第七話 妖剣"小夜闇"
五号館を後にする頃、すでに日は傾き始め、西の空は美しい茜色に染まっていた。
西日な当たった俺たちの影が長く長く伸びている。その夕日の方角に、会長を先頭に俺と本宮が続いて歩く。
まだ四月ということもあり、日が低くなると肌寒い。会長と本宮はブレザーの上を羽織っている。俺はまださっきの練習の熱が残っているからカッターシャツの袖を捲っている。
会長の知り合いが経営しているという武器屋への道すがら、本宮が俺に話しかけてきた。
「ねぇ、さっきの魔法……蟹? あれ何だったの?」
「いや、何って言われても……見たまんまだよ」
やっぱりこの子頭悪いのかな。何が聞きたいことなのかわからない。
「私も気になりますね。あなたの魔法を見るのは初めてですし」
会長も本宮に乗っかって俺に尋ねてくる。人前で魔法を使ったのは片手の指で数えられるくらいしかない。ましてやこの二人が見るのなんて当然初めてのことだ。
「珍しいものですよね。魔力に何らかの生物の形を持たせるような魔法は私も見たことがありません」
「まあ確かにね。俺も同じようなことしてる人は見たことないですし」
というかむしろ俺が誰も考えないようなことをしているんだが。
「魔法は自由ですからね。オリジナルのものはいくらでも創造できます。本宮だってそうだろ? あの、なんだっけさっきの爆発するやつ。自分で考えたんだろ?」
「うん、まあそうだけど」
「魔法なんてただの図工ですよ。建築です。デザインです。かっこいいと思うことしたらいいんです。俺は小さい頃から星を見るのが好きだったんです。家が山の中だったから、それはそれは綺麗に見えました。親父が持ってた星座の本とかも読んでいろいろ知りました。いろんな星座があるんだなーって」
「それがさっきの蟹と何か関係あるの?」
ここまで説明したらわかるだろ普通。星座って言ったでしょ。思わず溜め息が出てしまいそうになったが殴られそうなので飲み込む。
「要するに溝呂木君は、星座をイメージして魔力に実体を持たせてるんですね」
「そうです。さっきのは蟹座、巨蟹宮ですね。ギリシャ語で"カルキノス"です」
「へえ。じゃあ蟹以外にもいろんな星座の生き物を現出させられるの?」
「できるよ、多分」
「多分って何よ」
「いや、だから俺ずっと魔法なんか使ってなかったんだよ。だから今日のはたまたまかもしれないだろ?」
「あー、そういうことね」
本宮がうんうんと頷いている。
しかし本当にさっきは運が良かっただけかもしれない。とりあえず学内選抜戦では極力魔法は使わないつもりだが、いざという時はやらなければならない。まあそうならないようにいつも通り手早く対処するつもりだ。
いつも通りというのは、相手の攻撃を避けて、躱して、回避して、受け流して、受け止めて、一瞬の隙を突くだけのシンプルなやり方だ。防御より攻撃の方が疲れるからね。
「まあ俺の話はこのくらいでいいでしょ」
自分のことを他人に知られるのはあまり好きではない。ミステリアスなトコが逆にツボなんです。
「会長、そのお店どの辺にあるんですか?」
と、ごく普通の質問を投げかける。
「あら、もう歩き疲れましたか? まだそんなに歩いてませんよ?」
「心読まないでくださいよ……」
今日は本当に疲れた。朝はピーピーやかましい同じクラスのおチビちゃんに絡まれ、エネルギー吸い取られた。あの子お金返してくれるかしら……。
その後は学校から五号館まで歩いて、次はバリバリ戦闘の練習。おまけに魔法まで使って、今こうしてまた歩いている。例のアプリやってたらいっぱい捕まえれただろうなー。
楽しむのはいいけど、他人に迷惑かけないようにね。
「もうすぐですよ。というか、もう見えてます」
そう言われ、左右を見渡す。え、あの、建物全然見えませんけど。答えは心の中にある感じですか?
「前ばかり見ててはいけません。時には俯いたり、振り返ったりしてみなければダメですよ」
「は、はあ……」
哲学かな? 心理学かな?
それから三十秒ほど進んだところで、
「着きましたよ」
そう言って会長が指をさした先を見る。そこには地下につながる階段があった。
「怪しすぎるでしょ……」
「同感……」
俺と本宮が怪訝な顔で階段の先を眺めていると、会長が手招きをして、階段の下に消えていく。
俺たちも会長の後を追う。三十段くらいの階段を下りた先には、普通のドアがあった。隠れ家カフェのような雰囲気が出ている。もしくはバーか。
「さあ、入ってください」
会長がドアを開けて、俺たちを誘導する。
先を歩く本宮に俺も続く。
ドアを開けた先は、電気が点いていなく、何も見えなかった。地下だから仕方ないというべきか、電気くらい点けろよというべきか、とにかく不気味な雰囲気だった。
「あら、お昼寝でもしているのでしょうか」
会長が自分のペースを乱さないのほほんとした声音で言う。まあそりゃ知り合いのお店だもんね。
「こんにちは、美月です。どなたかいらっしゃいませんかー」
どなたか、ということはこの店は会長の知り合い一人で切り盛りしているわけではないようだ。
会長がそう言うと、店の奥から声がし、店の明かりが点った。
「なんだよ、今日はもう終わったんだけど……って、みーちゃんじゃねえか。久しぶりだな!」
そう言って奥から出てきたのは、すらっとした細身の男性だった。年齢は二十五歳くらいだろうか。いかにも寝起きといった顔をしている。寝癖も付いている。
「お久しぶりです、淳ちゃん。お正月以来ですね」
「ちゃんはやめてくれよ。人前で恥ずかしいだろ」
仲良しだなぁ。どういう関係なんだろうね。
「で、今日はどうしたんだ?」
淳ちゃんと呼ばれた男性が会長に尋ねる。
「新入生の二人を連れてきたんです。今年も有望な生徒が入ってきてくれました」
嬉しそうに会長が話している。こうしてみると、いくら会長でしっかりしているとはいえ可愛らしい普通の高校生だ。
「ほおーん。よかったじゃねえか。で、今年もその有望株に武器を売りつけて小遣い稼ぎか?」
ちょっと? 今聞き捨てならない言葉が聞こえましたけど? 大丈夫だよね?
「うふふ、今年はそんなことしませんよ」
と、微笑んで言う会長。おいおい、去年はやったのかよ……。
「彼は溝呂木君、彼女は本宮さんです」
「こんにちは」
「どうも」
本宮に続いて俺も挨拶をする。
「おお、可愛い子じゃん! よろしくね! 俺は櫻井淳ね」
「は、はい……」
おびえる本宮が俺の背中に隠れる。ごめんね、俺の背中そんなにデカくないから隠れられてないよ。
「そんなに怖がらなくてもいいのに……」
うおお、結構本気で傷ついっちゃってるよ。かわいそうに。
「で、そっちの奴は何の用だ? この店は男子禁制だぞ」
眉間にしわを寄せて俺に熱い眼差しを送ってくる櫻井さん。な、なんでそんなに喧嘩腰なの? 怖いよ……
「こら淳ちゃん。自分よりカッコいいからって威嚇しないの」
「別に威嚇なんてしてねえし! 妬んでねえし!」
二桁近く離れているであろう会長に叱られている。ざまあ! バーカバーカ!
「今日は溝呂木君の武器を選びに来たんですよ」
「よろしくお願いします」
何がよろしくなんだよ。しかも若干声も上擦ってしまった。ビビるな俺!
「おう、じっくり見て行けよ」
「あ、ありがとうございます」
ツンデレなのかな? それとも会長の尻に敷かれてる? 掴めないなーこの人。
まあそう言ってくれるのならお言葉に甘えてじっくり見させてもらおう。
櫻井さんのいるカウンターから見て右手には剣が、左手には銃が陳列されている。
ボーっと眺めていると、
「へえ、いろいろあるんだ。どれも使いやすそうだし、五号館にあったやつとは性能も魔力も段違いだね」
「うお、ビックリした」
いつの間にか俺の横に立っていた本宮に話しかけられた。ちょっと、気配消すのやめてくれない?
「なによ、ずっと居たじゃない。あんたが集中しすぎて私に気付いてなかっただけじゃん」
「あれ、そうだったんだ。ごめんごめん」
チラッと横目で壁に立てかけられた時計を見ると、物色を始めてから約十五分が経っていた。わお、俺の集中力半端ねえ。
「う、うん。別に謝ってもらうことじゃないんだけど……」
俯いて言う本宮。若干頬が赤くなっている。どうした? 暑いのか? たしかにこの店、窓とか無いから若干暑いけどさ。
「あんたが真剣な顔で見てたから、なかなか声かけれなかったのよ」
「あ、そうなの。ごめんごめん」
「いや、だから別に謝ってもらうことじゃないんだってば……」
それからさらに二十分ほど見て回った。高性能な物ばかりではあるが、これといって惹かれる物は残念ながらなかった。
まあ、幸い学内選抜戦まではまだもう少し猶予がある。慌てなくても構わないだろう。
今日はもう帰ろうと思い、カウンターに戻った。
「どうだったよ、いいの見つかったか?」
「あー、どれも凄く良かったです。悪い物なんでありませんでした」
「ったりめえだろ。全部俺のお手製だからな」
腕を組み、胸を反らして言う櫻井さん。
「え、マジですか。すごいですね」
「ま、まあ当然だよ! お前、見る目あるな! さすがは特別特待生」
「ちょ、それどこで……」
聞くまでもなく会長だろう。愚問でしたね。
会長の方を見ると、可愛らしく微笑んでおどけていた。可愛いっす。
「よし、特別に裏の部屋にあるそこら辺のやつよりもさらに高性能の特級品を見せてやる! 気に入ったのあれば言えよ!」
単純な人だなあ。しかしまあもっといい物を見せてもらえるなら断る理由もない。カウンターの奥のドアを開け、中に入る櫻井さんと会長。その後を俺と本宮が追う。
「さあ、どうだ! この中に無いってんなら、お前の目は腐ってるわ!」
自信満々の櫻井さん。
「確かにあっちのとは格が違うね」
「そうだな」
そう称賛する本宮に俺も同意する。確かにこっちは各武器がからでる魔力の量も質も桁違いだ。この中なら相当凄い物が見つかるんじゃないだろうか。
そう考えてまた物色を始める。十分ほど見て回る。が、なかなか俺の目に留まるものはない。
とうとう最後の陳列棚の列に入る。
すると、一つの剣が俺の目に留まった。
「これは……」
思わず声が出てしまう。
それは、刃渡りは七十から八十センチのショートソードだった。見た目はごく普通の剣なのだが、しかし奇妙な点が一つあった。
「何属性の魔力が秘められているんだ……?」
手に取って確かめてみる。その剣は魔力こそ感じられるものの、属性がはっきりしないのだった。
「はっきりしない、というか、何だよこれ。今まで感じたことのない魔力だ……」
正面から、左右から、刃先の方から、柄の方からじっくり眺めてみる。それでも分からない。
刃先を触り、刀身を触り、波紋を触り、鎬を触る。それでも分からない。
視覚、触覚は使った。となると、嗅覚、聴覚、味覚だ。さすがに剣を舐めはしない。売り物だし。耳に近づけ、鼻でにおいを嗅ぐ。それでも分からない。カブならそろそろ抜けてもいい頃だ。
「なんだよこれ、気味わりぃ……。櫻井さんに聞いてみようかな」
そう考え、櫻井さんの元に向かおうとしたが、その櫻井さんはすぐ隣に立っていた。
「やっぱりそれに目が行ったか。しかしお前さん、どんだけ必死こいてもそいつの属性は分からないぜ」
腕を組み、誇らしげに言う櫻井さん。くっそ、悔しいけど俺の負けだ。聞いてやるよ。
「これ、どういう剣なんですか? こんなの見たことも聞いたこともありませんけど」
その質問を待っていたと言わんばかりにさらに誇らしげな顔をする。気が付くと会長と本宮も傍に立っていた。
「え、何その剣。不気味過ぎない?」
「あら、その剣は私も見たことがありません。淳ちゃん、何ですか? これは」
問われてさらに胸を張り、ニコニコするおっさん。胸張り過ぎてそのまま後ろに倒れそうだ。どこかの忍者の小学校の敵のボスみたいだ。白菜とかいろいろ入っていて健康的な献立ですね。そのうち食堂のメニューにも出てくるのかな。ちなみに俺は、稗田って名字にセンスを感じている。
「ふふ、ふはは、ふははははは! 聞きたいか! そうか聞きたいのか!」
……うぜぇ。
「あ、いや別にいいですけど」
櫻井さんのその態度に俺と同じ感想を抱いたのであろう本宮が冷たい声で答えた。確かにちょっと、そこそこ、だいぶ、かなり、めちゃくちゃ、超絶うざかったけど、もうちょっと優しく対応してあげて。かわいそうだよさすがに。
「な、なんでやねん! 聞いてくれや! 溝呂木、お前は聞きたいやろ!?」
「なんで関西弁なんですか……。まあ聞きたいですけど、さっきの笑いはちょっと、いや、かなり……とてつもなくうざかったです」
おっと心の声が出てしまった。人間に一番必要なのは我慢する力、自重する力です。俺にはまだ足りなかった。
「お、おお。悪かったなぁ。では、説明させてもらう。一から話すとまたうざいって言われるから、ギュッと凝縮して話すぞ」
さっきのジャブが効いているのか、櫻井さんは手短に話してくれるようだ。
「その剣はな、所有者の魔法の属性に合わせて、自分も属性を変えることができるんだ。中学一年の頃から俺はその剣を創り始めたんだ。もちろんその頃は俺に剣を造る技術はなかった。だから中学一年の時に考え出したその剣を造るために、高校は工業高校を選んだ。そこで一から学び始めたんだ。もちろん中学の頃から我流で勉強はしてたぜ? けれどもちろん実習ができるわけでもなければ中坊の俺に危険な刀を扱わせ……」
「淳ちゃん。その辺で。お二人が凄い目をしていますよ」
会長ありがとう。もう少しで俺、やってはいけない罪を重ねてしまうところだった。
ともあれ、最初に話のポイントは言ってくれた。
「俺の属性に合わせて、これも変化する……」
「お、なんだ? お前これにするつもりなのか」
おっとお口が勝手に「俺の」とか言っちゃってましたよ! ビックリだわ! クリビツテンギョのイタオドロ!
しかし今はふざけたことを言っていい雰囲気じゃないことくらい分かっている。さっきより櫻井さんの声音が真剣になっていたから。
「あ、いや、もし使いこなせたら相当すごいんじゃないかと思ったんです。俺、魔法使えるけど、めんどく……あんま得意じゃないし、俺みたいに魔法使える人って少ないじゃないですか。だから魔法使わずにで少しでも楽でき……うまく戦えたら、それが一番良いと思ったんで」
「なんか星哉の中身が垣間見えたような気が……」
「同感です……」
何をおっしゃってるの二人とも。俺はちゃんと本音は隠したはず……ハッ! 全て口に出てしまっていたか!
「と、とにかく気に入りました。これ使ってみたいです」
俺は若干悪くなった体裁を正し、改まって言った。
興味を持ったのは事実だ。楽をしたいのも……。
「お前、本気で言ってるのか? こいつはとんでもないぞ。俺が何年もかけてやっと造りだした最強の剣だぞ。店長のおすすめだぞ」
怪訝な顔で櫻井さんが言う。真剣なのかふざけてるのか分からないから余計やりづらい。
「ほ、本気ですよ。それがあれば優勝だって夢じゃない」
その雰囲気に呑まれ、大口をたたいてしまう。やっべ、これ、「優勝なんて簡単に言うんじゃねえ!」って怒られるやつじゃん。どうしよう……
しかし俺の心配とは裏腹に、櫻井さんはニッと笑いだした。情緒不安定なのかな。
「よし! よく言った! この剣を持ったからには優勝してもらわないと困るからな! そう言ってくれたやつにこの剣を託そうと思ってたんだ!」
どうやらこの人はひどく単純で純粋な人らしい。いい人だなー。詐欺とかに騙されないように注意してね。
「いいんですか? ありがとうございます! 俺、これがあれば何でもできそうな気がします!」
「はっはっは! そうかそうか! さすが溝呂木だ! お前しかこの剣を扱える奴はいねえよ!」
お、おう。そこまで言われると俺もこの人を騙してる気がして罪悪感が芽生えてくる
しかし今はこの気持ちを封じ込め、さらに畳みかけなければならない。
「はい、がんばります! 優勝したら、インタビューで櫻井さんの武器のおかげで勝てたってちゃんと言います。そしたらこのお店は大繁盛に大繁盛を重ねて、最終的には東証一部上場の大企業ですよ!」
「おお! 俺は大金持ちになれるってことか! 頼むぜ溝呂木!」
「はい! 櫻井さんのためにも頑張ります!」
よし、もう大丈夫だろう。この辺で本題に移ろう。
「あの、それでこの剣はいくらするんですかね……?」
「――んなもんタダでくれてやるよ! 俺はこれを誰かに使ってもらうために創り上げたんだからな!」
――勝った。しかしここで気を抜いてはならない。交渉が成立したらすぐに切り上げる。これが勝利の方程式!
「やった! さすが櫻井さん! これからもご贔屓にお願いしますね!」
「おうよ! ちなみにその剣、帯びる魔力の属性によって名前が違うんだ。お前の属性はなんだ?」
「闇ですけど」
「そっか! 闇ならそいつは、――妖剣"小夜闇"だ! かっけえだろ! 闇っぽい言葉並べといたぜ!」
「妖剣"小夜闇"ですか。マジかっけえっす! 櫻井さんマジリスペクト!」
「「はーっはっはっは!」」
こうして、俺は交渉に成功し、非常に強力な武器を手に入れた。ふざけたように見えただろうが、立派な作戦だ。のせる、あげる、担ぎ上げる。相手を良い気分にさせる三原則である。
「星哉も相当なバカでずる賢いけど、櫻井さんはその上の上の上を行くバカだったんですね」
「はい、私もこうしていつも淳ちゃんにいろいろ買ってもらってます。溝呂木君は人の心理を読むのが非常に上手ですね」
「いや、これを心理とは言わないと思うんですけど……」
本宮と会長の俺への評価が聞こえた気がするが、気のせいだろう。
ともあれ、非常に強力な武器を手に入れたことに違いはない。
また明日から学内選抜戦の日まで、特訓に明け暮れる日々が続くのだろう。早くこの妖剣"小夜闇"を使いこなせるようにならなければ。
はあ、しんどいなー。せめて授業がなかったらいいんだけど。
――俺は大きな溜め息をついたが、内心ではこれからが楽しみで、心を躍らせていた。