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漁師と海竜 海原を行く  作者: 赤五
第一章 バトア王国編
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第6話 王都騒乱 前篇(2) 白露の城

「どうしてこうなった」


 ケンカイは右腕を振りぬき、貴族の私兵らしき武装した者の顔面を殴り飛ばす。

 並外れた怪力で殴られて無事に済むわけもなく、殴られた男は吹き飛ばされ、地面に頭をぶつけて気絶した。

 脳震盪ですんでいれば儲けものだろう。

 顔面が陥没しているか、首が折れたか。いずれにせよ軽い怪我ではありえない状態だ。

 ケンカイは殴り飛ばした男に近付く。別に容態を心配したわけでもなく、うつぶせに倒れている男を蹴り飛ばして仰向けにし、隠れていた右腕をつかみあげた。

 

「軽い剣だな。またすぐ折れるじゃねーか」


 倒れた男が握っていた細剣を奪いとり、一度振った後、ケンカイは溜息をついた。

 ケンカイの足元には、折れた剣が散乱している。

 ついでに、殴られたり斬られたりした兵士の姿もある。

 その時、重量感のある足音が響く。それはケンカイの背後の扉のほうから聞こえてきた。

 背後の音に気づきケンカイは振り向いた。


「また、こいつらか」


 目の前にいるのは、巨大な猿。大人の男より首二つは確実に大きい巨体が、鉄の鎧を身に着けて立っていた。

 武器は持っていないが、ごつい両手のガントレットについた鉄の爪が血にそまっている。

 それが3匹。

 荒い呼吸音に混じり、威嚇の叫びが聞こえる。

 獰猛と表現するしかない轟音。普通の人間なら恐怖で動けなくなるだろう。

 

「こいつらに、この細剣じゃなあ」


 もっともケンカイは普通にはほど遠い。 

 細剣を左手に持ち替えて、右手に床に転がっている兵士の足首をつかみ持ち上げた。持ち上げられた兵士は死んでいるのか、ピクリとも動かない。

 

「さてと、姫さんとリンダが気にかかるんでな。さっさと失せな。じゃなきゃ、死ね」

 

 そして、兵士の体を振り回し大猿にぶつけた。虚をつかれたのか、一匹目の大猿はまともにくらい横に転がった。

 しかし、二匹目は左手で兵士を受け止めると、右手の爪を突きたてようと腕を振り回す。

 それを避けて床に転がったケンカイが見たのは、一匹目の大猿が平然と立ち上がってくる姿だった。


「頑丈なエテ公だ。もっとちゃんとした武器が欲しいぜ」


 太い指で太い首筋をさする。そこには浅いが爪がかすめた傷があった。

 

「傷なんて久々だ。

 猿が熊に勝てると思ってんじゃねーぞ。

 我は海熊の一族にて、銛撃つ者」


 ケンカイは見栄を切った後、困った様に頭を掻いた。


「で、相談なんだが、その銛が今手元になくてな、取ってきてから再戦ってことで、手を打たないか?」


 大猿は答えず、そのまま襲いかかってくる。


「やっぱエテ公、話が通じないな」


 爪の一撃を躱し、腕に細剣を打ち込むがガントレットに当たり剣が折れる。

 だが、ある程度の衝撃はあったのだろう、動きが鈍くなった大猿の腕をケンカイは掴み、関節を極めるように逆向きに折り曲げた。そして、露出した鎧のつなぎ目に折れた剣をねじ込み捻る。

 大猿は凶暴だが悲痛な叫び声をあげた。

 ケンカイは中身の詰まった(・ ・ ・ ・ ・)ガントレットを持ち上げた。


「うん、これくらいの重さなら悪くないな」


 そして振りまわして、悲鳴を上げている大猿の頭を砕く。

 信じられないものを見る目で、ケンカイをみつめる残りの2匹に、ケンカイは余裕たっぷりで笑って言う。


「おら、さっさと掛かってこい。オレはこれから人探しにいくんだ」



”おい爺さん、どうなっているか判るか?”

”ジョナサンで見てはおるが、ただ混乱しとることしかわからん”


 残りの2匹の大猿を仕留めたケンカイは、武器代わりに振り回していた大猿の右腕を投げ捨てた。そして、後から仕留めた大猿のガントレットを外し、自分の腕につけてみる。

大きさが合わないが、強引にロープで絞めると使えないことはなさそうだった。


”騒ぎが起きてるのは、ここだけか?”

”城のほぼすべてかのう。城の造りをよう知らんが、すこし離れたところにある塔の辺りは静かじゃな”

”城の外は?”

”特に騒ぎは起きとらんな”

”城の外から、敵がきてる訳じゃないのか”

”ワシが見た限りでは、そうではないのう”

”それじゃ、最初からこいつらは城の中にいたってことだな”


 ケンカイは、不敵な笑みを浮かべる。


「城についたら直ぐ戦闘か。面倒事がなく面白い展開じゃないか」

 

 ここは、王城。バトア王国の中枢であり要。だが現在、王城は騒乱に包まれていた。





 城への道を馬車で移動する一行の中で、ケンカイだけははしゃいでいた。

 実のところ、東の大陸らしいこちらに飛ばされてきてから、その旅程のほとんどを海上や港付近で彼は過ごしてきた。

 そのため、異大陸、異国の地であるバトア王国の王城への路程で目にするものの殆どが、彼にとっては見慣れぬ新鮮なものとして興味を引くのである。

 そもそも馬車に乗る事自体初めての経験だったりする。

 それほど、故郷から離れた場所にいあんがら、ケンカイは言葉に不自由したことがない。

 実のところ、言葉が通じているのは、リオウとの契約による数少ない(・ ・ ・ ・)加護のおかげだったのだが、ケンカイは特に意識していなかった。

 彼にとっては、今まで通り話していればいいだけのことなのだ。

 最初からそうだったため、むしろ違う言語でお互い会話をしているという意識すらなかったりする。

 それはともかく、ケンカイは場所の中から見えてくる光景に感動し、いちいちリンダに尋ね質問責めにしていた。

 田舎者が都会に出たのと同じお上りさん状態である。

 見るもの全てが珍しい。

 なので、あの建物はなんだとか、あの看板は何の看板だとか、あの派手な建物は何だとか、あの服装の人間は何者だとか、目につく物全てを尋ねていく。

 リンダも面倒がらずに、逆ににこにこしながら答えていた。

 リンダが答えなかったのは、大きな派手な看板について聞かれた時だけだった。

 その看板には、リンダによく似た女性が涙を流して祈りを捧げるかのようなポーズをとっている絵姿が描かれていたのだ。

 リンダは、それをみるや真っ赤になって


「知らないわ」


 とだけ答えた。

 実際は、イタチの劇団の宣伝用看板なのだが、ケンカイに判るはずがなかった。


 そんなこんなで、城へと続く街道を、多くの街人に見物されながらケンカイとミトア姫達は移動していく。

 ミトア姫は時折馬車の中から顔を出して、街人に手を振ったりしている。

 さすがにケンカイはそこまでする気にならず、リンダに話を聞きながら外の様子を楽しんでいた。

 

「どうやら、道中に仕掛けられる恐れはないようですな」


 一人緊張した様子を見せていたベッグは、城門がはっきりと見える場所にまで着くとそう呟いた。

 ここまでくると、途中までは鈴なりにいた見物人たちの姿も少ない。

 代わりに城からはよく見えるようになるため、闇討ちを考えている者がいてもここでは仕掛けてこないだろうとベッグは判断していた。

 

「ここまで多くの人に見られましたゆえ、我らが海で事故に逢い死亡したなどの虚偽は使えますまい。そして、城に帰還中に行方不明になるということも、奴らにとっては残念ながら起きぬというわけですが」

「気にし過ぎじゃねーか。そういう物騒な気配は感じなかったが」


 はしゃいでお上りさん状態でも、周囲の気配を探るくらいのことはケンカイもしていた。

さらに、鴎のジョナサンによる偵察の結果をリオウから聞いている。

 ここまでの道中に、怪しい行動をとる者たちの影を感じることはできなかった。


「ゆえに、城の中がより一層危険なわけです」


 ベッグは王城を指さした。

 王城は美しかった。白い石を使った巨大な建造物でありながら、威圧感よりも美しさを感じる優しい外観となっている。

 その白い城は周囲を堀に囲まれていた。堀には綺麗な水が満ちている。そして堀の周りに多数の樹木が植えられ、その緑が城の白さをさらに引き立てている。

 そして、城と堀の間にある城壁の四隅には、大きな塔がそびえ立つ。

 それは優美な城にかけている威圧感を補うような迫力がある。

 そして、その迫力がさらに城の優美さを際立させている。


「綺麗な城だな」


 素直な感想をケンカイは言った。


「王城、別名を白露の城といいますの。我が国の誇りの一つですわ」


 リンダが誇らしげに言う。


「わたしはあまりいい思い出ないなぁ」

 

 ミトア姫は顔を曇らせ、小声で呟く。その視線は一瞬城の右側の塔に向けられていた。

 そして、頭を少し降ると、気を取り直し笑顔を浮かべた。


「さてと、久々の我が家! 姫さまのお帰りだよー」




 城門が開き城に迎え入れられた馬車を待つ人たちは多くなかった。

 ケンカイがそのことを尋ねると、正式な帰城の儀式の時に改めて人を集めてから再度城門から入場するそうで、今回の帰城はそのための準備を兼ねたものだとリンダが説明した。


「古くて面倒な儀式ですわ。古来からの慣例ってやつですわね」


 ややこしくて面倒なことだとケンカイが言うと、リンダも同意した。

 馬車を預け、城内に案内された一行は二手に分けられた。

 ミトア姫と従者たちは、王への帰還の挨拶をするために王座の間へ、ケンカイは出番がくるまで客室へと案内されることになったのだ。

 

「ケンカイ、これ、お腹空いたり喉が乾いたら使ってね」


 リンダが中身の満たされた袋を渡す。

 袋の中には、林檎酒の瓶と簡単な肴が入っていた。

 名残を惜しむようにケンカイの首に腕を回し、耳元で囁く。


「あまり時間はかからないでしょうけど、客室で出された食べ物や飲み物には気をつけておいて。うかつに食べたりしないでね。

 それと・・・」


 リンダの口元が笑いを浮かべた。ただし目は笑ってるように見えなかった。


「客室付の侍女を食べて(・ ・ ・)も駄目よ」


 そして一行は別れ、ケンカイは一人で客室に案内されたのだった。


 客室の中には一人の侍女が待っていた。

 小柄だが胸だけは大柄だな、とケンカイは思った。

 年のころは16,7歳だろうか。顔だちや態度は大人びていた。

 小作りな顔に大きな瞳が印象的な美少女だった。髪の毛はくすんだ金髪。

 ケンカイの姿を目にとめると、きびきびと動き目の前に直立する。


「ようこそ、ケンカイ様。

 お世話をさせていただくレイドラと申します」


 レイドラは優雅に一礼した。


「馬車に揺られてお疲れでしょう。よろしければ飲み物を用意しますが、なにかお気に入りのものはございますでしょうか」


 ケンカイを見つめるレイドラの瞳緊張のせいか潤んでおり、、わずかに肌が上気している。

 そのせいか、レイドラからは漂う気配には誘い込まれるような色気が混じっていた。


「いや、自分で持ってきている」


 ケンカイは袋の中から林檎酒の瓶を取出した。

 そのまま蓋をあけ直接口をつける。


「旨いのは美味いが、ちと物足りんな・・・」

「お注ぎしましょうか?」


 ガラスの杯を取り出したレイドラがケンカイの傍に寄る。

 躰に香水をつけているのだろう。

 良い香りがケンカイの鼻腔をくすぐった。


「いや、この程度の酒じゃ、杯なぞいらん」


 そのままテーブルの上に酒瓶を置き、袋の中から肴を取り出す。


「ここで、どれくらい待つんだ?」

「詳しくはしりませんが」


 レイドラは小首を傾げた。


「おそらく、2時間程ではないかと」

「結構長いな」

「申し訳ありません」

「あんたに謝られることじゃないだろ」


 ケンカイは椅子に座り、暫くの間肴を平らげることと、林檎酒を飲むことに専念する。

 レイドラはその様子を傍で興味深そうに見ていた。

 瞬く間に用意してきた酒と食料を飲みつくし食べつくしたケンカイ。

 その様子を確認してから、レイドラはそっと近づき空になった酒瓶を下げようとする。


「すまないな」

「いえ、私の仕事ですので」


 そのままテーブルの上を片付けてからケンカイに向き直った。


「何か、ほかの物をお持ちしましょうか?」

「いや、これくらいで止めておく」


 ケンカイはあっさりと断った。リンダの忠告を忘れてはいなかったのだ。


「そうですか、かしこまりました」


 レイドラもしつこく勧めたりはしなかった。

 ケンカイの様子をしばらく観察したあと、


「落ち着かれたようですので、身体検査をさせていただきたいのですが」


 と切り出した。


「身体検査? 武器は持ってないが」


 レイドラは頷く。


「ケンカイ様がそのような物を持ち込んでいるとは、私も思っていません。

 ただ、陛下に会われるのでしたら、事前に確認をさせてもらう事が必要となっているのです」


 申し訳なさそうに言うレイドラ。


「ですので、うっかり武器の類を身に着けてらっしゃるのなら、先にお出し願います。

 検査の時に見つかりますと、その後の手続きがいろいろと大変になりますので」

「面倒なことだな」

「申しわけありません」


 レイドラは深く頭を下げた。小柄な体格に似合わぬ大きな胸が弾む。


「さっきも言ったが、武器は持ってない。やるならさっさと済ませてくれ」


 ケンカイは立ち上がり、レイドラの指示通りに上着を脱いで渡す。

 レイドラは上着を受けとり、丁重に調べてから上着掛けに掛けた。


「次はお体のほうを調べさせてもらいます」


 レイドラはケンカイに近づいた。

 ケンカイのズボンのポケットや、脇の下などの武器を隠せそうなところを手早く探っていく。


「手馴れているな」

「これも仕事ですので」


 ケンカイの足元にしゃがみ込んで靴を調べていたレイドラがその態勢のまま答えた。


「やはり、只の侍女って訳じゃないんだ」

「その質問には答えかねます」


 レイドラはケンカイの背後に回り、首筋を調べ始めた。

 身長の関係で、首にぶらさがるように背伸びしているため、レイドラの躰全体がケンカイの背中に押し付けられた。

 当然、柔らかい胸の感触も。


「ケンカイ様、凄い肉体ですね。どのように鍛えられたのですか?」

「魚を獲ってただけだ」

「冗談も仰るのですね」


 まさか本気で答えたとは思わなかったのだろう。レイドラはくすくす笑うと、再びケンカイの身体検査に戻った。


 先ほどまでとは違い、ケンカイの肉体を直接触るかのように両手でなぞっていく。

 しかも、自分の胸を押し付けるようにだ。

 ケンカイの全身を撫でまわしていた手が止まり、レイドラは何故か熱い吐息をはく。

 そして、その手がケンカイの股間の方に伸びた。


「ケンカイ様。私、こちらの方のお世話もするように命令されていますの。

 よろしければ、いかがですか?」





”オヌシがメスの誘いを断るとは珍しいのう”

”爺さん、また覗き見かよ”

”オヌシの興を削がぬよう気を使って、今まで黙っていたのじゃが。オヌシ、あの娘に本気なのかの”

”・・・それは関係ない。爺さんにゃ判らんだろうが、あの侍女、妙な感じがした”

”そういうことにしておくかの”

”爺さんの方は、何かあったのか”

”ジョナサンで城の様子を見ておったのじゃが、あの船もそうじゃが、この城もなかなか興味深いのう”

”興味深い?”

”古代魔法帝国の技術が感じられるところがの、いくつかあるのじゃ。懐かしい感じがしてよいわ”

”今度は、この城が欲しいとか言い出すんじゃないだろうな”

”それは言わんから安心するのじゃな。この城の仕掛けは欲しい物とは逆じゃしの”

”逆?”

”魔法封じの仕掛けなぞ、久々に見たわ。さすがに城の一部にしか使われておらんがの”

”他には?”

”城の屋内には入れんでな。あとはよくわからん。今は、城の外から何か来るか監視しておる”

”なにかあったら、教えてくれ。爺さん。そういや、リネスはどうしている?”

”元気に働いておるよ。今は船の修理の続きをしとるな”

”そうか”

”奴隷娘だが、なかなかいいのう”

”なにがだ?”

”オヌシより魔法の適正は、遥かに上じゃな”

”そうなのか”

”まあ、よい師に巡りあわぬかぎり埋もれる類の才能じゃがの”

”ふーん”


 ケンカイに、いわゆる魔法使いの才能は無い。

 殴るほうが早くて強いと思っているので、必要を感じたこともない。


”じゃあ、爺さんが教えてやればどうだ”

”時期尚早じゃの。ワシはまだ信用しきれておらんでな”

”時々思うんだが、爺さんってそこまで警戒しないとまずいほど価値があるのか?”

”ワシは知のリオウだといっておるだろうが”

”まったく価値が判らん”

”オヌシはそれでいいわい”


 もう諦めたといわんばかりの口調だった。


”じゃ、何かあったら教えろよ。爺さん”

”貸しにしとくぞい”


 リオウとの念話が切れる。

 ケンカイは、先ほどのレイドラを思い出していた。

 小柄な体格と不釣り合いなほど大きな胸の感触、官能的な香水の匂い。


「・・・勿体ないが、リンダの忠告もあったしな。

 あそこまで、男を誘い込む要素がありすぎると、かえって気味が悪い」


 普段ならそれが罠でも気にしないのだが。

 余計な事に気を使うほど、リンダの言葉が気になっていたのだろうかとケンカイは考えていた。

 そして、帰郷の旅に誘って断られたことを思い出し、柄にもなく少し落ち込むのだった。



 レイドラは廊下を歩いていた。

 人通りの無い廊下だった。

 侍女としてケンカイに接していた時の雰囲気は無く、張りつめた弓を思わせる凛とした雰囲気となっていた。

 彼女はある部屋の扉の前で足を止める。

 訓練された者にしか聞こえぬ、小さな声が聞こえてきたのだ。


<客人殿はどうであった?>

<化け物ね>

<ほほう、情報通り強いのか>

<筋肉のつきかたを触って確かめたけど、老けて見えるのは顔だけね。躰は人間というより野生の猛獣みたい>

<あの貴族の大猿みたいなものか>

<あら、あの方、あれを連れ込んでいるの?>

<本人いわく、騎獣だそうだ>

<あらまあ。強引なこと>

<ほかにはどうであった?>

<性欲も若者並みね>

<お前に誘われて応じぬ者もおるまい>

<躰は反応してたけどね。断られちゃったわ>

<なんと、では、リンダ様との仲も本当か>

<そうでないと、私のプライドが傷つくわ>


 レイドラは肩をすくめた。


<もっとも、リンダお姉さまと恋仲になっておきながら、私程度の女に手を出すようなら、急所を蹴り飛ばしてあげたけど>

<・・・それは自己評価が低いだろう>

<ところで、長の方針は変わらぬままかしら>

<変わらぬようだ。我ら諜報部は中立を保つ>

<どっちつかず、ね>

<不満か?>

<不満よ。リンダお姉さまに協力してあげたいって言ってるじゃない>

<だが、長の決定は絶対だ。我らは中立を保つ>

<わかってるわよ。勝手に動いたりしないわ。

 諜報部、第3班レイドラ 客人の身体検査任務完了。

 以後、待機状態にて通常任務に戻ります>

<了解した>


 レイドラは再び歩き始めた。凛とした雰囲気は薄れ、ただの美少女侍女の雰囲気に戻る。

 

「残念だけど、リンダお姉さまなら大丈夫でしょう。あの化け物も味方の様だしね」


 レイドラは自分に言い聞かせるように呟いた。

 彼女は知っていた。もうすぐこの城に騒乱が起こることを。




 リオウはジョナサンを飛ばす。

 ジョナサンは海竜であるリオウの使い魔である。

 強化された鴎であるジョナサンは、今の不自由な体であるリオウにとっては便利な目であり、戦力でもあった。

 自分を縛る結界から脱出した直後は、興奮したせいか気づいていなかったが、ある程度冷静になった時に、己の身体をチェックしたところ、あまりの弱体化をぶりに驚いたものだ。

 竜としての体を成していないリオウは、本来の力を出せない。

 竜の特徴的な体の部位は魔法の発動器官である。

 大アザラシの形態となっているリオウには、雷を呼ぶための角も、嵐を呼ぶための翼も無い。

 竜の姿に戻れば、祝福という名の呪いによって、祀られる社に閉じ込められてしまう。

 ケンカイとの契約によって、その呪いから逃れている彼にとって、竜の姿に戻ることはありえない選択なのだ。

 彼は欲する。

 竜の体に代わる魔法の発動器官を。

 そして、それは目の前にあった。

 海姫の雷号。

 ミトア姫が船長となっているその船は、古代魔法帝国の産物だ。

 それは船の形態をしているが、それは外観だけだ。

 リオウは知っていた。

 その船は、使い魔そのものであることを。

 そして、自分の魔力を、発動器官が無いため使い道の乏しい莫大な魔力─それでも昔と比べると著しく低くなっていた─を発動させるのにふさわしい程の能力を秘めていることを。

 だから彼は機会を伺っている。

 船を手に入れる機会を伺っている。

 別に彼自身が船の権利を手に入れなくてもいいのだ。

 ケンカイが手に入れてしまえば、リオウが魔動船を動かすことが出来る。

 そのためには機会が必要で、その機会を得るためには平穏より混乱が良い。

 だから、リオウは自分が見たものをケンカイに報告しても、そこから推測されることは話さない。

 魔法封じが働いている場所がどこであるか、そこに誰がいるのか。

 リオウには勝算がある。

 彼は真理の瞳の力を知っている。

 その力が、判りすぎることを知っている。

 故に、必要なのは危機。

 そして、危機を脱出するための一言。

 その一言を発するための機会を、ひたすらリオウは待ち続けていた。

 ジョナサンから得られる情報と、ケンカイから送られる感情と感覚を手掛かりに、ひたすら、ただひたすら機会を待ち続けているのだった。




 ベッグは愕然とした。

 彼は魔法使いだ。

 感覚と理論を力に変えることに喜びを感じ、その結果得られる魔法の力を奉じる人種だ。

 そのために家名を捨て、取り残される人々を見向きもせずに己が目的のために人生を費やしてきた人でなしでもある。

 そんな彼にとって、ミトア姫の真理の瞳は魅力的な研究対象であった。

 そして研究の為に近づき、いつの間にか彼女の虜となり、そして保護者となった。

 だが、虜になろうとも保護者になろうとも研究のためということには変わらない。

 その結果が今の事態を引き起こしてしまったのだと、彼は考えていた。

 ミトア姫は、いずれ似たようなことになった筈と言う。

 だが、その時期を早めてしまったのは、間違いなく自分だ。

 ゆえに、保護者としても、魔法使いとしても、研究者としても、それがしはこの事態を打開せねばならぬ。

 そうベッグは考えていた。

 そして、彼にはそれを成し遂げるための魔法の力がある。

 それだけの自負をベッグは持っていた。

 それを裏付けるだけの実力を持っているのだ。

 だからベッグは愕然としていた。

 ミトア姫と一緒に王座の間に入った瞬間に感じた、今まで体験したことのない感覚に。


 王座の間の扉が閉まる。

 

 白露の城の秘めたる機能。

 魔法封じが作動し、王座の間は一瞬淡く輝いた。


 

 リンダにはベッグの様な魔法使いの素質は無い。

 だから、魔法封じが作動したことを感覚的に理解することは無かった。

 だが、ベッグが驚いていることは判る。

 彼の事はよく判っていた。

 何しろ、ロール・ローラ家を捨てた先代当主である兄が彼なのだ。

 幼い頃は、兄であるベッグに懐いていた。

 兄さまと呼んで、彼の姿が見えないと不安で追い掛け回していた記憶がある。

 今となっては、羞恥心を刺激されるだけの思い出だが。

 リンダは腰の曲剣を意識した。

 さすがに柄に手をかけることはしないが、左手は鞘を軽く握り何が起きても対応できるように心構える。

 ミトア姫の前に出たい気持ちを堪え、しかしいつでも飛び出せるように体の準備をしながら。


 

 ミトア姫は王座の間が一瞬淡く輝いた瞬間、それが何か判った。

 同時に彼女に敵対する彼と彼の一派が、真理の瞳を理解していないことを。

 王座の間にあるのは王座。

 そして、王座と謁見場所を遮る薄い御簾が動き、予想していた人物が姿を現す。

 本来ならそこにいるのは、彼女達の親である王だ。

 だが、そこにいるのはいてはいけない人物だった。


「お久しぶりですわね。お兄様」


 船の上にいる時の彼女を知っている人間なら信じられないような冷たい声でミトア姫は話しかけた。


「してはならぬことの最低限度すら判らぬようになったのですか?」

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