あいぼー 1
押し入れの奥がガサッと音を立てた。
おっと、住人のお出ましだ。
俺は下に転がるガラクタを掻き分けて、
賞味期限が一昨日切れたパンの欠片を、薄汚れた小皿の上にポンと乗せた。
住人はチューと鳴くわけでもなく、静かにその姿を見せる。
長い付き合いのせいか、俺には警戒心を抱かないらしい。
その容姿は、彼の天敵・隣の猫屋敷のボス、ボンと同様、
手足は短く、顔もお世辞にも愛くるしいとわ言えない。
むしろ、その真逆である。
ただ、そのボンと大きく違っているのは、彼は逃げ足が速いと言うことだ。
ネズミなのに尻尾は短い。
掴まれる心配がないように生きてきた彼を静かに主張するように、5ミリ程度、尻にちょびりと生えている。
そして、なにより彼は頭がいい。
その小さな身体のどこに、
自分の数倍も大きな天敵達を欺く知識を備えつけているというのだろう。
先日は、あの屋敷で一番速いとされるグリーンという猫をうまい具合に負かした。
真っ直ぐに突進してくるグリーンをギリギリまで待ち最後には、ドブへと逃げ込んだ。
グリーンは電柱に突っ込みノックアウト。
かつて世界一の足を持っていた陸上選手・モーリス=グリーンを名を取って付けられたらグリーンだが、ネズミ如きに勝てないようではその名が廃る。
彼も数年前、その世界一を譲ったが、
人間が人間に抜かれるのと、獣が獲物に負かされるのは訳が違いすぎる。
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