・だけど、だけどな。
皆さんはご理解いただけているだろうが“アレ”は人間ではない。どうしても“アレ”を人間と言いたいなら、『人造人間』とか『改造人間』とかが概念的には近いかもしれない。そういう意味で手を入れているのは本当のことだし。
“アレ”を作るのは簡単。まずは組み込みたい機械を作る。次に魔法陣だかお札だかなんでもいいけど、何らかの媒体に文字をねじ込ませて錬成サークルを作る。あとは素材となる生物の体と組み込みたい機械をサークルの中央に持ってきて、外側に立ち『凶悪になーれ、凶悪になーれ♪』と念じながら錬成するとあら不思議。強靭凶悪な錬成生物の出来上がり。初めてでも大丈夫、鼻歌歌いながらでも誰でも簡単にできるから得非お試しあれ。
何事もやる気とノリ、そして相手に与えたいほんの少しの絶望感が大切です。
今回はニコールに異物感と既視感と恐怖感を与えられれば良かったし、何より今後使う予定がないから思考や意思のキャパシティは用意しなかった。ついでにじわじわと痛めつk、もとい犯した罪を意識して欲しかったから、スピードは常人の半分程にした。だってあまりにもスピード解決されると流石につまr、いや目的が達成できないし。でもそれがかえって裏目に出るとは。
誰だよスピード普通にしたら反則だから半分にしようとか言った奴。俺だよ。
しかし想定外だった。まさか物理的に存在を無くす方向で動くとは。
しかも危うく条件をクリアされるところだったし。
「危なかった。もうすぐで始末書を書かされるところだった」
「ホント何してんだよお前」
「いやだってさ、まさか俺の手駒ブチ壊されるとは思わなかったし。人間って怖いわー」
「お前が言うな、って処刑者倒したのかあの人間!?そりゃすごいな」
ははーと感心したように頷くデュークを見て、俺は改めて赤黒い球体へと視線を向けた。そこには下界のとある街を模した箱庭が残っていた。洗練されながらもどこか温かみのある街並みは誰かに指摘でもされないと、さっきまで騒乱の現場だったなんて信じられないほど綺麗に保たれている。
実質処刑者は何体もいたからか、石畳の道やレンガのブロック塀は血肉で汚れていた。あのまま放置すると、もし本物の街だったら尚更、異臭騒ぎや汚れで大変なことだっただろう。でも何体も作っていたお陰でニコールは処理できた。
おそらくあの男は処刑者が1体だけだと思っていたのだろう。
は?
何体もいるなんて聞いてない?後出しとかずるい?
いやいや。
別に俺は処刑者が1体だけなんて言及した覚えはないぜ?
よーく思い出せたか?だからこれに物言いは通用しない。
要するにあの男の確認不足なんだよ。別に確認すれば何体いるか答えてやっても良かったのに。もったいない。
「調子に乗って何体か作ったけど結果オーライだった、ってとこだな」
「そうだな。一部屋丸ごと処刑者で埋めつくされたときは、暑苦しすぎて殺意沸いたよな」
「その事件に関しては本当にスマンカッタと思っている」
遥か遠くを眺めるような目をしたデュークに向かって、俺は静かに合掌をした。
錬成サークルは詠唱さえ終われば、対象物を勝手に錬成してくれる優れモノ。しかも俺は詠唱の時間が他者より相当短く早く終わるらしい。だから“アレ”もとい処刑者を作る際に、同時進行で武器の手入れをしていた俺の行動は必然だった。
錬成サークルを組んで念じ終えた俺は、横に座り込んで刃こぼれのチェックなどに精を出していた。だが、2つ目のリボルバーへ移る頃には錬成サークルの存在を綺麗さっぱり忘れてしまう。5つ目のワイヤーリールの強度確認が終わる頃には、頭と手先の使いすぎで集中が切れて疲労困憊だった。
そろそろ休憩しようと顔をあげたその時。目の前の部屋の映像に俺は声を失う。
部屋の中には錬成ホヤホヤの処刑者がひしめき合っていたのだ。
現状を確認してすぐにサークルは破壊したけど、あと少し遅かったら密度で部屋の壁が一部破壊されていたかもしれない。実際その後に部屋の壁には赤茶色の圧迫痕と小さめの真新しいヒビがいくつも見つかった。
しかも俺が現状確認をした直後に、部屋へ入って惨状を見た奴がいた。そいつがデュークだった。
ご丁寧にドアの前とサークルの上以外にはまだ空間があったからデュークは入室できたが、俺のまわりは既に色々危うかった。頭上には“アレ”の呼吸音が降り注ぎ、数多の手足が俺のすぐ近くで蠢く。特に目の前には脚部へくっついた死体たちが近づいていた。その距離はほぼ0。
気づかなかった時点でダメなのは重々承知だけど、そんな状況で発狂すらしなかったのだから少しは甘くみてもらっても別にいいと思う。
勿論絞られました、ええ、それはもうこってりと。
「ドア開けてみたら腐った肉の臭いと一緒に巨漢のゾンビが狭い部屋の中に密集してんだぞ?しかもお前はその中で黙々と武器の手入れしてるって」
「元々何体か作ろうと思ってはいたけど、サークル発動させてからって暇だし。手入れしてたら楽しくなってきて、つい」
「そこは臭いでもなんでもいいから気づけよ!?」
「アッハイすみません!」
つい立ち上がってシュッと背筋を伸ばした。気を付け、の姿だ。姿勢を正した俺をデュークはしかめっ面で見つめていた。何も喋らない。俺も姿勢を保ちつつ、何も発しない。俺たちの間に沈黙が訪れた。
数秒たった頃、耐えきれなくなったのかデュークはぶはっと吹き出した。
そのまま腹を抱えて笑い続ける。
俺は未だに黙って見ていた。だけど、おそらく顔は笑っていたと思う。
2分くらいして、声が小さくなってきたのが確認できたところで俺は改めてデュークに話しかけた。
「そろそろ大丈夫か?」
「ひーひー、やっぱりお前面白いな。退屈しない」
コクコクと頷きながらあげた顔はうっすらと涙がにじみ、ほんのり赤かった。たまにひひっと漏れている声を聞く限り、まだ収まってはいないのだろうが構わないことにした。聞きたいことがあるし。
近づいて話そうと立ち上がると先にデュークが口を開いた。
「いやしかし、さっきのといい最初のといい。やっぱりお前、【嬢】に似てきたよな」
思わずデュークの頭上に手刀を打ち込んだ。
スコーンと良い音が部屋に響く。発言はともかく、大理石に染み渡りそうな心地良いこの効果音は嫌いじゃない。心が清められていくような、不思議な気分になる。
「いきなり何するんだよ!?」
「あいつのことを持ち出したお前が悪い」
噛みつくように言葉を発したデュークをばっさり切り捨て、ごろごろと転がってきたボールのようなものを右足で踏みつけた。んぎゃ、とどこかで聞いたことのある声が右足の下から聞こえるけど気にしない。
そのままダンダンと右足を上下する。
「前にも言ったと思うが俺とあいつは違うんだよ。俺は俺であいつはあいつ、違う生き物なんだよ。意味わかる?Do you understand?」
「ちょっ、まっ、痛い痛い」
「Understand?」
「ま、待て!わかった!わかったから!言葉そのものはよくわからないけど、なんとなく意味はわかったから!だからそろそろ」
「俺の頭を踏むのを止めろ!!」
この世は不思議がいっぱい。
誰が言った言葉だっただろうか。
あまりよく覚えていない。でも長年生きていて、ありありと実感できた言葉の一つであることは俺自身が胸を張って証明したい。
俺は視線だけを右足へ向けた。そこには黒髪碧眼の青年の生首があった。
体は今俺の目の前にある。
デュークは所謂デュラハンというもので、頭部と胴体を切り離しても特に死ぬことはない。むしろデュラハンは成人すると首と体が離れやすくなるらしく、頭部がころんと落ちるのはよくあることらしい。最初に至近距離で見たときは腰が抜けた。いい思い出だ。
デュラハンは首と体で行動を分けることができる。それはデュークも例外じゃない。頭部はただ今俺が重力諸々利用して微動もできない。歯軋りくらいはできるようにしているけどな。そして胴体は胴体で自分の頭部を戻したくて仕方のない様子が見てとれるが、生憎動けないようだ。そりゃそうだ。
今デュークの胴体は糸でがんじがらめになっている。勿論拘束している主は俺だ。胴体は逃れようと必死で手足をばたつかせてもがいている。だがもがけばもがくほどギリギリと糸は体に食い込んでいく。
痛みはないようにしているけど圧迫感が加速していく仕組みだ。
右足の頭部の上に固定し、デュークの胴体がドツボにはまっていく様を見ながらぼんやり思った。
「おい」
「ん?どうしたデューク」
「だから俺の顔から足を退けろよ。そして胴体の方の拘束を解け」
「聞こえなーい聞こえなーい、俺とあいつを似てるとかいったデュラ公の言ってることなんて聞こえなーい」
「えっでもそれは真j」
「唸れ俺の右足!」
「やめてくださいしんでしまいます」
適当な亜空間へ向かって頭部を蹴ろうとすると、デュークは命乞いの文句を間髪入れずに放つ。しかもあまりにも懐かしい言葉だった。だから少しだけ感慨深くなる。
右足で頭部を蹴るのは止め、すんなりと元の場所へ納めた。デュークの顔の上に。
「だから足どけろって!」
書斎いっぱいにデュークの絶叫が響き渡った。
次回「ぶらり子連れ狼な散歩」
Q.こーら おいしいです か ?
A.じぶん は しょうゆ だった ので わかりません 。
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後書きは思いっきりふざける方向で行きますのでご注意ください。
読み飛ばしてもストーリーには全く関わってこない作りにするつもりですので、温かい目でご閲覧ください。