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第四話 空腹には勝てない

 「溝呂木ー、おい溝呂木ー。そろそろ起きろよー」

 「……んー」


 誰の声だ……あ、西條か。そっか、昨日から寮に……。


 「俺、飯食ってもう行くから。お前も早く来いよ」


 「んー……」


 「はぁ、目ぇ覚ます気配ゼロだ。遅刻確定だなこいつ。ご愁傷様」



 そんな声が聞こえたが、俺の意識はまたすぐに遠のいていった。



 * * * * * * * * * * * * * * * 


 

 窓から春の暖かい陽の光が射している。


 自宅の部屋は窓が西側にあるから、朝の陽射しを浴びることは滅多にない。リビングで寝てしまったときか、友達の家に泊まるときくらい。


 くっつきたがる上の瞼と下の瞼を遠ざけ、意識を覚醒させる。


 残念だったな。お前たち瞼の恋は俺が阻止する! 織姫と彦星、ロミオとジュリエットのように!



 「……九時か。遅刻だな。もういいや」


 西條の野郎、起こしてくれてもいいじゃねえか。


 「あれ、でもなんか起こされたような気もする」


 我ながらよく気の回るルームメイトを持ったものだ。どっちだよ。



 さすがに入学二日目からサボりは気が引ける。ちょっと急いで準備しよう。さあ俺、ゲラップ。ウェイクアップ。ライザップ。いや、俺細いから大丈夫。

 立ち上がる前に、片膝を立て、反対側の足とクロスさせる。片腕を立てた膝に掛け、腰をひねる。

 ――ボキボキボキ

 背骨が鳴る。よし、今日もいい音だ。


 とりあえず歯を磨いて、顔を洗い、制服に着替え、部屋を出た。もちろん戸締りも忘れずに。

 

 ちなみに、永清学園の制服はブレザーだ。上のジャケットは黒に少々白のラインが入った程度のいたってシンプルなデザインだ。ネクタイは赤と白のチェック柄、中野カッターシャツは白、ズボンは黒よりの灰色といったこれまたシンプルなデザイン。あまり目立ちたくない俺にピッタリだ。


 部屋を出ると、お腹の虫が空腹を訴えてきた。


 食堂、まだ開いてるかな……



 * * * * * * * * * * * * * * * 



 永清学園の寮は校舎と同様に、北館と南館に分かれている。北には男子の部屋、南には女子の部屋がある。

 消灯時間の午後十一時までならば、北館と南館の行き来も自由だ。なんとお優しいことか。これなら異性の友達を作るのもそう難しくはない。

 消灯時間になると、各部屋に見回りが来る。その時に自室にいない生徒がいると、割ときつい処罰が与えられるらしい。

 決まりを守ってこその自由だ。と、寮長さんが言っていたらしい。

 風呂は自室に付いているが、大浴場もあるらしく、午前中は五時から八時、午後は五時から十時まで自由に使えるらしい。

 洗濯機は各部屋に一つにあり、ルームメイトと共同で使うそうだ。

 昨日は洗濯の当番を決める西條との大決闘が深夜まで続いた。だから寝坊したのだ。てことは西條、朝は得意なのか。


 やっべ、中野さんキレそうだなー。あの先生、根に持つタイプっぽいし。


 そして、食事は男女共同で大きな食堂を使用するらしい。この食事の時間に男女の出会いが一番多く発生するそうだ。

 すぐ出会い求めてんじゃねえよ。ID交換して、しつこくメッセージ送りまくるんだろ? 目に余る愚行だ。それでして、ルームメイトと、


 『なぁ、これワンチャンあんじゃね!?』


 『おおお! これは行ける! 向こうも悪い気分じゃないんじゃね!?』


 『『うぇーーーーい!!!』』


 とか言ってんだろ? バカすぎる……。救いようのないバカだ。



 ともあれ、普通の人は普通に挨拶交わしてちょっと会話して、って感じだろう。それならむしろ微笑ましいことである。



 というわけで、異性とのエンカウント率の高いと噂の食堂にやってきたわけだが、



 「あ、開いてない……だと……」



 どうやら食堂は六時半から八時までの営業のようだ。夜は五時から九時までと立て看板に紙が貼ってある。ちくしょう、西條の野郎、どうして食堂の営業時間だけ教えてくれなかったんだよ。


 昨日俺が帰ったのは日が沈んでからだった。寮長からの説明も全て終わった後の帰宅だったため、俺より早く入寮し、寮のことに詳しい西條が全部教えてくれた。食堂の営業時間以外。


 食べ物の恨みは恐ろしいぞ、西條。



 まあ、いくら文句を言っても仕方がない。閉まっているものは閉まっている。この世界、時間にはシビアだからね。学校への道中にあるコンビニでおにぎりでも買えばいいと思っていると、後ろから誰かに話しかけられた。


 「もしかして、閉まってますか?」


 声のした方を向くと、一人の女子生徒が俺と同じように、いや、それ以上に項垂れていた。項垂れるというのは少し違うか。もう床に膝付いちゃってるし。

 

 なに? そんなにお腹空いてるの? この子大丈夫かしら……。


 部屋に家から持ってきたお菓子あるから持ってこようか?ちなみに好きなお菓子はビスコです。あとオレオ。中のクリーム先に食べるんだよあれって。知ってた?



 「あ、そうですね。八時までみたいです」


 俺は立て看板の貼り紙に書いてある通りに答える。

 

 寝過ごすと朝食を食べられない。そういう意図で八時までの営業にしているのだろう。朝のホームルームは八時半からだから、ちょうどいい都合のつけ方だ。

 

 すると、食堂が閉まっていることに相当なショックを受けている女子生徒が顔を上げ、今にも泣き出しそうな力のない声で、


 「……私、昨日の朝から何も食べてないんです……。夜は部屋で寝てしまって、起きたら深夜三時でした。それからお風呂に入って、それまで寝てたから眠くないし、一人でジェンガとかトランプして遊んでたんです。けどやっぱり五時くらいになると眠くなって、学校の時間まで寝ようと思って寝たんです。そしたら今度は起きるのが遅くなって今この状態です……。あ、昨日のお昼を食べていないのは、私ダイエット中なので……、はっ、私今まったくどうでもいいことを! ごめんなさい! でもかれこれ丸一日何も食べてないんです。今本当に元気が出なくて。早くエネルギーチャージしないと倒れちゃいそうです。ああ、どうしましょう。倒れたら救急車呼んださいね、お願いしますよ。あ、救急車の呼び方知ってますか?あれね、109に電話したら来てくれるんですよ!」



 よ、よく喋る人だなぁ……。しかも慌ただしい。俺たち初対面だよ? よくそんなに喋れるね。しかも、ジェンガとトランプ一人でやってたの? すげえ。あと救急車119だし。109は渋谷のあれね。

 ヤーシブのマルキューのタイムセールでシャレオツなアイリッシュグリーンのランバージャックシャツをパーチェイス! なに言ってるのわけわかんない。

 

 相当面倒くさそうな人に出会ってしまった。だが、無視するわけにもいかない。



 「へ、へぇ。そうだったんですか。それはお気の毒なことで」



 しっかりと同調しておく。嫌なことがあったなら、共感してあげる。そうすれば少し気は楽になるだろう。俺超優しい。鼻セレブくらい優しい。あれ甘いよね。


 「売店もあるし、学校に行くまでに、コンビニもあります。だから、そこまで悲観的にならなくても大丈夫ですよ」


 そう付け加えておく。これで解決できるだろう。


 「じゃあ、俺はもう学校行くんで」


 そう言い残し、俺は彼女の横を通って学校へ向かおうとしたんだが。



 「待ってくださいよー」



 そう言って彼女は俺の腕を掴んだ。え、なに放してよ。あなた、絶対面倒くさい人でしょ? 俺分かるよ? 昨日もこんな感じだったし。


 「な、なにかな。俺急いでるんだけど」


 気づけば敬語すら使っていなかった。まあいいか、見た感じ同級生っぽいし。


 「私、今お金持ってないんですよ……。実家からの仕送りがまだ振り込まれてなくて……」


 なんでだよ。財布に少しくらい入ってるだろ、普通。

 

 「あ、そうなんですか……」


 「だから、お金貸してくれませんか! じゃなくて、貸してください!」


 そう言ってその子は頭を下げる。 


 いや、別にそこまでしなくてもお金くらい貸すから。お金貸したくないからじゃなくて、なんか面倒くさそうだから渋ってたんだよ? 俺そんな器の小さい男に見える?


 「頭上げてください。それくらい構いませんよ。いくらですか?」


 「本当ですか!? ありがとうございます! じゃあ、借りる前にまず、売店の場所教えてください!」


 

 そこからかよ。 参ったなー。調子狂うなー。



 * * * * * * * * * * * * * * *


 

 売店は北館と南館の一回に一つずつある。品揃えも若干違うらしい。女の子の日とかあるもんね。

 今は北館の売店に来ている。


 「あの、どれくらい買っていいんですか?」


 彼女がそう尋ねてくる。

 

 俺とかなり身長差があるため、少し上を向き、さらに上目遣いを駆使しなければ俺の目は見えないようだ。

 身長は、ギリギリ150センチに達した程度だろう。俺と約30センチ差だ。


 色素の薄い髪を肩より少し短く切りそろえている。いわゆるショートボブだ。多分地毛だろう。制服の袖は少し余っている。これから背が伸びることを見越してのこのだろう。もう無理なんじゃない? 若干の垂れ目のせいか、気怠げな印象を受ける。しかし、あの口の達者っぷりからして、どうやら中身は真逆のようだ。 

 ちなみに俺はよく、外見と中身が一致しすぎていると言われる。俺、そんなにやる気なさそうな顔してるかな? まあ、中身はその通りなんだけどね。でもやる時はやるよ!


 「お好にどうぞ」

 

 ここで三百円までだなんて言うほどケチな男ではない。朝食程度で千円、二千円も買うバカもそういないだろうし。



「いいんですか!? ありがとうございます!このご恩はいつか必ず返してみせます!」


 

 借りた金返すのは当たり前だろう。

 

 心の中でそう言っておく。


 すると、彼女は突然

「私、マヨネーズが好きなんですよ!」

 とのたまった。


「へえ、そうなんだ」

 俺にどう返事しろっていうの? もしかして今の、レベルの高いボケだった?


 そう言って彼女は、ツナマヨ、鮭マヨ、明太マヨ、唐揚げマヨの四種類のおにぎりとペットボトルのお茶を選んだ。おお、マヨが四つ。マヨがフォー。


 「結構ガッツリ食べるんだね」


 「はい! 昨日の朝から何も食べてないないので!」


 「あ、うん。それさっきも聞いたから」

 

 そんなやりとりを交わしながらレジに向かい、会計を済ませ、寮を出て学校へ向かう。


 その道中、彼女は美味しそうに口をモゴモゴさせていた。


 「ふぉんとぅに、うわぁりがとうぐぉざいますぅ」


 「いや、食べ終わってから喋ったら?」


 「ふぁっ、ほふれふね」


 やべえ、こいつバカだ。

 彼女はもぐもぐもぐもぐして、お茶を飲んだ。マイペースだねえ。小動物かよ。


 「本当にありがとうございます!助かりました」


 「いいよいいよ気にしなくて。それより、まだ名前も言ってなかった。俺は一年の溝呂木星哉」


 「は、そうでしたね! 私も一年です。新名菜々です! ナナです!」


 なんで二回言ったのかな?


 「よろしく、新名さん」


 「はい!こちらこそ! 溝呂木君は、鳳龍杯に出るんですか? 戦う系の人ですか?」


 「うん、そうだけど。新名さんは?」


 「私は、戦いはしません。適応率があまり高くないので……」


 「へぇ。じゃあ、医療系の人?」


 「はい! メンタルケアとかもできます!」



 永清学園の生徒は、大きく戦闘系と医療系の二つにカテゴリー分けできる。クラスで分けこそはしていないが、選択する授業が変わってくる。鳳龍杯の時期になると、戦闘系の生徒はもちろんそれに向けて動き出す。医療系の生徒は試合で出た負傷者の手当てはもちろん、勝ち続けた生徒へのカウンセリングや生活のアドバイスなどをしてくれる。勝てば勝つほど、連続して薬を服用しなければならない。すると、身体能力が上がった時と普段とで感覚の違いが生じるため、生活に支障が出ることもある。戦闘系の生徒は、医療系の生徒がいるからこそ思いっきり戦うことができる。


 ちなみにこれは中三の冬に中野先生が中学に来た時に聞いた。



 「溝呂木くんがケガしたりしたら私が手当てしてあげますよ!」

 新名さんは、親指を立ててそう言う。


 「じゃあ、その時はお願いしようかな」

 俺も愛想笑いでもって答える。


 「はい! まかせてください!」

 元気な声でそう返事をされた。



 この後もいろいろと雑談をしているうちに、学校に着いた。寮から学校までは歩いて約五分だ。



 「あ、溝呂木君は何組ですか?」


 新名さんはまた少し上を向いてそう尋ねてくる。ごめんね、首痛くない? 大丈夫?


 「俺は五組だけど」


 「え、本当ですか!? 私もですよ!」


 「そうだったんだ、じゃあ改めて、一年間よろしく。新名さん」


 「よろしくお願いします、溝呂木くん!」

 

  新名さんは、無邪気に笑ってそう言った。



 下駄箱で上履きに履き替え、階段を上がり、教室へ向かう。しかし、教室には誰もいなかった。



 「あれ? みんなどこ行ったんだ?」


 不思議に思っていると、新名さんが、


 「今日は上級生との対面式ですよ。みんな体育館に行ってるはずです」


 対面式……。そんなものがあるのか。高校生にもなると、今までと違うことが多い。


 「知らなかったんですか? 普通に一度、荷物を置きに来たんだと思ってました」


 「ははは、昨日のホームルーム、寝てたんだよ」


 「だめじゃないですか! なら、これから溝呂木君が寝てたら私が起こしてあげます!」


 「あ、うん。本当にやめてね?」



 そんなやりとりを交わしながら、俺たちは体育館に向かった。


 

 なんかもう疲れた。この人、俺のエネルギー吸い取ってるんじゃねえの。


 

新キャラが出てきました。

ルビを振りたいのですが、漢字の上に表示されずに、()のまま表示されてしまいます。

なので、ルビは振らないことにします。

読み方は全く難しくなく、そのまま読んでいただければ大丈夫です。

よろしくお願いします。

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