第五話 生徒会長のありがたい挨拶
「さすがだな溝呂木。入学二日目から遅刻とはいい度胸じゃないか。さあ、言い訳をしてみせろ。私が納得する言い訳を」
体育館の扉の前に、中野先生が仁王立ちで待ち構えていた。今日は昨日とは一変、インフォーマルな格好をしている。
「そうですね、話すと長くなりますよ。いいんですか?」
「構わん。言ってみなさい」
俺のくだらない茶番に付き合ってくれるようだ。
「分かりました。事の始まりは俺がこの世に生を享けた十五年前のこと。いえ、その少し前のことですね。母は俺を産むのにさぞ苦労したそうです。それはそれは苦しい難産だったそうで」
「先生、溝呂木君は昨日遅くまでルームメイトの男の子とお話をしてたそうですよ。思春期の男の子らしいそれはそれは破廉恥な内容だったそうです。クラスの女子で誰が一番可愛いのかは当然話題になりました。さらには一番胸の大きな人。ついには一番エ……」
「ちょっと新名さん、変な作り話はやめてくれない?」
新名さんが妙なことを言い出す前に止めておく。この人怖いもの知らず過ぎない?
「じゃあ私は何位ですか? 可愛いランキング入ってますか? 胸の大きいランキング入ってますか?」
「あ、うん。入ってる入ってる」
もちろん入っていない。というか、そんな話していない。クラスメイトの顔と名前なんてまだ一致するわけがない。
すると、中野先生が矛先を新名さんに向ける。俺の時より若干怒り気味だ。
「新名じゃないか。昨日は入学式に来ず、今日も堂々と遅刻か。お前の言い訳を聞いてやろう」
すると、新名さんは突然涙目になった。
「実は昨日の夜中に溝呂木君が夜這いしてきたんです。私、抵抗できなくて……溝呂木君にあんなことやこんなことをいろいろされて……もうお嫁に行けません!」
「いや、俺、君の部屋がどこかすら知らないから」
「そうだったのか。溝呂木、いいパパになるんだぞ」
「ふつつかものですが、よろしくお願いしますね」
「あー、はいはい。わかりました」
新名さんのくだらない作り話に中野先生も乗っかる。パパって。先生、パパって。
そろそろ飽きてきたので、話を戻す。
「普通に寝坊です。すみません。これからはできる限り遅刻はしないように努力します」
新名さんもそれに続いて、
「私もです。溝呂木君に朝ご飯を買ってもらったので、溝呂木君は本当はもう少し早く来れました。私のせいですごめんなさい」
「そうか、分かった。もういい。行きなさい」
「はい」
そう言って俺たちは、自分の場所に向かった。出席番号順だから、新名さんとは少し離れている。
「じゃあここで。また」
「はい! また!」
新名さんとは別れ、自分の番号のパイプ椅子に腰を掛ける。
「おはよう星哉。入学二日目から遅刻とは、大したものね」
そう話しかけてきたのは隣に座る本宮だ。
昨日あんなことがあったのに、それを気にした様子もない。
「おはよう本宮。まあ、遅刻は俺の十八番だからな。何ならこれから何回するか数えてくれてもいいぞ」
「も、本宮……。昨日は名前で……」
「え?」
「何でもないわよ! バカ!」
「お、おう」
なんで怒ってるのかしらこの子。昨日からずっと怒ってないか。なにか嫌な事でもあったのかな。相談のるよ? 聞くだけだけど。
すると、対面式の司会の生徒がマイクを通して、
『続いて、生徒会長の挨拶です。会長、お願いします』
「はーい」
気の抜けた返事が聞こえた。当の生徒会長だろう。
ステージ裏から出てきたのは、校則に則ってきちんと制服を着こなし、黒縁のメガネをかけた女子生徒だ。腰まで伸びた黒髪を巻いている。毎朝時間をかけてセットしているのだろう。
ともあれ、大人びた綺麗な女性だった。
「皆さん、おはようございます。そして新入生の皆様、ご入学おめでとうございます。生徒会長を務めさせてもらっております、東雲美月です。僭越ながら、ご挨拶をさせていただきます」
「へえ、しっかりした人だな」
と、素直な感想が漏れる。
「まあ、生徒会長なんだし、あれくらい普通でしょ」
本宮が手厳し評価を下している。昨日の振る舞い見る限りじゃ、あなた相当な無礼者だけど? わかってる?
「私も中学の頃は生徒会長だったし。面倒だからもう絶対やらないけどね」
「へえ、意外だな。元生徒会長なんて雰囲気は全然、いや、全く、違うな……。これっぽっちも出てないぞ」
「全部同じような意味じゃない! 失礼ね! 高校の推薦とか貰える可能性上がるでしょ? だから仕方なくやってたのよ。私、外面だけはいいから、ちょっとニコニコしてしっかりした演説したら当選したの。私、外面はいいから」
「なんで二回言ったんだよ」
ドヤ顔で話す本宮だが、確かにおとなしくしていたら生徒会長っぽいかもしれない。おとなしくしていたらの話だが。
「いや、待てよ。てことはお前、推薦でここ来たの?」
「え、そうだけど。知らなかったの?」
「知らなかったよ。ていうか、お前のこと知ったのも昨日だし」
「さすがね」
「何がさすがなんだよ」
まさかこいつも推薦だったとは。ということは俺と同じ授業料免除の特別特待生だろうか。
まあ、特に不思議なことでもない。本宮は去年ベスト4、一昨年準優勝という実績を残している。俺より強いなんてことも普通にあり得る。いや、長期間実戦から遠ざかっている俺ではまず勝てないだろう。
「そんな実績残してるなら、生徒会長なんてしなくても良かったんじゃないのか?」
「念のためよ。念のため。人生何があるかなんて予測できないからね。その時に打てる最善の手を打っただけ」
「結構堅実なんだな、お前。意外だわ」
「……ホントあんたって失礼ね」
そう言ったのを聞こえないふりで躱し、会長の話に耳を傾ける。
「新入生の皆さんの大半は、鳳龍杯に出場するためにこの学園に入学したと思います。私も昨年は学内選抜戦で三位になり、本戦に出場することができました。本戦での結果は芳しくありませんでしたが。ともあれ、今ここにいる皆さんは、同じ学園の良き仲間であり、良きライバルです。お互い切磋琢磨し、高め合っていきましょう」
会長が言った通り、鳳龍杯本戦に出場するためには、まず学内選抜戦でベスト32に入らなければならない。AからPの十六のグループでのトーナメント形式で、各グループで勝ち上がった二名が本戦に出場できる。学年や実力で組み合わせが調整されるわけでもないため、運任せな面も少なくはない。
さらに、本戦出場を決めた三十二名でトーナメントを行い、学園内の序列が決定される。生徒会長は三位になったと言っていた。相当の実力の持ち主なのだろう。
その序列に沿ってさらに組み合わせが決定される。本戦の内容は、学内選抜戦と同様に、まずAからPの十六のグループに分けられる。そして今度は各グループで勝ち上がった一名だけが決勝トーナメントに出場できる。
決勝トーナメント進出者十六名の組み合わせの決め方は、運任せのくじ引きだ。
でもまあ、どちらにせよ簡単に本戦出場、ましてや優勝なんてできるものではない。
それに、中学生の部とは違い、出場選手の数も半端じゃない。
「はあ、しんどい戦いの日々がそのうち始まっちゃうんだよなー」
「一昨年の鳳龍杯ベスト8が、なんてネガティブなこと言ってんのよ。ちゃんとやりなさいよ。京介君のためにも」
「分かってるよ。けど俺はあなたと違って実戦から離れてかなり経つんです。言い訳はしたくないけど、厳しいことに変わりはない」
「なら今すぐにでも感覚を取り戻すために特訓に励みなさいよ」
「今は無理だろうが。考えてからものを言え」
「言葉の綾でしょうが!」
うるさい本宮は放っておこう。
となると、確率は低いが、この生徒会長と戦うことになるかもしれない。もちろん、横にいる本宮とも。できれば楽に勝ち上がりたいところだ。
そう考えていると、本宮が急に俺の方を向く。なんだよ今度は……
「いいこと思いついた」
「なんだよ……。嫌な予感しかしないんだけど」
「別に変なことじゃないわよ。私があんたの特訓に付き合ってあげる。あんたも誰かと一緒にやれば一人でやるより早く実戦の感覚を取り戻せるでしょ。私もあんたくらい実力のある人とやった方がこれから勝ち上がった時に役立つわ」
笑って言う本宮。その笑顔の裏に何かありそうで怖い。
「もう勝ち上がった気でいるのかよ……。ていうか、俺なんか練習相手にならないぞ」
俺は正論で返すが、本宮にはそれを気にした様子は一切ない。人の話ちゃんと聞こうね。
「大丈夫よ。まずはあんたの特訓に付き合ってあげてからよ。感覚が戻ったら私の特訓にも付き合ってもらうから」
「え、やだよめんどくさい。自分のことで手一杯なんだけど」
「何か言った?」
「いや、だから……」
同じことを言おうとしたが、本宮がさっきよりも数段裏のある笑顔で俺を見る。無言のプレッシャーやめてほしいな……
「……分かったよ。じゃあ早速今日の放課後からよろしく頼むよ」
「やった! 決まりね!」
なんで嬉しそうなのこの子……
ともあれ、今日から本格始動である。やるときはやろう。やるときしかやらないけどね。