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第三話 決心

 「なにすんだよ! 危ねーだろ! 死ぬとこだったわ! バカじゃねえの! 傷とか残ったらどうすんだよ! 何考えてんの!? バカなの!? ねぇ、バカなの!?」

 

 俺のボキャブラリーの貧困っぷりが目に見える。誰だって焦ったらこうなるでしょ?


 「うるさいわね。死んだら傷が残っても関係ないでしょ」

 「そういう問題じゃねえだろ! こんなところで魔法なんか使いやがって、バカじゃねえの!」

 「あんた、それしか言えないの?」


 言い返す言葉もない。


 「ていうか、あんたこそどうしてこの学園にいるのよ! 鳳龍杯に出るのはやめたんでしょ!」


 こいつ、一方的に俺のこと知ってるのかよ。怖っ。


 「事情が変わったんだよ。というか、何で俺の名前知ってるの? 俺、君のことなんて見たことも聞いたこともないんだけど。あと、何でそんなに怒ってるんだよ。俺が君に何かしたか? 

 あ、さっきの俺が寝てたこと、そんなに怒ってるのかよ」


 「はぁ? そんなことで怒るわけないじゃん。あんたこそバカなんじゃないの?」


 あ、その通りですね、はい。


 「じゃあ、こんなとこに呼び出して何の用だよ。さっきも言ったけど、俺は君のことなんて知らない。

なに? 俺のファンなの?」

 「よくもまあこの状況でそんなくだらないこと言えるわね。まあいいわ。知らないなら教えてあげる。私は、本宮唯葉(もとみやゆいは)よ」


 ほう、本宮ね。こんな出会いだから、忘れたくても忘れられないだろう。席も後ろだし。どうしよ、後ろから刺されるかも。自主退学しようかな……。


 「去年の鳳龍杯のベスト4よ」


 へぇ、そうだったのか。強いんだな。俺は今薬を飲んでいないからこいつの実力はわからない。薬を飲めば多少は感じることができるのだが。

 

 感心していると、本宮はさらに続けて言う。


 「そして、一昨年の鳳龍杯は準優勝。準決勝は不戦勝で勝ち上がったの」


 ……なるほど。予想はついてきた。要するに、俺への復讐ってことか。


 「私は彼と約束していた。鳳龍杯の舞台で会おうって。けど、その約束は果たせなかった。彼は準決勝進出を決めていたのに、棄権した。それだけならいいの。高校でまた戦えるようにお互い勝ち上がればまた戦える。それなのに彼は……」


 ほらやっぱり。でも仕方ない。

 

 これは、俺の罪だ。


 

 「――あんたのせいで、もう何もできない身体になってしまったのよ! あんたの……あんたのせいで!」



 そう、俺は一昨年の鳳龍杯準々決勝で、対戦相手の選手を必要以上に攻撃した。決着を知らせるブザーが鳴っていたのに、それが聞こえなかった。

 あの時、俺は周りの期待に応えなければと思い、過剰なまでに薬を飲み、理性を保てなくなっていた。

 その結果がそれだ。俺は一人の戦士を、壊してしまった。

 

 だから、それ以来俺は戦うことを避けた。いや、戦うことが……できなかった。

 彼を壊してしまったことへの罪悪感で。彼を壊したのは俺だ。その俺が、再び戦うなんてことはあってはならない。

 それが彼への、せめてもの償いだと思っていたから。


 

 「それなのにあんたは今、この学園にいる! また鳳龍杯に出るためでしょ! あんな罪を犯しておいて、あんたがまた戦うことが許されると思ってるの!? 例え他の誰かが許しても! 世界が許しても!

私だけはあんたを許さない! 絶対に!」



 本宮は泣きながらそう言った。

 確かにその通りだ。俺の考えは甘かった。どの面さげて俺は今ここにいるんだ。あんな罪を犯しておいて。

 だからやはり俺は、罰を受けなければならない。

 もう二度と戦わないという罰を。


 「だから今! ここで! あんたを! を彼と同じ身体にしてやる!」


 そう言った本宮の手に魔法陣が展開された。彼女は風の魔法を使うようだ。

 

 「食らいなさい! 一生戦えない身体にしてやる!」



 本宮の魔法が俺を襲う。避けようと思えば避けれたのだが、俺は避けなかった。

 いや、避けてはならなかった。



 「ぐああああああああああ!」


 

 本宮の魔法が俺の身体を抉るように切り付ける。

 それでも攻撃が終わる気配はない。



 「これでいいのよ、これでいいの! あんたはこうなって当然なの!」



 ……ヤバい。意識が朦朧としてきた。これ以上受けると、まずい……。



 その時、



「――やめろ、本宮!」



 意識が途切れる寸前で本宮の魔法が止む。

 俺は朦朧とする意識の中で、屋上のドアの方を見る。


 そこに立っていたのは、担任の中野京華だった。



 「入学初日からなんてことをしてくれるんだ、お前ら……」

 「邪魔しないでください。先生には関係ありません」

 「いいや、関係ある」

 

 そう言って、先生は俺の横を通り過ぎ、本宮の方へ歩み寄っていく。

 そして、優しく本宮の頭に手を乗せた。



 「ありがとう、本宮。お前があいつの……私の弟のことを思って行動してくれたことは素直に嬉しい」



 今、なんて……。先生は今、弟と言ったのか。



 「けどな、あいつが、本当にこんなことを望んでると思うか? あいつは、溝呂木に復讐をしたいなんて思ってると思うのか? もしそうだとしたら、お前は弟のことをなにも分かっちゃいないよ」

 「でも先生、あいつは……溝呂木星哉は、京介くんをあんな風にしたんですよ!?そんなのを許せるわけありません!」


 

 本宮の言う通りだ。俺は許されてはならないんだ。

 しかし先生は目を細めて、優しく微笑んで言った。


 「お前は知らないだろうが、弟はあの試合の後すぐに、こう言ったんだ」



 『――次は勝つ。絶対に。』



 本宮の目から涙が落ちる。



 「あいつは諦めてなんかいなかったんだよ。今も必死にリハビリに取り組んでいる。お前の知っている京介は、何かを簡単に投げ捨ててしまうような、弱い男だったのか?」



 本宮がブンブンと首を横に振る。

 先生の優しい口調に、俺の目にも涙が溜まる。俺結構こういうの弱いんだよ……。



 「だから、もうやめてくれ。誰も……あいつも、私も、もちろんお前だって、復讐なんて望んではいない。わかったか?」


 「…………はい」



 先生は本宮を優しく抱きしめる。そして、次は俺の方に近寄ってくる。



 「お前もだ、溝呂木。弟は、お前にリベンジをしたがっているんだ。そのお前が、戦うのをやめてどうする」

 「いや、でも俺は……」

 俺は、せめてもの償いとして、戦わないことを選んだ。だからこれで正しいはずだ。



 「それは違うよ溝呂木。お前は間違っているんだ」

 「なにがですか……」

 「お前は、戦うことをやめるんじゃなくて、戦い続けなければならない。弟の分までな」

 「いや、それでも……」

 「さっき言っただろう。弟はお前にリベンジするつもりでいるんだよ。弟が戻ってきたとき、リベンジの相手であり、目標、ゴールであるお前がいなくてどうする。それこあいつへの一番最悪の結果だよ」

 「……」

 「それと、はっきり言ってやる。お前は罪を償うためだけに戦うことをやめてるんじゃない」

 「いや、そうですけど」

 「違うな、お前は――怖いんだ。」

 「っ!!」

 

 声にならない声が出る。

 

 「違うか? お前は戦うのをやめることで罪を償っていると理由をつけて戦わないようにして、自分を正当化していただけだ。本当は怖いんだ。また同じ過ちを犯してしまうかもしれないということが。そして、周りの期待に応えられないかもしれないということが」

 

 「……」

 

 「でもな、溝呂木。それは当然のことだ。期待されることは本当に恐ろしいことだ。裏切ってしまうと、すぐに切り捨てられる。怖いよな。怖いに決まっている」

 

 「お、俺は……」


 「けど、今のお前はどうだ? 前回の鳳龍杯には出場せず、且つしばらく戦線から離脱していたお前に期待しているやつなどそういない。いても私くらいのものだろう」

 

 「……いるじゃないですか。一人」


 「私の期待なんて大したものではない。もし負けたら、ショックで大好きな戦艦のプラモデルを破壊してしまう程度だ」


 マジか、この人本当にプラモデル好きだったよ。今ので少し気が楽になった。


 「ははは、笑えない冗談ですね。でも、先生一人に期待されるくらいじゃ押し潰されたりなんてしませんよ」


 「そうだろう。だったら、またやってみせろ。戦ってみせろ。復活してみせろ」


 「分かりましたよ。先生の期待に応えてみせます。そして、弟さんのためにも復活してみせますよ!」


 「それでこそ、私がこの学園に欲した強い溝呂木だ!」


 

 そう言うと、先生は俺の頭をガシガシと撫でてきた。

 ちょっと、痛いんだけど。髪の毛絡まって超痛いんですけど。ていうか本宮比べて扱い雑すぎません?


 

 ともあれ、覚悟は決まった。やらなければ。勝たなければ。俺が戦うことを望んでくれる数少ない人たちのためにも。

 そして、自分のためにも。

 

 

 すると、本宮が俺の方に歩いてくる。同時に先生が離れていく。



 「……ごめん。私、冷静じゃなくて。ごめん」

 「謝るなよ。お前の行動は別に間違ってはいなかった。友達? のために行動を起こせるってすごいことだよ。俺なんか自分のためにしか行動しないし。自分のためにでも行動しないこともある」

 「何それ、バカみたい」

 

 夕焼けをバックに微笑む本宮は、絵画の中の世界人間なのではないかと思うほど映えている。

 また俺は見惚れてしまった。

 今度は注意されないよう、気付かれる前に慌てて目を逸らす。

 

 「ほら、傷見せて。治してあげる」


 本宮の手から、さっきとは違う優しい魔力がみなぎっている。


 「へぇ、治癒魔法も使えるのか。さすが、鳳龍杯ベスト4ともなると芸も達者なんだな」

 「まぁね。それで、どう? 怪我させられた当人に治される気分は」

 「悪くない気分だな。お前、かわいいし」

 

 ついでにいい匂いもする。シャンプーの香りか? それとも柔軟剤? うん、多分その両方だ。

 おっと、本音が漏れてしまった。こんなこと普段から女子に言ったりしてませんよ?


 「な、ななな、何言ってんのあんた! そういうこと聞いたんじゃないわよ!」

 

 すごく面白いリアクションが返ってきた。


 「え、なに? 照れてるの?」

 「ふざけんな、死ね!」

 

 本宮の右ストレートが飛んでくる。もちろん俺はサラッと躱す。

 

 「おっと。あぶねーな」

 「避けんな!」

 もう一発、次は左フックが飛んでくるが、これもしれっと躱す。

 この辺で水を差しとかなければ、三発目が飛んでくる。


 「俺怪我人よ? わかってる? もっといたわれよ。なかなか重傷だよ? 痛いなぁ、痛いなぁ」

 「う、うるさい! 悪いと思ってるわよ! バカ! 死ねば!?」


 

 といった感じにあからさまなツンデレ臭を漂わせながら本宮は治療を続けてくれた。

 出会いは最悪だったけど、何故かこいつとはうまくやっていけそうな気がする。席も後ろだし、授業のノートとか見せてもらおう。

 


 そして、あいつ――中野京介のためにも、俺は戦わなければならない。

 それが、俺ができるせめてもの償いだと分かったから。

  

 

 となるとまずは……


 

 いや、今日は疲れた。明日考えよう。疲れた頭で考えても何も出てこないのは分かりきっている。

 「はぁ、疲れた……」

 

 思わず口に出てしまった。


 「ホントにそれよ……」

 本宮も疲れているようだ。いや、お前は一方的に攻撃してきただけじゃん。

 まぁもういいけどさ。

 

 そうだ。まだ俺から名乗っていない。


 「俺は溝呂木星哉。溝呂木でも星哉でも何でもいい。好きに呼んでくれ。今日からよろしく」


 一瞬目を丸くした本宮だったが、すぐにさっきと同じように微笑んで、


 「知ってるわよ。あんたのことは、二年前からね。よろしく。じゃあ、星哉。私は本宮唯葉。本の宮に唯一の葉で本宮唯葉。唯葉でいいわ」


 「知ってる。さっき聞いた。よろしく、えっと、本宮」


 「唯葉でいいって言ったでしょ! バカ!」


 顔を真っ赤にして怒鳴る本宮。

 ははは、こいつおもしれえ。煽り耐性ゼロじゃん。

 

 「よろしく、唯葉」

 「……うっさい、バカ」

 

 

 

 

 ――こうして、入学初日の慌ただしすぎる一日が無事に終わったのだった。

 


 

  

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