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漁師と海竜 海原を行く  作者: 赤五
第一章 バトア王国編
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第5話 王都騒乱 前編(1) 到着

 バトア王国は、この地方では大きな国の一つである。

 国土のほとんどは海に面している。

 交易などの商業や漁業などが盛んで、また太古の遺産ともいわれる魔法技術をいくつも有し、そのせいか国に属する魔法使いの数も他国と比べると多い。

 王都も海に面しており、王国最大の港を有している。

 切り出された大石で築かれた埠頭。そびえたつ灯台。

 港に停留する大量の大型船。その間を行き交う手漕ぎ船。

 港は混迷の限りのようにみえながらも、それなりの秩序を保ち、大いに賑わっていた。

 そんな中でも、魔動船である海姫の雷号は目立っていた。

 もともと魔動船であるだけでも珍しいのに、船を2隻も曳航し、しかもそのうちの一隻は悪名高き海賊船<嘆きの髑髏号>である。

 衆目に突くのも仕方がないのだが、それにミトア姫の人気が重なり、しかも海賊を一人で征伐したという英雄が到着するということで、一種の祭りに似た狂騒状態となっていた。


「・・・あれ全部人か」


 ケンカイは呆れたようにその景色を眺めた。

 湾岸に人が溢れている。

 溢れて、騒いでいる。

 騒ぎ過ぎて海に落ちている人すらいる。


「姫さんの人気は凄いんだな」


 他人事のように言うケンカイの脇腹を、リンダがつついた。


「半分は、あなた目当てよ。ケンカイ。

 巷で噂の怪人物を見ようって人、多いようね」

「なんで、もう噂になってんだ」


 ケンカイはリンダを、じと目でみる。


「文句はベッグに言ってね。英雄殿

 念のために言っておくけど、面倒になったから逃げるなんて言わないでね。

 約束は守るのでしょう?漁師様」

「城には行くさ。

 そして、火の粉が降りかかったら振り払う。

 面倒事は嫌いなんだ。貰う物を貰ったら、さっさと去る事にする」


 ケンカイは、さらりと言った。


「何なら、あんたも一緒に来るか?」



 

”振られたのお”


 面白がった声が脳裏に響いた。


「うるせえな、爺さん。姫さま命のリンダがくるわけないだろ」

”その割には、がっかりしてるようじゃの。3人目の嫁確保は失敗のようじゃな”

「あいつらも、生きてたらリンダを気に入ったろうな」


 ケンカイは懐かしそうに言った。彼にとってはもう過去の出来事だった。

 仇は取ったが、帰り道で迷いすぎてリオウと出会い、今ここにいる。

 

「爺さんはどうする?」

”陸に上がるわけにもいかんしの。大人しく海で休んでおるわ。

 あの船の観察もできるしの”

「本当に、欲しいのかよ」

”ここの連中に任せるには、勿体ない船じゃぞ。

 ワシなら本当の性能を引き出してやれるのじゃが。

 オヌシ、何とかならんか

 故郷の島に帰るのも、早くすむぞい”

「簡単にくれるような代物じゃないだろ」


 ケンカイは呆れて言った。

 製造方法が失われた貴重な魔動船を簡単にくれるわけがない。


「じゃあ、この辺りの海で遊んどいてくれ。覗き見ばっかりするなよ。爺さん」



「ご主人さま、リンダさんのこと本気で好きになったのかなあ」


 物陰に隠れるように蹲り、リネスはケンカイの様子を伺っていた。

 上陸の準備として着替えをさせるためにケンカイを探していたところ、先ほどのケンカイのリンダに対する台詞を聞いたのだ。

 そして邪魔しちゃいけない雰囲気を感じてしまい、咄嗟に隠れてしまったのだ。

 普段のケンカイなら気付く筈なのだが、今回は彼も動揺しているのだろうか。

 リネスの気配に気づかないままでいる。


「それにしても、何をぶつぶつ言ってるんだろう。

 爺さん?て誰なのかな」


 本当に妙なところで変わったご主人さまなんだからと、リネスは思った。

 リネスがリオウの事を知るのは、まだ少し先の事になる。


「では、ご主人さま。お気をつけて。偉い人が多いんですから、態度と口調に気を付けてくださいね。ボク、心配で不安ですよぉ」


 城への移動に用意された豪華な馬車の前で、リネスはケンカイを見送った。

 今日のリネスは、船上で来ている短パンと胸元だけを覆うタンクトップの上に、ひじまでの長さの薄い上着を着ている。

 上着の丈は太ももの半ばくらいまであり、細い太ももの上で裾が舞っていた。

 ところどころリボンで飾られたそれは、ミトア姫から送られたもので、綺麗で丈夫な生地で作られた高級品である。

 可愛いのでリネスのお気に入りになっているが、汚れそうなので普段は着ていない。

 こういう人目に付きやすい場所に出るときに着るのだ、と自分で決めていた。


「なあ、これって道化の衣装に見えないか?」


 ケンカイは自分の服装を見て、複雑そうな顔になっている。

 リンダが採寸して急遽作らせたその服は、ケンカイの体形に合ったサイズとなっており、いわゆるチンチクリンな物では決してない。

 ただ、貴族風の装いを凝らした服を着たケンカイは、あえて言うなら猛獣に無理やり服を着せたような、サーカスに登場するような着飾れされた動物のような印象を持っていた。


「お似合いです。カッコイイです。カワイイデス」


 リネスは、ケンカイを見て服を着せられた犬が散歩しているのを連想したが、そんなことは決して口にしない。

 

「しかし、丸腰ってのも落ち着かないな。ナイフくらいダメなのか」

「偉い人が多いんですから、そんなもの持ってても取り上げられるだけですよぉ。

 ボク、リンダさんから武器を持たせるなって言われました」

「まあ、いざとなりゃ素手で十分か」

「危険なことはしないでくださいよっ。

 無事に帰ってきてくださいね。

 ボク、船の掃除と修理しながら待っています。

 あと、リオウさんのお世話もちゃんとしておきますから」


 リネスが意気込む。がんばるぞーというオーラが見えるようだ。

 ケンカイは、リネスの頭をぽんと撫でる。


「ま、無理はしないようにな。じい、リオウなんぞ放っておいても大丈夫だからな。

 最近太り気味だから、暫く餌抜きで丁度いい」」

”ひどい事をいうのう”


 脳裏に響くリオウの声。


”ワシはジョナサンを使ってオヌシの手助けをしてやろうというのに。リネスにワシのブラッシングを毎日するくらい言ってくれてもよかろうぞ”

”城まで見に行ったのか?”

”城までの道端には、見物人が多いぞ。城までの道中で仕掛けられることはあるまいて”

”姫さんの人気は凄いな”

”オヌシの評判もなかなかのようじゃがの。珍獣扱いじゃがのお”

”珍獣は爺さんの方だろうが”


「ご主人さま? どうかされました?」


 急に黙り込んだように見えるケンカイを、リネスが不思議そうに見た。


「いや、姫さん達が遅いなと思ってただけだ」


 ケンカイは適当な事をいって誤魔化すのであった。




「ベッグ、あなた遣り過ぎたのではなくて?」

「…想定内。ゆえに問題はない」


 一瞬黙ったあと、ベッグは平然と言った。

 その隣にいる若い男が自慢そうに話を引き継ぐ。

 

「もともと、姫さまの人気は高いんすよ。

 しかも、この半年は近隣の海賊退治で、更に人気急上昇!

 さらに、今回は近海の主と言われていた怪物を手土産にご帰還。

 おまけに、怪物をしとめ、単身海賊を狩り続ける孤高の海の戦士をつれている!

 ついでに、美しき女従者と海の戦士の悲恋物語。

 ああ、これだけの材料がそろってんすから、国民を焚き付けるくらい簡単っす」

「イタチ、最後のは何かしら」


 リンダは、瞳に物騒な光を宿す。

 それに気付かないのか、無視しているのか、イタチはあわただしく話し出す。

 癇に障る大きな身振りを交えて、


「海賊退治に同行する凄腕の美しき女従者。

 しかしかの者の剣の腕をもってしても多勢には勝てず、

 押し寄せる数多の海賊ども

 かの者の命と貞操や如何に!

 しかして、そこに現れたるは、海の神の庇護を受けし海の戦士にて金剛力の勇者。

 一人にて数多の海賊を打ち倒し、美しき従者を救う。

 その武勇に惚れた従者との恋物語。

 しかし、海の神は嫉妬深きもの。

 海の戦士を取り戻さんと、大海蛇をつかわし従者を襲わせる。

 恐ろしき大海蛇を打ち取りしはかの勇者、海の戦士。

 海の戦士は、海神の怒りを知り、美しき従者に累が及ばぬよう海に去ろうとする。

 美しき従者は、海神に祈りをささげ、勇者に乞う。

 せめて、我が主の城にて一晩の歓待を、我と我らの感謝の宴を催したいと。

 美しき従者の涙は、真珠となりて海に落ち、海神は真珠に触れ、乙女の気持ちを理解しこれを許す。

 かくして、海の戦士は城へ行き、宴に招かれ、そして海へ去る。

 美しき従者の流した最後の涙は虹色の真珠となりて、彼を追い、そして消える。

 これにて、ひとつの恋物語が終わったのでありました。

 てな、話を速攻で劇にして公演したっす。

 大受けで、この5日間満員御礼、札止め状態。

 劇作家冥利につきるとはこの事。

 このネタの提供だけで、今回の報酬は充分っす」

「イタチ、まさか、その従者の名前、私じゃないわよね」

「リンダ様、まさか、そのまま使うわけないっすよ。リンデって名前にしてるっす」

「変わらないわよっ!」


 リンダは激高した。剣を振らなかったのがせめてもの理性だ。


「なに、この馬鹿騒ぎ。あなたのくだらない劇のせいなの?

 勝手に劇にして、なによ、勝手に悲恋で終わらせないでっ!」

「姐さん、そっちですかい」


 イタチはにやにやと笑った。


「あながち、おれっちの解釈も間違えていないようっすね」

「斬る」


 ゆらりと、リンダは剣を抜く。


「そのよく回る舌と、下らない事ばかり書く右手を斬り飛ばせば、少しは利口になるわよね?イタチ」

「姐さん、目が怖いっす」

「やめてやれ」


 ベッグが間に入った。


「こやつは役に立つゆえに。どうしても斬りたいなら、今回の事が終ってからにすべし」

「それも酷いっす。おれっちも努力したんっすよ。褒めてくれてもいいじゃないっすか」


 イタチは不服そうだ。


「へー、その劇、面白そうだね。そのうちお忍びで見に行こー」


 いつもの簡素で動きやすいドレスではなく、正式で豪華なドレスを着たミトア姫が笑う。


「そうなんす。既に今年度の最高作として評価が高くて。公演予定は最初より大幅に延長しますから、ぜひきてくださいっす。そのための協力・ ・は惜しまないっすよ」

「なら、絶対負けられないわねー」


 ミトア姫はリンダを見た。


「リンダもケンカイさんと一緒に見に行きたいでしょ?その後、燃える夜をすごしたりして」

「ひ、姫さままで、何を仰るんですか」

「あ、やっぱそうなんっすか。姫さまが仰るなら、確定っすね」

「イタチ!」

「そのくらいにしておくのである。ケンカイ殿を待たせすぎておるがゆえ」


 ベッグはちらりと視線を王城のある方向に向けた。


「これで、登城までの間に襲われる心配は無くなったゆえ、本番は城についてから」


 そして、イタチを残して三人は待たせてある馬車の方に移動する。

 これから始まる騒乱を確信して、従者二人の顔は強張っていた。

 一人笑顔のミトア姫は、二人の後ろを歩いていく。


「・・・そうか、そういうことか、さて、海神様相当のものって何かなー」


 イタチの話を聞いているうちに判ったことと、未だ判らないこと。

 真理の瞳。

 その力に引きずり込まれないように気を付けながら、ゆっくりと思考をめぐらせていくミトア姫。

 そして、三人は馬車に辿り着きケンカイと合流したのだった。

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