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第一話 後ろの席の人

 薄紅色の桜が頭上で咲き乱れていた。

 この時期ともなると、散っていてもおかしくないが、今年の冬はここ数十年でも最大の寒波に見舞われたため、桜の開花が例年より数日遅れた。結果、今もまだ美しく咲いている。


 そんな桜並木の下を俺、溝呂木星哉(みぞろぎせいや)は歩いていた。今日から通う永清学園(えいせいがくえん)に向かって。

 

 俺の周りには、同じように今日から永清学園に通うのであろう学生たちがたくさん歩いている。

 おいおい、スマホ弄りながら歩いてんじゃねえよ。ポケットなモンスター探してたら危ないよ? ほらぶつかった。ちゃんと謝っとけよ。


 自転車を漕いでいる人もいる。チャリ通羨ましいな。俺も本当は実家近くの公立高校にチャリ通だったはずなんだけど、おかしいな……。



 「ヤバい、ヤバい遅刻だよ! 急ご!」

 「ねえ待ってよ、そんなに急がなくても大丈夫だって!」


 二人組の女子がそう言い合いながら俺の横を通り過ぎて行く。


 

 「早く帰りたいなぁ……」

 

 学校に着く前から帰りたいという学生なら当たり前のことを考えながら、俺は自分のペースでゆっくりと歩いた。



* * * * * * * * * * * * * * * 



 ――それにしても、どうして校長先生のお話というものはこんなにもありがたいのだろうか。


 そのありがたさに心打たれてか、前に座っている人も、横に座っている人も目が死んでいる。あれ? もしかして命まで途絶えっちゃってる? 大変! 119しなくっちゃ。その前に、だれか! AED持ってきて! 

 

 などとくだらないことを考えていると、やっと校長先生のありがたいお話が終わった。

 いやー、本当にありがたいお話だ。


 誰もお前の孫の小学校入学の話になんて興味ねえよ。



 ……こういうところは普通の学校と変わりないんだよな。



 * * * * * * * * * * * * * * * 



 入学式が無事に終了し、クラス分けが発表された。俺は一年五組に配属された。

 クラス毎に整列し、教室へと向かう。三十代くらいの男性教師が引率しているが、担任ではないらしい。なんで焦らすの? そんなことされても俺全然興奮しないよ? 放置プレイとか興味ないよ? 

 いつも通りにしょうもないことを考えていると、隣を歩く男子生徒に話しかけられた。


 「今日からよろしくな。俺は西條慧(さいじょうけい)。お前は?」

 「溝呂木星哉。こちらこそよろしく」

  

 高すぎてうざがられず、低すぎてキモがられないように、六割五分くらいのテンションで答える。

 べ、別に昨日から考えてたわけじゃないんだからねっ! 友達できなかったらどうしようなんて心配になったりしてないんだからねっ!


 「あー、お前が溝呂木か!」

 「……俺のこと、知ってるのか?」


 もし知っているならば、きっといいことではない。

 俺はそう思いながら西條に尋ねた。


 「あー、そっか。お前はまだ寮に来てないもんな。俺ら、同じ部屋なんだよ。ルームメイトってやつ」


 よかったー。知られてなかった。そうと分かれば、こちらも普通に接することができる。


 「そうだったのか。俺、言うほど実家遠くないし、今日も普通に実家から電車で来たんだよ」

 「なるほど。俺なんか新幹線使わなきゃならないくらい遠いからさ。いいな、実家近いの。羨ましい」

 「大変なんだな。まあ、これからよろしく。お互い頑張っていこう」

 「おう!」



 その後も雑談を交わしていると、教室に着いた。四階だ。マジかー。毎朝階段上がるのしんどいな。エレベーター設置しろよ。私立高校だろうがよ。


 「俺の席は……あった」


 廊下側から二列目、後ろから二番目のなかなかグッドなポジション。やった! 寝れるよ! 先生に注意されずに寝れるよ!!!

 

 というわけで早速寝ることにする。睡魔にゃ勝てぬ。超絶可愛い女の子に起こされたら話は別だけど。



* * * * * * * * * * * * * * * 



 「ねぇ、ねぇってば。早くプリント回してくれない?」


 後ろの席のやつに背中を叩かれた。声からして、女子だろう。

 何人たりとも俺の眠りを妨げる奴は許さん。なんならリバウンドを制してやろうか。


 そんなことを考えつつ顔を上げる。ごめんね。プリントは回さなきゃダメだもんね。


 「ごめんごめ……」


 ん、と続くはずだったが、俺は言葉を失った。

 後ろの席のその女の子が、


 

 ――あまりにも、可憐な美少女だったから。



 若干赤みがかった茶髪を胸の辺りまで伸ばしている。悪目立ちしない程度に施されたメイクに綺麗に整えられた眉、そして何よりその端正な顔立ちに、不覚にも見惚れてしまった。

 

 超絶可愛い女の子に起こされるという念願は叶った。ちょっと違うような気もするけど。


 「なに?私の顔に何か付いてる?」

 「あ、いや何も。ごめん」


 逆に見つめ返されたような気がするが、気のせいだろう。俺の方から見たんだから、そりゃ見返してくる。

 とりあえずプリントを渡して前を向く。


 「……」

 やっぱり俺みられてる? まさか寝てる間に屁でもこいたか? それはまずい。今後の学園生活に響く。

 気のせいだと思い込むことにした。


 すると、担任であろう教師が話し始めた。ごめんね、わからないの。あなたが担任だよね?


 「というわけで、みんな、入学おめでとう。保護者の皆様も、お子様のご入学おめでとうございます。私はこのクラスの担任の、中野京華です。一年間よろしくお願いします」


 聞き覚えのある声だった。

 俺はこの先生を知っている。

 なにせ、俺をこの永清学園に入るよう誘ってきたのは彼女なのだから。

 

 それにしても、相変わらずしっかりした人だな。あれでいい男が見つからないとは意外である。同年代の男性を前にすると、緊張で話せなくなるとか? もしそうだったら腹抱えて大笑いしてやろう。


 「今日からみんなはここ、永清学園の生徒です。まずは学内選抜戦で優秀な成績を残し、鳳龍杯本戦への出場権を獲得できるよう努めてください。もちろん、勉強の方にも真摯に取り組んでくださいね」

 

 

 先生の口から出た言葉。『鳳龍杯(ほうりゅうはい)

 それは、薬を服用し、身体能力が上がった学生たちが己の実力を競い合う、いわば某龍の球の天下一武道会のようなものだ。

 薬への適応率が一定以上ならば、魔法のような異能力も使える。凄い世になったものだ。魔法なんて架空のものとしか思っていなかったのに。

 ちなみに俺も魔法を使えるが、しんどいから滅多に使わない。あれ、疲れるんだよ? 連発する人とか結構いるけど、あの子たち本当にすごいわ。お兄さんもうビックリ仰天!


 そして、俺がこの永清学園に来た理由が、鳳龍杯に出場するためだ。俺が中学二年生の頃、中学生の部に出場したときの準々決勝試合を見て、中野先生は俺を特別特待生として入学するよう言ってきた。結果の方は……まぁ聞かないでくれ。

 もっとも、あの試合以来戦闘はおろか、薬すら一度も飲んでないのだが。まぁ。ちょっとわけありなんだわ。気にしないで。話す機会があれば話しますよ。


 「では、みんな、今日から卒業まで、しっかりとがんばってくださいね」


 はい、とやる気のない返事がぽつぽつと聞こえた。

 うん、偉い! 返事は大切だもんね! お兄さんお駄賃あげちゃう! 一人十五円ね! 十分にご縁がありますようにっと。


 すると、中野先生からお声がかかった。

 「溝呂木、この後ちょっと来てくれ」

 「あ、はい」

 マジかー、帰らせてくれよー。


 すると、意外な方向からもお声がかかった。

 「ねぇ、先生の用事が終わったら屋上に来て」


 「…………は?」


 我ながら間抜けな声が出たと思う。

 何この子、さっき会ったばっかりなのにもう因縁つけてくるの? そんなに早くプリント見たかった? それともまさかの入学初日で告白? 高一でモテキ到来? 勘弁してくれよ、俺は年上の女の人がタイプなんだよ。


 「だから、屋上に来てって言ってんの。返事は?」

 「……は、はい」


 勝ち誇ったように笑みを浮かべ、後ろの席子ちゃんは黒のリュックサックを背負って教室を去っていった。ほんとなんなの? 怖すぎる……。コンビニでジャンプ買って制服の中に装備してから行こう。


 それにしても俺、ちゃんと返事できた! 偉い! さぁお駄賃プリーズ! 百億万円プリーズ!


 ――くだらないことを考えていないと気が持たない。俺のメンタルなめんなよ!


 「マジでなんなんだよ。俺の高校生活、前途多難すぎる……」



 小声で文句を言いながら、俺はまず担任の中野京華の元へ向かった。

 

 

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