ガムテープの有効利用
世界で起こる事件や災害を知りながら、透明な壁で区切って何も無かったように過ごす平和な一日。
今日という日も昨日と変わらず、ただマンネリと過ぎてゆくのだと思った。
一日の仕事を終えて帰るサラリーマンやOL、老人に子供に…その大きな群れの中を逆らわず、ゆっくりと進む。
男にしてはムカつくくらいさらさらの黒髪を風になびかせつつ、その間にも両の目は縦横無尽に獲物を捜索。
腰骨に引っ掛けただけのズボンに、絶対に無意味だと思われる幅広のベルト。
ベルトの役割はなにも、ズボンを固定したりウエストを締めるだけのものじゃない…それが彼の持論だ。
そのベルトには茶色い円筒の物体が自己主張しながらぶら下がっていた。
そう、これは彼の大事な商売道具。
「ねー、そこのお兄さんさぁ、ちょっと頼みがあるんだけど。」
声をかけられたのはスーツ姿のおじさん。
上司と部下との間に挟まれて、日々ストレスを蓄積させている中間管理職なサラリーマン。
いや、本当にそうなのかは本人に直接聞くか、それなりに調べなければ分からないのだが…なんとなく醸し出される雰囲気がそれっぽかった。
そんなお疲れサラリーマンは、今日という今日を死ぬまで脳みそに焼き付けるハメになった。
いきなりサラリーマンの肩を掴んだのは17歳くらいの少年。
そのまま手を離さず「いかにも」って感じの裏路地に引きずり連れていっちゃいました。
茶髪でくわえタバコでピアスじゃらじゃら、いかにも親に反抗して先生殴ってクラスメートに無い物あつかいされてそうな不良。
大の大人の男だって人間ですもん、それなりにビビりますよ。
「あ、あの…何かな?」
ここはひとまず冷静に、大人の立場と言うものを誇示しなければ。
ちょっと膝は震えるけれど、世間様に対するプライドの方が勝るもの。
「結構稼いでそうな感じだよね。そんならさ、俺に金貸してくんない?」
・・・。
この不景気の世の中でお前なんぞにくれてやるはした金があるとでも思うたかこの阿呆が!!
上下板ばさみの息苦しい会社で窒息死を目前に汗水垂らして働いた金を何故お前のようなロクデナシにくれてやらなきゃならんのだ!!!
…とは思っていても、絶対口には出せない中間管理職。(くどい様だが彼が本当に中間管理職なのかは定かではない)
実に悲しい性である。
「えっと…それはどういう意m…」
「うるせぇなぁ。さっさと金出しゃ良いんだよ!このクソジジイが!!」
本性現る。
やはりそれなりのヤツはそれなりの外見・格好をしているものである。
ありきたりというかワンパターンというか…使い古されたネタだという事だけは確かだ。
びくびくしている情けないサラリーマンを恐喝する少年。
それをジッと見ていた、さらにもう一人の少年。
こちらは不良少年とは違い、髪も染めていなければタバコも吸っていないし、両方の耳が穴だらけ…という風でもない。
いたって普通の少年だ。
ただし、ガムテープを腰にぶら下げている以外は。
その奇妙な少年は颯爽とこちらへ歩いてきた。
そして、サラリーマンと不良少年はその彼に少々びくついた。
こちらへ歩み寄る少年は今にも泣き出しそうなのだ。
目は潤み眉間にほんの少し皺がよって、泣くのをこらえている哀愁漂う表情。
その状態でどんどん近づいてくるのだから、二人が困惑するのも無理はないと思う。
あっという間に距離は縮まり、少年は両腕をしっかりと二人の肩において一言。
「今、かあさんが死にそうなんだよぉ~…。」
いきなり初対面の相手に向かって何を言い始めるのかこいつは!と、サラリーマンも不良も思ったに違いない。
がっちりと肩を掴んだまま、だばだばに涙をこぼしながら縋るガムテープ少年に、サラリーマンも不良も言葉をかけることすらできない。
「ホントにかあさんが死にそううなんだよぉ、お願いだから助けてよ…。」
…是非ともそういうお願いは医者にして欲しいものである。
「あ、あのね、おじさんは今この不良にカツアゲされてて、しかもそういうお願いはしがないサラリーマンじゃなくて医者にするものだと
思うんだよ。ね?」
サラリーマンが慌てふためきながらそれらを語ると、次は不良が喋り始めた。
「俺はさ、カツアゲして金を盗るようなどうしようもないロクデナシだし?あんたの助けになるようなことはまったくできねーんだよ。」
こちらもサラリーマン同様、しどろもどろになりながらも必死で面倒ごとを回避しようとしていた。
不良もサラリーマンも自分達のことだけで精一杯なのに、第三者であるガムテープ少年のことまで構ってやれない、というのが本音だ。
「わかった。」
ガムテープを腰にぶら下げた少年は掴んでいた二人の肩から手を外し、そのまま両手はガムテープへ。
ベリベリと適量の長さまで剥ぐと、それをサラリーマンと不良の目の前まで突き出した。
「ならさ、何も出来ないなら金ちょーだいよ。」
そう言うなり少年は、ガムテープをサラリーマンの口へ貼り、流れ作業で不良の口にも貼る。
ビックリしている二人に向かって少年は飛び蹴りをお見舞いし……あえなくサラリーマンと不良の二人は地球に抱きつくハメとなった。
その間5秒足らず。すでに手つきは職人並である。
「よーし、今日も俺っていい仕事したなぁ!!」
ガムテープ少年は地にへばりついている両名の手足をガムテープでひと巻きふた巻きすると、不良のズボンの後ポケットに手を突っ込んだ
。
そのままチェーンつきの財布をつかみ出すとごく自然に、自分の財布であるかのように中身を調べだした。
もちろんサラリーマンの、ポケットというポケットにも手を突っ込んだが。
「うわぁーしけてんなぁ。不景気だからってこれはないだろ?!」
ガムテープ少年の手には福沢諭吉さんが3枚と新渡戸稲造さんが1枚、夏目漱石さんが数枚と後は小銭がジャラジャラ。
枚数と金額を脳内電卓で計算しながら、少年はため息と共に愚痴をこぼした。
芋虫状態でそこら辺に適当に転がされていた不良とサラリーマンが気が付いたようだ。
「う”-……。」
「あ、気が付いたんだ?」
不良とサラリーマンが痛に耐えつつ不自由な体をモゴモゴしながら顔を向けると、そこには満面笑顔の営業スマイルが惜しげもなく曝され
ていた。
はっきり言って見たくもない。
被害者からしてみれば天使の面を被った悪魔の微笑み。
アスファルトの上でのた打ち回りながら、しきりに言葉にならない抗議をしてみる。
「最近不景気だよね…。」
分かってんなら恐喝してカツアゲなんてやるんじゃねーよ!!
サラリーマンが心の中で的確なツッコミを入れる。
不良君は自分が言えた義理じゃないので、じっとダンマリさんを決め込むことにした。
「でも俺も食って行かなきゃいかんのよ。これも運が悪かったと思って堪忍ね☆」
こ、こいつ、語尾に☆マークなんぞ付けやがった!!
そのまま笑顔で立ち去ってゆくガムテープ少年を、頬にザラリとしたアスファルトの感触を存分に味わいながら見つめている二人。
そう、ここは裏路地。
人通りの少ない裏路地。
芋虫二匹は無様に転がったまま、新たに人がやってくるまでしばらくずっと這いずり回っていた。
世の中って弱肉強食なのよね…。