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第17話


「二年前のあの日、何があったのですか?」

 ベルカナが単刀直入に尋ねると、ウィアドに傍仕えを許可された護衛の剣士二名は互いに顔を見合わせた。

「うん。お嬢さんが解呪のきっかけを探していることは、よくわかった」

 先に言ったのは、三つ編みにした金髪を後ろに垂らし、そばかすが特徴的な青年エルウィン。動きやすそうな細身の白い剣士服。その首元には銀色の三日月を模した襟章が五つ――剣士団に入団してから五年目の若者。

「だがお前、あれは俺らにとってもいい記憶じゃあないだろ、エル」

 苦々しく異を唱えかけたのはもう一人の剣士、ルドヴィク。燃えるような赤い髪は遠目からでも目立つが、少し吊り目気味で背の高い青年は、できれば敵には回したくない風貌だ。同じように白い服の襟には五つの三日月。どちらの青年も、腰に一振りの剣を帯びている。

「あまり気は進まないんだがな……」

「まぁまぁルド、お嬢さんだって困っているみたいじゃないか。我らの命は民のために――これも、剣士の務めってことでさ」

 同期ということで遠慮もないのだろう。エルウィンがそう言うとルドヴィクも納得したのか(あるいは諦めたのか)、肩をすくめたきり、もう咎めるようなことはなかった。

 それで、とエルウィンは、腕を組んで壁にもたれてしまったルドヴィクからベルカナへと視線を移し、柔らかな微笑を浮かべつつ首を傾げる。

「具体的には何を知りたいんだい?」

「全部です」

 応じるや否や「嘘だろ」とルドヴィクが呟いたが、ベルカナは聞かなかったことにする。

 さすがのエルウィンもやや引きつった笑顔を浮かべていた。が、すぐに気を取り直して質問を再開する。

「本当に、何も知らないの? いつの出来事だったか、とか」

「ウィアド様の誕生日であったこと、その日の宴席で正式に譲位を発表される予定だったことは知っています。あと、下手人が魔女だったことも」

「それだけ知っていれば十分だよ」

 ほっと胸を撫で下ろすエルウィン。ルドヴィクは軽く鼻を鳴らして顔を背けてしまった。どうやらベルカナのために語ってくれる気はないらしい。そんな仲間の姿を一瞥してエルウィンは小さく苦笑した。

「僕とルドは当時から第一王子の護衛を任されていたけど、まだまだ駆け出しのひよっこだったからね。お嬢さんが求めている話ができるかはわからないけれど、知っている限りのことを教えるよ」



 第一王子の二十二度目の誕生日。その宴席で国王は長子へと正式に王位を譲ることを宣言するつもりであった。

 そしてもう一つ――それは第一王子の婚約発表を兼ねた宴でもあったのだ。


 王族の結婚ともなれば様々な政治的思惑が絡むもの。多分に漏れず、その小国からの申し出もマーニアとの結びつきを得たいが故。

 振り返ればその時点から悪意はあったのだろう。マーニアが水面下では帝国の庇護を受けていたのは暗黙の事実だったし、結婚の申し出をしてきた国は帝国とは冷戦状態にあった。

 だが当時は、かの国がまさかマーニアを踏み台に帝国へ反抗しようなどと考えているとは、宰相や大臣ですら思い至らなかった。否、考えはしたろうが、さほど重視していなかったという方が正しいか。片や大陸の半分以上を占める軍事大国、片や周囲と同盟を結んですら宣戦布告も無謀な小国。それだけ国力の差は歴然としていた。マーニア自身も中立国として、それなりの自衛経歴を持っているという自負もあったかもしれない。

 とにかく、王家の婚姻であっても個人としての相性を優先するというのがマーニアの風習であったから、最終的な判断は既に国民から支持されていた才色兼備の王子、ウィアド・アルスヴィズへと委ねられた。

 小国から送り込まれた女は、実に美しい女だった。珍しい緑色の長い髪と紅玉のような瞳を持っており、白磁の肌に映える厚い唇はひどく官能的で、外見に関して非の打ちどころがなかった。見た目で判断してしまうような浅はかな嗜好は持たない王子だったが、幾度か逢瀬を重ねるうちに、女の知的な面と心地好い気配りに好意を抱いていった。

 彼が結婚を決意するまで、そう長い時間はかからなかった。両親も、思いがけない素晴らしい縁が舞い込んだことを素直に喜んだ。


 祝宴の当日。誕生祝いに王位の継承、おまけに婚礼と、三つの祝い事が重なったということで城内の盛り上がりは相当のものだった。普段は堅物として有名な長官達も浮かれて饒舌になっていたし、剣士団員らにも無礼講が許されていた。

 宴の主役である第一王子と未来の王妃の登場に、会場の盛り上がりは頂点へと達する。それだけ見目麗しく似合いの二人だったという。

 間もなく妻となる女の手を取り檀上から降りてきた王子。彼らはすぐに人々に取り囲まれ、雨のような祝辞を浴びせられる。

 その傍にぴたりと付いた剣士が数名。内の一人がウィアドの親友であり護衛でもある青年、アルジズだった。

 彼もまた友へと祝いの言葉――と、少しばかりのからかい――を述べ、案の定ウィアドが顔を赤くしたのを見て腹を抱えて大笑いした。王子と剣士という立場も祝いの席では関係なくなる。だがアルジズをはじめとする剣士団員らは皆、宴の席であっても帯剣を義務付けられていた。

 ウィアドは祝い一色の場にあっても決して品性を失うことなく穏やかに祝辞へと対応し、女もまた丁重に返事をしては時折冗談に鈴のような笑い声を響かせていた。

 そのうち、女が王子へ声をかける。「バルコニーで少し涼みませんか?」と。

 王子は快く了承の意を示し、二人はこぞって祝言の輪を抜けた。後を追おうとした護衛達だったが、せっかくの水入らずのところを野暮だと周囲の人々がそれを止めた。


 一歩外へ出ると満天の星空の下、酔い醒ましには丁度良いような涼しい風が吹き抜けていた。幸運と不幸とを一手に担う丸い銀月も、今宵は明るい未来を象徴しているかのようで――。

 彼らは柵にもたれて他愛もない話をし、あるいは優美な睦言を交わし合ったのかもしれない。今となってはその内容を知るのはウィアドだけだ。彼はそれほど口数が多いのでもなかったから、どれだけ女が聞き上手であり、彼女に対して気を許していたことだろうか。

 しばらくして、女はウィアドの名を呼んだ。どうした、と返そうとした彼は思わず言葉を飲み込み目を瞠る。

 それほどまでに女の目の色が変わっていたからだ。

 優しげに細められてなどいなかった。まして好奇に輝いてもいなかった。そこにあったのは昏く淀んだ炎――怒り、だった。

「どうして貴方には欠点が見つからないのかしらね」

 まるで別人のような冷えた声に、少なからず彼は狼狽し、妻になる予定だった女と今度こそ正面から向き直る。瞳と同じ紅いドレスから惜しげもなく肌を露出させていた彼女は、いつの間にどこから取り出したのやら一本の“杖”を手にしていた。

 女の正体に気付いたウィアドは咄嗟に後ろへ飛び退いた。だがすぐに背中に当たる硬い柵の感触。窓の向こうに視線を遣れど、宴に夢中な参加者達は、すぐ外で起きつつある緊急事態に気付く気配もない。

「貴方って美しくて――」

 彼女は助けを求める間も与えてはくれなかった。

「――目障りだわ!!」

 最大級の呪詛と共に杖が一振りされる。

 閃光に包まれる直前、一つの影が王子の前に躍り出た。



「それが……」

「そう。王子の親友であり、僕らの同期でもあった偉大な剣士、アルジズだよ」

 エルウィンは悲しそうに声を沈ませた。

「彼は皆が酒を飲んでいる間もずっと外を気にしているようだった。だから異変に気付いてすぐに飛び出していったんだよ。騒ぎにバルコニーへ向かった僕らが見たのは、銀剣で胸を貫かれて絶命した魔女と、瀕死の体で横たわる剣士と、それを抱きかかえて必死に呼びかける王子の姿だった」

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