表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
漁師と海竜 海原を行く  作者: 赤五
第一章 バトア王国編
2/57

第1話 漁師と海賊とお姫さまと奴隷候補

修正版です。(7/6)

追加修正しました (11/29)

「退屈だ・・・」


 ケンカイ・テラスミは呟いた。

 思わずポツリと漏れた一言だった。


 ここは大海原。

 いくら天気が良くとも、海の上である。

 普通なら、いくらでも仕事やることがあるものなのだ。

 

「櫓を漕ぐ必要もなし」

 

 ケンカイは、太い指を折り曲げていく。


「帆をはる必要もなし、

 岩礁に気を付ける必要もなし、

 航路を気にする必要もなし」


 ケンカイは大きく伸びをする。

 ごつい体が大きく揺れる。

 

「おまけに、平和過ぎるときた。

 平穏なのはいいが、こうもすることが無いのが続くとなあ・・・

 退屈だ」

”それはワシが老骨に鞭打って、頑張ってるおかげだろうに。暇ならワシの食う魚でも獲っておいてくれんかのう”


 ケンカイの脳裏・・に声が響く。

 彼も最近は慣れてきた声だった。


「この辺りの魚じゃ、釣るのに物足り無い。ああ、また無いが増えた。くそ退屈だ」

”退屈なら勉強でもすればどうじゃ、ワシ直々に魔法を教えてやろうぞ。この知のリオウに教わることができるなぞ市井の魔法使いなら、感激のあまりに五体投地して失禁しかねんものじゃ”

「うるせえ、そんなに魔法が得意なら、さっさとオレを島に戻しやがれ。むにゃむにゃ呪文唱えりゃあっという間に元の場所にご到着~~ってやってくれりゃあ、あんたの為に神社でも作って祀ってやるよ。それとも墓の方がいいか?」

”今のワシには無理じゃな。あと神社はいらん。神社など墓場と変わらぬわ”

「ぜひとも作りたくなってきた。その時のために大工仕事の練習でもするか。次の港じゃ、木材と道具をまず買うことにする」

”この船も補修せんとまずい所がたくさんあるしの。それはいい考えじゃ。しかし、ケンカイよ。以前から言うとるが、ワシと会話するなら口に出さんでもよいぞい。頭の中で強く思うだけで通じるしの”


 それは ”念話”と言われる高度な魔法である。


「んなの、面倒なんだよ。他に誰もいないんだ。口に出したほうが楽だし早いだろうが」

”がさつな奴よのう。思考を強めるのは魔法使いの基礎なんじゃが”

「だから、魔法なんていらないって言ってるだろ。オレはボルス島の誇り高き漁師だ。魔法使いなんかにしようとするんじゃねえ」

”誇り高い漁師なら、さっさと魚を獲ってくれんかの。腹がすいてきたわい”

「もうかよ、獣の餌なんざ一日一回食えればいいだろうが」

”ワシは獣ではない。竜だ。偉大なる知の海竜 リオウ。おぬしのようなガサツな海猿とは格が違うのだといっておるだろうが。格の違いがあり過ぎて、おぬしの足りない頭では理解できぬだろうがな”

「はぁ? いまじゃどうみても只の大アザラシだろうが。あと、オレは猿じゃねえ。勇猛なる海熊の一族だ、ふざけたこと言ってると頭に大銛うちこむぞ」

”そうじゃの、おぬしは猿ほども賢くないしのお、せいぜい熊なみの脳みそしかなさそうじゃな”

「口の減らん爺さんだな」

”今の見かけじゃおぬしのほうがジジイじゃぞ、ワシはピチピチの若アザラシじゃからな、この見事な毛並を見よ、すごいじゃろ”


 船の先で水しぶきが跳ねた。海面から飛び上がったのは、一頭の大アザラシである。

 それは見事な大アザラシであった。

 艶やかな毛皮に覆われた優美な体躯。

 騎獣を持つ者なら、思わず見とれてしまうであろう。 


「それもお前のせいだろうが。そのうち毛皮を剥いで、外衣コートにでもしてやる。自慢するほどの毛並なら高く売れそうだ」

”ふん、やれるものならやってみろ。いくらおぬしとて、海中でワシに勝てると思うなよ、若造め。・・・・・ん?”

「どうした 爺さん」

”おぬしの希望が叶ったかのう。先行させているジョナサンが面白い物を見つけたようじゃの”

「ジョナサンって、爺さんのペットの鴎の名前だったか? いつ聞いても変な名前だな」

”童話から取った由緒正しき名じゃ。それとペットではない。ワシの使い魔じゃ。前にも同じことを言った筈じゃが、相変わらずの残念な記憶力よのう”

「いちいち憎まれ口を叩かんと喋れんのか、爺さん。で、何を見つけたんだ?」

”ほれ、これじゃよ。ジョナサンが見た物をおぬしにも見えるように、思考転送してやろう。鍛えればおぬしも直接ジョナサンの見たものを見えるのだがのう。面倒なことだて”

「オレは爺さんと違って覗き見の趣味は無い」


 ケンカイはそう言った。しかし、送られてきた映像を見て顔つきが変わる。


「・・・ほう、なるほど、爺さん。こいつらどの辺りにいるんだ」

”西北の方向の島影の向こう側じゃの。距離は5kmといったところかの”

「よし、転進。到着まではどれくらいかかる?」

”10分くらいじゃな”

「準備するには十分だ。いいねえ、実にいい。退屈晴らしに丁度いい」


 ケンカイは言葉とは裏腹に、憎悪に満ちた表情を浮かべた。

 骨太の躰がむくりと起き上がる。


「なにより、海のゴミを片付けられるってのは実に嬉しいねえ」




 恵みの海号は2本マストの一般的な交易船だった。

 交易用の荷物を運ぶことが主な目的の船だが、20人以上の乗客を乗せることが可能な客室も備えている。

 就航してから5年間、あらゆる海難を避けることができていたこの船は初めての海難に襲われていた。

 最悪の海難である海賊の襲来である。

 恵みの海号の船長は、経験豊富な船乗りだった。別の船で船長をしていた時に、海賊に襲われたことも数度ある。

 その船長の経験からすると、今回の海賊の襲撃は最悪のものと判断できた。

 一口に海賊行為というが、そのやり方は様々なものがある。

 一番ましなのは、通行料や保護料と称して、荷物の一部や金を巻き上げる類のものだ。

 根城を持つ組織だった大規模の海賊に多いやり方である。

 この場合、海賊との交渉は穏やかに進む事が多く、争いになることや、人死にがでることはまず無い。

 交易船の方も、国に対する税金と同じ感覚で支払ってしまえるためさほど抵抗はない。

 実際、嵐に巻き込まれたりしたときなどに、助けてくれる場合もあるのだ。

 当然、只ではないが、沈んでしまうよりは遥かにマシである。

 そして何より、縄張りの中にいるうちは、他の海賊達から守ってもらえることすらあるので有り難い存在でもある。

 この類の海賊がいる海域を航海する場合は、出港前にあらかじめ交渉しておくことすらある。

 それに対して、最悪なのは流浪の海賊団による略奪目的の襲撃である。

 国から国へ、海から海へ次々と狩場を変え、全ての積み荷を奪い、身代金を取れそうな乗客のみ生かしておき、あとは殺すか嬲り者にする。そういう凶悪な海賊団だ。

 奴らは襲った船を沈め、余分な目撃者など一切残さないように皆殺しにする。

 そんな海賊団に襲われた場合は交渉など論外である。徹底抗戦するしかないのだが、交易船の戦力などたかが知れている。

 今回出没した海賊は、何の警告も交渉も行わなかった。

 2本マストの交易船を装った海賊船は、進路をふさいだ後、いきなり衝角付の10人漕ぎ船を降ろして恵みの海号の船腹にぶつけてきたのだ。

 鋭い衝角は船腹に食い込み、徐々に船内への浸水が始まっている。修理をしなければ沈没してしまうだろう。

 ぶつかった小舟からは、複数の鉤爪が舷側に投げ込まれ、鉤爪に結ばれた荒縄を登って海賊達が乗り込もうとしている。

 海賊船から飛んでくる矢が、船への侵入を防ごうとした船員や水夫達を貫く。そして、2本マストの海賊船も直接乗り込みを行うべく接近してくる。

 甲板が血に染まり、返り血を浴びた海賊たちが蛮声をあげ、乗客が恐怖に悲鳴を上げたその時。


 海原に朗々と男の声が響き渡った。


「海の安寧を乱す不埒にして醜悪な者共に告げる。

 我は海熊の一族にて、銛撃つ者」


 そして、恵みの海号の甲板に一人の男が唐突に現れた。

 髪は白髪交じりの黑髪。幅広い肩幅に分厚い胸板。太い手足をもつ男だった。

 肩に丸太を担いでいるように見える。その丸太の先端には鋭い銛先が光っていた。



「海の誓いに則り行動する者なり。

 つまり、だ」


 男はにやりと笑うと、担いでいた大銛の銛先を海賊に向けた。


「てめえら、全員死にやがれっ!」






 男が現れる少し前、海賊船の見張り台にいる一人の子供が憂鬱な表情をしていた。


「あーあ・・・」


 子供の名前はリネス。

 リネスは2番マストの見張り台から、周囲を眺めていた。

 海賊船 嘆きの髑髏号は2本マストの帆船で、それぞれのマストの先端には見張り台がある。

 1番マストの上の見張り台には誰もいない。

 本来はいるのだが、略奪品目当てで襲撃に参加しにいったのだ。

 獲物の交易船に群がる海賊たちの興奮と欲望に染められた凶悪な蛮声がマストの上まで聞こえてくる。

 射抜かれ、切り裂かれ、叩き潰された獲物の船員たちの悲鳴も一緒だ。


「これで、オイラも海賊の仲間ってことになっちゃうのか・・・」


 リネスは海賊では無い。少なくとも自分で海賊になりたいと思ってここにいるのでは無かった。

 殺戮や略奪を喜ぶ趣味は無いし、殺戮や略奪を行えるほとの腕も度胸も無い。

 なので襲撃に参加したことも無かった。

 汚れた茶髪と同じ色の瞳、痩せこけた体に、ボロボロで汚い服、顔も体も防水剤タールで汚れた13歳の貧相な男の子。

 それがリネスの外観である。


「しばらくは、今のやり方で何とかなるかなあ・・・

 でも、将来・ ・どうなることか・・・何とか逃げ出したいなあ・・・」


 痩せこけたチビだから、襲撃などの荒仕事に駆り出されることは今まで無かった。

 でも、いずれ成長すれば襲撃に参加して、人を殺すことを強要されるだろう。

 そんなことはしたく無いが、それを断るなら、海賊連中に殺される。

 そう思うと成長したくなくなり、喉を通る飯も減り、ますます痩せてくる。


(それに、成長すると、別のまずいことになるかもしんないし。

 ああ、でも、ずっと成長しないのも悲しいかも)


 オイラって本当に不幸。

 リネスは胸に手を当てて溜息をついた。

 今まで幾度も考えて、嘆いていたことだ。

 リネスの出身はここより東側に位置する国の貧乏人街スラム

 両親を失ってからは、手先の器用さと身の軽さを生かした仕事でなんとか生活していた。

 ある程度大きくなってからは、街や港で雑用を引き受けながら、将来の生活の術を身に着けようと足掻いていた。

 そのおかげか、12歳になった頃には器用で気が利く便利屋として重宝されるようになっていた。

 そして交易船を複数所有する商人の店で雇ってもらえることになったのだ。


(あの時は嬉しかったなあ。オイラを認めてくれたもの)


 でも、不幸はすぐにやってきた。

 雇ってもらえることが決まった次の日、海賊に攫われたのだ。


 海賊が子供を攫うことは珍しくなかった。

 もちろん、身代金目的の誘拐などではない。

 そんな目的なら、スラム出身の子供を狙わないだろう。

 目的は船の雑務を行う人手の確保だ。

 大型の船は構造が複雑で、大人では作業しずらい狭い場所も多い。

 そして何より、粗暴な荒れくれ者達は、掃除や手入れ等の面倒な仕事を嫌がる。

 なので子供を攫って、雑用をさせて、嫌がったり反抗したりするような奴は殺して海へ捨てる。

 海賊として見込のありそうな子供は、将来仲間に引き込む。

 仲間になるのを嫌がるなら殺す。

 非力な子供は、手頃な憂さ晴らしの対象にもなる。

 もし死んでも、代わりを攫ってくればいいだけだ。

 そんな考えの海賊船に攫われた子供の扱いは過酷だった。

 リネスと同じ時期に攫われた子供は6人ほどいたが、生き残ってるのはリネス一人である。

 リネスは、持ち前の器用さで船で必要とされる雑用を必死で覚えた。

 そして、海賊と顔を合わせる機会を減らすようにした。海賊が嫌がる仕事を積極的に引き受けることによって。

 高い場所にある見張り台での監視は嫌がられる仕事の筆頭だった。

 船の中でもっとも揺れる場所であり、登り降りが危険で面倒、風が強く吹き夜間は寒い、その上見張り中は飲酒禁止。

 やりたがる海賊などいない。

 リネスは積極的に見張り台での監視を引き受けてきた。

 そして、できるだけ海賊と顔をあわさず、こそこそと海賊船の中をネズミのように這いまわることによって今まで生きてきたのだ。


 リネスが攫われてから、この海賊船が交易船を襲うのは2度目だ。

 最初の時は、聞こえてくる海賊の大声や、殺される相手の悲鳴に怯え、同じ境遇の子供と船倉に閉じこもってひたすら震えていた。

 何もしなかったことに腹を立てた下っ端の海賊によって、同じように閉じこもっていた同年代の子供は殺された。

 リネスが殺されなかったのは、人手が不足することを心配した甲板長が制止したからだった。

 2度目の今回は、見張り台で見張りと周囲の監視を行っている。

 何もしなければ、あの時の子供の様に殺されるかもしれないからだ。

 1度目の時と違い、海賊行為に加担したことになるが、自分の命が大切だった。


「海賊として捕まったら、縛り首か犯罪奴隷のどっちかだったなあ。

 オイラどっちも嫌だ」


 すぐに死ぬのも嫌だが、犯罪奴隷も過酷な仕事で使い潰される事が殆どである。


(オイラならもう少し楽な仕事になる可能性もあるけど、そっちも一歩間違えたら地獄だし・・・)


 いろいろと考え事をしていたせいだろうか。

 リネスが、その船に気づいた時には、その船は獲物の船のすぐ近くまで接近していた。

 慌てて、見張り台に紐で結ばれている双眼鏡を覗いて船を見た。

 そして、警鐘を鳴らそうとした手が止まる。

 双眼鏡を通して見えたのは、一本マストの小型双胴船。

 帆は張っていない。 

 船の前には大アザラシが泳ぎ、双胴船を引いている。

 獣引船に間違いない。

 多人数が乗れる船ではなく、本来ならもっと陸近くの航海に使うような船だった。

 だからリネスが確認できたのは一人の男だけだった。

 それは別に不思議ではないのだ。

 だが、最初、リネスは自分が見たものそ信じられなかった。

 その男は、マストの上に立っていた。

 見張り台のような足場は無い、ただの太い棒の先端に男は悠然と立っていた。

 船は揺れ、マストは更に揺れる。

 そんなマストの上に立っているのだ。

 しかも、男は丸太としか見えない長い棒を持っている。

 棒の長さは2mを超えるだろう。

 しかも、男は老人のようであった。少なくとも顔だけは。

 これだけでも驚きなのだが、リネスが警鐘を鳴らすことを止めてしまったのは、その男が明らかにリネスへ視線を向けていたからだ。

 鋭い目線を感じた瞬間、リネスは体の動きを止めた。


(オイラを見てる? この距離で? あの人は誰で何してるんだ?)


 混乱の中から生まれたのは根拠の無い期待。

 リネスは自分の直感を信じた。

 リネスは警鐘を鳴らさず、海賊達はその男に気づかなかった。


 その男が、双胴船のマストから恵みの海号の甲板に飛び移り、朗々と口上を述べるまでは。


 リネスのいる見張り台にまで男の声は響いてきた。

 最後の言葉を聞いた瞬間、リネスの体は硬直した。

 その男は叫ぶ。


「てめえら、全員死にやがれっ!」




 ケンカイ・テラスミは海賊が嫌いだ。

 昔と違って探し出して、追い掛け回して、追い詰めてまで殺そうとは思わない。

 そこまでの情熱は既に無かった。

 だが見つけてしまったのなら、見かけてしまったのなら話は別だ。

 モグラを見つけた農夫が踏み殺してしまうように、害虫ゴキブリを見つけた料理人が踏み潰してしまうように、海賊を見つけると叩き潰したくなる。

 そして、叩き潰すのなら海熊の大銛は最適な武器だろう。

 海熊の大銛。

 それは巨大な大角マグロを仕留めるために発達した、ボルス島の漁具にして武器でもある。

 丸太のようにすら見える2mの太い棒を長柄とし、先端部に銛先、石突部にロープを止めるための円環がついている。長柄部分にはコの字型の持ち手が、中央、先端、後端の3か所に取り付けられている。

 太すぎる棒は掴むのに適してないため、振り回すときはこの持ち手を利用する。

 銛先は用途によって交換できるようになっており、大角マグロ漁に使用するときは、カエリ付の鋭い銛先を取り付ける。このタイプは長柄の先端にはめ込んで固定しない。突き込んだ後、外れるようになっている。

 カエリ付の銛先はロープによって長柄真ん中の持ち手に結ばれている。そのため、大角マグロに突き込んで銛先が外れると、ロープにたいして長柄部が垂直方向に引っ張られることとなり、水の抵抗がはるかに増加する。

 その状態で暴れ続け力尽き弱った大角マグロをトドメ用の大銛で仕留める。こちらの大銛はカエリの無い三角錐状の太く長い銛先が取り付けられている。

 銛先というより、尖らせただけの鉄の塊のようにすら見える代物だ。

 

 今、ケンカイが振り回しているのはトドメ用の大銛だった。

 対人に使用するには、突き刺すと抜けなくなるカエリ付の銛先は向いていないからだ。

 海熊の大銛は、非常に重い。普通の人間なら持ち上げるのにすら苦労する。

 だが、ケンカイはこの大銛に慣れている。

 長年の修練と実戦の結果、まるで竿を振り回すように大銛を振り回すことができる。

 大銛は信じがたい速度で振り回され、突き込まれる。

 一閃毎に海賊達を薙ぎ倒し、打ち抜いていく。

 恵みの海号の甲板に乗り込んでいた十数人の海賊全員が、倒れ伏し動かなくなったのはケンカイが甲板に現れてから、僅か5分後のことだった。




”相変わらず派手にやるのう”

 リオウからの念話に、ケンカイは目を細めた。小声で囁く様に言葉を返す。


「今、忙しいんだ。残りのゴミも片付けんとな。爺さんは、興味ないんだろ。こういうことには」

”ただの人間同士の争い合い奪い合いなんぞ、珍しくもないしの。ワシにはどうでもよいし、興味もないわい”

「だよな、じゃあ何の用事だ?」


 ケンカイは大銛を振り回し、こびりついた海賊の血と、体の一部をふきとばし、海賊船の方を睨みつけた。視線の先には、ひときわ派手な格好の髭面の海賊が叫んでいた。


”面白いもんが近づいてきてるでの。あの速度なら後5分ほどで、ここにくるぞ”

「面白い物? 海賊の仲間か?」

”恐らく違うじゃろうて。只の海賊なんぞに持てるものではないわい”

「もったいぶるな、爺さん。さっさと教えろ。教える気がないなら黙ってろ」

”せっかちなことよのう。おぬし、この先時間は腐るほどあるのだから、もっと余裕をもって過ごすことを覚えた方がよいぞ”

「黙るか、さっさと教えろ」

”やれやれじゃな、少しは考えようとせぬかのう。だから熊頭と言われるんじゃ”

「よし、わかった。黙ってろ。できれば一生」


 ケンカイは海賊船が接舷している舷側に近づいた。

 視線の先には、海賊船の船長と思しき派手な格好で髭面の海賊がいる。

 海賊船長が叫んだ。髭面の奥の顔が青ざめている。


「て、てめえ、何もんだ、鮫の餌にされたくなきゃあ 引っ込んでろ!」

「さっき名乗っただろうが、このくそ髭野郎。

 こっちにいたお前の能無し屑手下共は、全員鮫の餌になる準備を終わらせてやったぜ。

 あとは海に撒くだけだ。感謝しとけ」

「・・・へへへ、それはどうかな」


 ケンカイの後方に目をやった海賊船長が、下卑た嗤いを浮かべた。


「頭ぁっ、こりゃ、どうしたんでさ!」


 後ろから海賊の声が聞こえた。船室に続く扉が開き、でてきた海賊が周りを眺めて絶句した。

 海賊は、乗客らしい女を抱えていた。海賊を追って2名の船員も姿を現す。

 海賊は女の喉元に、ナイフを突きつけていた。

 

「おう、いい獲物だな。ベッチ。上出来だ。

 へへへ、よう、どうだ、わざわざわるーい海賊を倒しにきた正義のジジイ様よぉ」

「・・・誰がジジイだ」

「さっさと、その丸太を捨てな。こんなとこに出てきたジジイの度胸に免じて、命だけは助けてやるからよお」

「は? 海賊の約束を信用しろだと?」

「けけけ、その女の喉をえぐられたくなきゃ、そうするんだな。知ってるぜ。てめえみたいな正義の味方様は、かよわい女を見捨てるなんてできないだろ。なあ、ジジイ」

「お前は、ひどい勘違いをしてるな。くそ髭野郎」

「はあ? 寝言いわずにさっさと武器を捨てろや。ジジイ」

「お前の勘違いはだな」


 ケンカイは、大銛の銛先を甲板に突き立てた。


「ほおら、結局、従うんじゃねえか、くそジジイ様よお」

「オレは正義の味方のつもりはない、ただ海賊が嫌いなだけだ」


 ゆっくりと腕を組む。


「そして、なにより・・・

 オレはジジイじゃねえぞっ!! オレはまだまだ若い!!!」


 ケンカイは背中に隠していた手斧を取出し、後ろの海賊に向かって投げつけた。

 手斧は回転しながら、海賊に向かって飛んでいき、人質の女の腕に衝突した。

 衝撃で姿勢を崩した背後の海賊が次に見たのは、いつのまにか正面にいたケンカイの拳で、次の瞬間衝撃と共に意識を失った。

 女に当たったのは柄の部分だった。酷い打撲だろうが、命に別状はない。

 転がった手斧を拾い上げながら、ケンカイは気を失った女を絶句している船員に渡す。


「・・・斧刃が当たったらどうするつもりだったんですか?」


 船員が声を掠らせながら尋ねた。

 ケンカイは、肉厚の肩をすくめて言った。


「人間、腕の一本が無くても生きていけるよ」


 そして、再び大銛を甲板から抜き取り、肩に担いだ。

 髭面の海賊船長を睨みつける。


「それじゃ、残りのゴミを片付けてくらあ」




 今回も上手くいく筈だったのだ。

 海賊船<嘆きの髑髏号>船長 黒髭のバッソは、目の前の男を必死で睨みつけようとし、内から湧き上がる恐怖と戦っていた。

 バッソは髭もじゃの強面と粗暴な言動からは信じられない程慎重な海賊だ。

 今回の襲撃も、事前に慎重に獲物の情報を集め航行ルートを突き止め、待ち伏せからの強襲に成功していた。失敗する要素など何もないはずだった。

 にもかかわらず、獲物の船に乗り込んだ手下の海賊は全員が倒れている。

 その全員が死んでいることを確信できるような酷い損傷を受けている。

 それを行ったのは、目の前にいるたった一人の男だ。

 いきなり現れ、訳の分からない事を叫び、暴れだした男。

 白髪交じりの黒髪、皺のある顔からおそらく初老にさしかかった年齢の男に見える。

 だが、その男は、初老という言葉からは連想できない体躯を持っていた。

 背は高くない。一般成人程度で長身の大男というわけではない。だが、肉体の持っている迫力は、そこらの力自慢の大男とは比較にならなかった。

 単純に肥大化させた筋肉に覆われているのではない。

 常人より遥かに太い骨格。その上に自然に盛り上げられた筋肉。

 今まで数々の海賊や荒くれ者を見てきたバッソにとっても、これほどの迫力を感じさせる肉体を見るのは初めてだ。

 そんな男が、振り回すのは丸太の先に鉄の塊のような銛先を取り付けた大銛。

 海賊たちが持つ片刃の曲剣(カトラス)で受け止めようとしても、カトラスごと打ち砕く威力がある。そんな大物を振いながら、男の動きは信じがたいほど早かった。

 たとえ船同士がぶつかり揺れても足を取られるようなことは無い。

 人質を盾にとっても、海賊を人質ごと殺そうとした。

 どうやったら、この男を止められるのか。この突如現れた死神を。

 バッソは必死に考える。

 だが、死神は時間をくれない。気づいた時には、目の前に血に染まった大銛を持つ死神がいた。

 大銛による突きが体を貫くのを防げたのは奇跡だと思った。

 代わりに、右手が肩から吹き飛んでいたが。

 悲鳴をあげ、甲板を転がったバッソを救ったのは、響いてきた意外な声に死神が動きをとめたおかげだった。



 ケンカイは海賊船の船長らしい髭面を目指して、舷側から跳躍した。

 大銛を持っているとは思えないほど、軽やかで力強い跳躍だ。

 悠々と海賊船に飛び移り、着地と同時に大銛で突きを放つ。

 驚いたことに髭面の海賊は体を貫かれるのを防いだ。

 その代わりに右腕を失っていたが。すかさず振り下ろそうとした大銛が止まったのは、二つの声が聞こえたからだった。


”きおったぞ。ワシは念のため念話を控えるでな。ワシの助言なしでは不安だろうが、うかつなことをするのではないぞ”


 一つは、脳裏にひびくリオウの念話。

 もう一つは、魔法により拡声された女の声だった。


『前方の海賊船に告げる。我らは王の剣にして海の守護を司る<海姫の雷号>。バトア国の名において命ずる。ただちに武器を捨て投降せよ。さもなくば海の藻屑となるを知れ。繰り返す。ただちに武器を捨て投降せよ。バトア国第一姫ミトア・オ・バトアの名において、公正な裁きを約束する』



 海姫の雷号は魔動船である。

 大きさは中型船と大型船の中間くらい。

 船首像として祈りを捧げる少女の像を持つ優美な船だ。

 この船は帆も櫂も有さず、騎獣によって牽引されたりもしない。

 推進用の魔道具を装備し、搭乗した魔法使いの魔力により自在に海を駆ける船。

 それが魔動船である。

 船自体が高価な上、運用するには複数の優秀な魔法使いが必要という欠点を持つため、所有するものは国家レベルの財力・権力をもつものに限られる。

 一国に一隻あるかどうかという希少性だが、その戦力は圧倒的だ。

 ほかのどんな船よりも早く機敏に動き、複数の魔法使いが行使する攻撃魔法は大型船を一撃で撃沈することができる。

 そんな船の司令室で一人の少女がはしゃいでいた。

 海の上であるにもかかわらず高価そうなドレスを着ている金髪の美少女だ。

 少女がはしゃぐたびに、腰まである癖の無い真っ直ぐな金髪が揺れる。

 いたずらめいた笑みを浮かべて、楽しそうに語る。 


「ねえねえ、リンダ。どう、今、私かっこよかったよね。

 噛まなかったし、早すぎず遅すぎず。理想の早さだよね」


「はい、姫さま。素敵でしたわ」


 答えたのは、剣士風の格好をした長身の女性。

 ややくすんだ背中の半ばまで伸びた癖のある金髪。気の強そうな釣りあがった目をにっこりと細めている。簡素ながら高級そうな革鎧は、その胸の部分が大いに盛り上がり、鮮烈な色気を醸し出している。


「ふむ・・・ 海賊船の反応が鈍いですな。すぐに降伏するとは思えませんが。

 嘆きの髑髏号の船長は、見かけによらぬ切れ者と聞いていたのですが」


 怪訝そうな表情を浮かべているのは魔法使いのローブを着こんだ痩せた中年男だった。


「んー。交易船の反撃にあって、海賊船の船長が怪我してたりして。そしたら、この後、楽で助かるよね。簡単にお仕事完了、さいこー」


「姫さま。恵みの海号はそんなことのできる戦力を護衛として持っていませんよ。嘆きの髑髏号はそれほど甘い相手ではありませぬ」


「ベッグは凄いよね。どうしてそんなに海賊船とか交易船のことに詳しいの?」


 ベッグと呼ばれた中年魔法使いは、うやううやしく一礼しつつ答えた。


「それがしは、姫さまのお役に立つ情報なら何でも知っています。

 そうあるべく、日々努力を重ねております故」


「腹黒中年はさっさと姫さまの目の届かない所に隠棲していただきたいものですわ」


 リンダが冷たい笑みを浮かべて言った。


「姫さまのお役にたつのは、私が一番ですので。裏でこそこそ動くのは勝手ですが、姫さまの名に傷つけるような事をするのなら、その首、貰い受けて海に捨ててあげますわ」


「それがしは、首のほうが役に立ちます故、その際は体のほうを捨てていただきたいものですな。

 胸の大きさくらいしか取り柄のないどこかの剣術自慢は、体を捨てられると女としての価値が無くなるかもしれませぬが」


 二人は睨みあった。


「ほんと、二人とも気が合って仲がいいよね。私も気軽に軽口いえる友達ほしーなー」


 姫さまとよばれた少女がニコニコと羨ましそうに呟いた。

 彼女はミトア・オ・バトア。バトア王国第一王女にて、海姫の雷号の船長でもある。 


 



 嘆きの髑髏号の海賊達は、甲板長が中心となりあっさりと白旗を上げた。

 捕縛されれば処刑されることが確実な黒髭のベックは抵抗しようとしたが、片腕を失い満足に動けない船長に従う海賊はいなかった。

 ただ、海賊達が畏れているのが降伏を勧告した海姫の雷号ではなく、不機嫌そうな顔で甲板に突き立てた大銛にもたれかかった男であることは、彼らの態度から明らかだった。

 海賊達は束縛しようとする海姫の雷号の船員に抵抗するどころか、縋るように集まっていった。

 恐怖の元になっている男―ケンカイ・テラスミ―は、不機嫌疎な表情にふさわしい不機嫌な声で目の前の中年魔法使いに文句を言う。


「あんたらが後始末するんなら、オレは別にいなくてもいいだろう。さっさと船に戻って次の港に行きたいんだ。邪魔をするな」

「英雄殿に対して邪魔をするなどとんでもない。ただ、こちらとしてもこれほどの働きをした貴殿を無碍にすることなどあっては、我が国の恥となるゆえ。功には褒賞を与えねばならぬのです。

 それがしは、姫さまに代わってケンカイ殿の功を評価せねばなりませぬゆえ、失礼ながら貴殿の事をいろいろと知る必要があることをご理解いただきたい」

「名前は既に言った。只の旅の漁師だ。海賊が嫌いなので見かけたら殺すようにしている。今回も偶然見掛けたので殺しただけだ」

「失礼ながら、この場所は偶然通りかかるには少々不自然な場所にあるのではないかと・・・」

「なら、あんたらが通りかかったのも不自然だよな」

「我らは、海の安全を守るべく、王より任を受けておりますゆえ。今回もたまたま通りがかったところ、偶然、かの海賊船を見つけましてな。貴殿が偶然通りかかっていたおかげで、迅速に制圧することができもうした。故に感謝の意を示さねばならぬと、それがしは思うております」

 

 中年の魔法使い―ベック―はぬけぬけと言いのけた。


「勿論、功には褒賞を。限度はありまするが、ご満足いただける程度のものはお約束いたしますゆえ」

「・・・つまり、海賊船を討伐したのはあんたらで、オレは偶然加勢しただけってことにしたいのか?」


 ベックは僅かに笑みを浮かべただけで返答はしなかった。

 ケンカイは少し考えたが、別に手柄を立てて名声がほしかったわけでもない。

 旅をするのなら、金は有って困るものではなく、呉れるというのなら貰うのに躊躇いなどなかった。

 

「じゃあ、それでいいさ。オレはそれでも何の問題もない」

「ある程度の褒賞は金貨にて。それ以外にもご希望などございませぬか?それがしの叶えらえる範囲であれば融通いたしますゆえ」

「気前がいいな。交換条件がありそうだ」

「たいしたことではござらん。城にて姫さまからの感状を受け取っていただきたいのです。我らのささやかな感謝の意ゆえ、他意はありませぬ」

 

 面倒だから断ると言おうとしたケンカイの脳内に、リオウの声が響いた。


”待て、おぬし、断るでない”

”どうした、爺さん。黙っておくんじゃなかったのか”

 人前で喋るわけにはいかず、黙って脳裏に言葉を浮かべるケンカイ。


”おぬしの為にいうておるのじゃ、その魔法使いが魔動船にいないのであれば、警戒する必要などないわい”

”なんだ、爺さん。こいつが怖いのか”

”怖いのとは少し違うがの。面倒といったところじゃ。ところでおぬし。せっかくの機会だ。こやつらが持っている海図を貰うのはどうじゃ?”

”ボルス島の位置までわかるのか?”

”そこまでは期待できんじゃろうが、この先、楽になるぞい”

”でも、オレ。海図の読み方知らんぞ。漁師は頭の中の海図だけで漁をするもんだ”


「貴殿、どうかされましたかな?」


 暫くの間無言になっていたケンカイを、訝しく思ったのかベッグが聞いてきた。


「いや、別に・・・ 海図を貰うってできるか?」

「詳細な海図や地図は国家機密ゆえ、そう簡単には」

「あまり詳細でなくてもいい。ただできるだけ広い範囲の載った海図が欲しい」

「・・・ふむ、それならば。それがしの一存では決められませぬが、姫さまのお力を借りれば問題ありませぬ」


 しばらく考えていたベッグが頷き、さらに言葉を続けた。


「ということなれば、ケンカイ殿も我らと同行し城に来ていただけるということですな。それがしの面目もこれにて立ちもうすゆえ、貴殿に感謝を」

「・・・そういうことになるのか」


 ベッグが嬉しそうに話す。

 なんか、ハメられて泥沼に足を突っ込んだ気になるケンカイだった。



 ケンカイとベッグの話し合いが一段落したころ、一人の女性が近づいてきた。

 大きな胸が魅力的な長身釣り目、剣士のような恰好をした美女。

 

「お話は済んだかしら。ベッグ、姫さまがお呼びよ。すぐに行きなさい」

「おお、それはそれは。姫さまのお役に立つのは、それがしの至上の喜び。どこにいけばよいのだ。リンダよ」

「船の監禁室。捕まえた海賊の一人が無茶なことを言い出して、しかも姫さまが乗り気。

 私は反対だけど、姫さまに嫌われたくないから、あなたが説得しなさい」

「それがしも嫌われたくはないゆえ、遠慮いたす」

「ダメ、姫さまには、ベッグならいい案を思いつくはずって言っておいた。姫さま期待されてるわ。頑張ってね」


 冷ややかな笑みを浮かべるリンダ。


「こちらの方が英雄殿ね。あなたの倒した海賊達を見たわ。

 どうやったら、あんな風になるのやら。

 想像しただけで、ゾクゾクしちゃったわ」


 胸の下に手を組み、リンダは艶やかな色気を感じさせる笑みを浮かべた。

 

「お名前を伺ってもよろしいかしら。私はリンダ。リンダ・ロール・ローラ。

 ミトア姫さま第一の従者よ」

「オレはケンカイ・テラスミ。どうやら城とやらへ一緒に行くことになったようだ。よろしく」


 ケンカイはちらりとリンダの胸を見た。男なら仕方がない。


「あら、そういう話になったのね。ご一緒できて嬉しいわ。私、強い人大好きだもの。

 どうやったら、そんな風に体を作れるのか、詳しく教えてもらいたいわね」


 リンダは遠慮なくケンカイの体を上から下まで、じっくりと見た。

 

「本当に強そうな人。もう少し歳が近ければ惚れてたかも。ケンカイ殿は小娘は嫌いかしら?」

「小娘は好きじゃないな」


 ケンカイは真面目に答えた。


「でも、あんたは小娘じゃないし、オレもジジイでは無い」

「あらまあ」


 リンダは頬を少し赤く染めた。


「お上手なおじ様ですのね。そのうち手合せをお願いするかもしれませんわ」


 リンダは腰の剣を軽く叩いた。


「もちろん、こちらでですけど。私、強い人大好きだけど、私より強い方って見たことありませんの」


 艶やかに笑いながら、リンダはケンカイを誘った。


「せっかくですので、姫さまにご紹介いたしますわ。ケンカイ殿も姫さまと会われたならきっと気に入ってくださいますわ。・・・お力を貸していただければ嬉しいのですけれども」

 

 最後だけ呟くように言って、気を取り直したように一見無邪気な笑みを浮かべた。


「今頃、ベッグが困っている筈ですの。一緒に見学にいきませんか」


 そして、海姫の雷号へ向かうリンダの後に続き、ケンカイも海姫の雷号へ乗り込んだ。

 海姫の雷号は嘆きの髑髏号より大きく、その舷側も高かった。

 乗り移りのためには梯子が使われている。リンダが先に登っていったので、後に続くケンカイが見上げると見事な臀部の曲線が目の前にあった。


(眼福、眼福)


 と思ってしまうのも仕方がない。

 上りおえた後、ケンカイの視線に気が付いたのか、微妙に頬を赤くしてる様子がケンカイの琴線に触れていたりもする。


(意外と男慣れしてないのか、この御嬢さん)


 思わずにやついたケンカイをリンダが軽く睨んだ。

 ケンカイはニヤリと唇を歪めて、空に視線をそらす。視線の先に鴎がいた。

 リオウの使い魔のジョナサンだ。


”覗きも大概にしろよ、爺さん”


 リオウからの返事は無かった。先ほどの会話からして、中年魔法使い(ベッグ)を警戒しているのだろう。


「こちらですわ」


 リンダの案内に従い、海姫の雷号の船室に通される。

 そこには、リンダの推測した通り困った顔のベッグと、ケンカイが初めて見る少女、それに海賊船のマストの見張り台で見かけた子供の姿があった。



「ですから、姫さま。それは無理なのです。こやつは海賊船に乗って捕まった海賊ですぞ」

「えー。でも、この子、自分は海賊じゃないって言ってるよー。こんな小さな子が海賊行為なんてするわけないじゃない」

「何度もいってるじゃないかよー。オイラ海賊じゃない。攫われて働かせられてただけだって」

「海賊船で自由に行動しているだけで、海賊の仲間とみなされるのですぞ。しかも、こやつは見張り台にて見張りをしていた所を捕まったのです、それゆえ、こやつは海賊。そう判断せざるをえないのですよ。姫さま」

「オイラ、器用だから、掃除も得意だし、船の修理もできるし、海図も読めるし、身軽だからマスト登りも自由自在。だから、無理やり働かされてたんだよ。海賊なんてなりたくもなかったし、オイラ、逃げようといろいろ考えていたけど、アイツら港にめったに寄らないし、どうしようもなかったんだから」

「何が出来ようと関係ないし、逃げられなかったのも関係ないゆえ。交易船襲撃中の海賊船で海賊の益となる行為をしていた。ゆえにこやつは法律上、海賊なのですぞ」

「でも、犯罪奴隷契約は失敗したんでしょ? なら、この子は海賊行為はしてないってことになるよね?」


 海姫の雷号は、簡易的ではありながら、奴隷契約の魔法装置を有していた。

 これは、拿捕した海賊の反抗を防ぐために有効な措置として奴隷契約を結ぶことを目的としたものだ。

 ただ、あくまで簡易的なものであるので、この装置での犯罪奴隷契約には本人の海賊行為の自覚が必要とされる。

 さすがに海賊を自認する者が、海賊行為自体を自覚しないことは無く、通常なら問題なく犯罪奴隷としての契約が完了する。

 この契約を結ばれた人間は、上位者とされた者にたいして危害を加えることが不可能となり、明確な命令に反抗できない状態となる。

 多くは、使い潰し前提の過酷な労働に就かされることになるのだ。

 それでも、即座に処刑されるよりはマシなのは事実である。

 今回、問題となったのは、対象の子供が攫われた子供であり海賊に協力してはいたものの、本人には海賊行為に参加している自覚が薄かったことだ。

 海事裁判所の所有する強力な奴隷契約の魔法装置なら、本人に自覚がなくとも海賊行為として認めらる行為をした者も強制的に犯罪奴隷契約を結ばせることができる。

 この子供(リネス)も、港に到着し裁判所に連行させられれば、犯罪奴隷として生涯を過ごすことになるだろう。

 ベッグはそんなことは気にもならない。

 たとえ攫われたのが原因でも、本当に海賊になりたくなかったのなら、反抗すればよかったのだ。

 もしくは逃げ出せば。

 その結果が海賊により殺されることだとしてもだ。

 生き延びて海賊船で、海賊に協力した。

 バトア王国の法律だけでなく、他の周辺国家の法律でも、そのような行為を行った者は海賊と見なされても仕方がない。

 攫われたのが原因でも、それは運が悪かったとしかいいようがないのだ。

 まして、バトア王国の人間ではなく、ここから東の別国出身の子供である。

 あらゆる意味でベッグにとって、庇護すべき対象からリネスは外れていた。

 問題は、ベッグにとって最も庇護すべき対象であり、崇拝する主人でもあるミトア姫が、何故かその子供に肩入れしていることにある。


「ですので、王国法に則り、この子供は海賊として以外扱いようがありませぬ。

 この船の装置では無理ですが、裁判所でなら法律通り裁かれ、犯罪奴隷として契約されるは必定ゆえ。姫さまは姫さまだからこそ通せぬ無理があるのですぞ」

「攫われて無理強いされてたのに海賊扱いってひどーい。権力って無理を通すためにあるんでしょ?

 わたし、姫さまだよー」

「ですから、姫さまの立場であるからこそゆえ、通してはならぬ無理もあるのです。

 この無理は、海軍および海事裁判所に喧嘩を売るに等しいがゆえに」

「でも、この子。嘘は言ってないし、いい子だよー。わたし判るもの。

 犯罪者奴隷なんて、処刑執行猶予と変わらないよー。わたし、嫌、ベッグなんとかして」

「姫さまが仰るなら、その通りなのでしょうが、それがしにもできる無理とできぬ無理とやりたくない無理がございましてな」

「今回は?」

「やりたくない無理でございますな」

「さすが、ベッグ。やればできるんだよね? リネスよかったね。なんとかしてくれるって」

 

 姫さまと呼ばれた10代半ばに見える少女は、薄汚れた子供の手をとって喜んだ。

 喜び方がわざとらしいなあ。とケンカイは思う。

 ベッグは顰め面を崩さない。

 

「それがし、やりたくないと言ってるのでありますが」

「できないことじゃないのにやりたくないって、それでも姫さまに忠誠を誓った魔法使いなのかしら。

 私、非常に残念ですわ。具体的には、その首を刎ねたいくらい」

「姫さまを甘やかすだけが、忠誠とはさすがさすが。自称第一の従者殿の考えには感服つかまつる」


 口を挟んできたリンダに、ベッグが反応した。

 ミトア姫が、嬉しそうに振り返りリンダを見た後、背後にいるケンカイに気づき目を丸めた。

 リネスも気づいたのかケンカイを見た。ひっと小さな悲鳴を漏らした。

 

「あら、そちらの方は。もしかして海賊をなぎ倒してた人?」

「そうです、姫さま。彼はケンカイ・テラスミ。自称旅の漁師とおっしゃってますが、私たちと同行して城へきてくださるようです」

 

 そして、リンダはちらりとケンカイを見る。


「枯れてきてらっしゃる年頃のようですが、なかなか元気な方のようですので。姫さまもご注意くださいまし」

「うーん。わたしやリンダほど若くはないけど、リンダのいうような年頃の人とは違う気がするなー」


 ミトア姫は、ケンカイがびっくりするほど近づいてまじまじと見つめてきた。

 のほほんとした雰囲気が邪魔をしていたが、改めて見直すとミトア姫は美しい金髪をもつ小柄な美少女だった。

 高級そうなドレスも、動きやすいようにするためか妙な切れ込みを入れている。

 そこからちらちらと覗く肌は健康的な色気を感じせた。

 

「他にも、妙な感じがするけど。わかんないや。おじさん、何者かな? うーんと、変なのはおじさんというより別の何か、うまく隠してるのかなあ。わたしびっくり」


 リネスはミトア姫の背後に隠れていた。

 最初に見たときの驚きと、その後の惨劇に等しい暴れ方を思い出したのだ。


「ん? リネス、この人は怖くない人だよ。変な感じはするけど、大丈夫」

「随分な言われようだが、オレは只の旅の漁師だ。ボルス島のな」

「そーなんだ。どのあたりにある島なの?」

「判らん。オレも知りたい」

「迷子さんなんだね。おじさん」


 ケンカイはまじまじとミトア姫を見つめた。


「しかし、オレよりあんたの方が変だろ。姫とよばれる身分の人が気安すぎないか?」

「わたしの性格だから仕方ないよー。これでも、場合によっては恰好いい喋り方できるんだよ。すごいんだよ。ものすごく姫してるんだから」

「そうなのか」

「ん。そうなのだ」


 何故か自慢そうにうなずくミトア姫。

 そんな姫さまを、嬉しそうに見つめているリンダ。


 そして、疲れたようにベッグが言った。


「それで、その子供のことはもうよろしいので?」

「よろしくないよ。どうにかしてよーベッグ」

「姫さまの頼みです。どうにかしなさい。ベッグ」

「おじさん。お願いだよー。オイラを助けてよ」


 はぁ、とベッグは溜息をついた。


「わかりました。それがしがギリギリ法律をすり抜ける策を提案しますぞ」


 ベッグはケンカイの方を向いた。


「ケンカイ殿、そのリネスとやらを契約奴隷として契約してくだされ。

 いろいろとできるようですので、きっと役に立ちましょうぞ」

「は?」


 唖然としたケンカイ。愕然とするリネス。

 

「なんでそうなるんだ(だよー)」


 二人の声が合わさった。

 ベッグはにやりと笑った。

 その笑いは獲物を前にした詐欺師のようだと、ケンカイは思ったのだった。


「つまりですな」


 と、ベッグは話を続けた。


「その子供が、海賊に攫われたときに既に奴隷であるなら、解放されたなら所有者の物として持ち主が引き取るのが筋というわけですぞ」

「なんで、オレの奴隷になるんだ? あんたらの誰でもいいだろ」

「オイラもできれば姫さまの奴隷の方がいい・・・」

「あ、それは無理だよー」


 ミトア姫がぱたぱたと手を振った。


「この船、奴隷禁止。一応、国家機密で王家の秘宝なのだぁ」


 自慢そうに胸をはるミトア姫。


「そして、わたしが船長さまー。えらいんだよ。敬いたまえ―」

「子供の玩具か。もったいない」

「いささか無礼ですぞ。ケンカイ殿」


 ベッグが顔を顰めた。


「この場ではともかく、王城はうるさ方が多いゆえ。そのおりは気を付けていただきたく」

「ここだといいんだ・・・」


 リネスも呆れている。


「姫さまは寛大ですから」


 リンダが物騒に笑う。


「でなければ、無礼な薄汚い子供なんて、私が首を刎ねていますわ」


 ひぃっと息をもらし、リネスは再びミトア姫の背後に隠れた。


「それがしの話を続けてもよろしいかな?」


 もう、この場からさっさと去りたいと云わんばかりのベッグ。


「契約奴隷なら、解放条件も緩いので充分に働けばいずれ解放される可能性もあるでしょう。

 少なくとも犯罪奴隷よりは遥かにマシな扱いになりますゆえ。その小僧も満足かと。

 ケンカイ殿は、こやつが期待に添わなければ売り払うなりしてしまえばよろしい。

 役に立つようならこき使えばよいだけですぞ。損はないかと。

 我らにとっては、ケンカイ殿は自分の奴隷を取り戻すために海賊船に乗り込んだことにしてしまえば城への説明もやりやすいというもの。

 さすがに、海賊嫌いなので見かけたら殺しにいってるなど、物騒すぎて誰も信用せぬかもしれぬのです。

 奴隷契約日を誤魔化すのが多少面倒ですが、幸いながらこの船で姫さまの黙認があるのなら、それがしにとっては難しくはありませぬ。

 あとは、契約の輪を目立たぬところにつけておけば、海賊達が気づかなかったのも不自然ではないということになります。

 姫さま、これでよろしいか?」

「いいんじゃないかなー。リネスも変な人に犯罪者奴隷として売られるよりましだし。

 リネスくらいの歳の子好きな変態もよくいるってリンダが前に言ってたしぃ。

 ケンカイさんはどう?」


 変態うんぬんの言葉を聞いてリネスが青醒めた。すがるようにケンカイを見る。


「オレは海賊が嫌いだ」


 ケンカイはしばらく考えて言った。


「だが、その小僧はオレが船に乗り込むのを見ておきながら、警鐘を鳴らさなかった。

 つまり、海賊行為をしなかったということになる」


 なら、ぎりぎり許容範囲かなあ。とケンカイは思った。


「・・・そういや、その小僧、海図が読めて船の修理もできると言ってたな」

「できるよ。オイラ役に立つよ」


 リネスは、こくこくと首を縦に振る。リスのような小動物を連想させる可愛らしい仕草だ。


「なら、決まりでよろしいか」

「おめでとー。ケンカイさんは頼りになる人みたいだから、リネスは安心。

 わたしも安心」


 よかったねーと、ミトア姫はリネスの頭を撫でた。


「あ、手が汚れちゃった。リネス、お風呂入ってないでしょ。一緒に入ろうか?」

「姫さま。ダメです。いくら子供相手とはいえ、節度というものがございます」

「オ、オイラ、風呂嫌いだから。このままでいいよー」

「あんたらの姫さまは大らかにもほどがあるな」


 ケンカイは肩をすくめた。


「で、オレはどうすればいいんだ。自分の船に戻っていいのか」

「その前に、その小僧と奴隷契約を結んでおいていただきたいかと。契約詳細は後日でも構いませぬが、万が一、逃亡されたりすると面倒ゆえ」


 ベッグは懐から、銀色に輝く輪を取り出した。

 輪の内側には短いが一本の針が生えている。


「契約用の奴隷環なのですが、ケンカイ殿、こちらの針でご自分の指先を刺して少し血を付けてもらえませぬか。契約に必要ゆえ」


 ケンカイは奴隷環を受け取り、小指の先を少し刺した。僅かながら針先に血が付着する。


「あとは、これを小僧につけるのですが・・・普通は目立つように首か手首や足首に付けるのですが、さて、今回は目立つところは無理ゆえ、どこにすべきか」


 ベッグは少し考えた。


「足の付け根あたりぐらいが適当ですかな。ケンカイ殿、小僧の足の付け根付近の肌に直接その輪を当ててくだされ」


 その言葉を聞いて、リネスが慌てた。


「べ、別のところじゃダメなのっ?」

「海賊連中が気づかない箇所が他にあるとは、それがし思わぬが」

「じゃ、じゃあ、オイラ、自分でつけるから」

「主人となる人が付けぬと、契約は結べぬゆえ、無理だ」

「面倒だ、さっさと済ませて船に戻る。大人しくしろ」


 ケンカイが近づくと、リネスは真っ赤になってミトア姫の後ろに隠れようとした。

 しかし、ケンカイの動きは早く、力強かった。

 素早くリネスの腰をつかむと、宙にもちあげ、強引にズボンをずらして奴隷環を押し付ける。


「あーあ、やっちゃった」


 くすくすと、ミトア姫が笑う。

 リネスは下着をつけていなかった。


「「え?」」


 そしてなにより、リネスは女の子だった。

 ケンカイとベッグとリンダの目の前で、女の子であることを証明してしまったリネスは真っ赤になってうずくまった。

 涙目で。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ