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漁師と海竜 海原を行く  作者: 赤五
第一章 バトア王国編
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序 熟練航海士かく語りぬ

 ん? あんた見ない顔だな。

 この港にいる俺と同じくらいの爺さんなら、知らない筈がないんだが。

 ああ、旅のモンか。

 そりゃあ、初めまして。だな。

 お、悪いねえ。一杯おごってくれるたあ、ありがてえ。

 それにしても、あんた、凄い体しているな。

 どうすりゃ、その体を維持できるんだ。

 俺も最近、めっきり弱くなってなあ。若いモンに馬鹿にされたかねえが、歳には勝てないのかねえ。

 ああ、そいつはこの辺りの名物の魚さ。

 油で揚げ立ちをくえば、酒が進む一品だあね。

 いや、せがんだつもりじゃ無かったんだが、悪いね。

 でも、美味いだろ?

 気に入ってくれりゃあ、俺も嬉しいってもんよ。

 うん? 話を聞かせてくれだって?

 あんた、丁度いい男に声を掛けたよ。

 このあたりにゃあ、俺より遠くへ行ったことのある奴あ、いねえさ。

 なんせ、大陸の西から東へと何度も行き来してるのが、この俺よ。

 そういや、旅してるって言ってたな。

 目的は知らねえが、何でも聞いてくれ。酒と飯の借りは話で返すってのも俺の信条だ。


 ボルス島? うーん、聞いたことが無い名前だなあ。

 爺さんの故郷だって? なんで、自分の故郷の場所が判らないんだ?

 はあ、不思議なことが起こったねえ。

 まあ、俺も海の男だ。海じゃあ何が起きても不思議じゃねえさね。


 そいつは、どんな島なんだい?

 爺さんみたいな体格の奴が沢山いるのなら、暑苦しいのかねえ。

 え、本当に沢山いるのかい。そりゃあ凄えなあ。

 

 そいつらは何をして暮らしてんだ?

 漁をしているって? 魚を獲るのにそんなごつい体がいるのか。

 どんな魚だってんだ、そりゃあ。

 はあ、体長3m、1mの角をもった大角マグロ?

 なんだ、その怪物は。それって本当に魚か?

 

 まあ、なんだ、あんたらはそんな怪物を相手にしているから、ごつい体がいる訳なんだな。うん、俺には無理そうだ。

 

 だが、俺も聞いたことが無い話だなあ。すまんが、それだけじゃ何も思いつかん。他に何か無いかい?


 ほう、そんなにでかい銛を使うのか。

 海熊の大銛ねえ。海熊ってのはなんだ?

 ほう、あんたらの一族の名前か。海で漁をする熊みたいなやつらってことかね。


 おお、思い出した。

 たしか、俺が大陸の西の方に行ったとき、似たような話を聞いたことがある。

 なんでも、この大陸の更に西に別の大陸があるらしいんだが、そこでは海賊狩りをする恐ろしく気の荒い連中がいるって話だ。

 なんでも、熊みたいなやつらが、丸太みたいな槍を振り回して暴れまくっているって話だったな。

 ひょっとして、あんたのいう海熊ってその連中のことか?

  

 沿岸航路の交易船の副船長であるウォン・リーンは、ある春の日、港付近にある酒場で奇妙な男と出会った。

 ウォン・リーンは40年に渡り沿岸航路を往復する船乗りとして過ごしてきた熟練の船乗りだ。

 今までいろいろな所に行き、いろいろな事を見聞きしてきた。

 その彼をもってしても知らない話をしてきた男は、背は平均程度ながら、がっしりとした肩幅とそれに相応しい胸の厚みを持っていた。

 腕も足も太い。それも筋肉だけが肥大化したのではなく、太い骨が躰を支えていることが一目でわかるどっししりとした体躯をしていた。

 腕には入れ墨が施されている。海の安全と大漁を祈る祝福の入れ墨のようだった。

 自分と同じく海の匂いが染み込んだ海の男。

 その見た目の印象は熊。

 そしてウォン・リーンが戸惑ったのは、その男の顔が自分と同年代に見えながら、老いを一切感じさせなかったことにあった、

 黒髪には白髪が混じり、顔には皺が刻まれている。しかし、その体からは明らかに若者の持つはつらつとした生気が感じられた。

 その男は聞いたことのない島の漁師だと名乗った。

 いろいろな話を聞きたがり、そして、喜び、大いに飲み、大いに食った。

 そして、別れ際には娼館の場所を聞いてきた。

 彼の行動はまだ若く、活力に溢れた若者そのものだ。

 ウォン・リーンは知らない。

 遠くない将来、確かな噂話として、その男の話を聞くことを。

 大銛を振り回し、港から港を旅し、世界を騒がせるその男の名を。

 彼はまだ知らないのである。

 

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