エルケイジェイエイチ
「有難う」
僕は僕の首に掛かる温かい一対の手を感じ、目を閉じた。
瞼の裏を見ながらも彼女の手が絶えずむず痒さを感じているように震えている事を確認して、胸に痛みが満ちる。
悪いなあと、そう思うが、けれど仕方が無いのだ。
彼女の指が深く深く首に埋まって来る。
長く細く伸びた白い指が同化されていく。
顔は膜を被せたように紅く、意識は一瞬炎を通したナイフのように鋭くなり、徐々に鈍く重くなっていった。
瞼の端からは液体が少し垂れ、口からは涎と声が微小ながら止めどなく漏れる。
耳に流れてくるのは自分のそんな喘ぐような跳ねるような掠れた声と、彼女の過呼吸気味な荒い吐息だった。
歯磨き粉と彼女の唾液が混ざった生臭くてそれでいて妙に唆られる香りの、火傷しそうな程熱い息が、濃い茶色に染められた艶やかな彼女の髪の毛と共に規則正しく僕の胸に掛かる。
彼女の顔は髪で隠れている。
僕は少し腕を上げ、彼女の顔を撫でるように触った。
濡れてはいなかった、必死なのだろう。
少し顔を上げ、彼女の体の向こうにある大きな窓の、そのまた向こうにある地下水のように透明な空を見る。
吸い込まれないで口の中に溜まっていく空気の味は甘い。
僕は途方もなく、少なくともこの瞬間だけは、幸せだ。