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漁師と海竜 海原を行く  作者: 赤五
第一章 バトア王国編
5/57

第4話 王都への航路 後編 夜会と旅情

12/21 改稿

 そのような騒ぎがあったが、予定されていた夜会は予定通り開催された。

 正式な会ではなく、あくまでミトア姫が個人で船上で開いただけの夜会であるため、格式ばったところなど殆どない。

 参加者は、海姫の雷号の主要人物、海賊に襲われていた恵みの海号の船長、副船長、および航海士、それに乗客代表数名、さらにケンカイとリネスの大角丸組である。


「姫さま。ボク、奴隷扱いなのに参加しちゃっていいんでしょうか」

 

 そんな中、リネスはおどおどしていた。

 13歳でスラム育ちの彼女に、華やかな夜会への参加経験などない。

 いくら正式なものでは無いとはいえ、着飾った人たちが集まる場所というだけで緊張するのには十分だった。


「大丈夫、大丈夫。姫さま命令だから。リネスちゃんのドレス似合ってるよー。あたしのお古を急に直しただけだけど。よかったら、持って帰ってね」


 ミトア姫は上機嫌で、リネスを眺めた。

 今のリネスは、ミトア姫に借りたドレスを着ていた。

 もちろん、そのままではサイズが合わないので直しているが、直す方向がすべて小さくする方向だったことは、微妙に彼女の心を傷つけていた。

 だが、肌さわりも見た目もよい高級な生地で作ったドレスなど着るのは初めてである。

 こけたらどうしよう、汚したらどうしようといわんばかりに不安でおたおたしているリネスは、小動物のような可愛らしさがあった。


「フグにも衣装って言うしな」

「ご主人さまが褒めてない事はわかりました」


 ケンカイが声を掛けると、リネスがふくれたようにソッポを向いた。

 これくらいで怒るような相手ではないことは既に理解していた。

 傍から見ると甘えて構ってもらいたがっているようにもみえるリネスの態度だった。


「ケンカイさんに、ありがとーっていうための宴会なんだから、主役がここにいちゃ、交易船の人たちが来辛いよぉ。リネスちゃんは私に任せて、ケンカイさんは真ん中にいってね」

「姫さんが主催者だろ。そんなのでいいのか」

「主催者だから、好き勝手するのだ。城では無理だけど」

「城ってのはやっぱ、堅苦しいのかね」


 面倒だといわんばかりのケンカイに、リンダが釘をさす。


「来ていただけると聞いていますわよ。いまさら、恐れをなしたりしませんよね?」


 リンダは胸元の大きく開いたドレスを身に着けていた。

 ドレスの生地も薄めなため体の曲線がくっきりと浮かび上がっている。

 そして、スリットが各所に空いているためちらちら見える素肌と相まって非常に艶めかしい。


「あちらの方々も、挨拶をしたそうですわ。私がエスコートしますので、ご一緒願えますかしら」


 リンダはケンカイの左腕に、右腕を絡めて歩き出す。

 抱きつくように腕を取っているため、胸の感触がケンカイに伝わってきた。


「御嬢さん、妙に積極的だな。ていうか、あんたら、姫さんの願いを叶えるのに必死すぎないか?」


 後方で嬉しそうにリネスの世話をしているミトア姫を、ちらりと眺めたあとリンダの耳元で囁いた。


「姫さまのためですもの。当然ですわ」


 リンダが囁き返す。周りからみれば、いちゃついているように見える風景だった。

 リンダがケンカイを連れて行った先には、恵みの海号の関係者が集まっていた。

 彼らはケンカイに気づくと、一斉に近寄り、代表であろう船長が礼を言う。


「ケンカイ様、この度は我らの苦難を救っていただきありがとうございました」


 船長の目から見ると、ケンカイはよくわからない人物だった。

 顔をみると、苦節を経た皺や白髪交じりの黒髪が歳を経た人物であると思わせる。

 しかし、その目は枯れたというより若々しさがあふれた眼差しをしている。

 そして、体格をみると、老人めいた容貌と相反するごつい体格をしていることが一目でわかる。

 太い骨の上に肉厚の筋肉。

 よくある筋肉をつけすぎて却って動きずらくなったような肉体ではない。大きく太い骨格の上に当然のようについている筋肉は、不自然さを感じさせない大型の猛獣を思わせる体格であった。

 よくわからない船と騎獣を操る流離人のようでありながら、自信にあふれた堂々とした態度を通し、王国の姫であるミトア姫やその側近とも対等に近い話し方を通している。

 ひょっとして、実は名の知れた貴族か騎士や、はたまたどこかの王族が隠棲した人物なのかもしれない。

 などという勘違いまで起こしていた船長の態度は、自然と礼儀正しいものとなっていた。

 もっともそうでなくても、海賊に襲われていた彼らを、危険を冒してまで単身助けに来てくれた男に対して無礼な態度をとるほど、人として落ちているような船長ではなかったので、その勘違いはあってもなくても彼の態度に大差は無かっただろう。

 暫くの間、感謝の言葉や、ケンカイの示した武勇に対する賞賛を口にしていた彼らが、逆に問われたのは、ケンカイの生まれを尋ねたときだった。


「あんたら、ボルス島って知らないか?ここから西の方にある筈なんだが」


 ケンカイがそう尋ねてきたのだ。

 船長たちはその島のことを知らなかった。どのような島なのかを尋ねると、とても信じられないようなことを言ってくる。

 

 曰く、危険で巨大な魚を獲って暮らしている集団の住んでいる島であるとか。

 どうやら、海賊の類を嫌っており、見つけ次第殲滅してまわる集団でもあるとか、

 なにより、ケンカイ並みの漁師が他にもたくさんいるという話に至っては、絶句するしかなかった。

 彼らも、本日繰り広げられた大海蛇とケンカイの戦いを目撃しているのだ。

 あのようなことを可能とする漁師の集団。

 それは想像を絶するものだった。


「ケンカイ様、その島はどのような国に所属しているのでしょうか?島の名前は知らずとも国の名なら思い当たるものがあるかもしれません」

 

 船長は過去の記憶と知識を総動員しても、ボルス島という名がでてこなかったので、試しにそう尋ねてみた。

 帰ってきた答えは驚くべきものだった。

 ボルス島は、国家に所属していないというのだ。

 しかも、人里離れた海の孤島というわけでもなく、近海では海上通行の要と言ってもよい位置にあるにもかかわらず、そうであるらしい。


「昔は、税金を寄越せとか、徴兵に応じろとか、周囲の国がちょっかいだしてきたらしいが、祖父の代のころにそのたびに追い返して、叩きのめして、ついでに相手国に乗り込んだりしていたら、父親の代からどこも手を出してこなくなってな。

 同年代の連中と、そんな面白そうなことが出来なくなったのは残念だと愚痴ってたよ」


 複数の国家を相手取る、漁師中心の島。

 どこの作り話だろうか、もしかして我々はからかわれているのだろうかと、船長たちは思った。

 そして、自分たちは今までそんな島のことは聞いたことが無いと、自信をもって答えることができたのである。

 ケンカイは、そうか、と呟き、特に残念そうな素振りは見せずに、リンダの運んできた肴をつまみ、酒杯を空けた。

 この男、酒好きの上に強い。さきほどから話をしながらどんどん杯を空にしていく。

 その様子は如何にも海の男という感じで、船長たちの共感を誘った。

 そして、船長たちも杯を空にしていくにつれ徐々に緊張がほぐれ、今まで経験した海での話や、いろいろな港でのあれこれの話、そしてだんだん下品な方向の話へと、すなわち海の男の飲み会話へと移って行ったのだった。

 やがて、肩を組んで海の歌を歌いだした集団が出来上がったのだが、比較的上品な人間が多い海姫の雷号の乗組員たちは、それを生暖かい目で見ていたのであった。

 ただし、リンダはその集団に混じり楽しそうにケンカイの傍にいた。

 美女がそばにいることが、その集団のテンションをさらに上げていったのだが、海の常識(・ ・ ・ ・)から見れば、騒ぎ過ぎはしなかったとだけは述べておこう。



 リネスはケンカイがリンダと一緒に他の参加者の所に行くのを見送った。

 リンダはケンカイの左腕に自分の右腕を絡めて案内していく。

 む、あの態勢は絶対リンダさんの胸が当たってる! ご主人さまはやっぱり大きい胸が好きなのだろうか。嬉しそうだ。


「リネスちゃん、喉乾いたでしょお。はい、これおいしいよ」


 にこにこ顔のミトア姫が、ジュースらしい杯を持ってきてリネスに渡した。


「ひ、姫さまにそのようなことを・・・」

「いいのいいの、今、此処は無礼講なのです。姫さまのわたしが決めたから絶対なんだよー。リネスちゃんも従ってね」


 夜会は立食形式である。各テーブルにいろいろな料理が並べられており、侍女たちが酒やジュースを載せた盆を持ち、各テーブルや参加者たちの間を廻っている。

 そんな光景を見ながら、自分の立場ではよくても侍女たちと一緒に給仕をするほうではないのだろうかと、リネスは不安に思った。

 姫さまに気に入られたからといって、調子に乗ることなど考えもつかない。

 リネスはそんな少女だった。


「ま、だからますます気に入るのです。リネスちゃん、可愛い。これ、食べてみて、おいしいよ」


 今度はテーブルから料理を更にとって渡す。

 鶏肉の料理らしいが、リネスにとっては食べるどころか見ることも初めての料理だった。

 

「わ、おいしいです」


 一口かじってみて、今まで食べたことのない味わいが口中に広がる。

 

「口の中に物を入れたまま喋っちゃだめだよー。ほら、口元についちゃってる」


 ミトア姫はリネスの世話をすることが楽しいのか、こまごまとした事もにこにこしながら手をさしのばしていた。

 それは幼い妹を世話する姉の様で、実に微笑ましいものあった。

 リネスはミトア姫に構われながら、おいしい食事を堪能していたが、その耳はケンカイの話す言葉もしっかりと聞いていた。

 もともと広くない部屋ではあるし、ケンカイ達海の男の話声は大きい。

 十分に聞こえてくるのだ。

 

「あら、ケンカイさん、故郷の島の情報は無かったみたいだねー」

「姫さまもご存じ無いのですか?」

「聞いたことのなかった島の話だしね」


 ミトア姫はにこにこと笑った。


「リネスちゃんは、すぐにケンカイさんの故郷に行って、奴隷から解放されたい?」

「ずっと、奴隷ってやですよぉ」

「で、解放されたらどうするの? ケンカイさんのところから去ってどこに行くのかな」

「そ、そんなことまで考えていないです」


 リネスはケンカイの事を考える。

 一応、海賊船から助けてもらった恩人で、無茶苦茶な事はするけど悪意に満ちた行為はしない、そんなご主人さまだ。

 亡くなった両親以来の保護者ともいえるのだが、保護されてることが却って危険なような気持ちもある。


「今は、そんなところだよね」


 ミトア姫はくすりと笑った。


「ま、奴隷から解放されるのと、ケンカイさんと一緒にいるってのは矛盾しないんだけどね。

 ね、ね、今日の昼間のあのナーガモ退治って、どうやってたの?

 わたし、上からだからよくわからなかったんだ」


 それから部屋中に響き渡る海の男たちの歌声を背景に、昼間の大海蛇の騒動の顛末をリネスはミトア姫に話した。

 もっとも、リネスが見聞きできた範囲の話なので、最後にどうやってケンカイが大海蛇を仕留めたかは、逆に教えてもらうことになったのだが。

 そんなことをしている内に、夜会は予定の終了時間を迎えた。

 そろそろ終わりみたい。とリネスが思っていると、ミトア姫が囁いてくる。


「今晩、リネスちゃんのお部屋に行くからね。女の子同士一杯お話しようよ。

 女子会っていうんだって、わたし、やったことないから楽しみなんだよー」

「え、でも、ボクの部屋ってご主人さまと一緒ですよ。姫さまが男の人のいる部屋に一晩中いるって、良くないですよ!」


 たとえリネスも一緒だといえ、若い姫さまが男の部屋に一晩泊まるなど風聞が悪すぎる。

 いくらミトア姫を慕う船員や侍女が多いとはいえ、それゆえにできないことも多いはずなのだ。


「大丈夫だよ。だって、ケンカイさん、今晩客室にいないし」


 ミトア姫は自身たっぷりに断言した。


「ほら、あれ見て」


 ミトア姫の指さした方向には、ケンカイとリンダが部屋を出ていく姿があった。

 二人は腕を組んだうえで、大量の酒ビンと料理の入っているらしい袋も持っている。


「あ、ご主人さま・・・」

「だから、今晩は二人きりで、いろいろお話できるよ。大丈夫」


 複雑な表情でケンカイを見送るリネスと、そんなリネスをにこにこと見つめるミトア姫。

 そんな二人には気づかないまま、ケンカイは部屋を出て行ったのだった。



 ケンカイはリンダの部屋に居た。

 夜会が終る少し前に、


「ケンカイ殿の故郷の島って面白いですのね。私、もっと知りたいですわ」


 と言った後、耳元で囁かれたのだ。


「ですので、この後、私の部屋でお話しませんか」


 ケンカイに断る理由は無かった。

 リンダの誘いを了承すると、リンダは上機嫌で封の空いていない酒瓶や、冷めても美味しそうな料理を選んで、綺麗にまとめながら袋に詰めていく。


”ワシは人の機微はよう知らんが、少々露骨すぎぬかの”

”爺さん、黙って覗き見かよ。しばらく静かだったのにな”

”意外と、あの海蛇の肝がうまくての。量も多いので堪能しておった”

”そりゃ、よかった。オレはこれから楽しめるかもしれん”

”色事にかまけてると、陥れられるぞ。あの娘は、姫とかいう娘っこのためには、どんなことでもしかねんぞい”

”面白けりゃ、別にいいけどな”

”言うても無駄じゃの。じゃが、ワシの事は話すでないぞ。面倒事がふえるからの”

”わかった。今晩くらいは覗き見するなよ。爺さん”

”ワシが覗こうと気にもせぬくせによく言うよな”


「ケンカイ殿、行きましょうか」


 酒と肴の確保が終ったのか、リンダがケンカイに腕を絡めてくる。

 

「ああ」

「案内しますわ」


 周囲の人間の視線を感じながら、しかし特に動じることもなくケンカイはリンダと一緒に部屋を出た。

 視線の中には、リネスのものもあったのだが。


 

 リンダの部屋は、お付用の小部屋もついている広い部屋だった。

 ケンカイの客室もそうだったが、船の中にあるとは思えない広さの部屋だ。

 

「お嬢様、そちらの方は?」


 お付の部屋には、リンダ付けらしい若い侍女がいた。

 年のころは、リンダとミトア姫の中間くらいに見える。面長でありながらくりくりとした丸い目が特徴的な娘だ。

 

「ケンカイ殿よ。この船の客人。海賊から交易船を救った英雄。レシアも知っているでしょ」


 リンダが答える。かなり親しい仲でもあるのか、随分と砕けた言い方だった。


「それは、知っていますわ。私は、その方がなぜここにいらっしゃるのかを、お聞きしたかったのです」

「あら、わからないの?」


 リンダは妖艶な笑みを浮かべる。


「今晩、私といろいろと、お話をするのよ」

「お嬢様。ご自分のお立場という物を・・・」

「あら、それはわかっているわ。

 私はロール家の暫定当主。死のうが行方不明になろうが、次の当主は決まっているし、私もそれに不満は無い。

 ただ、私がやりたいことをやるだけよ。それを邪魔するなら…」


 リンダの目が物騒な光を宿す。


「実力で排除する。それが、たとえ、誰であろうとも」

「物騒なことだな」


 思わずケンカイが口をはさんだ。


「あら、ただの心構えですわ。実際にできる事とできない事があるくらい、私も心得ていますもの」


 物騒な光はすぐに消えた。代わりに他人を魅了するような潤んだ瞳になる。


「だから、レシア。あなたも(・・・)今晩は恋人の部屋に行ってなさい。

 ほら、このお酒を上げるから。

 若い魔法使いさんは、船の修復に駆り出されて疲れているはずよ。

 ライア殿の小言で、主に精神的にね。

 体は元気でしょうから、慰めてあげなさい」


 レシアは頬を染めた。


「わ、私は、別に、そんな……」

「船の中だと、あなたのライバルは少ないけど、王宮に戻ったら、彼を狙っている若い女は多いわよ。今のうちにできるだけつなぎとめておいた方がいいと思うけど」


 リンダは小悪魔めいた笑みを浮かべた。


「それとも、あなた、他人の睦言を聞く趣味でもあった?

 無いのだったら、大人しくこれを持って彼の部屋にいく事ね」




「追い出しちまって、よかったのか?」

「レシアは悪い子じゃないわ。でも、悪意も自覚もないスパイって面倒なのよね」


 リンダは酒瓶の封を切り、グラスを2つ並べて注いだ。


「するってえと、悪意と自覚のあるスパイってのもいるのか」


 リンダはグラスを取った。ケンカイも合わせて取る。


「良き出会いに」


 リンダはケンカイのグラスに自分のグラスを軽く当て、小さな良い音を鳴らしたあと、一息に杯を空ける。上を向いたときにちらりと見えた鎖骨と滑らかな喉が色っぽい。


「たくさん。でも、やっかいなのはライア殿くらいかしらね」

「ふむ」


 ケンカイも一息で杯を空けた。

 そして酒瓶を手にとり、二人のグラスに酒を注ぐ。


「それで、オレを誘った目的は?」

「随分急ぐのね」


 リンダは拗ねたように唇をとがらせる。


「もっと、お話を楽しみましょうよ。お酒もね」


 今度はゆっくりと、酒を口に含む。


「ゆっくりね・・・」


 ケンカイは、一息でグラスの半分まで飲み干した。


「オレは結構耳がいいんだ」

「いまさら、驚かないわよ」

うちの奴隷娘(リネス)と姫さんが喋っていることも聞こえてたんだが、

 姫さんが今晩、オレの客室でリネスと過すつもりらしいな」

「あら、ばれちゃってたのね」


 リンダは肩をすくめた。


「ひょっとして、気を悪くした?」

「いや、別に。ただ気になることがあってな」


 ケンカイは真剣な表情で尋ねた。


「なあ、姫さんって、女好き(レズ)なのか?」


 リンダは酒を吹き出した。


「な、なにをいいだすのよ、あなたはっ!」


 げほげほと酒を吹きだしたリンダ。

 普通なら美人台無しというところだが、広く開いた胸元や喉に酒がかかり艶っぽい。

 しかも、真っ赤になって肌が上気している。


「姫さまがそんなことするわけないでしょ。あなた、姫さまをどういう目でみてるのよ!」

「いや、最初からやたらとリネスに絡もうとするし、リネスと一緒に寝ようとしてるし・・・」

「と、とにかく、姫さまにそんなふしだらな趣味などありませんっ!女同士なんて破廉恥ですわ」


 真っ赤になってるのは怒ってるというより照れてるようだ。

 男を部屋に誘い込むようなことをしておきながら、妙なところで純情だなと、ケンカイは思った


「姫さまは、昔から姉妹に憧れていたのよ。あの方は一人で離宮で育ったから。家族の絆に憧れてらっしゃるの。

 だから、リネスちゃんに対する態度は全て妹分に対するものよ。

 それ以外、ありえませんわ」 

「なら、いいか。わざわざ(・・・・)オレを部屋から引き離したから、もしかしてと思ってな」

「あら」


 リンダは微笑む。真っ赤になっていた顔は元にもどったが、肌が上気しているのは戻っていない。

 少し怒った顔で言う。


「部屋から出ていただくだけなら、もっと別の方法もありましてよ。

 全てを疑われるのは心外ですわ」

「いい加減、腹の探りあいみたいなのは面倒になってきたんだが」


 ケンカイは、再度杯を空ける。


「面白いことは好きなんだが、面倒なのは嫌なんだ」

「言葉遊びも楽しいものですわ」


 リンダはわざとらしく溜息をついた。


「でも、あなたはもっと直接的な方がいいみたいね」


 ベッドの隣のサイドテーブルに、酒を並べていく。


「では、こちらでゆっくり飲みながら語りましょうか。いろいろと、ね」


 そして、ベッドの上に横たわった。



「実のところ、ちょっとしたお願いがあるのですわ」

「この状態で、頼みごとは卑怯じゃないか?」


 ドレスを脱ぎ捨てたリンダが、大きな胸を押し付けるようにケンカイに抱きつく。

 

「さっきも言ったが、面倒ごとは嫌いなんだ」

「でも、面白いことはすきなのよね。

 荒事って面白い事じゃなくて?」

「相手と状況によるな」

「ほんと、つれない人ね」


 リンダはケンカイの胸元を指で撫でた。逞しい胸の感触を楽しむようにゆっくりと。

 ケンカイがリンダの胸に伸ばした手を、胸に当てさせてから上から自分の手で覆い、ゆっくりと囁く。


「あなたは、自分から動かなくてもいいわ」

「ほう」

「でも、お願い。何かあった時、姫さまの味方になって」

「何かあるのか?」

「わからないけど、たぶん。

 詳しく説明しましょうか?」

「聞けば聞くほど面倒毎に巻き込まれる気がする。

 遠慮しておく」

「何も知らないでいいの?」

「オレは元々ただの流れ者だろ。それ以外の何を期待してるんだ?」

「あなたは、私達にも、そしてあいつらにも予想外のイレギュラーよ。

 しかも、恐ろしく強い。

 それだけで計算外の混乱因子、てベッグは言ってたわ」

「ベッグね…。正直、あんたとアイツの関係も気になるんだが」

「聞いたらガッカリする程度の関係よ」

「ふーん」


 ケンカイは疑わしげな目でリンダを見た。もちろんついでに美しい裸体を拝むのは忘れない。上気した肌が艶めかしく蠢いていた。


「味方になるとして、何をしてほしいんだ?」

「あなたに任せるわ」


 リンダはじっとケンカイの目を見た。


「最悪、敵にさえなってくれなければ、それでもいいの。

 でも、姫さまを守ってくれるなら・・・」

「オレは、あんたらの敵になる気はない」

「味方にはなってくれないの?」

「状況次第だな」


 ケンカイはにやりと笑う。


「オレ相手にちょっかいを出してきたなら、やり返す。それだけだ」

「なら、そういう状況を作っちゃうかもよ」

「ご自由にどうぞ。ただ、あんまり面倒だと逃げるぞ」

「その時は姫さまも連れて逃げてくれないかしら。

 私達は、姫さまの意に背く行動はしない。

 でも、あなたが勝手にしてくれるのなら、問題ないわよ」

「すごい入れ込みようだな」

「そう?」

「あんたこそ、そういう趣味じゃないだろうな」

「知り合いにはそんな娘もいるけどね」


 リンダは唐突に、ケンカイと唇を合わせ貪る。


「私の趣味は、私より強い人」


 しばらくして、唇を話したリンダは獰猛な笑みを浮かべた。


「久しぶりに現れたのが、あなたよ、ケンカイ。

 もう、随分とそんな人がいなかったの。

 だ、か、ら

 頼みごとが無くっても、今晩は逃がさないわよ」


 二人の体が絡み合い、二人がお互いを貪り合った。

 そしてそれは夜遅くまで続いたのだった。



 その後、王都への航海は順調だった。

 今、ケンカイは魚を釣っていた。

 以前の様な大物を狙っているわけでは無いので、緊張感など欠片もない。

 日よけの大きな日傘を持ち出し、寝そべることが可能な簡易長椅子に寝転がり、ある意味優雅な姿で釣っている。

 彼の持ち船である双胴船、大角丸は大海蛇との一戦で船の様々な個所が損傷していた。

 ケンカイは、板張りの船は脆すぎると思った。

 彼が島で使っていたのは、島特産の大木を用いた丸木船だ。大きなものは作りようが無いのだが、大木をくり抜いた船は頑丈なことには定評があり、どんな嵐にあっても、どんな乱暴な獲物を狙っても壊れない。

 そんな船を扱っていた彼には、この船の修理の仕方はわからなかった。

 なので、今、大角丸を走り回りあちらこちらの破損個所を修理しているのはリネスだ。

 海賊船で覚えたという技術を駆使して、直して回っている。

 リネスは短いズボンはそのままだが、海の中に入る必要もあるのかタンクトップの上着は胸の下あたりまでを覆うだけのものを着ていた。

 おへそが見えているが、着ている本人もケンカイも特に気にしていない。


「ご主人さま、ちょっと邪魔。この魚、さっさとリオウさんにあげましょうよ」


 王都まで残り1日。海姫の雷号の修理を含めて既に8日ほど経過していた。

 最初はおどおどわたわたしていた印象が強かったリネスだが、最近は距離感をつかんだようで、ケンカイへの態度も砕けたものに変わっていた。

 ちなみに彼女がリオウのことを さん付するのは、リオウの正体を知ったからではなく、大海蛇の時に、自分と一緒に追い掛け回された時に芽生えた共感のためであり、ケンカイに振り回される仲間としては先輩にあたるのではと、考えた結果である。


「せわしい事だな」

「ご主人さまのためです」


 自然な笑いと共に強く言い切ったリネスは、腰に手をあてた。


「でも、少し疲れました」

「じゃ、休め。無理をする必要なんがないぞ」

「ボク、動いてないと何か心配なんです」


 真顔でリネスは言った。昔からその傾向はあったのだが、海賊船で働かされているときにさらに強まった気がしていた。


「働くときは働く、休む時は休む。オレは休みが多いほうがいいがな。

 ほれ、座れ」


 ケンカイはリネスの頭を掴むと、強引に長椅子の上に乗せた。

 必然的にリネスとケンカイは長椅子の上に並んで座ることになる。


「わ、ここ涼しいです」

「風はあるからな、日差しさえ防げばこんなもんだ」

「でも、ご主人さまが暑苦しいかも」

「言うようになったな。お前も」


 てへへとリネスは笑って、ケンカイにもたれかかる。

 父親か兄に接するような、家族に対するような態度だった。

 実際、ケンカイほど頼りになる人間も少ないだろう。とリネスは思う。

 海賊船に攫われて、働かされていた。

 女とばれていたら、いくら見た目が幼かろうと嬲られていただろう。

 その場から助け出しくれたのはケンカイで、その後犯罪奴隷として悲惨な目に逢うこと間違いなしの境遇にならずに済んだのもケンカイのお蔭だった。

 ときどき、突拍子もない事をするが、概ね信頼できるご主人さまだ。

 面倒くさがり屋で、ずぼらなところがあるから、ボクがいないと駄目だよね。

 などと思うあたりがリネスである。

 両親を亡くしてから生きてきた数年間で、この数日ほど心安らかになったことはなかったのだ。

 頼もしくて頼りになるけど、ボクがいないと、どこかダメな人。

 それが、今の段階のリネスの気持ちだった。

 ご主人さまが休めというのだから、ここは従うべきだよね。と、自分に言い訳しながらリネスは少し目を閉じた。

 傍らにケンカイの体温を感じ、それに安堵しつつ。

 そして、いつの間にか居眠りをしていたのだった。


”ふむ、リネスは疲れとるようだの”

”爺さんか、最近、リネスを気にするな。気に入ったのか?”

”オヌシと違って、ワシを敬っているようだしの”

”爺さんの気のせいだろ”

”この前なぞ、ブラッシングとか言って、道具を使ってワシの肌を擦ってきたぞ。あれはなかなか気持ちがいいものじゃ”

”ペット扱いじゃねーか”


 ケンカイは居眠りしているリネスの頬を突いてみた。突かれても起きようとはせず、むにゃむにゃいいながら、突かれた頬を掻いている。


”ここまで、懐かれるとは思わなかったな”

”見た目は、祖父と孫じゃしのお”

”実年齢はそこまで離れちゃいない。せいぜい歳の離れた兄弟くらいだ”


 実際、ケンカイの実年齢は25歳。

 見た目が老けているのは、海竜であるリオウのせいだ。

 リオウとの契約のおかげで、歳をとっても肉体能力は劣化しないようになっているのだが、25歳の青年が、急に50歳前後の見た目になったのだ。

 最初の頃の本人の受けたショックは凄かった。

 救いといえば、顔の老け具合とくらべて、強靭すぎる肉体の印象で見た目から年齢を図ることは非常に難しくなっていることだろうか、そのため彼を見た人は、40~60くらいまでの幅広い年齢を勝手に思い浮かべる。

 しかし、ケンカイと付き合いが長くなるにつれ、彼の見た目が初老の人間であることを忘れてしまうだろう。

 彼の行動原理は若者のそのものの物なのだから。

 ただ、その基準が、ボルス島という規格外の島のものなので、時折突拍子もない行動をとるだけなのである。


”明日には王都の港に着くそうだ”

”バトア王国といったかのう。ワシは海から離れられんが、鴎のジョナサンを飛ばしておくぞい”

”また覗き見か”

”オヌシと、あの娘が乳繰り合うところは見んようにしとるぞ”


 リンダとの関係は続いている。

 最初は、王城での礼儀作法を教えるとか、王城での服装の採寸であるとか、いろいろと理由をつけてケンカイを部屋に誘っていたが、最近では理由付すらなしで部屋に誘うようになっていた。

 部屋付の侍女も慣れたもので、ケンカイが現れると酒と肴の用意だけして、彼女の恋人のところに行ってしまう。

 リンダは相変わらず物騒で、妖艶で、そして時々純情だ。

 あれ以来、王城で待ち受けているであろう面倒事については一切話してこない。

 ケンカイの知る限り、もっとも変わった女だった。


”爺さんが気を利かすとはね。珍しいこともあるもんだ”

”さいさいありすぎると、見飽きるでな。人間ほど年中発情しとる動物も珍しいのじゃからな”

”そんなもんかね”


 ケンカイは特に気にしない。

 リネスにつられるように、眠気が押し寄せてきたのだ。

 そしてしばらく後には、親子のように、または仲の良い兄妹のように寄り添って眠る二人の姿があった。

 王都到着まであと一日の今日は、彼ら主従にとっては平和で穏やかな日であったのだ。

 





「いよいよ明日。2日ほど稼げたゆえ、最悪とまではいかぬ状況までには持ち込めております。姫さま」


 中年魔法使い(ベッグ)は、自分の敬愛すべき主であるミトア姫に言った。


「ですが、悪い事にはかわりませぬ。今なら、間に合いますが」

「わたし、逃げないよ」


 ミトア姫はきっぱりと言った。


「わたしが逃げたら、この国、亡びるもの。

 兄様の抱えてる歪みはそれほどひどい。父様がいる今なら何とかなっても、将来に禍根を残す。

 それが判るの。

 逃げなければ、わたしが負けても亡びない。わたしが勝っても亡びない。

 だから、逃げないし、負けることになっても怖くない」

「私は姫さまに従うのみですわ」


 剣術使い(リンダ)は、そっと腰の曲剣を撫でた。


「そして、必要に応じて剣を振るのみですわ」


 ベッグはリンダを見た。


「ロール・ローラ家は、どう動く?」

「静観でしょうね。所詮私は暫定当主よ。家令のルーザ爺は慎重派だしね」

「敵に回らぬだけ、ましか。当主の力もその程度なのは残念至極」

「・・・あなたが言える台詞じゃないわね」


 リンダは冷たい目でベッグを睨む。


「その話はもう終わった事ゆえ、蒸し返すのはそれがしの本意ではない」

「調子の良い事、今からでも遅くないわよ。ルーザ爺は以前からずっと望んでいたしね」

「それがしがそれがしで無くなることは、許容できぬよ。それがしは魔法使い。魔法に魅せられ、焦がれる生き物がゆえ」

「相変わらず身勝手なこと」

「リンダも似たようなものゆえ、あまり云わぬがよいかと」

「ほんと、いつも仲がいいよね。二人とも」


 ミトア姫が笑った。

 リンダとベッグはお互い苦い顔をしている。


「でも、ケンカイさんと出会ったから、面白いことになるんじゃないかな。

 あの人は知ってもあまりよく判らない。

 けど、それだけは判る」

「真理の瞳の力、いまだ成長しておられますか?」

「うん、でも、まだのまれる程じゃないよー。わたしはミトア。自分は自分。他人は他人。境界は崩壊しておらず、健在なりってね」


 おどけたようにミトア姫は言い、二人を指さした。


「でも、二人とは長く一緒だから、深い所まで判るようになってる。この深さの人がもっと増えるとまずいかもね。て、リンダ、怖い顔しないでよ」

「リネスちゃんは可愛いですが、姫さまには代えられません」

「リネスちゃんは、ケンカイさんと一緒に行くよ。それも判る。だから心配いらない」

「姫さまがそうおっしゃるなら」


 リンダは強張った表情から、柔らかい表情に変わった。


「あ、ケンカイさんの事考えてる。リンダって結構やらしいよね」

「な、なにを仰ってるのですか、姫さま」


 頬に朱がさしたリンダをミトア姫は、意味ありげな目で見つめた。

 

「だって、判るんだから仕方ないじゃない。あっちの感情とか昂ぶりとか。いいなあ、わたしもそんな恋愛してみたいなあ」

「姫さまには早すぎます」

「えー、でも手管はリンダから判った(・ ・ ・)から、きっとうまくいくと思うの」

「リンダ、相手は慎重に選んだ方が良いと、それがしは思うのだが」

「あなたまで、そんなこと言うの?

 ロール・ローラ家を私の血筋が継ぐわけじゃないのだから、自由にしてよいってルーザ爺からもいわれてるのよ。

 それに、彼は故郷を目指しているのよ。ここにいるのは立ち寄っただけ。

 立ち去ればあとは何も残らない。

 面倒なことも嫌ってるしね」


 リンダは顔を俯けた。少し寂しそうだと見ていた二人は思った。


「私は姫さまの隣にいることを誓っているの。それだけは譲れないし、変われないわ」

「そういってくれると嬉しいわ。リンダ。

 …何も残らないことはないと思うけど」


 後半は小さな声で呟いただけだったので、リンダとベッグには聞こえなかった。


「話を戻しますぞ」

 

 ベッグが不機嫌そうに言う。


「ケンカイ殿のおかげで、リンダが城にて姫さまの護衛につくことが認められました。

 その分、ケンカイ殿が危険人物扱いをされるゆえ、かの御仁の癇癪がちと不安ですな」

「海賊を一人で成敗したうえで、ナーガモを仕留めっちゃったしねえ」

「ナーガモの際に、海姫の雷号を平気で巻き込みましたゆえ、ライア殿が城に忠告したのでしょうな。危ない奴が来る、と」

「そして、私は彼の懐柔のために身を投げ出した女ってことになってるのかしら。

 しかも、それでも彼は危険で不安が残るって報告するような女に」

「状況は利用せねばならぬゆえ」


 ベッグは目を逸らした。


「別に、ケンカイ殿が見境なく暴れるような御仁とは思っておらぬ」

「でも、海姫の雷号を欲しがって、奪い取ろうとしている可能性があるって報告してたよね」


 ミトア姫はにこにこと笑った。


「可能性の話で、本気でそう思ってはおりませぬが」

「ケンカイさんになら、船長権限譲っても面白いことになるかもよ。

 判らないのにそう感じるって、新鮮な感覚なのね」

「魔動船の強奪を企んでいる可能性のある、凶暴で見境いのない人物。ただし海賊を成敗した実績と実力を持ち、そのことを知っている民間人がいる。

 そして、何故か(・ ・ ・)既に海賊成敗話は、国民の間に広まっている。

 扱いに困る人物としては最上級かもね」

「噂話が伝わるのは早いゆえ」


 あきらかに情報操作を行った筈のベッグは白々しく言った。


「まだ一日ありまする。それがしは、他に打てる手を探しますゆえ、これにて失礼を」

「あまり、無理はしないことね」

「今せずに、いつするのやら。あのような殿下に姫さまが敗北の目に合うなど、それがしが許せることでは無いゆえ」

「私も準備しておくわね。今回は遠慮ぬきでいくつもりよ」

「あまり、物騒なことしないでね。

 でも、きっと物騒なことになるのよねえ。

 判っちゃうから仕方ないよね」


 姫さまに忠誠を誓った二人は、あわただしく部屋を出て行った。

 彼ら主従にとって、平和で平穏は日々はまだまだ遠い物だった。

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