異世界へ
20歳にしてニート生活を満喫していた俺は気づくと白い空間にいた。平日の昼間から惰眠を貪って目が覚めるとここにいたのだ。そういえば最近冷凍食品しか食べてなかったし栄養不足で死んじゃったのかなーなんて考えているとどこからか声が聞こくる。
『気が付いたか。早速だが貴様には異世界に行って魔王を討伐してもらいたい』
風格のある老人の声だ。姿は見当たらない、こいつ直接脳内に!?
『そういうのいいんで。異世界ってわかるよね』
異世界、暇を持て余して呼んだ小説や漫画やらのあれか?
『たぶんそれ。そこいって魔王を討伐してきてほしい。詳しくは向こうで調べよ』
なんだそれ。俺こう見えても忙しいんだけど?
『……貴様はさっきまで何をしていた?』
何って、平日の昼間から惰眠を。
『貴様にとっては毎日休日だろうが』
痛いところを。ところでお前は誰だ、神か?
『察しがいいな。そう、ワタシが神だ』
それで俺は暇を持て余した神々の遊びに付き合わされると?やだよめんどくさい。
『暇を持て余してるのは貴様だけだ。ワタシはこう見えて多忙の身。仕事の一環で異世界の秩序を保護するため暇そうなやつを送り込むんだ』
暇そうだからって俺が選ばれたのかよ。暇度なら誰にも負けない自信はあるがね。俺なんかが異世界行っても魔王はおろかスライムに喰われるのがオチさ。
『それはわかっておるでな。きちんと加護を与えよう。もうさっさと行って来いめんどくさい』
加護?てかめんどくさいとか言うなし。俺の決め台詞だぞそれ。
『はいはい、じゃ魔王の件よろしく頼むよ。君ならできるさきっと』
は?ちょっ、待って……っ!
――突如猛烈な光に包まれ目を瞑る。背中に地面の感触、肌にはそよ風が触る。目を開けると森の中だった。生えている草や花は紫やピンクなど色とりどり。どれも見たことのない植物だ。
「……夢じゃなかったのか」
異世界。にわかには信じがたいが本当に来てしまったようだ。
どうせ家にいても引き籠もりの毎日。親の不安が減ったと思えば異世界も悪くはないかもな。適当に旅して生活するのもいいかもしれない。「旅の者です」と言えば食糧とか恵んでくれるだろ。意地でも働かないがな。
とりあえず町に行こうと辺りを見渡す。……どっち行けばいいんだ?
見渡す限り森、森、森。まさに右も左もわからない。早速遭難?野垂死に?近くでガサガサと音がする。動物……いや、モンスターとかいるのか?異世界だしいるよな?
これは死んだ。最後まで親不孝者でごめんなさい。生まれ変わったら裕福な貴族の家庭で遊んで暮らしたいです。手を結び地面に倒れこむ。静かな足音と共に生き物が接近するのを感じた。せめて苦しまないよう一思いにお願いします……。ぎゅっと目を閉じ天に祈ると優しそうな女性の声が耳に届く。
「……何してるの?」
目を開く。腰に剣を差し、青と白を基調とした衣装。明るい茶色の髪を腰まで垂らす女性が目の前にいた。おそらく歳は20未満。端正な顔立ちにはどことなく幼さが感じられる。横になり体の上で手を結んだまま、しばし彼女に見とれてしまった。
「……えっと、大丈夫?」
彼女は腰を屈ませ顔を覗き込んでくる。顔が近い。
「だ、だいじょうっ、ぶ、です」
急いで起き上がり返事をする。女性と話すのすら苦手なのに相手は美人さんなのだ。言葉が思うように紡げない。
「こんなところで何してるの?」
屈んだまま首を傾げ尋ねられる。日本人とは違う、触れたことのない特殊な雰囲気。異世界人だから当たり前か。
「えっ、と。町に行こうとしてたら、迷子になっちゃって……へへ」
今めっちゃ気持ち悪い笑い声出た。俺きっも!
彼女は気にした風もなく立ち上がり笑顔を浮かべる。その笑顔を例えるなら、天使。
「じゃあ一緒に行く?私もちょうど町に戻るところだし」
天使の笑みを浮かべ歩きだす彼女に「ひゃ、ひゃい」と返事をし、後ろについていく。
ああダメだ女性耐性が無さすぎる。そもそも人間への耐性がないんだけどね。心の中で軽口を叩ていると少し落ち着いてきた。ミニスカートから伸びる美脚を眺めていたいところだがこの世界の情報を集めねばならない。彼女の隣に行き並走しながら質問をする。
「あ、あのお名前を伺っても?」
「セーラだよ。アリル・セーラ」
「セ、セーラさんですか。いい名前ですね」
かっこいいセリフは俺に似合わないな、めっちゃキモイ感じになってるもん。コミュ症打開案その1・ギャルゲの主人公を真似る。早速失敗。
「ふふ、ありがと」
笑顔で返してくれるセーラさん。命の恩人でもあるんだ、様付けで精一杯の敬意を持って接しよう。
「それでセーラ様、町について聞きたいのですが」
「何それ、敬語しゃなくていいよ?歳も近そうだし」
「ではセーラさん、町についてなんだけど……」
気さくに接してくれる天使のおかげで何とかどもらずに話すことに成功した。
異世界から来たと言うと怪しまれるだろうと思ったのでこれは隠す。異世界についてではなく町について聞くことである程度の情報は聞けた。まず「ギルド」なる物がこの世界には存在する。ゲームや小説、漫画に時間を費やした俺の知識を侮ってはいけない。依頼を受託し達成すると報酬を得られる。その報酬で生計を立てている者を「冒険者」と呼ぶ。大体想像通りだった。
「私もその冒険者なんだよ?こう見えて結構強いんだから」
体を見せつけるようにくるりと回るセーラさん。ミニスカートが翻り中が……ぎりぎり見えない。
他には魔法が当たり前のように存在する、あと魔物とかめっさいる。あのまま森に倒れていたら魔物に殺されていたらしい。本当にセーラさんは命の恩人です。
楽しい会話は過ぎるのが早く、森を抜けると町が見えてきた。
「あの町がさっき話した『ガルデンゴルグ』。冒険者が多くて治安がいいの。よそ者にも優しく接してくれると思うよ」
(僕よそ者だし虐められないかなぁ……)という不安を解消してくれたセーラさん。よそ者といっても異世界から来たとなれば話は別だろうが、黙っていればいいべ。田舎から来た設定で行こうっちゃ。
田舎弁がわからないので標準語で行こうと思い直すが異世界なのに日本語である。神の言っていた「加護」とやらの効果だろうか。
町に近づくと大きな門がそびえ、両脇には槍を持った兵隊が2名。この世界で、この町で、俺の新たな人生が始まるんだ。大地を踏みしめ門を潜ろうとすると2人の門番が槍を交差し進路を塞いだ。
「見ない顔だな。身分証を見せろ」
身分証?免許証でいいですか?手ぶらで来たからないですけどね。きょとんとするセーラさんに苦笑いを向ける。結果、町には入れなかった。
誤字脱字の指摘、感想等感謝です。